第113話 『その日、街を巡った①』
「ほんとにお別れするの?」
「ええ、急で申し訳ないけど、いつまでも甘えてばかりじゃいられないわ」
2日連続王城で過ごした翌日。そろそろお暇しようという話になって、普段着に着替えてお城から出たところで、突然彼女達から別れを告げられた。
いや、街から出て行くとかそう言う類の話じゃないのは分かってはいるんだけど、いくらなんでも急すぎると言うか。
「そんな顔しないで、貴女との約束をまだ果たせていないし、あたしもこの国から出て行くつもりはないから」
「リディー!」
それでも彼女とはここ数日ずっと一緒にいたから、お別れは寂しい。我慢出来ずに私は飛びついた。
「もう……シラユキったら寂しがり屋なのね。大丈夫、またすぐに会えるわ」
「ほんと? ほんとにほんと?」
「本当よ」
「長期間のクエストとか、難しそうなクエストとか受けないでね? どうしてもそんな仕事をこなさいといけないなら、声掛けてね?」
「心配性ね。あたしはそんなに弱く……ないはずなんだけど、シラユキと出会ってから情けない姿ばかり見せてるのよね……。わかった、無茶しないしちゃんと声掛けるから。ね?」
「うん……」
名残惜しかったけど、リディを解放する。彼女から距離を置くと、イングリットちゃんが深々とお辞儀をする。
「シラユキ様、私もこれにてお暇させて頂きます」
「そっか、イングリットちゃんも行っちゃうのね……」
「はい。元々は王都に到着次第教会に戻るべきだったのですが、結果を見届けるまではと先延ばしにして参りました。ですが、シラユキ様のご活躍で元凶は絶たれ、王都に巣食う邪気も陛下達の尽力により浄化され始めています。ですから、私はこれから、教皇猊下の元へと戻ります」
「そう……。たまに遊びに行っても良い?」
「勿論です! いつでも歓迎しますわ」
イングリットちゃんの豊満なイングリットちゃんにダイブする。ああ、この枕ともしばらくお別れなのね……。今からもう既に恋しいわ……。
「イングリットちゃんの方から遊びに来てくれても良いからね」
「はい……! お時間がかかるかもしれませんが、必ず!」
2人に対して、お別れのキスをしようかと思ったけど、グッと堪える。
どうせなら、再会した時に思いっきりしてあげよう。
だから今は我慢。我慢我慢。
「またね!」
「「また」」
そう別れの言葉を交わし、遠ざかって行く2人の背中を見送る。2人は、雑踏の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほら、元気出しなさいって。彼女達も言ってたでしょ、もう出会えない訳じゃないんだから」
「うん……」
「……んもう、知識面は人間の大人どころかエルフの長老すら顔負けなレベルだって言うのに、こう言うところは子供っぽいのね」
「ふふ、そこがお嬢様の可愛らしいところですよ」
リディとイングリットちゃんの2人と別れてから、ずっとしょんぼりしていた。そんな私をソフィーやアリシアが慰めてくれる。
2人の気持ちが暖かいな。ママとリリちゃんも、さっきから背伸びして撫でてくれてる。皆大好き。
「シラユキ、こう言う時はショッピングよ! お買い物して鬱憤を晴らしましょ!」
「そうね、きっとそれが良いわ。シラユキちゃんは王都に来るのが初めてだったわよね。案内は私達に任せて頂戴」
「ソフィー、先輩も……うん。よろしくね」
悲しみの感情は制御が難しい。さっきからどんなに抑えようとしても止め処なく溢れて来ちゃう。
そんな時は、彼女達が言うように楽しいことで発散するのが一番よね! いろんなカワイイ物とか、欲しい素材とかいっぱい探していっぱい買おう。そうしよう。
「ふふ、任せなさい。まずはやっぱり、お洋服よね!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、ちなみにシラユキちゃん、お財布の限度額とかはどれくらいあるかしら」
先輩に案内されついて行ったお洋服店は、上品だけど庶民でも頑張れば手が届きそうな、そこそこグレードの高いお店だった。
うん、無駄に高そうな格式の高いお店じゃなくてよかったわ。これくらいなら、ママも気後れすることは……多分ないと思いたい。
「もしお金が足りないようなら、今回の件も併せて公爵家が持つわよ」
「そうね、今回の報酬はおじ……陛下が渡す形になったけど、一番助けられたのは私達ランベルト公爵家だもの。お父様も喜んで支払ってくれるわ」
ああ、確かに公爵家からは何も受け取っていなかったわね。グラッツマン閣下には、お金や物でと言うより、色々と便宜を図ってもらったり、協力してもらう形で返してもらったつもりだ。
シェルリックスの貴族からは、財産を絞るだけ絞る形になっちゃったけど……。
あれは私が絞ったんじゃなくて、彼らが名乗り出ただけだもの。まあ、アリシアが値段を付ける際にどんな注文をしたのかは知らないけれど。
「一応シェルリックスの領主から貰ったお金があるわ。その時に白金貨300枚貰って、ナイングラッツで10枚くらい使ったんだったかな?」
「白金貨300!? そんな大金を出せるなんて、流石鉱山で発展した街だわ。ランベルト公爵の派閥内で一番お金を持っているという噂は本当のようね……」
「うん、確か全財産みたいなこと言ってたわ」
「うわー……」
そんな顔しないでソフィー。私が無理矢理奪い取ったみたいじゃない。
お金の話をすると、ママっていっつも心ここにあらずと言うか、目が遠くに行くのよね。まだまだ、大金には慣れそうにないわ。
出会ってすぐの頃は、金貨数枚くらいを渡しただけで動きがぎこちなくなっていた。白金貨は金貨の100倍の価値を持つ。それが300枚なんだし、この反応も当然なのかな。
でもママの装備は、この世界ではどちらも白金貨数枚じゃ替えが効かないレベルの一級品なんだけど、その話したらママ、どうなるんだろう。破裂しちゃうのかな。
「確かにナイングラッツでは大きな買い物をしましたが、臨時収入がありましたので実際の所持金とは異なりますね」
臨時収入? 何か売ったりしたっけ?
