第193話 『その日、調査をお願いした』
「……ふにゃ?」
小雪との幸せな時間が終わり、目を開けると、そこには太陽の光を受けて白く輝く綺麗な髪と、幸せそうな表情で眠りにつく天使の寝顔があった。
彼女はアリスティア王女殿下。
正史であれば、魔族やそれに類する悪意を持つ者たちの手によって亡き者にされてしまう不幸な少女。
けれど今は、私が未来を変えた事で死ぬ必要はなくなり、長年悩ませていた彼女とその周囲の問題を解決する事で、笑顔を取り戻した。今となっては私の大事な妹であり、婚約者の1人だ。
抱き寄せていた腕で、そーっと頭を撫で、頬に触れる。
出会った頃に比べれば血色も良くなり、肌の艶も増した気がする。元々少食だったのと、本来世話をしてくれるはずのメイドにも見捨てられて、1人暮らしを余儀なくされていたから、食生活も偏ってしまっていたみたいなのよね。
まあ好き嫌いはないみたいだけど、魔法に影響があると思っていたのか、野菜ばかり食べていたみたいなんだけど。
私と生活を共にするようになってからは、アリシアの考える栄養バランス満点の食事によって、食生活は大幅に改善された。食事を楽しみつつ沢山食べるようになったみたいで、それが元気になった要因でもあるみたい。それに朝食には必ず、エルフの集落からもらってきたフルーツ100%ジュースが出て来ているもの。
魔力濃度の高い食物は身体に良いとされている。ちょっと不健康気味だったアリスちゃんも、今では元気でモチモチのお肌に大変身だ。
くんくん。
アリスちゃんを抱き寄せ、彼女のお腹の辺りで匂いを嗅ぐ。
猫吸いならぬ、アリスちゃん吸いだ。
えへ、幸せの香りがするわ。
このままもう一眠りと行きたいところだけど、そろそろ朝食の時間よね。アリシアが準備をしている気配を感じるわ。
「ひゃっ」
そのままお腹に頬ずりをすると、くすぐったかったのかカワイらしい声が上がる。
ふと顔を上げると、真っ赤になったアリスちゃんと目が合った。
「おはよう、アリスちゃん」
「お、おはようございます」
「よく眠れたかしら」
「はい……とっても」
「それは良かった。じゃ、おはようのチューしましょ」
「は、ひゃいっ……んぅっ」
こんなカワイイ子が不幸な目に遭うなんて許さないわ。
元凶は取り除いたとしても、確実に大丈夫とは言えないのよね。だって、アリスちゃんを死なせた犯人が誰だったのか、正史では解き明かされることは無かったもの。そもそもアリスちゃんが、どんな見た目をしていたのかすら伝わっていなかったくらいだし。
ここはやっぱり、頼る必要があるわね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ソフィー」
「なあに?」
朝食を終え、のんびり学校へ行く為の準備をしている時間。
着替えが終わった面々から順番にリビングに集まり、全員揃ったらダラダラしてから外に出る。いつものルーティン。そんなのんびりタイムを壊すのは、少し申し訳ないけれど……覚悟を決める。
「今日ね、アリスちゃんをカワイがりながら改めて思ったの。ソフィーもアリスちゃんも、ちゃんと幸せにしたいなって」
「シラユキ……」
「シラユキ姉様……」
「勿論アリシアも、リリちゃんも、ママも。ココナちゃんもリディもイングリットちゃんも大好きな人たち皆幸せにしたいわ」
「お嬢様……」
私がそう言うと、ソフィーがちょっと残念そうな目でこっちを見たけど、すぐに切り替えて続きを促した。
「それでどうしたの、急に」
「うん。その為にも皆をこれからも守っていくつもりだし、自衛出来るように力も付けていくつもりよ」
「うん」
「だけど、やっぱり危険な芽があるなら、事前にそれは摘んでおきたい訳よ」
「うん……?」
アリシアはその言葉に、警戒するように表情を切り替えたが、2人はよくわかっていないようでクエスチョンマークを頭に浮かべた。
「お嬢様、何か問題があったのですか?」
