第157話 『その日、解体をした』
『状態異常『激毒』レジスト』
『状態異常『激毒』レジスト』
うーん、毒を放出しないようにする対策をしていないからか、結構な頻度で通知がくるわね。しかもこれ、私やアリシアだけじゃなくて、魔法をかけた外周部の彼らからの通知も混ざっているわね。
やっぱりこの魔法、パーティー外にも使えて便利なのね。
「お嬢様!」
「大丈夫よアリシア、心配しないで。貴女に危害は行かないわ。コイツの凶悪な激毒は目視出来るほどに濃いでしょう? 放っておけば瘴気を撒き散らし始めるわ。今からこの毒をひたすら『浄化』していきなさい。良い練習になるわ」
「承知しました」
アリシアには成長しやすいよう『神官』に職業を変更済みだ。今のアリシアのレベルは26。つまり簡単に計算しても、『神聖魔法』スキルの最大成長値は80はある。
『浄化』のスキル値55を目指すには非常に良い環境のはずだ。なにせ、ここまで彼女を成長させた毒の、その原液が無尽蔵に湧いて出てくるんだもの。
「いまから解体を進めて行くけど、体内の『浄化』はしなくて良いわ。体外に漏れ出た毒や、表面のぬめりを重点的に狙って行って」
「はい! ……『浄化』!!」
今のアリシアの神聖魔法スキルも、『神官』のレベルも、どちらもイングリットちゃんを超えている。彼女には悪いけど、一足先に『聖女』となるのはアリシアだろう。
『聖女アリシア』……ふふふ。なんて良い響きなのかしら! こう、胸がドキドキワクワクしてくるわね!!!
「『浄化』」
「……『浄化』!」
私とアリシアでは、『浄化』が及ぼす効果も、その有効範囲も目に見えて違った。アリシアが50センチ四方の毒の液体を薄めるのに対し、私は2メートル四方の毒の溜池を、完全に消し去ってしまっている。
でもこれは、魔法の習得の有無と、『神聖魔法』スキルに多大な影響を与えるMNDの差があるので、仕方のないことだろう。そしてアリシアもまた、私との実力差に怯むことなく、私と同じ高みに登ろうと、必死に工夫して真似しようと試みている。
連続発動や『浄化』の発動を維持し続ける事は、流石にまだ出来ないものの、頑張る彼女が微笑ましかった。
……おっと。眺めてる場合じゃない。私も解体を進めなければ。
毒竜は、見た目巨大な蛇だ。どう見ても竜と呼べる形状じゃないし、翼の生えたトカゲですらない。
気休め程度の、退化した腕のような物に、皮膜のような羽が付いているくらいだ。これを使って飛ぶことは出来ないし、毒を散布するにも腕が短い為、正直何の意味があるのかよく分からない。接近戦の時にたまに引っ掻き攻撃が来るくらいだろうか?
……強いて言えば、ウナギ?
