第090話 『その日、契約を結んだ』
これからまた、隔日ペースで投稿していきたいと思います。よろしくお願いします!
エルフの森でお別れしたはずの精霊ちゃんが、頭に乗った状態で現れるという衝撃的な出来事に、私はしばらくの間、思考の海に逃避せざるをえなかった。
どうやってついて来たのか。
この子を返しに行くべきか。
そもそも、この後どうするべきか。
今から戻っては学園の締め切りに間に合わない可能性がある。
今なら契約はしていないから、返却はまだ間に合う。
そう考えているとき、笑顔の精霊ちゃんと視線が交わった。精霊ちゃんからは、とある感情が伝わってきた。
『~~~』
―もっといっしょにいたい―
……はぁ、そんな目で訴えられたら、受け入れるしかないじゃない。私って実はちょろいのかも。
「わかったわ、精霊ちゃん。私と契約しましょうか」
『~~!』
その言葉を待っていたかのように、精霊ちゃんは目を輝かせた。
もう。そんなに喜ばれたら、どう帰そうか悩んでいた事に罪悪感を覚えちゃうじゃない。
さて、となるとまずは、この子にとっての『家』のチェックだけど……思い当たるのはコレよね。
白雪芥子を模したペンダントを改めて見る。
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名前:翠玉のペンダント【モチーフ:白雪芥子】
説明:翠の宝珠を磨き上げ、花の形を模した一品。精霊の力が宿っており、着用者は精霊の加護を得られる。
防御力:80
防具ランク:2
効果:CHR+20。特殊効果:精霊召喚
加護:不明
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……やっぱりね。
家族のペンダントを加工中に居なくなっていたと思ったけど、最初に作った私のペンダントに入り込んでいたのね。
そりゃ気付かないわ。そんな自由な所が、精霊って感じなんだもの。
加護がないのは、まだ契約が完了していない中途半端な状態だから、ね。
「と言う訳でアリシア、この子は私の契約精霊にするわ。集落には後日、ギルド経由でお詫びの連絡を入れる事にするね」
「畏まりました。しかし、この度は精霊様がご自分の意思でお嬢様について来たのです。咎めることは誰も出来ませんよ」
「そうかもだけど……一応伝えておかなきゃ。急に居なくなったら、皆心配するでしょう?」
「お嬢様はお優しいですね。王都で自由に動けるようになり次第、準備をしておきます。ただ、あの集落の同胞達なら、既に察しているとは思いますが」
居なくなったタイミングがタイミングだものね。
「それはともかく、精霊様との契約など私も伝説上でしか知り得ません。何か準備が要るのでしょうか」
ああ、そっか。『精霊使い』はアリシアの『ローグ』やリディの『踊り子』の職業ランクである『エクストラ』よりも上の、『ハイエンド』だものね。
リリちゃんを育成する上での目標の1つでもある『賢者』と同ランク。レベルが色々と低いこの大陸では、知っている人も少ないでしょうね。
精霊ちゃんには、契約の為にテーブルに座って待機してもらう。もうちょっと待ってね。
『~~』
「必要な物はこの子が住むための『家』と、契約者の情報が詰まった物質を魔力水に乗せて食べさせるの。今回はこのペンダントがあるから、あとは私の情報だけなんだけど……」
「情報が詰まった物質、ですか?」
「血液……なん、だけど」
チラリと腕を見る。以前アリシアに魔法を覚えさせるために、腕を切ったことがあった。
あの時は何も考えずにやった結果、思った以上にスパッと切れて、ドバドバ血が出たけど……。あ、あの時は痛かったなぁ……。
……思い出すだけで震えが。
「……ひぅ」
涙も出てきた。
契約に必要な血液はほんのちょっと、先っちょを切るだけ。
それだけでいいんだけど、怖くて涙が出そうになる。魔法で切るのが一番なんだけど、ちょっとずつ刃物を近づけるのは恐怖でしかない。例えるなら回転する電動ノコギリに腕をそっと近づけるような……うぅぅ。
漫画とかではよく、必要に駆られて親指を噛んで血をボタボタさせたりするような奴らがいるけど、よくそんな思い切りのいい行動が出来るわ。たぶんあいつら頭おかしいのよ。私は無理!!
前に一回何も考えずにやらかしたけど、もう2度と出来ないわ。今じゃもう「あむっ」て甘噛みしか出来そうに無いわ!