「ううん、そう言うんじゃないのよ。危険があるかどうか、私にはわからないし、アリシアも分からないと思う」
「どう言うことよ」
「これはソフィーにしか分からないことだと思うわ。だから聞いておきたいの。ソフィーには嫌な事を思い出させてしまうから、少し申し訳ないんだけど」
「嫌なこと?」
「……私が現れなかった場合の世界について」
「!?」
「ソフィーはあの夢、どれくらい覚えてる?」
そう聞くと、ソフィーは顔を曇らせた。そんな表情をする彼女を放っておけなくて、私はすぐに駆け寄り抱きしめる。
「シラユキ……」
「大丈夫よ。今は私がついてるから。絶対に起きないし起こさせない」
「うん、ありがとう……。あの夢を見たのは、本当にあの時だけなんだけど、不思議なことにどれだけ時間が経っても色褪せないの。まるで、昨日の出来事であるかのように今でも鮮明に思い出せるわ。本当に自分が体験した出来事の様に……。忘れてはならない出来事だと胸に刻まれてるみたいに。あの時感じた後悔も、絶望も、孤独も、不安も、怒りも、嘆きも。思い出すたびに想いが溢れてっ」
「ソフィー!」
「っ」
無意識に涙を浮かべるソフィーの唇を奪う。
貪る様に求めるのではなく、慈しむ様に優しく包み込む。片手は彼女の手を握り、もう片方で背中をさする。彼女の心が晴れるまで、私はその姿勢を保った。
そして彼女の方から、そっと離れる。
「……もう、大丈夫。ありがと」
嬉しさや喜びが恐れの気持ちを上回った様で、ソフィーの顔は今や赤みが増している。
「もう、ソフィーったら。そんな事になってるなら相談してくれて良いのに」
「ごめん、こんなの気味が悪いんじゃないかと思って……」
昨日あんなに不安になって泣いていたのも、もしかしてそれが原因かしら。私がいない事で起きる不幸の連鎖が、今も色褪せず心に残り続けているのだとしたら、不安になるのも仕方がないわ。
「そんな事ないわ。あの出来事は、どれだけ時間が経っても……。もしも生まれ変わったとしても、貴女が戒めとして覚えておかなきゃいけない。きっと、その記憶の持ち主が、そう誓ったんだわ。私はそれを否定したりしない。親友で家族で、今世では婚約者の貴女の想いを、否定したりしないわ」
「シラユキ……?」
「だから大丈夫よ、ソフィー。私を信じて」
「……ええ。信じてるわ」
私の言葉を受け、先ほどとは別の意味の涙を流すソフィーを、もう一度抱きしめる。
一頻り涙を流した彼女は、満面の笑みを浮かべる。まるで憑き物が落ちたかの様に、すっきりとした表情を見せた。
「シラユキ、ありがと。大好きよ」
「私も大好き。ふふっ」
「アリスもアリシア姉様も、心配かけたわね」
「いえ、構いません。ソフィア姉様にだって、苦しい事や抱えている嫌な事だってあると思います」
「そうですね、そして私たちは皆家族。お嬢様の大事な婚約者なのですから、いつでも相談して下さい。お嬢様ならきっと助けてくれます。勿論私達も」
「アリシア姉様……。ええ、そうね、私もそう思うわ。……ねえシラユキ、2人に話してもいいかな」
「私達の家族だもの。大丈夫よ」
「ふふ、そうよね。貴女が家族に迎え入れる人は、皆心が温かくて優しい人しかいないもの」
「えへへー」
「……2人とも良く聞いて。私が見た、地獄の様な……起こり得たもう1つの可能性の世界の話」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ソフィーが夢の内容を語り終え、2人が話を飲み込み終えた頃。そろそろ学校に行かなきゃマズイ時間ということもあり、落ち込んだ空気を入れ替えるためにも部屋を出る事にした。
普段登校するときはアリシアが隣なんだけど、今日はソフィーが隣だ。いつも以上に距離が近くて、指を絡める様子はまさに恋人のソレ。
道行く女子生徒たちはその光景にキャイキャイ黄色い声援を上げ、私もそんな積極的な彼女が愛おしくて、私もソフィーに全力で甘えた。ちなみにスピカは、今日は大人しく頭の上にちょこんと座っている。
