閑話5-2 『敗者達のそれぞれ』
「閣下、お客様がお見えです」
「ああ、通せ」
領地からの報告書を読んでいると、扉の向こうから直属の部下であるセランドの声が聞こえ顔を上げる。扉を開けてやって来たのは、見慣れた顔だった。
「……なんだ、お前か」
「なんだとはご挨拶ですわね、レオン。貴方が落ち込んでいないか心配して見に来て差し上げましたのに」
リヴィディエール・フランシスカ。
彼女の故郷であるフランシスカ領と、俺の故郷であるフェルディナント領は隣同士であり、同じ問題を抱えていた。その関係から親同士の絆は深く、彼女との出会いは必然だった。
2つの家は、それぞれの支配地域に複数のダンジョンを抱えており、魔物の脅威から身を守りつつ、魔物の素材で発展させてきた歴史を持つ。当然俺達もその役目を引き継ぎ、立ち上がった。この学園へ入学をしたのも、将来の領地の発展と戦いに役立ちそうな人員を確保するため。
こいつには一足先に武勲を立てられてしまったが、俺達の部隊はリヴィの私兵隊にも負けてはいない。いや、あの戦いを経て練度ならばこちらの方が上だと自負している。
問題があるとすれば、次に起きそうなスタンピードの規模が、昨年フランシスカ領で起きた物よりも大きくなりそう、と言うことだ。
「ふん、心配されるほどの事など何もないさ。今回の争いで我々が失ったものは何も無かったのだから。むしろ、得難い経験をさせてもらえたのだから、感謝するべきなんだ」
「確かに。ここに来るまでに演習場を覗かせて頂きましたが、皆さんの活力が増していたように見えましたわ」
リヴィはどこか誇らしげに語る。
彼女との関係は一言で言い表せない複雑なものだ。
魔物から領民を護るために立ち上がった同志であり、仲間であり、幼馴染みで、同じ師を持つ。恋人と言うほど甘い関係でもないが、大事な存在だ。
彼女から見てもそう映るのであれば、俺の勘違いではないのだろう。確実に成長している。
先日行われた前代未聞の決闘から数日。
第一戦から第四戦に参加した者達は厳罰を課せられ、何人かは周囲の視線や実家からの圧力に耐え切れず、退学して行ったようだ。しかし、第五戦に参加していた我々に降ったのは、騎士科の学園長からの命令で反省文を書かされたくらいだ。
面倒といえば面倒だが、罰と呼ぶには随分と可愛らしいものだった。
きっとこれも、あの少女の采配だろう。
反省文も、決闘における改善点や反省点を書けと言うものだ。
圧倒的なまでの力を持った強者と手合わせ出来る機会はそう多くない。戦いを振り返る事で、少しでも得られるものを心と身体に刻む必要がある。あの学園長の考えそうな事だった。
俺としても、あの戦いは自身の戦い方を見つめ直す良い機会だった。戦いの中で魔法を小細工に使う方法は騎士には相応しくないと揶揄されていたが、あの少女によって実用性を評価されたのは大きい。魔法の腕も鍛えなければならないな。
部下達にとっても実りの多い物であっただろうし、全員に改善点を含め原稿用紙5枚以上書くよう指示を出した。
そしてリーダーである俺には、追加で報告書を書く事となったが、これも仕方がない。
勝者が今回の罰としてそれを望んだのであれば、従わざるを得ないのだ。
内容が決闘に参加する条件を満たした理由と、その詳細を赤裸々にと注文もあったが、従った。決闘の最中では意地は張ったが、俺は敗者なのだ。素直に従う。
少女であれば、我が領地が直面している問題の対処方法も浮かぶかもしれないからな。もしなかったとしても、良心に付け込んで力を貸してもらえないか打診して見るのも良いかもしれない。
「思ったよりも元気そうですわね。学園ではいつも以上に奇異の目に晒されて、疲れ果てているのかと思いましたのに」
「そんな柔ではないさ」
俺も、お前もな。
「ところで、用事があったのでは無いのか?」
「あら、幼馴染が心配して駆け付けるのは可笑しいかしら?」
「……お前が、俺を、心配?」