「そうなんだ。財産管理はアリシアに一任してるから、今どうなってるかよく知らないのよね」
「はい。現在の所持金は白金貨311枚、そして金貨は3460枚ほどあります」
「……ほあ?」
「え、やば」
間抜けな声が出ちゃったけど、ソフィーも同じように驚いてる。ちなみにママは声すら上げられなかった。
なんかめっちゃ増えてるんだけど、それ以前に驚いたポイントが1つある。
それ、アリシアが全部数えたのよね? そんなこといつの間に……あ、マジックバッグに入れていれば、入ってる総数は出るのか。それでも数が膨大だわ。何を売ったらそんな事になるんだか……。
「まず、例の盗賊のアジトから徴収した金銭。例の少尉の金庫から頂戴した金銭。そして両者から得た素材や魔道具はお嬢様が何かしら使うとして。食品やお酒、衣類や芸術品などは全て売り払いました」
「売るなんて、い、いつの間に?」
「この2日間、王城で過ごす間お嬢様からお時間を頂く機会が幾度かございましたので、その隙に」
「ふえぇ、アリシアしゅごい……」
「恐縮です」
まるで気付かなかったわ。
いや、確かに昨日も一昨日も、アリシアが用事を済ませるという事で、何度か私のそばを離れたことはあった。
すぐに戻ってきていたし、マップで見ていてもお城から外には出ていなかったから、特に心配はしていなかったんだけど……。まさか在庫処分をしていただなんて。
ほんと、アリシアには頭が上がらないわ。
「そう言う事みたいだから、お金の心配はしなくて良さそうね。ママもリリちゃんも、欲しい物があったら買って良いからね」
「はいなの!」
「わかったわ、ママも慣れるよう頑張るね」
その後、幾つかオススメの洋服店を梯子し、何着ものお出かけ用の服を見繕った。特に下着は、アリシアが念入りに選んでくれていた。
でも結局、ママもリリちゃんも、今の装備が気に入っているみたいで、買うのは小物とか下着が多かったみたい。
アリシアは言わずもがなね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お洋服や雑貨の買い物を終え、小腹がすき時間も丁度良かったのでレストランへとやってきていた。
ここもある程度品格があるらしく、貴族のようなドレスを身に纏った人が多くてママが縮こまってしまっていた。私達の会話内容もそうだけど、ソフィーや先輩は顔が広く知られている事もあり、個室へと案内してもらっていた。
うーん、VIP対応ってやつね。
それなりに高級なレストランだとは思うけど、味の方は好みの問題かな? 美味しいとは思うけど、私はアリシアの料理の方が好きだなぁ。そう思ったままに伝えると彼女の顔がほころんだ。
あ、今の表情カワイイ。シャッターシャッター。
「そう言えば、あんなに紙やインクなんて買って、お手紙でも書くの?」
食後のデザートを頂いていると、ソフィーが思い出したかのように聞いてきた。
「あー、そうね。確かに手紙は書くつもりではあるわ。シェリーやメア……ポルトのギルドへ送るつもりだけど……」
「うん?」
手紙に使うのはほんの一部だけだ。
魔法書の事、ソフィーにどう伝えるべきかしら。十中八九どころか確定で何らかの反応はしてくれるだろうけど、あんまり連日で負担をかけていたら、彼女が過労で倒れたりしないかしら。
でも、この子って1度寝ると、次の日には意外とケロッとしていたりするのよね。寝たら忘れるタイプだったりするのかしら?