だが、こいつの見た目がなんであれ、各部位が素材になるのは違わない。
素材として扱うにも、無限に滲み出てくるこの毒は厄介だが、止める方法がある。それには、やはり毒竜はどのようにして毒を生み出しているかを知る必要があるだろう。
まず、毒竜が毒を生み出すためには、内包している2つの主要器官が必要となる。胴体の中心部、『心臓』の近くに存在している、『魔石』と『毒袋』だ。
『魔石』のエネルギーを使って、『毒袋』から毒を生成し、全身に毒を行き渡らせているのだ。破壊してしまえば毒は出てこなくなるだろうが、この2つこそが毒竜の素材の中でも一番上等なものである。壊すなんてとんでもない。
だから毒を止める手段として有効なのは、『毒袋』を完全に抜き取るか、必要な素材を胴体から切り離してしまえばいい。
という訳で、まずは切り落としやすい前脚2本から落とそう。
「『ゲイルブレード』」
切り裂くことに特化した烈風の太刀を生み出し、両腕を切り落とす。すると腕は、ポチャリと毒の海に沈むが、そこが新たな発生源とはならなかった。元々毒の通り道であったからか、毒沼にダイブしても素材が劣化しないのはありがたいわね。
収納するにあたって、毒に塗れた状態でと言うわけには行かないので、一応付着した毒は『浄化』で取り除いておく。間違っても食材用のマジックバッグには突っ込みたくはない。ちゃんと確認してから素材用のマジックバッグに突っ込んだ。
続いて後脚、尻尾と切り落として、頭を落とす。
戦闘中にこれが出来れば楽なんだけど、生きている魔物はこういう切断系の攻撃に対してとんでもなく防御値が高い。龍なんていう上位存在となれば尚更だ。
けれど、死んでしまえば魔力による防壁も消え去り、簡単に刃が入る。まあそれでも、ある程度の攻撃力がないと皮自体の防御力の前に弾かれるんだけど。
「頭は、どうしようかな。使うアテがあるにはあるけど、ないと言えばないわね」
「毒竜の頭ですか……凶悪な面構えですね」
「ふふ、そうね」
こうみると、やっぱりウナギに見えてきたわね。ウナギかぁ。久々に食べたいけど、毒確定なのよね。……むむ。
この頭が使えるのは、毒関係のレシピばっかりだ。いやまあ、毒竜の素材なんだから全部そうなんだけど、頭が一番使い道がない。
一応、中にある頭骨は武器防具の素材としても優秀ではあるんだけど、ちょっと呪いというか、暗黒方面真っ逆さまというか。
シラユキちゃんのイメージカラーには合わないのよね。知り合いにも似合う人がいないし。
「おーい筋肉。これ、買い取る?」
毒竜の頭を掲げて、バカに見せる。
「良いのか?」
「だって使うアテがそんなにないもの」
「なら買おう。他の部位は……」
「今のところ余る予定はないし、余ったところで毒よ? 市場に流すわけにはいかないわ」
「それもそうか……。分かった、後ほどスメリアと協議し、相応の値段をつけよう」
「ありがと」
よし、買い手もついた事だし、これもまたマジックバッグに収納して……と。
「『浄化』」
片手をかざし、広がり始めている毒の沼をまとめて消し去った。
「手が回らず、申し訳ありません、お嬢様」
「良いのよ。あの時とは違って原液なんだもの。処理に手こずるのは仕方のない事だわ。……あ、そうだわ。これが済んだら、久々にあのご褒美をあげるわ。どう、楽しみでしょ?」
「ご褒美、ですか? ……っ!? は、はい。魔力を気にせず全力で行きます!!」
アリシアに火がついた。
今まで本気で取り組んでいなかった訳ではないんだけど、本気の意味合いが異なるわね。
本気から本気になったみたいな。
アリシアの意気込む姿が相当珍しいのだろう。筋肉バカもナンバーズも、アリシアを不思議そうな顔で見ている。
エイゼルは相変わらずの平常運転だったけど。
さて、残るは胴体ね。
これから採れるのは『皮』『魔石』『心臓』『各種臓器』『毒袋』『毒腺』。それから食べられないけど『肉』だ。ウナギ肉……。
この肉は、毒を完全に無効とする生物にとっては極上の餌で、毒素が強いほど味が濃厚になるんだとか。一部の魔物をペットや使い魔にする際、非常に有効な手段となるので、出来れば確保しておきたい。
