第063話 『その日、毒沼の主と対峙した』
「『浄化』」
奥へと1歩進むごとに、周囲の環境は死と瘴気に染まっていった。川の死、動物の死、大地の死、そして森の死。周囲を警戒するエルフの姉弟の顔には、悲壮感があふれている。
『浄化』をすることでそれ以上死が広がらないようにすることは出来るが、元に戻すことは出来ない。このエルフの姉弟の話を聞く限り、討伐後は川の周辺だけでなく、森全体を見回らなければならないかもしれないわね。
エルフ達以外にも水を持ち帰る習性のある生物がいるかもしれない。となれば最悪、この被害は川周辺に止まらない可能性が出てくる。知らない場所で死骸から瘴気が発生し、そこから連鎖的に死が蔓延すれば、原因が居なくなっても森に未来はない。毒と瘴気のコンボはとっても面倒だわ。
しかし、奴の出現がたった7日前でよかった。それにエルフから死者が出てなくてホッとした。
エルフは高濃度の魔力持ちだ。毒にさいなまれて死んだら、尋常じゃないほどの瘴気を生み出す事になっただろう。まだ、絶望するほどではないわ。
とにかく今出来ることは、川の『浄化』と、諸悪の根源の撃滅だけだ。早急に遂行しなければ。私の心が、孤独に耐えきれず涙が出る前にもね!
「シラユキさん、先程から何度も『浄化』の魔法を使われていますが大丈夫ですか? もう少しで源泉に到着しますので、必要であれば休憩して頂いても構いませんよ」
「魔力の心配をしてくれているのかしら。でも大丈夫よ、私、魔力に関して心配したことはないもの」
この世界に来てからは、本当に1度もないわね。
「確かに、貴女から感じる魔力に一切の澱みを感じない。我らの同胞を連れているだけのことはある」
キース君は他種族にも寛容。そしてイースちゃんは他種族には壁があるけど、同族が関わると壁が緩むみたいね。ここから私を認めさせて、カワイイと言わせるのが目標ね!
「しかし、本当にお独りで大丈夫なのですか? 『浄化』を使われる以上高名な『神官』様とお見受けしますが、毒を封じたとしても、奴は竜なのです。いくらなんでも無茶なのではありませんか?」
キース君優しいなぁ、私のことを心配してくれているのね。抱きしめても良いかしら……?
「心配してくれてありがとう。でも私は平気よ、私は攻撃魔法も、物理攻撃もどちらも扱えるもの」
そう言って『灼熱の紅玉』と『深碧の翠玉』を両手に生み出した。
「なんと!」
「す、すごい……!」
毒を持つ相手に、炎は消毒の意味合いもあって効果抜群だ。でもこの場で乱用すると周囲に燃え広がりかねないので、パフォーマンスに留めておく。毒によって枯れた草木は、非常によく燃えてしまうのだ。
「その魔法だけでも、貴女の技量の高さが窺える。人の身でその域まで到達するのは血の滲むような努力が必要だっただろう。私は貴女を尊敬する」
エルフ相手なら、魔法の技量を見せる事でも信頼を得られるのかしら? 『白の乙女』の出番は全くなさそうね。
「……貴女が強いのは理解できた。だが、それでも相手は竜なのだ。決して油断してはならない。貴女の邪魔になるのであれば、約束通り我らは手を出さないが、危なくなればすぐに下がるのだぞ。貴女に何かあっては、同胞に顔向けできない」
「分かっているわ。そっちこそ、ちゃんと距離を置いてよね。見学人を危険に巻き込んだなんて、恥ずかしくてあの子に言えないわ」
アリシアに失望されるとか辛すぎるわ。ちゃんと2人には安全圏で見守っていてもらわないと。
「二言はない」
「僕たちは、いつでも撤退が出来るように退路を確保します」
「ええ、よろしくね」
そういったやりとりをしつつ奥へと進む。『浄化』を使う間隔が短くなってきた辺りで、それに連動するように流れる水も、段々と紫に近くなっていき、粘度が上がっていく。更に何回か『浄化』を使用したところで、目的地が見えて来た。
「おっ」
そこは、本来なら自然豊かでピクニックに最適な、平和で綺麗な水辺だったのだろう。それが今では、紫色になりグツグツと泡立った水面。腐り果て瘴気によって変質し、アンデッドと成り果てた水性生物たちがのっそりと泳いでいる。周囲を闇色に彩るは、枯れ果て腐り落ちた動植物。