「ねえ、ソフィーって寝たら忘れるタイプなの?」
「は? 何よ急に」
あ、そのまま聞いちゃった。
「うーん、なんて言えばいいのかなー……」
「お嬢様、ソフィア様はそれで合っていますよ」
「そうなの?」
「昔からソフィア様は、嫌な事があったり、難しい壁に直面して頭を抱えても、次の日には綺麗さっぱり忘れて、スッキリとされていましたから」
「お手軽なのねー」
「ちょっと。もっと言い方があるでしょ!」
なら、ぷりぷりしてるソフィーは大丈夫として……。
「先輩はどうですか? この2日間は驚きの連続だったかと思いますけど、負担になっていたりしませんか?」
「シラユキちゃんは、本当に優しくて良い子ね」
先輩に頭を撫でられる。
どうせなら良い子じゃなくてカワイイ子が良かったけど、撫でられるのは嬉しいから良いわ。
「そうね、確かに沢山驚いたわ。でも一番驚いたのは、あの憧れだったアリシア姉さんが心の底から尊敬していて、全力で貴女の負担を減らそうと行動している事に対してよ。だから、シラユキちゃんが知識や技術を披露しても、アリシア姉さんの尊敬が深まるだけで私の負担にはならないわ。私は大丈夫よ、ありがとう」
「先輩……抱きついて良いですか」
「ええ、いらっしゃい」
「えへへ」
包容力の塊のような、先輩の胸に飛び付きゴロゴロする。ああ、気持ち良い。良い匂いもするし柔らかいしカワイイって褒めてくれるし、先輩大好き。
「それでシラユキ、今度はどんな衝撃的なものを見せてくれるわけ?」
名残惜しかったけど、話の途中であることを思い出し先輩枕を手放す。
「そうねー。じゃあソフィー、風魔法の中で覚えていない魔法とかある? 先輩も覚えていない氷魔法はあるかしら?」
「え? そうねぇ。使い道が分からなくて覚えていない魔法ならあるわ。『ウィンドロード』よ」
「それって市販のだと何ページくらいあるの?」
「100ページは軽く超えていたけど、詳しくは覚えていないかな。だって最初の10ページほどで、使い道も特に浮かばなかったし、面倒になってやめたの」
使い道が分かっていれば、使える事が楽しくて読み解くのにもそれほど時間は掛からないだろうけど、必要かどうかも分からないんじゃ、途中で嫌になるのもわかるわ。
私も、必要な知識ならそれが出来るシラユキがカワイイから頑張れたけど、そうと感じないものには全然気が乗らなかったし。
「その口ぶりなら、『ウィンドストーム』は覚えたんだ?」
「そりゃね、広範囲魔法だしダンジョンだったら使い道は沢山あるわよ。まぁ、詠唱とかの関係であんまり使う機会は来なかったけれど、今の私ならもっと活躍出来るわ!」
胸を張るソフィーはカワイイわね。
スキル3の初級魔法ですら詠唱をしていたのに、スキル30の範囲魔法なんて一体どれだけの詠唱を必要としていたのやら。そんな体たらくで、本当に必要な場面で使えたとは思えないわね。それでも使おうとするなら、きっと必要になる場面を予測して事前に準備する必要がある。
……でもソフィーって、頭のいい子だからそれくらいはそつなくこなせそうなのよね。それで、予想通り撃てたことが何度かあったからこの言い方をしているのかしら。
「フェリス先輩は?」
「氷魔法は希少ですから、覚えていないと言うより存在を確認できていないと言うのが正しいかもしれません。ですが2日ほど前にシラユキちゃんが見せてくれたので、ちゃんと実在するんだなぁって思ったわ」
「2日前? ……と言うと、『アイスウォール』の事?」
「ええ、まだダンジョンでは見つかっていないけれど、あるとわかってしまえば希望が持てるわ。あ、シラユキちゃん、もしダンジョンで見つけたら教えて欲しいの。高額で買い取らせてもらうわ」
学園のダンジョンは、結構簡単な部類だったから、スキル40の魔法書の入手確率なんてかなり低かったはず。6種の中でも難度の高い、雷と氷に至っては更に絶望的ね。
「ちなみにアリシアはどう?」
「はい、土魔法は32ですが『アースストーム』を覚えていません。風魔法は64ございますが、水魔法と合わせて『ウォール』まででしたら修得しています。それ以降の魔法は未だ発見されていません」
さすがアリシア。私が何を知りたいかちゃんと理解して答えてくれているわね。
「そう……。でもごめんね、この紙とインクは最低品質よりはマシだけど、それでもせいぜいスキル50までが限界だわ」
「いいえ、お気になさらないでください。私は、お嬢様のそのお気持ちだけで十分嬉しいですから」
「アリシア……」
「お嬢様……」
ああ、もう! 今にでもアリシアに飛びつきたいけど、このテーブルが邪魔ね。いえ、いっそのこと飛び越え……あら? アリシアの顔がぼやけて見える。ううん、揺れてる?
目をこすって不思議に思っていると、アリシアもまた何かに気付いたみたいで、驚いた顔でママの方を見ていた。
うん? ママ?
「はいはい、2人とも。抱き合うのも愛し合うのも後にしなさいね」
よくよく目を凝らすと、私とアリシアの間に『ウォーターボール』が浮かんでいた。
それでアリシアの顔がぼやけて見えたのね。私とアリシアをこんな方法で正気に戻すなんて、やるわねママ!
しかも今、無詠唱だったわよね? ママも成長してるなぁ。
『ママも、慣れっこね!』
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