そしてその状態でも、先程の話題が尽きることは無かった。
外でするには少し内容が暗いものではあるが、知らない者からすれば察することすら出来ないと言うこともあり、要所要所でボカシながら話す事にした。
「じゃあアリシアも、似た様な事を考えたことはあるんだ?」
「はい。お嬢様がいなければ、少なくとも街は3つ、村は1つ消えていましたから」
「あー、まあそうね。でも最初の街は消えることは無いでしょうね。傀儡の街にはなっていたでしょうけど」
「シラユキ姉様がいない世界なんて考えられません。ですが、もしそれが現実に起こっていたとしたら……ゾッとします」
「ホントよね」
そう言ってソフィーは、絡めた手をそのままに腕を組んできた。
「それで? シラユキはそんな仮定のお話の中で、私に何が聞きたかったの?」
それを聞くソフィーの顔からは、先ほどまでの憔悴した表情は一切なく、あの記憶をしっかりと受け止めている様子だった。本当にソフィーは強い子ね。
「うん。その記憶の中で重要なのは、今朝も話したけど貴女達姉妹の事よ。2人を間接的に害した連中の背後には、例の魔人がいたのは間違いないでしょうけど、それを実行した連中は間違いなくいるわ。ソフィーの方はあの豚がそうであって、陛下の調査もあって連座で裁かれたと見ているけど、そこに漏れはない?」
「ええ、記憶にある連中は全員、法の下に裁かれたわ」
「それじゃあ、アリスちゃんの方はどう?」
「アリスの方は……どうだったかしら。あの事件は私も知らない間に起きていた事だったはずよ。夢の中の私も、誰が関与しているのかハッキリとは分からず終いだったのよね。今思い返しても……うーん」
「私、この国の貴族についてまるで知識がないのよね。だから、この件に関して力にはなれないわ。けど、その連中は今ものうのうと生きているかもしれないの。この世界では未遂でも、そうする動機があると言うのなら見張っておくに越したことは無いわ。そうでしょう?」
「……そうね。分かった、私の方で思い当たる節は調べてみようと思う。いざとなったらナンバーズも貸してくれる?」
「勿論、大事な家族のためだもの」
そうしてソフィーは、自前の情報部隊を早速放ち、思い当たる貴族に探りを入れる様だった。
司令塔のように指示を出すソフィーも格好よくて良いわね。
でも……ふふっ。もう片方の手はしっかり私の手を握って離さない所なんかは、とてもカワイイわね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ソフィーとイチャつきながら登校をしたせいか、教室に着いたのは始業のベルが鳴るギリギリになってしまった。けれど、先生達は怒るよりもまず心配をしてくれて……。
「シラユキ、大丈夫なのか!? 無理に登校しなくても良いんだぞ。体調が悪いのなら休んでしまっても悪い様にはせんぞ」
「そうですよー。シラユキちゃんは歴史に残るとーっても偉大な事を成し遂げたんですからー」
「ほぇ?」
一瞬何をしたか思い出そうとすると、隣にいたソフィーがクスリと笑った。
「シラユキったら、昨日のこともう忘れたの? 上級ダンジョンの事よ」
「ああー。そう言えばそうだったわね」
そう何でもないことの様に言うと、モリスン先生は盛大にため息を吐いた。
「お前の調子はいつも通りか……。その様子だと、何ともないんだな?」
「はい。ちょっと疲れましたけど、私もアリシアも、一度たりとも手傷は負っていませんし、昨日はぐっすり眠れましたから」
実際に怪我したのは神丸だけで、その傷もその場ですぐに治療したから跡は残っていない。ただまあ、久々の……ううん。この世界では初めての長期間ダイブだったもんね。多少の気疲れはあるかも。
そういう意味でも休みを取れって言われてるのかもしれないけど、正直言われるまで休むって発想はなかったわ。
昨日小雪が言っていたのは、この事なのかも?
うーん。働きすぎ、なのかなぁ?
