第117話 『その日、魔人と相対した』
うん? 黒?
ミカちゃんがぼんやりとした顔でこちらを見上げている。ほんのり顔が紅潮してるし、もしかして、魔人になにかされたのかしら。
それに周りで倒れてる第二騎士団のお姉さん方も、その周囲に散らばってる盗賊ギルドの人達も心配だわ。MAPで見る限り、まだ死人はいないみたいね。死ねばその人は『人』から『人だった物』になる。そうなるとMAPでも白い丸ではなく、グレーの丸になってしまう。
今のところは大丈夫だけど、このまま放置しては危険ね。魔人が戻ってくる前に癒してあげなきゃ。
懐から『先駆者の杖』を取り出し、頭上へと掲げる。
「癒しの力よ、降り注げ。『エリアハイヒール』!」
エルフの集落で使用した癒しの魔法だったが、その効果範囲はあの時とは段違いだった。
あの時は直径15メートルくらいのマジックテント内のエルフ達の傷を癒したが、今回はあっちこっちで人が倒れている戦場だ。その中心に立ったとしても、一番遠くで倒れている人までカバーしようとすれば、半径20メートルはくだらないだろう。
それらをまとめてカバーし、全員に『ハイリカバリー』の効果を与えたのだ。改めてこの杖の効果は偉大だわ。
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名前:先駆者の杖[至高]
説明:相反する神樹と邪竜の爪をベースに、数多の素材を魔力で無理やり結合させ、解けそうになる反発を圧倒的な力で押さえ込んだ常理に反する逸品。茨の道の先にあるのは、栄光か、破滅か。
装備可能職業:後衛職
必要ステータス:総戦闘力6000以上
攻撃力:798
武器ランク:16
効果:全ステータス+8%。特殊効果:範囲魔法のレンジ上昇・特大、MP自動回復、指導者としての補正にボーナス。
製作者:シラユキ
付与:打撃強化・魔力強化
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この、範囲魔法のレンジ上昇がまさしくチート武器ね。
取り回しが大変とは思ったけど、やっぱりレンジ上昇は有用だわ。いつなんどき必要となるかは分からないし、小型の武器を作れたとしても常備はするべきかもね。
動けなくなっていた第二騎士団や盗賊ギルドの人達が起き上がり、傷が治ったことを互いに確認しあっていた。そんな状況になってもまだ、ミカちゃんは起き上がれないでいる。もしかして本当に何か変な事されたんじゃ……。
魔人は首輪を作った奴らでもあるわけだし、一応かけておこうかな。
「『浄化』」
「……あっ」
ミカちゃんの体から、ナニカが抜け落ちていくのを感じた。
「ミカちゃん、具合はどうかしら」
再び声をかけると、ミカちゃんは私を見てくれた。顔はまだ朱色だが、焦点は合ってるみたいね。
「レディー……」
「お目覚めかしら、お姫様? 私が来たからにはもう大丈夫よ」
「……ああ、夢では無かったのだな」
「夢なんかじゃないわ。私はここにいる。貴女を助けに来たのよ。……さ、ここは危ないから後ろへ下がって」
「……承知した。レディーに頼るのは不甲斐ないが、私の武器では決定打が与えられない。よろしく頼む」
「任されました」
ふむ、やっぱりレベルに対して武器の性能が追いついていないのか。ミカちゃんなら周囲の援護もあって善戦できると思っていたけど、部隊の火力を集中砲火させても、奴の回復力を上回れなかったのね。
今後のことを見据えて、色々と強化していかないとなぁ。私1人で解決して回ってたら手が回らないわ。もっとのんびりしたいし、小雪の為にも余計なことに時間を回したくない。
「貴女は、何者ですか……! いえ、そんなことよりも、家畜の分際でよくも私の美しい顔を足蹴にしてくれましたね!」
蹴り飛ばした魔人が、忌々しそうに睨みながらこちらへと歩いてくる。
あーあ、それなりに整った顔だったのに、今では血管が浮き出て怒りに顔を歪めて……あら? それとも蹴りで顔面崩壊しちゃってるだけなのかしら?
