第168話 『その日、観客達は見た』
「リリ姉さん、今の見まして!?」
「うん、お姉ちゃんが綺麗に避けたね」
「お姉様は凄腕の冒険者というのは存じておりましたが、あのような方法で回避するなんて……ああっ!」
興奮して立ち上がるアーネストちゃんの腕を、リリが引っ張り着座させた。
「アーネちゃん、静かに見てるの」
「は、はいですわっ」
「ふふっ」
アーネストちゃんがリリの妹分になってもう1週間。普段はお上品なお嬢様なのに、シラユキちゃんの事になると急に我を忘れちゃうアーネちゃん。そしてリリが冷静にそれを窘める。
不思議な光景だけど、見慣れてしまったわ。
最初は周りの子達も、平民の子が貴族の令嬢を教え諭す光景を見て困惑していたけど、誰も怒ったりなんてしなかった。リリはこの、魔法学園初等部のSクラスのトップ。その実力に対する敬意もあるかもしれないけど、一番の理由は皆がもう、リリのお友達だからだと思うわ。平民も貴族も区別なく、みーんなお友達。
シラユキちゃんの価値観に感動したアーネちゃんが、率先してこの輪を広げてくれたわ。そのついでに、非公式ファンクラブ『SOO』の会員も。
この会員はアーネちゃんが慎重に情報を統制しつつも、着実に会員数を増やしていたんだけれど、シラユキちゃんが放課後に初等部側の門を通った日に爆発的に増加したわ。
それまでは遠目にシラユキちゃんを目視した何人かの子達が少しずつ加入していたんだけど、あの日は白昼堂々アリシアちゃんとの仲良しぶりを見せつけるようにイチャイチャしていたから……。
その結果、初等部女子の3割くらいが会員になってしまったわ。多分、今日の決闘を終えたらほとんどの子が加入しちゃうんじゃないかな?
さっきもシラユキちゃん『SOO』の文字を見て頭を傾げていたし、秘密にするのも限界だと思うの。
「リリ、アーネちゃん。もうそろそろ隠しきれないと思うわ」
「うん。今晩伝えようと思うの」
「それがいいですわねっ!」
このファンクラブはアーネちゃん発想の元、本人には内緒で立ち上げたファンクラブ。短期間でシラユキちゃんのファンを集めて、どれだけの会員が集まったかを本人に伝えて驚かせようと言うサプライズ企画。
シラユキちゃんに驚いて欲しいという気持ちと喜んで欲しいという気持ちが混ぜこぜになった話だったけど、リリも私も喜んで共犯する事にした。
会員になる条件は、シラユキちゃんを心から敬愛している事。本人には決して、公開するまでバレてはいけない事。最後にシラユキちゃんの『妹』を望む事。その3点に同意をして、誓約書にサインをすれば、加入する事が出来る。
シラユキちゃんを姉として敬愛するファンクラブだから、入れるのは妹側に立てる子だけらしい。ママは違うと思ってたけど、リリ曰く問題ないみたい。私、ママなのに……。
あと、適性がありそうなら、性別は問わないとか。シラユキちゃん、可愛ければ男女問わないみたいな所があるものね。
ただ、そこはやっぱりシラユキちゃんの判断基準だから、公開されるまでその子は仮会員って扱いみたいだけど。
『さあ! 青組の60名、今度こそ一斉発射の準備が出来たようです! 再びリチャージするまで十分な時間がありました。シラユキ選手、これを邪魔しに行く事なくひたすら髪の毛をイジイジしております! 彼女はこれを勝負だと言うことを、果たして覚えているのでしょうかーー!!』
解説の子が楽しそうに叫んでいる。
シラユキちゃんが本気を出せば、200人ほどの相手は一瞬で勝負がついてしまう。シラユキちゃんが言っていたけど、実力をわからせる方法の中で一番の愚策は、相手に知覚出来ない速度や力で圧倒してしまうことだそう。人は、理解を超える現象に遭遇すると、正常な思考が出来なくなるらしい。
戦場なら、それで相手を混乱させることでこちらの利になるけれど、今回の戦いの先にあるのは、シラユキちゃんをよく知ってもらうことなのだ。
