第139話 『その日、噂になっていた』
「さて、シラユキちゃんにソフィアリンデちゃん。モリスン先生はああ言っていたけど、どんな理由であれ遅刻したのは事実なんだから、そこはしっかり反省しましょうね?」
授業が再開されると同時に、イシュミール先生がやってきて、優しく諭された。
怒られるんじゃなくて、こういう風に言われると興奮も冷めて来て、悪い事したなって思えて来ちゃった。
「はぁい。ごめんなさい」
「ごめんなさい、先生」
2人で顔を見合わせて、頭を下げる。すると、先生はにっこりと微笑んでくれた。
「よろしい。次からは遅刻しない程度にねー? うふふ」
私とソフィーの様子から何かを察したのか、イシュミール先生はそう言って授業に戻って行った。もしかして、バレてるかしら。ソフィーも顔を両手で覆ってるわ。
そして、算数……いや。この学校でいうところの数学の授業が終わると、私たちの周りに皆が駆け寄ってきた。みんな興奮してるみたいだけど、……あっ、遅刻した件の詳細かな? それとも暗算した件?
「シラユキさん、もう各所で話題になってましたよ! 決闘の話!」
「え? ああ、決闘ね」
なーんだ、そっちか。
「勿論、遅刻した理由はあとでみっちりと聞かせて頂きますが」
「うっ!?」
アリエンヌちゃん達、女子生徒達からの圧力が凄い。
「聞きましたよ、シラユキさん。なんでもランク6や8なんて言う、国の宝物庫から取り出してきたようなラインナップが、決闘の褒賞に追加されると! ランク6の武器ですら、僕達貴族でもお目に掛れる機会はそうそうないというのに……」
皆を代表してヨシュア君がそう言った。周りの皆もうんうん頷いているけど……。アリエンヌちゃんには作る場面を見せちゃったはずなのに、彼女から聞いてないのかな?
そう思ったけど、ヨシュア君とアリエンヌちゃんを見ると、こっそりとウィンクを返してくれた。
あ、知ってる上で話を合わせてくれてるのね。ありがたいわ。
「それでボスが、やっぱりどこかの国の姫なんじゃないかって、みんな噂してました!」
「もー、やっぱりって何よー。私はちゃんと平民よ?」
「私達はシラユキ様とはお友達ですから、その言葉を信じて差し上げたいのですが……別のクラスや上級生は貴女様のカリスマを前に、それが信じられないそうで。……例えばほら、あちらをご覧ください」
アリエンヌちゃんが指さした先。2カ所ある教室の入り口には、多数の生徒が押しかけてきていた。
うわー、すし詰め状態だぁ。
「あれが噂の……」
「言われてみれば気品を感じるな」
「自分を決闘の景品にするとは、どんな酔狂な女かと思えば。……気に入った。私は参加しよう」
「あれを自由に出来る上に宝剣が手に入るとは。俺も参加する」
「僕もだ」
「私も」
なんか、決闘の参加表明の声がチラホラ聞こえる。
押しかけてきている子達のほとんどが、騎士科の人達みたい。逆に、調合学科は来ていないかな? 魔法科の人には入学式で認識されてるから来ない理由はわかるんだけど。騎士科って確か……。
「休み時間にこれだけ集まるなんて。彼ら、騎士科よね? 校舎って、一応魔法科とは別棟だったと思うんだけど」
「授業カリキュラムは科によって全然違うわ。だから、最初の授業は校舎じゃなかったんじゃない? それでたまたま、近場で授業を終えた連中が足を運んで来たんだと思う。だからこれから先、授業が終わる度にあんな感じの連中が押しかけてくるかもしれないわ」
ソフィーがなんか、恐ろしい事を言ってる。
この規模のが毎回来るの? こっわ。
それにしても、皆入り口より奥には踏み込んでこないわね。昨日ソフィーがズカズカとEクラスに入って行った以上、彼らも入ってきても良いはずなんだけど……。
私が別の国のお姫様である可能性を考えて、賭けで手に入れるまではもしもがないように、遠慮してるとか? それとも、ソフィーという公爵令嬢に遠慮して? それともSクラスだから特殊なルールがあるとか?