杖をマジックバッグに収納し、不敵に微笑んでみる。
「そう思うならその顔、どうにかしなさいな。首を落とす予定とは言え、今死んだらその面白い顔のまま、王国民の前に晒されちゃうわよ?」
「家畜がぁっ!!」
魔人はさらに顔を歪ませ、剣を振るってきた。
「『ゲイルブレード』」
『ガギィン!』
風の刃で受け止めると、魔人は止められたことがショックだったのか、更に顔の形相が悪くなった。酷い顔。
怒気を放ちながら、魔人は幾度となく剣を振るう。対して私は、冷ややかにそのすべてを受け流してやった。
「オオオオ!!」
腕力なら負けないと踏んだのか、今度は頭上から叩き込んできた。剣技も何もあったもんじゃないわね。
まあここで避けるのもつまらないし、ここはあえて受け止めて鍔迫り合いに持ち込む。コイツは早々に切り捨てても良かったんだけど、聞きたい事があるのよね。
にしてもコイツら、煽り耐性なさすぎじゃ無い?
「ぐぅっ、私が押されているだとっ!?」
「ねえ、あなたが今回の主犯でいいのかしら。」
「五月蝿い!!」
「『魅惑の声』『強威圧』。答えなさい」
「ヒィッ! そ、そうだ。私が計画した。……貴様、妙な術を!!」
あら、抵抗するのね。
『魅惑の声』は吟遊詩人のレベル10スキル。相手を魅了し尋問誘導するスキルなのだが成功率は著しく低い上、判定は自身のCHRと相手とのCHR差に依存する。
そして『強威圧』はハイエンド職業、『剣聖』の上位互換。『英雄』のレベル10専用スキルだ。効果は相手を威圧し、更には死の幻覚を見せる。
魅了と死の恐怖の合わせ技で、『魔王』が使う『魔王の畏怖』に近い効果が発揮されたはず。あのスキルはレベル25からだし、私はまだ使えないのよね。
これでコイツに、ペラペラと情報を喋ってもらうつもりだったんだけど……。かかり具合からして半分入って半分抵抗かな?
外からは長時間鍔迫り合いの末睨み合っている様に見えるだろう。けど、実際のところはもう、どちらが上位者なのか決着がついていた。
「王国内であなたが手を出した家畜はもう残っていない?」
「残って、いない……ぐうぅ!」
それは重畳。
「首輪を作ったのは誰?」
「魔王城に住む、錬金術師だ……!」
コイツでは無かったのか。
「毒竜はどうやって呼んだの?」
「錬金術師が作り上げた、召喚の魔道具を……クソっ、家畜風情が……!」
へぇ。面白い物を作るのね。特定の魔物を呼び出す道具かぁ。もし私でも作れたら、素材集めで苦労する事はないわね。
「なぜ邪竜を呼び寄せたの?」
「……エルフ共が守る世界樹は、危険な存在だ。壊すならば徹底的にせねば……。待て! 貴様、なぜ邪竜の存在を!」
邪竜と毒竜のダブルパンチとか、どれだけ念入りに破壊しようとしてるのかしら。
「マンイーター達にボスがいて、土属性の魔力が好物だというのも、あなたからの情報なの?」
「なぜそれを!! ぐっ……一時期は奴を配下にしようと、我々も目論んではいた。だが、あれは具現化した自然の暴力だ。奴は手のつけられない化け物だ。それを使って暴れさせれば、目障りな家畜共が滅ぶと読んだまで……。ま、まさかアレも貴様が!?」
聞いておく事はそれくらいかしら?
うーん……。
「ぐっ……! よくもやってくれたな……」
お? 無理矢理『魅惑の声』を振り切ったわね。
さすがに掛かりが甘いと、数分で切れちゃうのか。
「死ね! 『フレイムストーム』!!」
魔人の手から炎が飛び出し、灼熱の渦となって魔人の身体ごと私を飲み込んだ。荒ぶる炎は私を飲み込まんと、四方から襲いかかってきた。
「フハハハハ! 馬鹿め、油断したなぁ! 私の最大火力を前に、無様な死を晒せ!!」
でも、私には効かなかった。
『魔力防御』の全力展開により、衣服すらノーダメージだった。
「……これがあなたの全力?」
「なっ!?」
本来なら、骨まで燃え尽きていたであろう。
これほどの炎、アリシアですら耐えられない。ミカちゃんだって耐えられない。それほど高威力の魔法だった。
でもそれは相手とのステータス差が、同等かそれ以下にのみ通ずるものだ。
格上のステータス……更には『魔力防御』をも備えた相手には、まるで無意味だった。
「『フレイムストーム』か。このレベルの魔法が使える人間は、確かにこの王国にはいないわね。私を除いて」
「なんなのだ、お前は……。何故無傷なのだ……!」
自分ごと焼き払うとは、随分な自爆特攻だと思ったけど、この魔人は炎に耐性があるんでしょうね。はたまた自分の魔法ではダメージを負わないのか、専用の耐性装備でも持っているのか。