どうしよ……。
「アリシアぁ……」
「は、はい!」
半泣き状態でアリシアに助けを求める。
アリシアは血をボタボタと落としながら駆け寄ってきた。ごめんね、アリシアの血は使えないの……。
イングリットちゃんはアリシアに席を譲り、リディと一緒にリリちゃんやママと一緒にこちらの様子を伺っていた。
「アリシアぁ、代わりに切って……」
「そんな、お嬢様の柔肌に刃を入れるなど」
「私、怖くて出来ないの。お願い……!」
「っ! か、畏まりました。必要な血液はどの程度、でしょうか」
「一滴で、いいはず」
目を瞑ってアリシアに腕を差し出す。
ああ、そういえばリアルでも、痛いことが苦手だったなぁ。注射とか、毎年震えながら受けていたわ。
それを思えば、死ぬときは『エピローグ』の世界に逃げ込んでいたから、特に何の痛みも無くこっちに来ることが出来たわね。あれは不幸中の幸いだったわ。多少、息苦しくはあったけどね。
「終わりましたよ、お嬢様」
「……ふぇ?」
目を開けたら、私の血液が浮かんでいた。たぶん今は精霊ちゃんが持っていてくれているんだと思う。
腕を見ても傷痕はどこにもない。アリシアがすぐに治してくれたのかも。考え事をしていたせい?
腕とアリシアを交互に見るけど、本当に超速度で済ませてくれたみたい。痛みに敏感な私が気付かないほどとは……。
「これ、ほんとに私の血?」
「はい、お嬢様が考え事を始めたのを察したので、急いで取り掛かりました。痛くなかったですか?」
「全然痛くなかった!」
「それは良かったです」
「ほえぇぇ。アリシアしゅごい……」
にっこり微笑むアリシアに、胸がときめく。ああ、私、アリシアにどんどん依存していっているわ。お礼は後にして、鮮度が落ちる前にこの血で契約を結ぼう。
あと、白衣の天使服をアリシア用に作ろう。心に誓った。
「精霊ちゃん、持っていてくれてありがとう。その血の操作権を貰うわね」
『~~』
まず私の血を、魔力水に取り込む。そして混ぜ合わせる事無く、血で魔力水の中に模様を描いた。
描くのは簡易的な世界樹のシンボルマークだ。あとは魔力コーティングで模様を固定化する。
「さ、私の特製魔力水が出来たわ。受け取って」
『~~~!!』
精霊ちゃんは特製の魔力水を抱え込み、大事そうに飲み始める。彼女がこれを飲み干せば契約は終了だ。さて、契約においてもう1つ大事なことが残っている。
そう、名付けだ。
これからは生活を共にする仲間なのだし、いつまでも『精霊ちゃん』では通りが悪い。
でもこの子と初めて出会った日、懐いてきた時に名前を考えてしまっていた。もしこの子がうちの子になったなら……。そう考えて浮かんでいた名を、彼女が魔力水を飲み干すのを確認してから口にする。
「貴女の名前はスピカよ。私の名前はシラユキ。契約したからには貴女は私の大事な家族となったわ。よろしくね、スピカ」
『~~! ~~~!!』
―スピカ! わたしのなまえ、スピカ!!―
青い髪をキラキラと輝かせ、全身を使って喜びを表現するスピカを、私は微笑ましく見守っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ひとしきり飛び回って満足したのか、スピカはアリシアの手のひらに乗った。
『~~?』
「私はアリシアと申します。よろしくお願いします、スピカ様」
『~~~』
たぶん、挨拶をしているんだろう。そんな雰囲気の思念波が飛んできた。
契約をした事で、スピカのテレパシーが強化されたみたい。スピカを中心、もしくは話し相手を中心かはわからないが、近い距離の人に聞こえるようになったようだ。
アリシアは感激したような顔をしている。
他の家族にも紹介を……あら?
「皆固まってるわね。おーい」
「「「「……はっ!」」」」
皆、さっきから様子がおかしい。視界の端にチラチラと映ってはいたけど、顔を赤くしたり身悶えしたり、一部はお祈り始めたり。
……いや、冷静になって考えたら、見当がついた。半泣きの私が、身悶えするくらいカワイかったってことかも?