中央に鎮座するは、とぐろを巻いた蛇。のように見えるが、そのシルエットは胴体がやけに細長いトカゲだった。体全体が光沢を帯びた紫色に光り、毒によりヌメっているのがここからでもよく見える。そいつこそが、この最悪な環境を生み続けている諸悪の根源。『毒竜』だった。
私は片手を上げ、エルフの姉弟を下がらせる。
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名前:毒竜ニドヘッグ・フィラー
レベル:48
説明:高さ2メートル、体長8メートル。存在するだけで周囲に毒を撒き散らす毒竜。無毒を毒に染めるのを何よりも好み、毒化させた物しか食さない。そのため、何もしなくても清浄な水が湧き出る場所などを見つけては、源泉が枯れ果てるまで居座り続ける。
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ふむ。やっぱり邪竜と違って、属性竜に含まれないからか一回り小さいわね。固有名を持っているけど、レベルは邪竜以下。フィラーってことは毒袋の容量が通常個体より大きくて、みっちりと詰め込まれた個体ね。
とりあえず、この場の感想としては、臭気で鼻がひん曲がりそう。さっさと消し去りましょ。
エルフの姉弟がかなり後方まで下がった事を『探査』の情報をもとに確認した。よし、攻略開始よ。
「『浄化』!」
まずは地獄の様相を見せている周囲の環境から『浄化』する。流石の私でも、ニドヘッグを周囲とまとめて綺麗にすることは脳内処理が追いつかない。まずは池の外側からだ。
綺麗にすると同時、違和感を感じたのか首を上げたニドヘッグと目が合う。それでも私の行動は止まらない。
「『浄化』!」
続いて泡立ち変色した水を『浄化』する。ついでに魔物化した水性生物も『浄化』に巻き込んだ。『浄化』で倒し切れるのは穢れそのもので出来た存在と、アンデッドに限られる。水性生物達は毒で汚され、アンデットとして蘇った存在なので効果覿面だった。浄化の光に照らされ、アンデッドの群れは、文字通り水泡に帰す。
周囲から毒が消えるのに気付いたニドヘッグは、大きく口を開いた。咆哮と同時に毒を周囲へ撒き散らす。
『グオオ!!』
『状態異常『恐怖』レジスト』
『状態異常『畏怖』レジスト』
邪竜やピシャーチャと比べると、発生する状態異常の数からもショボく感じてしまう。ああ、これは経験値も期待できないかもしれないわ。でも固有名持ちだし、ドロップに期待かしらね。といっても毒袋が大きいから、そこがメインになりそうだけど。
ま、とっとと討伐してしまいましょうか。
「ついでにあんたも『浄化』! それから『ライトニングブレード』!」
ニドヘッグの身体から滲み出る毒と、周囲に散らばった毒を纏めて消し去る。どうせまた湧いて出てくるだろうけれど、嫌がらせ兼接近戦の下準備だ。
そして『サンダーソード』のレベル2。閃光迸る『ライトニングブレード』を手に持つ。こちらに向け動き出そうとするニドヘッグに対して、先制するために得物を水へと突っ込んだ。
「痺れなさい!」
『バチバチバチッ!』
『グオオオ!?』
『ライトニングブレード』から発生した電撃が水中を奔り、体を沈めていたニドヘッグに襲い掛かった。こいつは特殊ボスとかでもなんでもないので、弱点や抗体も固定されている。
吸収属性は無し。無効属性も状態異常を除けば無し。弱点は炎、氷、雷、神聖だ。うーん、なんという弱点まみれ。
下位竜程度が固有名持ちになったところで、変化するのはHPなどのステータスが一回り高くなり、経験値とドロップが豪華になるというくらいだ。今の私にはタフであるほどスキルを上げられるのでメリットでしかない。
正直この距離から雷を打ち込むだけでそのうち死んでくれそうだけれど、それでは面白くないし勿体ないわ。直接斬り込んでみよう。その為には、水が邪魔ね。
「『アイスロード』」
ニドヘッグの周囲と、私との間にある水を凍らせ足場にした。
軽く踏んでみる。うん、ちょっと滑るけど……まあ無いよりは良いでしょう。
『ガア!』
氷に乗って駆け出すと、麻痺する体を無理やり動かし、ニドヘッグが毒液攻撃をしてきた。そう言えば、液体攻撃を防ぐ場合の対処をあの子達にレクチャーしていなかったわね。