『フレイムストーム』は炎魔法スキル30の『ファイアーストーム』の上位版だ。その必要スキル値は80。
完全に王国を下に見ているからには相応の実力があるとは思っていたけど、まあこのくらい使えるならわからないでも無いわね。こいつの自信に繋がっていたのがスキル値が80に到達していた事なのか、それとも『フレイムストーム』を習得していた事なのかは預かり知らないけれど。
それも確認しておきたいところではあるけど、『魅惑の声』は、1度の効果が切れると、しばらくの間同じ相手には効果をなさないというデメリットもある。
魔人の国……もとい魔王軍の戦力を測るにはまたとない機会ではあるけど、生け捕りなんて出来ないし首輪もこの場には持ってきていない。それに多分、魔人には効果がないとか、そんな感じのセーフティ機能を付けてるはずだ。
あんなデタラメな魔道具を作るんだから、もしもの時の危機管理くらいは出来るはずだろう。
「くっ、だが所詮は家畜! どれだけ魔力を持っていようと、それほど強靭な魔力障壁も長くは続くまい! この『フレイムストーム』は貴様を焼き尽くすまで消える事はないぞ!!」
ああ、流石に魔人も『魔力防御』の事を知ってはいるんだ? 魔人の男はイヤらしく顔を歪め、勝利を確信した様だった。
その場から私が動かないと見るや、翼を羽ばたかせて空を飛び、魔法の維持に注力し始める。
まあ、普通はそう思うわよね。本来であれば、このような『魔力防御』の全力展開。実行し続ければどれだけ膨大な魔力を持っていたとしても、数分で魔力が尽きていた事だろう。
でも私には、『グランドマスター』になることで得られた魔力回復の能力がある。この力は全力の『魔力防御』をしてもお釣りが来るほどの物で、並行して魔法を行使していない限りは尽きる事は無いだろう。
現に今も、視界の端に映るMPバーは、ガリガリと削れては一気に回復するという動作を、さっきからずっと行なっていた。であれば持久戦でも私の勝ち、と言いたいところなんだけど、魔人の魔力って、あり得ないくらい高いのよね。
MPの上限値がそもそも人類とは違うのかもしれない。まあ、プレイヤーは種族選択で魔人とかの一部特殊種族を選べないから、実際どんな種族特性を持っているのかわかんないけどね。
それに、いつまでもこの状態を維持するのはしんどいし、正直面倒。戦場にずっと居るなんて心が耐えられないし、さっさと終わらせて家族に甘えよう。
私はおもむろに、『ゲイルブレード』を構えた。
『斬ッ!』
「はっ……?」
風の刀こと『ゲイルブレード』は、斬ることに特化した魔法剣。それは敵を斬ることだけでなく、魔力を纏わせれば魔法だって斬ることが出来る。
勢いよく刀を振り抜くと同時、炎の嵐は見えない刃に引き裂かれ、霧散してしまった。
戦場から炎が掻き消え、周囲の様子が露わになる。視界の端に、私の姿を見て安堵したミカちゃんが映った。
「聞きたい事は粗方聞いたし、貴方、もういいわ」
「貴様ッ……! 家畜……家畜のくせにっ!!」
次に『ウィンドウォール』で魔力の鞘を作り、『ゲイルブレード』を納刀する。そして腰溜めに構えて、斬るべき相手を睨む。
「『覇気』『無双の構え』」
『覇気』は効果時間1分、再使用時間10分。STRとDEXに20%のボーナスが得られる『侍』のレベル5アビリティ。
『無双の構え』は次に放つ技の威力を1.5倍にし、再使用時間1時間の『侍大将』のレベル10アビリティ。
「その構え……。き、貴様! まさか、和国の!? くっ、とこしえの闇よ、光天を切り裂け! 『ダークネビュラス』!!」
「……『閃光流抜刀術・参之太刀』『細波』!!」
鞘から解き放たれた刀から、不可視の風刃が無数に飛び出し、魔人へと飛来した。
「ヒィッ!」
魔人は得体の知れない恐怖に襲われ、その場から離れようとするが、神速の刃からは逃れられない。魔人は自身が放った闇の魔法もろとも、縦横無尽に切り裂かれる。
その身は青い血と共に、小雨となって大地を汚した。
漏れ出た悲鳴が、魔人の最後の言葉になったようだ。
「……原型留めてないわね。素材に使えそうなのは……無事残った片方の翼と、2対の角かな」
魔力増強系素材の『魔人の心臓』なんてものもあるけど、要求スキルはMAXに近い様なレシピだし、出なくてよかったかも。扱いに困っただろうし。『魔人の血液』も……。うん、別に良いか。
そう思いながら素材をマジックバッグに収納した瞬間、通知が来た。