うん、私も見たかったなぁ。映像に残して繰り返して見てみたい。いや、自分の事でもあるからそれはちょっと恥ずかしいけど、それでもやっぱりシラユキの泣き顔だし見てみたい。うん。
「……シ、シラユキの泣き声が可愛すぎたと言うか、あんなの反則よ! あとなんか、精霊様との契約? なんて言う一生に一度お目にかかれるかどうかって出来事に出くわして、もう頭の処理が追いつかないって!」
「そんなに私カワイかった?」
「胸がキュンキュンしたわ!!」
「ふふ、ありがとう。色々ごめんね、出会ってまだ1日しか経っていないのに、色々経験させちゃって。お詫びに今晩一緒に寝る?」
「何でそうなるのよ!? ううん、ちょっと整理するから時間を頂戴……」
こう言う時は流れに逆らわず、身を任せて同化すれば楽になるわよ。流され続けると情報量が多すぎて浮上するのに苦労したり、溺れたりするけど。
「これがアリシア様が仰っていた、尊すぎるシラユキ様なのですね……。ああ、シラユキ様、私、この溢れる思いをどうすれば良いのでしょう……!」
「とりあえず私を抱きしめてみる?」
「宜しいのですか!? で、では、失礼します……」
『ぎゅむっ』と肉厚のボディに抱擁され、頭を撫でられる。ああー、脳みそトロけるー。私のカワイさにイングリットちゃんの母性が刺激されたのかしら? スピカどころでは無いみたいね。
イングリットちゃんのイングリットちゃんに埋もれながら、慈愛たっぷりのカワイがりを受け続けていると、リリちゃんやママの自己紹介も聞こえて来た。ああ、平和だなぁ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
イングリットちゃんに埋もれていると、髪の毛を引っ張られる感覚があったので顔を上げて見る。するとスピカが楽しそうに何かを指差していた。
「あれは……アリシア達が作ってくれたお菓子のクッキーね。スピカも一緒に食べたいの?」
『~~~!!』
—おかしたべたい!!—
「ふふ、そう。良いわよ、一緒に食べましょう。あ、でも女の子の髪は大事なものだから、今度からは引っ張っちゃダメよ、わかった?」
『~~』
「よろしい」
しょんぼりするスピカを撫でていると、アリシアが不思議そうに聞いて来た。
「あの、お嬢様。スピカ様は人間と同じ食べ物を摂られるのですか?」
「ああ、それね。契約をした精霊は人と同じものを食べる事が出来るのよ。基本的に甘いものが好きだと思うけど、その辺りの嗜好は契約者に準拠するわね」
つまりアリシアの作る物は全部好きとなり得る可能性が高い。
「そして食べた物はゆっくりと魔力に還元されるわ。その速度は魔力水と比べたらゆっくりだけど、入る量は精霊次第な所があるの。ただ食べ過ぎは良くないから、これから3食を共にする中で調整していけば良いと思うわ」
「なるほど、承知しました。ではスピカ様の分は、こちらのお皿に分けますね」
『~~』
「どういたしまして」
通じ合う二人が微笑ましい。
その後、各々がテーブルに着き、3人が作ったお菓子に舌鼓を打つ。
「アリシアさんは料理だけじゃなくて、お菓子も作れるんですね」
「主人を喜ばせる為に、これくらい出来なくてはメイドは務まりませんから」
「リーリエ様、このクッキー、食べるとなんだか安心します。あ、とても美味しいです」
「イングリットちゃん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
色々と混乱していた2人も復帰して、アリシアやママとお喋りしている。ママのクッキーを食べると、心が安らぐのよね。なぜかはわからないけど。
そんな中、スピカは両手でクッキーを抱え込んでモグモグと食べている。その姿は、まさしく小動物のそれで、とてもカワイらしい。
『~~~!!』
「美味しい? ふふ、良かったわ」
スピカの幸せそうな顔を眺めていると、リリちゃんがお皿をもってやって来た。
「お姉ちゃん、リリが作ったのも食べて欲しいの!」
「頂くわ。あーん」
「あ、あーんなの」
一口カットのクッキーが口の中に放り込まれる。もぐもぐ。うん、砂糖ちょっと多いかもしれないけど、これくらいの甘さなら私は好きだわ。
「うん、美味しいわよリリちゃん」
「えへへ」
『~~?』
「あら、スピカも食べてみたいの? じゃあリリちゃん、スピカにもあーんしてあげて」
「うん! スピカちゃん、あーんなの」