これから先、シラユキちゃんは自分が持っている様々な知識や経験を使って、私達を含めた王国の民が、自ら陥った知識の袋小路。どん詰まりとなった、発展の未来がないこの現状を破壊し、先へと進んでいく為の道を指し示していくつもりだ。
その為にも、まずはシラユキちゃんが今、どれほどの腕前を持っているのか。それを少しでも理解してもらう必要がある。
だから彼女は敢えて彼らを挑発し、危険な目に自ら遭おうとしている。魔法学園において才能溢れる魔法使いと、冒険者達の現役魔法使い。そんな彼ら60人から同時に魔法を受けるという場面は、本来なら絶望する状況であるはずなのに、もしもそれを簡単に覆して見せたなら……。
魔法を深く知らない一般人でさえ、それは偉業だと分かるはず。現役の魔法使いや、戦場で身をもって知っている人達なら尚の事、シラユキちゃんの能力が理解できるはず。あの子の狙いはソレね。
『先程の回避方法は、現役の騎士達をも唸らせる程でした! 近接魔法戦闘が得意なモニカ副生徒会長も、真似出来ないと悔しがっています!』
『ちょ、キャサリン!』
『ですがこれから行われるのは、青組60名による一斉発射です! これを先程のように回避するのは至難! 密度が違いますからねー。さあシラユキ選手、これをどう捌くのかぁーーっ!!』
その時、シラユキちゃんはようやく顔を上げ、青組の横並びとなった魔法を見て溜息をついた。
まるで、それは時間をかけすぎた彼らを嘲笑うかのようで。
シラユキちゃんは、見惚れるくらい可愛らしく、手招きをした。
「来なさい」
心配は、必要なさそうね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『……し、信じられません!! シラユキ選手、迫り来る魔法の数々を、避ける! 避ける!! 避けまくっています!!』
シラユキは真っ先に飛来して来たランス系の魔法を、先ほど見せたように体の一部を軽く動かしたり、踊るようにターンを決めたり、舞うように飛ぶ事で全ての攻撃を回避して見せた。
それも最小の動きで。
その回避行動に、余計な力は加わっていない。緊張している様子はまるでなく、あくまでも自然体だ。
しかも逃げるように動き回るわけではなく、元いた場所から極力離れないように立ち回っている。襲いかかって来る魔法が多い場所から、わざと離れないでいるみたい。
普段から軽やかに魅せる事を意識しているあたしだからこそ分かる。あの回避は、シラユキにとっては朝飯前なのだと言うことが。
「避けるだけじゃ、芸がないかしら?」
ランス系の魔法を回避だけで凌ぎ切ったシラユキは、今度はボール系魔法を拳で迎え撃った。
『こ、今度は殴って弾き返した―!! しかも、しかも、まさかのダメージ0!? 皆さんご存知かと思いますが、今フィールド内では、全ての魔法及び物理攻撃には、他の物体に接触する事でスコア機能が作用するようになっています! 現にシラユキ選手が回避した魔法の数々は、地面や障壁に激突した際に数値が出ています! 魔法に触れれば、必ずダメージを受けますし、素手で触れればタダではすみません! ですが彼女は0ダメージなのです! ルールにもありますが、彼女はこの戦いにおいて特殊な魔道具や防具は一切の持ち込みを禁じています! 事前に私も確認しましたが何も特別なものは持ち込んでいません! もしや彼女が持つ知識には、魔法を無力化する手段があるとでも言うのでしょうかー!?』
「イングリット、あれって……」
「はい、この前のお休みでご教授頂いたばかりですが、『魔力防御』という技法ですね。魔力を自身の身体に纏わせる事で、接触時のダメージを防げるのだとか。あと、今は弾いていますが破壊する事も出来るようですね」
「うーん、流石ね。飛んでくる魔法を破壊するなんて発想、そもそも出やしないわよ」
「シラユキちゃん、さっきもそうだったけど凄い体捌きね。アレがリディエラの惚れた理由かしら?」