勢いが弱ければ風魔法で吹き上げるとか、視界は塞がれるけれど土魔法でブロックするとか、まあ色々と出来るんだけれど。毒液の場合は簡単ね。
『浄化』
若干視界が占領されるけれど、塵にした方が楽だわ。本当に、一部の相手には絶大な効力を持つわね、この魔法は。
私の動きに反応しきれないニドヘッグの懐へと入り込み、魔法剣を持つ手に力を込める。
「『月華流、一の太刀・荒月』!」
『グギア!?』
ニドヘッグを下から斬り上げた。月華流は技の演出に月のエフェクトが出るため、好んで使う公式流派の1つだ。1秒ほどの少ない時間であるも、魔法剣が通った後には三日月が浮かび上がっていた。
「『雷鳴流、一の太刀・瞬穿』!」
『グブッ!?』
上向きになったニドヘッグの頭を、顎から脳天にかけ魔法剣で貫き、縫い止める。雷鳴流は雷が付与された魔法武器や、雷の魔法剣でないと使用不可能な属性持ち前提のプレイヤー作の流派だ。
一の太刀は技の名の通り、一瞬で相手を穿つ。技の出が非常に早く、ステータスが一定のラインを超えると、突きは音を置き去りにする。相手は貫かれて初めて気付くだろう。
口を縫い留められたんだから、これで毒はもう吐けないでしょ。普通の生物なら、下顎から脳天貫通してる時点で死ぬんだけど、腐っても竜族ね。まだかろうじて生きているみたい。
私は『ライトニングブレード』はそのままに手を離し、ニドヘッグを足場に蹴りを放つ事で、一気に水辺の外周部にまで跳躍する。
「雷魔法って、高位になる程ピンポイントで当てるの難しくなっていくんだけど……ちょうど良い避雷針があるから、雑に撃っても当たりそうね。『ハイライトニング』!」
『ドカン!!』
『ハイサンダー』のレベル2。『ハイライトニング』をお見舞いする。宣言通り雑に撃った結果、やっぱり発動位置がズレてしまったものの、曲線を描きつつも導かれるようにニドヘッグへと落ちていった。
ニドヘッグは断末魔の悲鳴を上げる事なく絶命したようだ。奴の死骸からは『プスプス』と焼け焦げた音と匂いがしている。毒竜や邪竜でなければ、ドラゴンステーキが食べられるんだけど、こいつからは毒肉しか取れない。最初から毒なので『浄化』をしても塵に帰るだけ。残念だわ。
それでも採れる素材はあるはずだし、マジックバッグ(大)に収納しておきましょ。
例の特大マジックバッグを取り出し、ニドヘッグを吸い込む。うん、まだこのマジックバッグは動きそうね。ピシャーチャを取り込んだ時、実は結構ギリギリだったみたいで破裂しそうな音がしたんだけど……。
それに年代物だし、劣化もするわよね。王都に着いたら用途もないし、王様にでも献上して恩を売っておこうかなぁ。それまでに壊れなきゃいいけど。
劣化が酷すぎて私のスキルじゃ修繕も難しいし、下手すれば修理の過程で壊れちゃう。大型の魔獣を持って帰るには必要だから、今回の運搬で壊れたらそれまでね。
ニドヘッグを吸い込み終わり、周囲を改めて見回す。氷はあとで溶かすとして……。
毒は、周囲からありそうな雰囲気は感じられない。詳細に調べてはないけれど、水辺になければひとまずは安心して良いと思う。
あと何かを忘れているような……。何だっけ?
「あ、そっか。レベルが上がらなかったんだ」
竜の端くれだしソロ討伐ボーナスや固有名ボーナスも加味されているはずなんだけれど、それでも上がらないか……。
ピシャーチャの余剰分がもし無かったとしても、1レベルくらいは期待したんだけどなぁ……。使えない奴ね。
視界を動かすと、こちらへと駆けてくる姉弟が見えた。
「倒したわよ。見てたと思うけど」
「はい! 僕、シラユキさんの強さに感動しました! 技もそうですが、シラユキさんの戦いは洗練されていて、とても綺麗でした!!」
「ああ、魔法の技量だけでなく戦闘技術も、貴女の手に掛かればそれほどの領域にまで至れるのだな。あまりの美しさに感服したよ。私は貴女の技量に、心から敬意を表する」
2人からベタ褒めされてしまった。イースちゃんはちょっと口調は硬いし表情の変化が薄い子みたいだけど、よくよく見たら出会ってすぐの頃とは違う感じがするわ。誤解されやすい子なのね?