「なんですの、その信じられないと言う顔は! 私のことをなんだと思ってますの! ……まあ、良いですわ。それでどうでした、彼女と戦って見た感想は」
「お前も、連中と同じことを聞くんだな」
決闘の翌日から、立て続けに受けた問いに思わずため息が漏れる。
騎士科3年男子のトップが、魔法科1年の女子に剣で負けたのだ。トップになれず、苦渋を舐めさせられていた連中には丁度いいゴシップだったのだろう。何度もしつこく聞いてきたのだ。
挙句、俺があっさりと負けたものだから自分でも勝てると思い上がった連中も大勢いたようだ。賭けの発生しない『試合』を申し込んで来たので、容赦なく叩きのめしておいたが。
あの戦いを見て俺に勝てると踏むような奴らは部下には要らん。あまりの申込数に少し辟易としたが、見切りを付ける良い切っ掛けだったと思うことにした。
あの少女との戦いの経験か、有象無象の剣は酷く遅く、そして軽く感じた。どうやら俺は、自分でも知らない間に成長出来たらしい。
今なら苦労させられた中級ダンジョンのあの魔物にも、善戦出来そうな気さえしている。
それでも、とっくにあのダンジョンを攻略してみせたあの少女との差は歴然だが。
「私が聞きたい事を、そこらの凡夫共と同じにしないで頂けます? 彼女の剣は、あのお方に届きうる物でしたの?」
「それを聞いてどうする」
「どうもしませんわ。ただ、目標が増えるだけですもの」
リヴィが信仰する『あのお方』とはただ1人。白の騎士の事だろう。いや、例の装備も相まって、あの日以降は『白夜の騎士』と呼ばれているのだったか。
過去に手合わせをする機会を得られた際、リヴィではあの騎士の遊び相手にすらなれなかったが、俺が多少ついて行けていた事を未だに根に持っている節がある。
だが、その問いは無意味だ。
あの日、剣を受け取るために傅いた白の騎士が抱いていた想い。お前も気付いているのだろう?
武人としての境地に羨望し、強い憧れと尊敬を伴った、俺たちが散々向けられていた目を、あの騎士もしていたことに。
あれほど憧れていたお前が、それに気付かないはずがない。
「俺を物差しに使うのは良いが、もう分かっているんだろう? どちらの剣が真に上なのか」
「……ふん」
「そんなに自分の目が信じられないのなら、直接問うてみて、それでも納得出来ないなら挑めば良い。あの少女は来るものは拒まないだろう。幸い、お前はあの少女には嫌われていないようだしな。……くく、ドリル先輩、だったか?」
それを聞いたリヴィは顔を真っ赤にして驚いて見せた。
「な、なぜそれを知っていますの!?」
「人の口に戸は立てられまい。部下を使わずとも自然と耳に入ってきたぞ?」
「ぐぬぬ」
リヴィは悔しげに、そして気恥ずかしそうにぷるぷると震えている。話題を逸らすためか、必死に視線を動かし、俺の手元を見て顔を明るくさせる。
「……と、ところでレオン! その報告書は、フェルディナントの地からかしら」
「ぶふっ」
その表情の変化に耐え切れず噴き出してしまうが、リヴィにそれを気にする余裕はない様だった。
「んんっ。ああ、そうだ。ダンジョンの活性化が近いと言う内容だな。中規模ダンジョンの一層から四層近辺における魔物の量が従来より増えていたらしい。密度と間引き速度を計算した結果、早くて半年。遅くとも1年以内にはスタンピードが起きる予測だ」
「そうなんですのね。あまり、ゆっくりも出来ませんか……。ですが貴方の部隊も成長しましたし、新たに心強い部下も出来たではありませんか。心配には及ばないのではなくて?」
「……それはあの3人の事か? あいつらはあの少女と相対するだけの臨時の契約だったんだ。もう部下でも何でもないし、連絡手段もない。あいつらを当てにすることは出来ん」
「そうなのですか……勿体無いですわね」
正しくは、3人の内連絡がつかないのは『武闘家』である『剛拳のルドラー』だけだ。その理由も修行をし直すとかなんとかで、決闘が終わったその日の内に姿を消してしまった。
