第066話 『その日、集落の朝を迎えた』
「『魔力溜まり』の位置……ですか?」
「ええ、連れのエルフから聞いてるけど、貴方達の教えでは魔力の本体は丹田……お腹の下辺りにある。そうなっているのよね?」
「はい、過去にも様々な系統の教えがありましたが、この手法が一番魔力を扱えるものが多かったものでして。おかげさまでこの集落でも、ほとんどの住人が魔法を扱えます」
この手法が通じるのはエルフを含め、一部の種族だけだろう。生まれつき魔力の量が多く、成長と共に貯蔵量が増す。例えレベルが低くても、人族とは絶対量が異なる。
「でも、中には魔法が使えない子もいるわよね。……例えばカープ君とか」
「ッ! はい、お気付きでしたか」
「私の魔法の扱いに対して、他の子達とは少し違う視線を感じたもの」
周囲を見渡すもあの子の姿はない。彼を除いた子供たちは、私の土魔法の授業を聞いて早速実践を試みてるようだ。といっても鉱石なんて、この辺りでは滅多に採れないだろうから発掘練習は出来ない。出来るのはせいぜい『砂利』『石』『岩』の反復作業くらい。それでも未知の手法はスキルの成長に繋がる。彼らの楽しそうな姿は微笑ましいが、そこにあの子だけ入れないのはモヤモヤする。
「少し移動しましょう。ここでは騒ぎになりかねない話題だから」
「わかりました、ならば私の家に行きましょう。そこなら邪魔は入らないでしょう」
そう言って長老は、大樹の一番下、ウロへと入っていく。やっぱりそこがお家なんだ。中には螺旋階段があり、そこから各部屋に続いているようだった。最下層の広場はホールとしての役割と魔法の練習場としての役割も担っている感じがするね。
ふうん、雰囲気あっていいわね。
「いい場所ね」
「ありがとうございます。今は私しか住んでおりませんので、多少騒いでも問題はありません」
主に騒ぐのは貴方になりそうなんだけどね。
さて、魔法の扱いが今よりもっと習熟できる。そんな知識さえも大盤振る舞いすれば、エルフ達は興奮を抑え切れないだろう。長老でさえ隠してはいるが、『魔力溜まり』の話をしてからは、顔にはワクワク感が滲み出ている。いつかは全員に教えても良いとは思うが、いつかまた今度。
「では早速始めましょうか。長老、あなたの『魔力溜まり』は……ここね」
「え? こんな所に?」
お腹の直上。体の中心部ね。
「『魔力溜まり』は目に見えないもの。そして魔力操作は自身の感覚を頼りに、ソコにあると信じて魔力を集め動かすもの。けれど、本当にそこになければ、本来の場所から溢れ出た余波だけを用いて魔法を行使するハメになるわ。魔力が多ければ余剰分が増すから力技で無理やり発動できるけど、魔力が少なく丹田から大きく離れた人ほど、魔法は使えなくなっていくの。さあ意識しなさい、貴方の『魔力溜まり』の存在を」
長老の体に魔力を流し、いつもの通り魔力を掴む授業を行う。長年『魔力溜まり』を認識できないまま魔力を使い続けたせいか、固定観念を崩すのに少し時間がかかった。無い物を在ると思い続けていたのだ。在るものを在ると認識させるのはその人の頭の柔らかさ次第な所がある。
アリシアは私を疑わないからすんなりと理解してくれたが、他のエルフはそうもいかない。恩人として信頼されてるから聞いてくれているけど、どうしても疑う余地がある分心から納得してもらうには時間がかかる。
今回のことから察するに、アリシアでは直接視えない分、長年凝り固まった固定観念が邪魔して、エルフ達に対しては魔法を教えることは難しいかもしれないわ。
あの子の授業のやり方は、見えない中で感覚を研ぎ澄ますものなのだ。アリシアの授業は解りやすくて教えるのも上手だけど、どうしても限界があるわよね。
アリシアにも『魔力視』を覚えさせようかしら。あぁ、アリシアにやらせたい事がいっぱいだわ。
「これで大丈夫ね。さあ、その新しく認識し直した魔力を思いっきり籠めて、貴方の得意な魔法を出してごらんなさい」
「わ、わかりました……『ウォーターランス』!」
改めて自身の魔力を認識し直し、集約出来た魔力の量に、長老は興奮しているようだった。
本来長老とは、落ち着いていて、自制の利く人物でないとなれない立場でもあるんだろうけど、エルフにとって魔法に対する知識欲は半端なく高い。長老のテンションが爆上がりしてるけど、仕方ない事ね。