『~~』
ああ、微笑ましい。皆スピカとリリちゃんのカワイさにやられてるわね、私もその内の一人だけど。
その後、無事におやつ会が終わった後、スピカを閣下に紹介した際に、腰を抜かす騒ぎになってしまった。すんなりとは行かなかったけど、一応受け入れてもらって良かったわ。
今後、学園生活をする中でスピカの存在は隠し通すことは出来ないし、最初からオープンにしておこうとは思っていたけど……、ある程度私に慣れた閣下ですらこの驚きようでは、先が思いやられるわね。
スピカを紹介する度、腰を抜かされる可能性があるというのは今から気が重たいけど、そこはもう諦めよう。
ただ、頭の悪い連中はスピカを奪おうと狙ってくる可能性があるわよね。けど、スピカは姿を消すことも自在に出来る上、契約の関係上私……というか『家』から距離を取ることは出来ない。
いつの間にか連れ去られるという心配はないでしょうね。
そしてスピカの家は私のペンダントなのだ。これは常時身に付けるものだし、服の下にでも入れておけばバレないはず。まあ寝るときは流石に外すけど。
この私の目を盗んで手に入れる事は不可能だと思いたい。まあ、なんだかんだで私って強者ゆえの油断というか、何とかなるでしょのお気楽精神をしてたりするけど、私のそばには間違いなくアリシアがいる。周りに目を光らせたアリシアの隙を突くのは難しいでしょうね。
その日は結局、王都に着いたら中々機会も無いという事で、リディとイングリットちゃんを抱き枕にして眠ることにした。このマジックテントには大きめのベッドが2つある。今夜は片方をアリシアと母娘の3人で使い、もう片方を私達が使う。
リディは気恥ずかしそうにはしていたけど、イングリットちゃんは若干鼻息荒く同意してくれた。
やっぱりこの子、信者……よね? まあ、アリシア2号と考えれば別にいいかな。それにこの子はカワイイし、しっかりしているし、私の事を褒めてくれるから好きな方だし。
今夜の私の寝間着は、アリシア一押しのスケスケネグリジェ。そしてイングリットちゃんは純白のキャミソールにショートパンツ。最後にリディは、長袖長ズボンの、お肌を見せないタイプの寝間着だった。
この野暮ったさ、まるでジャージみたいだわ。
「リディ……」
「ちょっと、残念そうな顔をしないでよ」
「だって……何の感想も出ない地味さだもん」
「失礼ながら、リディエラ様なら、もっと綺麗な寝間着でも似合いそうですのに……」
「私はその、昼間は色んな人にお肌を見せてるから、夜くらい気怠げにしたって良いじゃない……」
「その気持ちはわかるけど、勿体ないわ。よし、それなら」
マジックバッグを漁る。先日良い物を手に入れたし、あれくらいなら数分で出来る。
「今度は何を見せてくれるわけ?」
「シラユキ様の絶技をお見せして頂けるのですか?」
隣のベッドから、アリシア達の視線を感じる。
「今日はそこまで大げさな事はしないわ。でも2、3分あれば1着は出来るはず」
そう伝え、防具としての素材ではなく何の変哲もない植物から作った糸と、羊毛や毛糸を縫い合わせ着ぐるみパジャマを作り上げる。モチーフはワイルドラビット君。いや、ウサギという事にしておこう。
リディのスリーサイズはもう見て触って把握しているし、迷う事なく完成した。
「はい、リディ用のサイズよりも若干ゆったり目に作ってあるから、窮屈には感じないはずよ」
「……」
リディは呆然としていて動く気配がない。
「アリシア、イングリットちゃん。着替えを手伝って」
「「お任せください」」
放心気味のリディをひん剥き、着せ替えを始める。リディが我に返った時には、もうただのでかいウサギになり果てていた。
「ええ、ナニコレ……」
「うん、良い感じのモコモコね!」
「すごいの! おっきいウサギさんなの!」
「ふふ、大きくて可愛らしいウサギさんね」
リディは着用感を確認しているようだった。
「見た目からはゴワゴワしているかと思ったけど、そんなことなくて、とても快適だわ。しかも可愛いし。……また貰っちゃっていいの?」
「良いわ。さ、大人しく抱き枕になりなさい」
「んもう、わかったわよ」
「リディお姉ちゃん! リリも一緒に寝ても良い?」
「ええ、良いわよ」
「わーい!」
『ふふ、今夜もとっても賑やかね』
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