「ありがとう。この辺りからは、ひとまず穢れは祓えたと思うし、あなた達の集落に案内してもらえる? 病人の治療をしてあげたいの」
「よ、宜しいのですか!? お疲れなのではありませんか?」
「あんなの戦いのうちに入らないわ。私は全然元気よ」
正直準備運動にしかならなかったので、不完全燃焼ですらある。あと5倍くらいのHPの奴持ってきてほしいわ。
この周辺は見た目は元に戻せたはずだけど、一応後でまた確認はしておこう。ここでの穢れの流入が止まったからには、下流にある街も自然と穢れは落ちていくはず。
一応別れた時から、下流の街へ毒の流入は止まっているはずだけど、これであの子達の負担が減っていることを願うわ。
「なんと慈悲深い……。初めに無礼な態度を取ってしまい申し訳無かった。シラユキ殿がお求めになられるのであれば我らは可能な限りご協力致します。何卒同胞達を、宜しくお願いします」
「任されたわ」
「案内します、こちらへ」
そうして、エルフの美人姉弟に先導され、集落へと案内されるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
彼らについていくこと数分。先程、私が使った技に2人共興味津々だったので、答えてあげていた。
「なるほど、アレが音に聞く和国の技ですか。噂では、様々な流派が凌ぎ合っているとか」
「ええ、そうね。剣術や槍術などの武術にも流派がいくらかあると思うけれど、和国のソレはレベルが違うわ。どれも洗練されているにもかかわらず、流派の数が半端じゃないのよ。数え出したらきりがないほどよ」
武器スキルには固有の流派が存在し、『WoE』には実装当初からいくつか公式で用意されていた。
しかし数え切れないほどのバージョンアップを経て、プレイヤーが流派を開発出来るようになった。『発動に必要な動作』『エフェクト』『SE』『威力補正』『消費MP』など、プレイヤーはそれらを設定した技を最低3つは用意し、1つの流派として提出する。
すると専用のAIが、『必要なステータス』『スキル値』『クールタイム』などを設定し、更にプレイヤーが決めた設定の異常値などを正常値に矯正して返してくる。
それをプレイヤーが認証し『技名』を決定して、最後に運営が直接確認をし、問題なければ完成する。
プレイヤーの数だけ流派が生まれる可能性があり、なおかつバージョンアップを重ねるごとに使用可能なエフェクトやSE、細かな設定も追加されていった。
その上流派を学ぶには開祖から直接学ぶか、開祖が作成した武技書を読んで覚えるしかなかったため、流派の全貌を掴むのは不可能とされていた。
実際に私も、運営が用意したものは全部修得したけれど、プレイヤーが開発した物に関しては、気に入った流派しか修得していないので、当然私が知らない流派も存在している。と言っても、開発が盛んだったのは刀技や剣術が中心で、不人気な武器も存在していたけれどね。
私もいくつか流派を開祖したなぁ、懐かしい。
「私達姉弟は、この森では一番の狩人であると族長達から言われていたが、増長していたようだ。今の私達では、シラユキ殿の足元にも及ばない。今後も精進しようと思う」
「姉さんの言う通りです。いつか、シラユキさんのような美しい戦い方が出来るように頑張ります!」
この姉弟は上昇志向の塊みたいね。エルフは子供が出来にくい種族だから、この2人は年の差が結構あったりするのかしら。だけれど、仲は良さそうね。多分イースちゃんどころかキース君ですら、私よりもだいぶ年上なのかもしれないけど……構わないわ。アリシアと一緒で、カワイイに年齢は関係ないもの。
我慢出来ずに、2人の頭をナデナデした。
「ふふっ、頑張ってね」
「はい!」
「あ、ああ」
「イースちゃんは頭を撫でられるのは嫌だった?」
「ちゃん!? い、いやではないが……慣れていないのだ」
「そう」
嫌がられないなら、撫でるのをやめないわ。その調子で彼女の頭を撫で続けていると、イースちゃんは恥ずかしそうにしおしおとしていった。
カワイイわね。
「あの姉さんが……、フフ。あっ、シラユキさん! 見えてきましたよ、僕達の集落が」
「へえ……良い所ね」
その集落の入口は、独特のまじないで塗装された丸太で囲われており、中央には巨大な大樹が聳え立っていた。あれがこの集落の御神木ね。
中央ほどではないにしろ、囲いの中の他の樹木も幹が太く、樹木の中をくり抜いて家にしているみたい。
それ以外にも、太い枝にはログハウスが建てられていて、他のログハウス同士との間には橋が架けられていた。まるで童話の世界にやってきたみたい!
『森に住むってこういうことよね!』
この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると嬉しいです!