指示通り使用した魔法の効果はすぐに発揮され、長老の頭上に穂先も柄も大きく膨らんだ『ウォーターランス』が現れた。さすが長年生きたエルフの本気の魔力。中々良い威力が出せそうね。精鋭オークくらいなら倒せるんじゃないかしら。
「こ、これが……私の魔法?」
長老は自身が出した魔法が信じられないみたいだ。よほど今までのランスは小さかったのだろう。半ば呆けてしまっていた。流石に家の中で魔法をぶっ放すわけにもいかない。そのまま続けて魔力還元の方法も教えた。
ゆっくりと『ウォーターランス』は縮こまっていき、最後には消失した。
「これが本来のあなたの魔力を用いた魔法よ。気分はいかがかしら?」
長老は「ハッ」となり、私に向き直って跪いた。
「素晴らしい知識に感服致しました。この方法が主流となれば、魔法を使えない子供はいなくなるでしょう」
「ええ、そしてそれはエルフだけじゃないわ。人族だってそうだし、魔法が殆ど使える者のいない獣人族やドワーフ族だってそうよ。私はこれを広めるために、王都の魔法学園に入学するの」
「……確かに、魔力が少ない彼らでも扱えるようになるかもしれませんね。……いえ、シラユキ様の事です。もう試されたのですね?」
「ええ、シェルリックスの職人達は、今頃夢中になって炎魔法を使っているわ」
その光景がありありと思い浮かんでくるわね。……いえ、無邪気にお酒に火をつけて火酒とか、悪ノリしていたりしないかしら。あいつら鍛冶の事以外は基本おバカだからちょっと心配だわ。
「如何されました?」
「いえ、何でもないわ。とにかくこの手法を広めるためには、そもそもの『魔力溜まり』が見える人を増やさなければならないわ。この集落に『紡ぎ手』はいるかしら?」
「……いえ、国には何人か在籍しておりますが、この集落にはかの職業を修めたものはおりません」
「そうなの……。なら全員は無理でも底上げはしましょうか。明日、長老の方で何人か魔法が扱えない子を集めて私のとこまで来させて。その子達を立派な魔法使いにしてみせるわ」
「この集落で魔法が使えないのは、カープ1人だけなのです。ですので他の者は呼びません。何卒あの子を、助けてあげて下さい!」
なんて事。何人かは居ると思っていたけど、あの子だけだっただなんて。そりゃ寂しそうにしているはずよね。あの子は付きっきりのマンツーマンで授業をしてあげましょう。
「分かったわ。それじゃあ宜しくね」
その後、長老に寝泊りするための専用のログハウスに案内してもらい、早寝の就寝をすることとなった。
久々に1人きりの、抱き枕がない就寝時間。寂しくてちょっと涙が出そうになったけど、眠気には抗えず、そのまま眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「本当に毒が消えてなくなってる……。それどころか、今までの水よりもっと清浄になった気さえする。やっぱりあの人は凄いんだなぁ」
足を進めるたびに桶いっぱいに入れた水がバシャバシャと波打つ。エルフの集落にとって、水はそこまで重要ではない。誰もが魔法を扱う事が出来、その半分以上が水の魔法を扱えるのだ。毒竜が乗っ取ったのがただの湧き水だったなら、そこまで問題ではなかっただろう。
だけど、あの湧き水に籠められた魔力は普通の水とは違う。僕たちエルフが、エルフとして生きる上で必要不可欠なものなのだ。それこそ、長老がこの地に集落を作った理由も、あの湧き水があるからこそだ。
この水の魔力は、魔力を伴う植物の成長には必要不可欠とも言われている。集落の中で作られる特別な作物は勿論の事、集落の中央で僕たちを見守る神樹様が成長するためにも、欠かせない物なのだ。
「もしあのままあの毒竜が居続けて、神樹様がもし枯れ果ててしまったら……」
想像するだけで怖い。でも本当に良かった、またシラユキ様に会えたらお礼を言おう。……でも、昨日は逃げるように去ってしまったし、失礼なことしちゃったかな。でも、僕が魔法が使えない唯一のエルフだなんてばれたら、きっと失望させちゃう。だってエルフは、どの種族よりも魔法が得意な種族なんだから。
……魔法が上手なあの人からしたら、僕のような存在は信じられない存在だろうし。少なからずショックを受けると思う。僕みたいな魔法が使えない子供は、10年に1度産まれると言われてる。集落によっては災いを呼ぶ子だとか言われて、成人したら集落を追い出されることすらあるみたい。