「ちょ、カーラ! 誤解を招く言い方しないでってば!」
「えー?」
むぅ。あの日の涙を見られてからカーラったらずっと弄ってくるのよね。そんなんじゃない……と思いたい。
「それで、どうなの?」
「ふふん、シラユキの真骨頂はアレじゃないわ。確かに体捌きだけ見ても惚れ惚れする動きだけど、一番凄いのは魔法よ! きっとカーラの魔法に対する認識も書き換わるわ」
迫り来る魔法を殴り飛ばし続けるシラユキを眺めながら、私はカーラに、シラユキの素晴らしさを熱弁した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「『魔力防御』をマスターすれば、あんなことが出来るんだ。ふぅん、……想像以上に格好良いじゃない」
「はい。シラユキ姉様、格好良いです! それに『魔力防御』は強すぎても弱すぎずてもダメなのですよね。丁度いい魔力量を見極めないと、自分がダメージを受けてしまったり、相手の魔法を壊してしまったりすると聞きました。壊してしまった方が楽なのに、シラユキ姉様は分かる人にしか伝わらない難しい事をされていますね」
「お嬢様は、この場にいる全ての人に魔法で出来る事を伝えているのです。つまり、お嬢様が魔法を伝えていない者達だけを対象にしているわけではないと言うことですね」
「つまり、見守っている私達にも教えてくれてる訳ね。まだまだ修練は始まったばかりだぞって」
私達が選手用の通路からシラユキの様子を眺めていると、ようやく青組の攻勢は終わったようだった。最初の一斉攻撃を外してからは、全員が手当たり次第に魔法を放っていたけど、それも全部徒労に終わったわね。
当たらないって本当に辛いのよねー。私もダンジョンで素早く走り回るウルフで経験したわ。シラユキと一緒に潜ったことで苦手意識は無くなったけど、初等部の頃に挑んだ時は、当たらなくて本当にイライラしたものよ。
魔法が当たらなかった時って、その事実だけでなく無駄になってしまった魔力の事を思うと憂鬱になるのよね。魔力が空っぽになると、精神的にクルものがあるもの。
きっと青組の選手達も、今はそんな感情に支配されていそうね。皆青い顔をして肩で息をしているわ。
「もうおしまいかしら? どうやら勢いは最初だけだったみたいね」
ここからだとシラユキの表情は見れないけど、ご機嫌な笑顔を浮かべていそうね。
「ひ、卑怯だぞ! 魔法を避けたり弾くだと!? 正々堂々と戦え!」
「ひきょうー? 魔法使いは息切れしたらただのデクの棒じゃない。息切れさせてから叩くのは常套手段でしょ。ま、息切れするまで魔法を当てられないノーコン魔法使いがいるなんて、考えもしないかー」
「ぐっ……!!」
煽るわねー。
まあ、あんな多人数で挑んでる時点で卑怯も何もないんだけど。
観客席からも失笑は漏れてるんだけど、お相手の耳には届いていないみたい。
「貴様……いや、そうか。そう言う事だな! 貴様が弾くことが出来るのは、せいぜいボール魔法が限界なんだろう! だから先に届いたランスは避けるしかなかったんだ! そうだろう!?」
「はぁ?」
「違うと言うのなら、俺のファイアーランスを避けずに受け止めてみろ!」
「なんでそうなる訳?」
逆上するにしても、もう少し理知的であるべきね。正直何言ってるのかわかんないわ。
「まあ、それでアンタが納得するなら良いわ。もう1発だけ撃たせてあげる。私とは違う明後日の方向に飛んでいったら、あんたは一生笑い者にされるでしょうね。気をつけて撃ちなさい?」
「どこまでも舐めた女だ! ……喰らえ! 『ファイアーランス』!!」
放たれた炎の槍は、宣言通りシラユキにまっすぐ飛んで行った。そして、それは赤い軌跡を描きながら、吸い寄せられるようにシラユキの頭を目指し……止まった。
「「えっ……?」」
後ろから見ていると、まるでシラユキの頭にでも刺さったかのような衝撃的な光景だった。けど、貫通はしていないらしい。出現した数字も『0』だったし。