「でも、あまり皆に心配かけたくないですし。今日くらいはダンジョンに入らずのんびり休みますよ」
「そうか。そうすると良い」
「その代わり、素材はいっぱいあるので色々作りたいですね!」
「それは果たして、休む事なのか……?」
中級ダンジョンの素材に加えて上級ダンジョンの素材。更には暗黒竜の素材がたくさん! そろそろシラユキちゃんの装備も前衛仕様で一新したいと思っていたし、作りたいものは山ほどあるわ。
ふふふ、今から何を作ろうかワクワクするわ。
「……まあ、それで気が休まると言うのなら俺からは何も言わん。だがどんな猛者でも疲労や心労は溜まるものだ。今日の授業も、昨日と同じく演習場での魔法練習とする! ただし、シラユキとそのメイドは、生徒達に課題を出した後は可能な限り休む様に。良いな?」
「ほえ?」
「良いな?」
「あ、はい」
「よし、では全員行くぞ」
気を使われちゃったかな?
でもそうね。私は元気でも、アリシアは疲労が残ってるわよね。急激にいくつもレベルアップしたのもあるんだし、ゆっくり休ませてあげないと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そうして演習場へとついた私は、炎属性の練習をする子達に『アイスウォール』を展開。水属性には『ファイアーウォール』を。土属性には『サンダーウォール』。風属性には『アースウォール』。
それぞれ厚み10センチ以上、長さ10メートル以上で各壁付近に割と本気目に魔力を込めて設置をした。
演習場には各種『スコアボード』が用意されているけど、これって点数しか出ないので、現状を知ることは出来ても『成長』には向かない。自身の魔法を持って現実の物質や事象に影響を与えた方が、経験にも糧にもなるのだ。
という訳で、先生達はそれを用意する私の心配をしていたが、ひとまず無視する。あとはアリシアと引っ付いて休憩時間を満喫する。
「お嬢様、膝枕しましょうか」
「うーん、寝ちゃったら呼び出した壁魔法が消えちゃうから、それは後でいいわ。まずはアリシアからゆっくり休んで」
「大丈夫ですよ、お嬢様。私はお嬢様といられるだけで元気を貰っていますから」
「嘘じゃないでしょうけど嘘ね。気力はみなぎっているけど、疲労は隠せていないわよ。今朝からそうだけど、普段よりアリシアのパーフェクト具合が7割くらいに目減りしているもの」
「うっ……。隠せていたつもりでしたが、お嬢様には通じない様ですね」
「ずっと貴女と一緒にいるんだもの。それくらいの違い、分かるわ」
「お嬢様……」
「んふ、貴女が回復しきれないなんて……。そんなに私のいない夜は寂しかった?」
「……はい、とっても」
「そう……。でも安心なさい、次は貴女の番よ」
「はいっ、お嬢様」
アリシアと抱き合う。
周囲の目線なんて、私たちには知ったことではなかった。
「じゃあアリシアが膝枕を受けなさい」
「……はい、お嬢様。では、失礼します……」
それからアリシアは、眠る事が勿体ないと思ったのかずっと起きていたけれど、小一時間ずーっと私とお喋りをして幸せ空間を展開し続けた。甘えるアリシアがカワイすぎて、こっちの表情筋も蕩け切ってしまったわ。
午前の授業が半分過ぎたところで、壁魔法を消し去り次の課題へと進める。
「皆一通り相反する属性の壁に打ち込んだわね? 属性同士のぶつかり合いを経験した事でスキルの上昇量が、自主練の時よりも大きく成長した事でしょう。けれどそこで満足してはいけないわ。次は、同じ属性の使い手の人たちと相談して、こうすれば上手く壁にダメージを与えられたとか、工夫や変化を相談してみなさい。相談に30分ほど時間をとって、その後は全員順番に、『スコアボード』に魔法を打ち込むのよ。そうすれば、自分がどれだけ成長出来たのか実感出来るはずだから」
そう指示出しをして、あとはアリシアの膝枕で眠りこけた。
『ようやく、ちゃんと休んでくれて何よりだわ』
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