その点、僕は幸福だった。家族も、集落の友達も、長老も、皆僕が魔法を使えなくても励ましてくれるし仕事も与えてくれる。それに成人しても出て行かなくて良いとも言ってくれている。
皆は魔法があるから色んな仕事が出来るけど、僕は人より足腰が強いくらいで、他に特技と言えるものがない。
だから、優しくしてくれる皆の為にも運搬作業を頑張らないと。
「おはようございます、長老。いつものをお持ちしました」
「カープか、おはよう。病み上がりだというのに君は働き者だね。体力も戻っていないのだ、まだ休んでいた方が良いのではないか」
「いえ、あの方に治療していただいてから本当に体の調子がとても良いのです。あの方のおかげで僕は全快することが出来たのですし、今度は神樹様も元気になってもらわなきゃ」
「おお、カープ……」
長老はまだ何か言いたそうだったけど、この後も僕が休んでしまったために仕事が立て込んでいる。魔力の籠った水を神樹様に捧げ、次の仕事にとりかかろうとしたところ、長老から呼び止められた。
「カープよ、すまぬがシラユキ様を起こしてきてくれぬか。朝餉の準備は他の者達に任せよう」
「えっ……ですが、起こされるなら女子たちの方が良いのでは?」
「構わんよ。あの方はカープと話がしたいそうだ。それはカープも同様だろう?」
「……この集落で、シラユキ様とお話がしたいのは皆が思っている事かと」
昨日は、シラユキ様は子供が好きという事で、僕らが集められた。けれど、本当は大人たちもあの方とお話がしたかったはずだ。僕たちがお世話をする中で、大人たちは皆で無事に宴が出来る喜びに酔いしれつつも、あの方の存在をずっと気にしていたんだ。
ひとたびシラユキ様が魔法技術を教え始めると、大人たちは宴を放り出し、彼女が語る素晴らしい知識に夢中になってしまった。主賓であるあの人を放置してしまうなんて、恥ずかしい事だと思ったけれど、それは魔法が使えない僕だけの考えなのだろうか。
それに主賓であるあの方も、大人たちから放置されたことに憤ることなく、ただ楽しそうにその光景をニコニコと見守っていた……。
だから、知りたかったんだ。あの方にとって、魔法はどういうものなのかって……。
「はは、確かに。あの方の知識は我らですら掴み切れんほど広大だ。昨日は皆、あの方の知識に我を忘れ、とても失礼なことをしてしまった。あの方はまるで気にもしていなかったが、あとで私からも謝らねばならん。しかしだ、先ほども伝えたようにあの方の知識は我ら以上だ。カープの悩み事すら解決してくれる可能性もある」
「! そ、それは……」
「良いのだ。お前が1人、諦めきれずに練習していることは知っている。お前は忌み子ではないし、魔法が使えない事にも理由があるはずだ。あの方はそれを教えてくれるはずだ。それに、お前もシラユキ様の世話役の1人。その務めは全てに優先される。……さあ、行ってきなさい。あの方は奥の離れにいらっしゃる」
そう長老に背中を押され、僕は離れの家へと向かった。そこは年に数回やってくる王都からのお客様を泊めるために用意されたもので、僕たちにとって特別な住居だ。その離れは神樹様の根を登ることで辿り着ける。
「おはようございます、シラユキ様。朝でございます」
挨拶と共に扉を叩くが、反応はない。
「……昨日あれだけ魔法を使われたのだし、やっぱり眠りが深いのかもしれない。起こさない方が……」
1度引き返すべきか考えるけれど、昨日のシラユキ様の様子を思い出す。
「でも、あの方は全く辛そうには見えなかった。集落で一番の魔法使いである長老でさえ、魔法を使い続ければ呼吸が苦しくなると以前仰っていたし……。それにシラユキ様を起こすのが僕の仕事なんだよね」
僕は自分にそう言い聞かせて、家の中へと入っていった。調度品に手を触れないよう気を付けながら、寝室へと入り、そのまま仕切りの向こう側にあるベッドを覗き込んだ。
そこには、幸せそうに枕を抱え、寝息を立てる女性が居た。その姿は、昨日見せた眩しい天の御使い様のような姿でもなく。知識が広まることを喜ぶ美しい姿でもなく。ごく平凡な、少女のような女性が、そこにはいた。
「むにゃ……フフ、しらゆき……」
彼女は寝返りを打つと、布団が捲れ上がり、その寝巻が露わになる。
「……ふぇ!?」
見てはいけない物をみてしまったようで、僕は目を背け、必死に鼓動を抑えつける。人族の街では、あんなのが流行ってるのかな……。ってそうじゃない!