あ、そう言えば他にも遠慮する理由がいたわね。一応このクラスには、ちゃんとした本物の王族もいるんだったわ。
そんな彼ら兄弟は、遠巻きにこちらを見ているだけで、未だに接触を図ろうとはしてこなかった。まあ、絡まれないならそれでいいわ。相手するの面倒くさいし。
「おい、シラユキ」
今日の魔法科の授業は、午前の全てが、普通教科の授業だった。
その為、モリスン先生達は次の授業の準備の為、教室には残り続けていたのだが……。
野次馬の目的がなんであれ、事実上クラスの出入り口が封鎖されてるわけで、それを好ましく思わない先生は、入り口の群れを指さし。
『あれをどうにかしろ』
そんな意味合いのある顔をして、無言で圧をかけてきた。
それに対し、私は笑顔で……。
『無理です』
目の前でばってん印を作って返した。
だって面倒くさいし。火に油を注ぐだけじゃない? どう対処しろってのよ。
『威圧』でビビらせて散らしても良いんだけど、そんな事をしたら噂が広がって参加してもらえなくなるかもしれないし。それにあいつらは仮想敵だ。丁寧に相手する必要を感じない。
まあでも、聞こえてくる声の中には、景品の内容に対する半信半疑の声がちらほらと見受けられるし、昨日作った杖を出してみますか。
「あ、そうだ。景品に出す予定のランク8の武器だけど、皆見てみるー?」
「え、良いんですか?」
「見たいです!」
「是非お願いします!」
やっぱり高ランクの武器は気になるのね。
外野は当然として、クラスの皆の目がキラキラと輝いた。
「じゃーん、これがそうだよー」
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名前:甲殻魔蟲の魔装杖
説明:翡翠の蟻塚を掘削する、強靭な牙を持つキラーアントとキラーコマンダー。その両者の素材に加え、霊銀と精霊樹という2つの特殊な素材が、絶妙なバランスで融合した姿。杖としてだけでなく、槍としても使える。
装備可能職業:全職業
攻撃力:372~385
武器ランク:8
効果:全ステータス+45。特殊効果:ランス系魔法の威力+15%、貫通力+30%、破壊力+50%
製作者:シラユキ
付与:打撃強化・刺突強化・魔力強化
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合成樹の杖[至高]とは違い、素材を厳選して作り上げた、正真正銘本物のランク8武器だ。
見た目からして強い存在感を感じさせ、風格すら感じられる。まあ魔力を自然と纏っている武器だし、オーラがあると言っても過言ではないわね。
というか、作っておいてなんだけど、素材のチョイスを間違ったわ、コレ。
杖を作ってたつもりだったのに、槍もこなせるどっちつかずな武器が出来上がってしまった。
残ってたキラーアント系の素材、在庫処分も兼ねて全部ぶちこんだのがいけなかったかなぁ。剣に混ぜてたら刺突剣が出来上がってたかも。
まあ、剣は『宝剣』って伝えてあるし、この素材を使って武骨な剣になってしまう未来が消えたと考えれば、良しとするべきかも。後衛が持つ杖が多少禍々しくても違和感はないし。
『……』
この武器の見た目と雰囲気に呑まれ、皆が黙りこくっている。唾を飲む音すら聞こえるわね。
禍々しい見た目をしているけど、実際武器の性能としては良い方だとは思う。
リリちゃんの為に作った、リリちゃん専用杖とどっちが良いかと問われると、正直こっちの方が強いまである。あっちは雷魔法特化型だけど、それでもランク差というのは中々覆せるものではない。昨日作ったなんちゃってランク6武器とは違い、こちらは正真正銘のランク8なのだ。
「ヨシュア君持ってみる?」
「……えっ?」
まるで、そんな事を言われるとは思ってなかったって顔ね。
ふふん、まだ私がどういう性格かわかっていない様ね!