『レベルが15になりました。各種上限が上昇しました』
「おお、流石ボス級の魔人。まるで期待していなかったけど上がってくれるのね」
まあ一気に9から13に上がったピシャーチャに比べるとたったの1だけど。
『ステータスチェック』
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総戦闘力:20454(+3500 +1340 +20)⇒20439(+3750 +20)
STR:2382(+156) ⇒2377
DEX:2382(+156) ⇒2377
VIT:3131(+700 +205) ⇒3127(+750)
AGI:2382(+156) ⇒2377
INT:2382(+156) ⇒2377
MND:3889(+1400 +255) ⇒3888(+1500)
CHR:3926(+1400 +256 +20)⇒3916(+1500 +20)
称号:求道者、悪食を屠りし者
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「ブースト装備なしでも2万を超えた。うんうん、いい感じね! それに、これからはそんなに強い相手が出てくる事は無いだろうし、今後は周りを強くする事を意識しましょうか。例えば騎士団の装備の質とか魔法の質とか……」
「レディー!」
今後のことを考えていると、ミカちゃんが駆けつけてきた。騎士団の皆や、盗賊ギルドの面々も私達を遠巻きに見守っている。
ああ、ミカちゃん。よく見れば綺麗な顔は煤だらけだし、自慢の第二騎士団の鎧にも、所々亀裂が入っているわ。
「怪我はないかい!?」
「平気よ。ミカちゃんも大丈夫だった?」
「ああ、レディーのおかげでね。……そしてどうやら、私の心配は杞憂だったようだ。あれほどの戦闘の後だというのに、君は美しいままだね。灼熱の嵐に身を晒していたのに、服にすら汚れが見当たらない。もしやその可憐な服に理由があるのかい?」
「あ、この服? カワイイでしょ。この服はさっき購入したばかりのお洋服でね。ソフィーに案内されて……確か『グロリア』というお店だったかしら?」
服を可憐だと褒められるのは悪い気はしない。それが自作の物でなかったとしても、私が気に入った服であることには変わりない。つまりは私の感性が可憐だという事だもの!
「『グロリア』……。王都南部にある平民にも貴族にも人気の名店だね。私の可愛い部下にもリピーターが何人も居るよ。ソフィーとは……ソフィア嬢の事だね。そうか、彼女が友人か。という事は先ほどの物も……。ふむ、彼女のセンスは信頼できそうだ」
服を選んだのは私なんだけど……。まあいっか。
「あの店は魔法効果を持つ服は無かったはずだ。となると、これもまたレディーの力の一端か……。おっと、では今日がそのデートの日だったんだね。ならば何故こんな所へ? 経緯を聞かせてくれるかい」
デートの最中、盗賊ギルドへ向かった事。そして通信が聴こえてきて飛んできたことを説明した。
「そうだったのか……。ともかく助かったよ、レディー。君のおかげで我々は九死に一生を得た。重傷を負っていた部下も、君の癒しの魔法で救われた。ありがとう。この借りは必ず返そう」
そう言ってミカちゃんは傅くと、周りの騎士団の皆さんもそれに倣った。彼女はその後、手の甲にキスをしてくる。こんな注目される中で、今のはちょっと気恥ずかしかったので、その手で彼女の頭を撫でてあげた。
「ミカちゃんが無事でよかったわ」
「レディー……」
撫でられる経験も無かったのか、ミカちゃんも顔が赤い。ふふん、お返しよ。
しかしまぁ、こうやって彼女を撫でていると、意外とミカちゃんもカワイく見えてきたわね。うーん、なんだろ。喩えるなら……大きい犬、とか?
「そ、それにしてもレディー!」
「うん?」
「先程の武技は凄まじい物だった! あれほどの技の使い手は、王国では見たことがない。構えからして和国の物だろうか」
そう言ってミカちゃんは捲し立てた。気恥ずかしさと周囲の視線に耐えられなかったのかな?
「ふふ、カワイイところあるじゃない」
「レ、レディー。勘弁してくれないか」
「ふふ」
顔を赤らめそっぽを向く姿が、またカワイらしかった。こんなミカちゃんは、ゲームでも見た事は無いわね。
『これでひとまずは安心ね!』
この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると嬉しいです!