「……シ、シラユキ様、失礼します」
目を瞑りながら恐る恐る布団をかけなおし、顔色を伺う。……うん、疲れてる様子は微塵も感じられない。これなら起こしても大丈夫だと思う。……よし、呼びかけよう。
「シラユキ様、朝でございます」
◇◇◇◇◇◇◇◇
どこか遠慮がちな声が聞こえる。んん、なによう……。
「……さい。……て、……様」
むぅ……この抱き枕、良い匂いはするけど、あまり温かくない。でも、後ろから声と温もりを感じるわね。
よいしょー……あれぇ? 寝返りを打って手を伸ばすけど、空を切った。
「んぅ……アリシア、どこぉ」
「シラユキ様、起きてください、シラユキ様」
寂しくて目の前にあるはずの熱源を求めていた私の手が、何かを掴んだ。
「なんだぁ、そこに居たのね」
「えっ、わぁ!」
そこに居た温かい誰かを引っ張り、抱き寄せた。そのままいつものように頬ずりをしつつ、あちこちボディチェックを始める。ううん? なんだかいつもと違うわ。
「ひゃわ!」
……? お腹やお尻は、柔らかいけど、若干筋肉質ね。匂いもアリシアに近いけど、知らない香りだわ。
「くんくん」
「ああああ、あのあのあの」
でも抱き心地は悪くないわね。このまま2度寝するのもありかしら……。
「はふ、おやすみなさい……」
「シ、シラユキ様ぁ! 起きてくださいよぉ!」
「ん……やだ、このまま寝るの」
「お願いですから……もご!? もごごもご!」
抱き枕の頭を思いっきり抱き寄せると、それはより一層暴れ始めた。……私のハグを嫌がられるなんて初めてだわ。悲しくて涙出てきたかも……。
反発を無視してそのままでいると、今度は控えめだけど胸をタップされはじめた。うん? 苦しかったかしら?
拘束を緩め、改めてお眠な眼で抱き枕を見る。そこには顔を真っ赤にして、息も絶え絶えな子がいた。辛そうだけど……この子は誰だったかしら。
あ、目が合った。
「……シラユキ様、お、起きられましたか」
「……んっと、カープ君、だったかしら」
「はい」
……そういえばエルフの集落に辿り着いて、今日、家族は誰も居ないんだったわ……。
目の前にいるのは、昨日2回ほど会ったカープ君、ね? なんでベッドに居るのかしら? 夜這いされちゃった??
「……あの、起きられたのでしたら、放してくれませんか?」
「うん? 夜這いしに来たんじゃ、ないの?」
「ち、違います! もう朝ですよ!」
「えー……んん、2度寝しちゃだめ?」
「だ、だめです」
「じゃあ、お目覚めのキッスは?」
「ぼ、僕はしません!」
むぅ、残念。
でも、反応がカワイイわ、この子。
家族がいなくて寂しいけど、今日はこの子をカワイがりましょうか。
『寝ぼけてるマスターも珍しいわね』
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