それになにより、アリシア姉様が落ち着いている。つまりは無事と言うこと。
でも、どうなってるのか気になって、私とアリスティアは通路から飛び出して見える位置まで回り込んだ。
「……すご!? そんなことまで出来ちゃうんだ」
「シラユキ姉様、格好良い……!」
シラユキは、燃え盛る炎の槍を、2本の指で挟んで止めていた。シラユキなら大丈夫と思ってはいたけど、人間技じゃないでしょ、それ。
素直に感嘆の言葉を呟いてしまうと、聞こえてしまったのだろう。シラユキがこちらに気づいた。
「あらソフィー、アリスちゃん。見に来たの?」
「だ、だって。後ろから見たら刺さってるように見えたもの」
「あー。……でも約束したでしょ? 完璧な試合にするって。私にとって完璧な試合っていうのはノーダメージが大前提よ。だから、私がこの戦いでダメージを負う心配はないわ。安心して見守ってなさい」
そう言ってシラユキはとびっきりの笑顔を向けてくれた。くぅ、ムカつくほど可愛いわ。
「さて、と」
シラユキは炎の槍の術者を見る。相手はもう心身喪失状態。これ以上の戦闘は不可能な状態だった。
「これ、返すわ」
シラユキはそう言って、『ファイアーランス』の向きを変え、術者に投げ返した。術者の生徒は飛来する槍に反応する事なく貫かれ、粒子となって場外へと退場した。
その時のダメージは4000ダメージを超えていた。
……あー、ランスの威力って、確か元の込められた魔力から直結する威力とは別に、飛翔速度から出る威力もあるんだっけ。あの男が撃ったランスがそこまでの威力があるとは思えないし、きっとシラユキの投げ方がそれだけ強力だったのね。
『決まったー! シラユキ選手、相手の魔法を掴み投げ返す事で青組の1人を撃破しました! 魔法は放った術者の物。ボクたちは今までそう認識していましたし、それは覆ることのない常識でした! ですがそれは、間違いだったようです! シラユキ選手が見せてくれる技法は、この1試合だけでも卒業論文で提出すれば教授が腰を抜かすものばかり!! ですが、これで終わるとは思えません! 次は一体、何を見せてくれるのでしょうかー!!』
キャサリン先輩、楽しそう。
新聞部って、生徒会以上にいろんな情報が集まりやすいから、馬鹿貴族に対する鬱憤も相当溜まっていそうだわ。
「さて、まだ59人もいる訳だけど、彼らはもうガス欠。早々に第二陣に変わってもらいましょうか」
「何を見せてくれる訳?」
「あら、そこで見てるの?」
「私、気付いたのよね。ここって、参加者の関係者ならいても良い場所なのよ? だったら、ここが一番の特等席じゃない」
「ふふ、確かにそうかも」
「はいっ、シラユキ姉様の勇姿、ここで見守りたいです!」
「アリスちゃんもありがと。アリシアもそこで見ていてね」
「はい」
「「っ!?」」
シラユキの視線を追うと、丁度私とアリスティアの後ろにアリシア姉様が控えていた。うちのセバスも音を立てずに近づくけど、アリシア姉様のそれは、速度も隠密性も異次元なのよね。
気付いたら背後に立ってるもの。最近は多少慣れて来たけど、ちょっと心臓に悪いわ。
「じゃあね。弾幕ゲーみたいで楽しかったわ。『フレイムトルネード』」
シラユキが手をかざすと、灼熱の竜巻が青組の陣営を襲った。その威力は、結界の外からでも熱気が感じられるほどのもので、場外に弾け飛んで行く彼らの頭上には、8000前後のダメージが表示されていた。
範囲魔法で8000ずつのダメージって……。私の単体魔法より強いじゃない……。
「ははっ、何よその魔法。あはははっ」
唖然とする観客達の中、私は目標の遠さに笑うしかなかった。でも心の奥底では、負けたくない気持ちが燃えさかり、やる気に火をつけていた。
負けてられないわ。もっとレベルを上げて、魔法も取得して、シラユキを驚かせてやるんだから!
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