「いえ! このような素晴らしい武器、僕が持つには相応しくありません!」
「遠慮しないの。それにつく……んんっ! カバンの中で寝かせてるけど、この杖は私の趣味じゃないのよね。性能は良いと思うけど、今後装備することはきっとないわ。それに男の子って、こういうの好きでしょ?」
作ったとか口を滑らせそうになってしまった。危ない危ない。
正直見た目的にも性能的にも、『魔術士』が装備するのは宝の持ち腐れ……とまでは行かないけど、全ての性能は引き出せない。前で戦うことも出来て、魔法も使える『魔剣士』や『闇騎士』とかにでも装備させたほうが良いのかも。
まあ、この国にいるのかは知らないけどね?
「はいはい、遠慮しないで持ってごらんなさい」
「で、ですが景品ですし……」
「そうよ、景品よ。でも決闘が始まるまでは私の物よ。いくら参加する連中がお馬鹿さんばかりでも、決闘が始まる前から自分の物だって喚いたりはしないでしょ。ふふっ」
最後の方は、外にいる連中を煽る様にわざと声を大きくして言ってみた。効果は当然のようにあったみたいで、外から無数の鋭い視線が飛んできている。相手にしないけど。
そんな私にヨシュア君は呆れつつも、諦めて素直に武器を受け取った。そしてすぐさま、武器の恩恵に気付く。
「こ、これは……! 凄まじく優れた武器ですね、シラユキさん。ランクが4よりも上の装備品には、装着者の強さを底上げする不思議な力が宿ると言われていますが、これがその感覚ですか! 僕の力が、膨れ上がったのを感じます!」
装備品の恩恵って、元が弱いと実感しやすいわよねぇ。失礼だから流石に口には出さないけど。
でもどれくらい変化したんだろ。見てみよっかな。
「『観察』」
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名前:ヨシュア・グラード
職業:魔術士
Lv:21
補正他職業:魔法使い、狩人、シーフ
総戦闘力:1271(+315)
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うん、この杖だけで3割増し。だいぶステータスが爆盛りされたわね。そして制服を着用しているからか、そもそも持っていないかは分からないけど、他にステータス増強装備はない、と。
「どうせ明日には告知されるから教えてあげる。その装備は、総戦闘力+315。そしてランス系統の魔法威力を増加させる効果があるの。例えばそれを使って、例のスコアボードにランス魔法を打ち込めば、それなりに点数が加算されると思うわ」
私の説明に、部屋の外だけでなくクラスメイト達も驚きの声をあげる。静かなのは、昨日隣で見ていたソフィーと、アリエンヌちゃん。それからココナちゃんくらいね。表面上は驚いているように見えるけど。
そして彼女達に説明したのは、今の内容と全く同じで『総戦闘力』の増加値と特殊効果だけだ。
実際の細かな、それぞれのステータスの上昇値に関しては伝えていない。何故なら、この国では『総戦闘力』はSTRから始まる各ステータス。それら基礎値の合計値である事は知らないみたいなのだ。
そもそも今、自分がどのようなステータスとなっているのか、把握する術を持っていないようなのだ。
プレイヤーである私も、自分のステータスはどうなってるか理解出来ても、彼女達のステータス内訳を見る術がない。確認するためには、特殊なアイテムを使わなければならないわ。
それらを作ることも今後の急務ね。
でも、彼女達はそれぞれのステータスが何を意味する物なのかは、大体理解していたようだった。何故なら、次の授業がまさに、それらの解説だったからだ。
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騒がしかった休み時間が過ぎ去り、授業が始まった。
そして何が始まるのかとドキドキしていたら、早速、件の7種のステータスについての解説が始まった。