ちょっと、その濃厚な味わいとやらが気になるところだけど……。流石のシラユキちゃんでも、外部からの毒はレジスト出来ても摂取による毒は無毒化出来ないと思う。
チャレンジするにはちょっとリスキーがすぎる。それで毒に侵されたとして、解毒用のポーションが効くかどうかなんて分かんないわけだし。命が惜しいわ。
「それじゃ、胴体の解体を始めるわ。多少、毒が飛び散るからアリシアはそれの除去を優先して」
「承知しました」
まずはお腹を掻っ捌き、魔力を纏った手を突っ込ませる。もし素手で突っ込もうものなら、一瞬の内に手が焼け爛れたりしただろうが、ちゃんと対策はしてある。痛いのはヤだし。
そして魔力が毒を弾いている内に、『魔石』を掴んで思いっきり引っこ抜いた。
その時、『魔石』にまとわりついていた繊維を無理矢理引きちぎった衝撃で、体内から毒が吹き出したが、これも全身に覆っていた魔力が弾いてくれる。
それを、少し離れたところにいたアリシアが『浄化』で消してくれた。
「アリシアありがと」
「はい、お任せください」
『魔石』を失いはしたものの、『毒袋』と『毒腺』はまだ体内に残り続けている為、漏れ出す毒は勢いが減ったものの、いまだに流れ続けていた。
この2つは元々取り外すのが大変な上に、こいつは毒袋が大きく成長したタイプの特殊個体だ。面倒なのは後回しにして、先に『心臓』とその他の臓器を取り出す。毒竜の『心臓』は、一応竜という分類である以上多様な使い道があるが、他の臓器は毒関係のものしか作れない。正直使い道に困るので倉庫の肥やしとなることだろう。
それに、一部の臓器は私の『ハイサンダー』でダメになっちゃってるみたいだし。
臓器の摘出が終わる頃には、アリシアは肩で息をしていた。魔力も9割失ってるし、少し休憩が必要かな。
「アリシア、大丈夫?」
「はい……なんとか……」
落ち着かせるために背中を撫でてあげる。
「スキルはどんな調子?」
「凄まじいスピードで成長しました。始める前の神聖スキルは29でしたが、今はもう37あります」
「おおー。良いわね! 『魔石』も『心臓』も抜いたから溢れ出る毒は、『毒腺』に残ってるものが排出されるくらいで、新たに生成もされないし『毒袋』から出てくることはないわ。『毒腺』の摘出にも内部に毒が残ってると面倒だから、出なくなるまでこのままアリシアの成長に使っちゃいましょ」
「はい! では、先ほどまでより丁寧に除去していきます。……『浄化』!」
密着することで魔力の回復量は爆上がりしているので、ゆっくりと『浄化』していく分には尽きる事は無いだろう。観客たちには悪いが、今はこちらの都合で処理を進めていくわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……終わったみたいね」
アリシアの丁寧な『浄化』作業により、毒竜からはもう新たに毒が滲み出てくることは無くなったようだった。
「はい、そのようです。ありがとうございます、お嬢様。スキルも45まで成長しました」
「頑張ったわね、アリシア。よしよし」
「お嬢様……!」
撫でられたことで耳をピクピクさせるアリシアがカワイらしくて、頬ずりが止めらんないわ!
互いへの愛が抑えられず、爆発する寸前に無粋な声が飛んできた。
「あー、もう平気なのか?」
「「……」」
「うおっ!? な、なんだよ」
2人でバカを睨むも、ひと段落着いたことは間違いではなかった。
とりあえず、彼らも自由にするよう伝えよう。
「ええ、危険な作業は完了したわ。もう毒が出てくることはないから、自由に近づいて見ても良いわよ。ナンバーズも好きにしなさい」
「「「はっ」」」
「ただ、毒袋はそのままだから、刺激したら吹き出すかもしれないけどね?」
私の言葉を聞いて駆け寄ってくるバカに、一応釘は挿しておく。
「お、おう。そうか……」
ナンバーズはお互いの顔を見遣り、エイゼルが最後に頷くと恐る恐るといった様子で近づいてきた。そして私やアリシアの背後でピタリと止まり、そこから覗き込むように観察を始めた。
うんうん、毒を除去したとしても、これくらいの慎重さは欲しいわよね。
「首がないとは言え、こう見るとやっぱり竜なんだなって思うぜ」