そして行方が知れる内の1人、『暗殺者』のシャドーステップは、所属する盗賊ギルドに帰って行った。彼は負けたと言っても盗賊ギルドの『白金』級。魔法への警戒度が増した彼は、2度とあんな醜態は晒さないだろう。
噂では、もう別の仕事に就いていて、金稼ぎに無心していると聞く。奴に関してはタイミングさえ合えば、また関われるかもしれんな。
そして最後に、最強の男……神丸。
『侍』という異国の職業を持つあの風来坊は、安宿を借りて療養していると聞く。
あの戦いで、我々が想像するよりも遥かに気力を消耗したらしく、休息が必要なのだとか。あの男は大枚叩いてでも部下にしておきたいところだったが、強者を求めて旅をしているらしく、王国には気まぐれでやって来たらしい。
彼の腕前を思えば、この地の魔物討伐程度に食指が動かないのも頷ける。
それに、もし強力な魔物がスタンピードで現れたとしても、早くとも半年先なのだ。それまでこの地に留まっているかも怪しいところだな。
いや、あの少女をダシに使えば上手く出来るか? ……だが、あの少女との関係がこじれるのが一番の問題だろうしな。この案は捨てよう。
「それでしたら、幼馴染の私が『と・く・べ・つ』に、力を貸して差し上げても構わなくってよ?」
「ああ、頼りにしている」
「!? や、やけに素直ですわね。……まあ良いですわ、そこまで言うなら仕方がありません。有事の際は付き合ってあげます」
普段引き連れている取り巻きの前では決して見せない表情で、リヴィは微笑んだ。俺の前だけでなく、普段からこの調子なら男女問わず人気があったものを。
そうすれば部下を集めるのにも苦労はなかったはずだ。
まあ……下心で近づく連中を追い払うのも手間だから、教えてやる気はないが。
そう思っていると外から扉を叩く音が鳴る。
「閣下、歓談中失礼します。……『あの方』の使いから手紙が届いております」
「あの方……?」
「セランド、リヴィは身内だ。濁す必要はない」
「!?」
「はっ、失礼しました!」
封書を手渡したセランドに待機するよう告げ、封を解く。俺達の様子を見て笑いを堪えるセランドを訝しみつつも、封書の内容が気になるので一旦捨て置くことにした。
中身を全て確認したところで、リヴィは息を吹き返した。
「レ、レオン……その」
「なんだ」
「うっ……。な、なんでもありませんわ! それより、あの方とは誰なのです。み、身内だというなら教えてもらいたい物ですわね!」
「そうだな。まずあの方とは例の少女の事だ。そしてこれは、我慢する必要がなくなった少女がこの数日でしでかした出来事の仔細と、今後行う改革の予定表……。といったところだな」
全く、たった数日でこれだけの事をしでかしたのか。
中級ダンジョンのクリアなどは耳にしていたが、この内容に比べると本当に些細なことだったようだ。
その内容をリディに共有してやると、その引き起こした内容の密度と、信じられない内容に目を瞬かせた。
「そ、それは本当なんですの?」
「そのようだ。そしてコレは、俺の部下には伝えても良いそうだ。……よし、セランド。至急総員をフロアに集めろ。あの少女からの召集命令だ、早足で準備するよう伝えろ」
「はっ!!」
セランドも驚いていただろうに、すぐに我を取り戻して駆け足で部屋を出ていく。さて、全員と内容を共有したらすぐに出発だ、あの少女を待たせるわけにはいかない。
「レオン、あの少女のところへ行くのですね?」
「ああ」
「ならば、私も連れて行ってくださいまし。身内なのですから、当然ですわよね?」
「ふっ、勿論だ。愛槍は持ってきているか?」
「愚問ですわね。常在戦場。騎士が手ぶらで動くわけありませんわ」
「よし、では行こうか」
未曾有の危機が、領地に迫っている。頼れる戦力は少なく、人員も装備も心許ない。
だが、そんな俺の前に一筋の光明が差し込んだ。
圧倒的な力を持つ者から、部隊を強化する為の手解きを受けられるのだ。絶望に嘆く必要はないかも知れない。
フェルディナント家が先祖代々守り抜いてきた領地、むざむざ魔物に蹂躙させはせんぞ!
新章投稿は3末から4月辺りを予定してます