いや、それは解説というのは少し異なるわね。学園の卒業生である研究者や教授が、長年の研究の末に導き出した、仮説のようなものだった。
まともなステータス増強装備がほとんどない環境だし、調べるのも一苦労なのかも。なんだか所々あやふやだったし、一部は仮説だが。という注釈も混じっていた。
「要するにSTRは力関係を増幅させる効果を持っており、STRが増加する特殊な装備品を装着することで、腕力や膂力が増すと言われている。これは騎士には必須と言われている物だが、決してお前達も無視して良い物ではない。何故なら重い荷物を持つにはある程度の力が要るし、高い防御力を持ち合わせている防具ほど、重くなる傾向にある。ある程度の筋力がなくては、着飾り過ぎるとまともに動けなくなるだろう。どれだけ装備を積み重ねたところで、それを動かすためには最低限の力が必要になるということだ。それを怠れば、命の危険があると心に留めておく様に」
モリスン先生、言う時はちゃんと言うじゃない。
ものぐさかと思ったけど、イメージとは違って良い先生みたいね。
でも、後半の言ってる事は少し変だわ。良い装備は重くなる傾向にあるとかなんとか……それはあり得ないんだもの。
『白の乙女』は羽根のように軽いし、両手で持つ大きさの『先駆者の杖』だって、物理的に重いわけではない。
なら、モリスン先生の言ってる事はなんだろうか。情報が少ない今、想像がつくのは3つね。
『装備条件付き』の装備に対してステータスや職業を満たせずに、弾かれる現象の事を指しているのか。
もしくは装備を強くするために雑多な装飾や素材をコテコテにくっ付けるという物理的に重くした装備が存在するのか。素材を1箇所に重ねがけは扱いによっては強力になるけど、やり方に難があると亀裂が生じて脆くなったりするからなぁ。それを思うと『先駆者の杖』は良い感じに纏まったと思うわ。
あとは、後衛が鎧を装備するとかそういう話かしら? 一番無いと思いたいけど、質の良いローブが出回らない以上有り得るわね。後衛が鎧なんて、ナンセンスだわ。
「次にDEXだが、これはまだ不明な部分が大きい。手先が器用に動かせた気がすると言う職人がいたが、他の職人ではそうも行かなかったりと、立証は困難だった」
まあDEXは大きく変わらないと、反映されることってそうそうないのよね。
逆にちょっとした変化で気付ける職人は、よっぽど神経質なのか、もしくは自分の限界値を把握出来ているかのどちらかね。
ま、きっと優秀な人なんだわ。
あと、手先が器用であればあるほど鍛治や調合において手捌きが上手になるし、『紡ぎ手』の執筆速度に影響が出たりする。生産職に欠かせないステータスね。
「次にAGIだが、これは素早さに直結しているとされる。職業がシーフの者や、軽快な動きを求める者には必須と言えるだろう。勿論、お前達も必要となるだろう。もしもの時は、逃げ足があるかないかで生還率が変わってくるのだからな」
そうねえ、前衛が崩壊した時は、後ろの人たちがちゃんと逃げられないと全滅するもの。素早さは大事だわ。
「次にVITだが、これは耐久力を現す。これが高いほど打たれ強く、敵からの攻撃も耐えられる。つまり、これが高い者が前を守ってくれていると、とても安心出来ると言うことだ」
まあ、騎士様の防御力がヘロヘロじゃ、安心できないものね。
ここで主に前衛系の職業が大事にする4種のステータス解説が終わった。ここまでの先生の発言は、全てイシュミール先生が黒板に書いてくれている。
生徒達は勿論、皆必死にノートに書き写しているけど、私はそんな事はせず、ただぼんやりと先生の話を聞いていた。
モリスン先生はそんな私の授業態度に思うところはあったのだろうけど、特に何かを言うこともなく……溜息はつかれたが。
そうして後衛職が大事にするINTの説明が始まった。
『授業って色んなことを教えてくれるのね!』
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