「肉と皮、骨だけになっても素材から発せられる威圧感は相当なものがありますね」
「それだけ生物としての格が違うのでしょう。貴重な場面を見せて頂き感謝します、シラユキ様」
「「感謝します」」
エイゼルに倣って慌てて頭を下げるツヴァイとドライ。
「良いのよ。それじゃ、このまま『毒袋』と『毒腺』の取り外しを続けるわ。そこから近づかないようにね。アリシアも休んでいなさい」
「「「「承知しました」」」」
毒竜の『毒腺』は、『毒袋』を中心として体全域に張り巡らされている。毒竜にとっての血管みたいなものね。だからかしら、こいつには血液と呼べるものが見当たらない。出す液体、その全てが毒なのだ。
『毒袋』は柔らかいけど丈夫に作られているので、ちょっと力強く握ったところで割れたりはしないけど、ちょっとした衝撃で繋がっている『毒腺』を通して全身から毒を吹き出してしまうので、取り外しは丁寧に行う。
『ゲイルブレード』から『フレイムブレード』へと切り替え、その出力を押さえる。具体的には小型のナイフ状に変化させて、『毒袋』から『毒腺』を切り離すのと同時に焼き、穴を塞ぐ事で流出を防ぐ。
作業は丁寧に丁寧に。ちょっとしたはずみで吹き出す毒液を『浄化』で消し去りつつ、出来るだけ『毒袋』の中の毒が満タンの状態で切り離す。
『毒袋』といった特殊な器官に対する品質は、大きく見て2つの項目に分けられる。
1つ目は素材としての鮮度。状態の良好さが明確に反映される。目立った外傷も無く新鮮な状態が最良とされる。
2つ目は袋系統そのものとしての価値。今回は『毒袋』としての価値を示し、中に詰められた毒の原液の鮮度と量を差す。中に入っている毒が新鮮であればあるほど良く、中に詰まっている量もまた重要視される。一度『魔石』から切り離された『毒袋』は、新たに毒を生み出す事は出来るが、勢いは明確に弱まり、元の毒よりも効果が低くなる傾向にある。なので、本来の毒が沢山残っている方が価値が高い。
正直に言えば、この『毒袋』は使うアテが全くと言って良いほどない。レシピはあっても使う目的がない以上、これもまた倉庫の肥やし確定だ。
物が物だけに市場にも卸せないしね。
けど、だからと言って、状態の良い素材をダメにしてしまう言い訳にはならない。良いものは良いもののまま私の手に渡るべきよ。良いものを私の手でダメにしてしまうなんて私の矜持に反するわ。
だから、使えないからと言って適当にするなんてもってのほか。徹底的に完璧を追求するわ。
そうして、他の素材にかけた時間よりも多くの時間を使い、『毒袋』を『毒腺』から完全に除去することに成功した。心なしか、素材が輝いてさえ見えるわ。
プレイヤー的な視線での価値で言えば、まず間違いなく『魔石』や『心臓』、頭なんかより価値のあるアイテムね。
********
名前:毒竜ニドヘッグ・フィラーの肥大毒袋
説明:特殊個体、毒竜ニドヘッグ・フィラーの体内にあった、通常より肥大化した毒袋。死んで間も無い状態で取り出された為、非常に鮮度が高く、内包された毒の量も多い為最高品質に類する。
内包量98%。
********
うん、良いわね。
完全に『毒腺』から分離され、傷口も焼いて塞いであるから多少無茶しても漏れ出たりはしない。多少、ゴム毬みたいに雑に扱っても破けはしないだろう。危ないからそこまでしないけど。
念のため表面は一度『浄化』で綺麗にしてアリシアに手渡した。最高品質の竜の素材だからか、アリシアも恭しく受け取った。
「おお……」
誰が呟いたのか分からなかったけど、皆似たような驚きの表情で『毒袋』を見ていた。まあ滅多に見れるものじゃないから、今のうちに見ておきなさい。
……あ、陛下に報告がいく以上、陛下も見たいとゴネるんじゃないかしら。そんな気がしてきたわ。
「……」
まあいいけど。安全面はもう、気にする必要がない状態になったしね。さーて、私はこのまま皮を分離して、肉と骨もそのままバラバラにしていきますか!
『マスターは、自分がとってきた素材は丁寧に扱うわよね』
この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると嬉しいです!




