第103話 『その日、王城にやってきた』
馬車に乗って、早10分。公爵家から王城まで、それなりの距離があるみたいでまだ到着するには至っていない。
顔から火を噴いたソフィーを宥めた後、皆それぞれのお喋り相手を見つけて、いくつかの塊になっていた。
レイモンドはアリシアに何か頼みたかったみたいだけどアリシアが一蹴して、それでもしつこく食い下がっている。
閣下はイングリットちゃんと何やら神殿の話をしているわね。時々こちらをチラ見してご神像がどうのと言ってるけど、ナンノハナシカシラ?
公爵様はリリちゃんが気になるみたいでママと3人でお話ししてる。ママはさっきから恐縮しっぱなしでカチコチだわ。
リディはフェリス先輩と共通の話題を見つけたらしく、楽しそうにしているわね。
そして私は、ソフィーとお茶会を楽しんでいた。紅茶が無くなれば、いつの間にか新しい紅茶が淹れられていたりするけど、深く気にしてはいけない。
ソフィーも最初はアリシアの方に視線が行きがちだったけど、無理やりこちらに顔を向けさせた。物理でグイッと。
ソフィーとは、他愛のない話を続けた。
好きな料理に好きな魔物食材。好きな読み物や好きな劇。好きな飲み物に好きな魔法。好きな相手に大好きな家族。そして今いる大事な友人や学校生活について。
たったの10分では喋りきれない事だったので、質問形式でお互い順番に答えていった。
「へえ、甘いもの、やっぱり好きなんだ。私のおすすめのお店があるから、こ、今度行かない?」
「え? カニ? なにそれ……。え、蜘蛛に間違えられた? 海にいる?? 見たことないわね……今度お父様に聞いてみるわ」
「白雪姫? なにそれ、あなたが作ったの? え、違う? ふぅん、どんな物語か、今度聞かせなさいよ」
「劇を見たことがない? 勿体無いわね、今度連れていってあげるわ! 女の子は皆、感動して泣いちゃう様な物語があるんだから!」
「アリシア姉様が淹れたお茶? そんなの、世界で一番美味しいに決まってるじゃない。シラユキと一緒なら飲む機会が増える? ……そ、そうよね。ありがたく頂戴するわ」
「『ゼクスランス』?? 何それ、聞いた事ないわ。え? 6属性のランスの同時発動!? 全属性15程度で使えるお手軽魔法??? どこがお手軽なのよ、滅茶苦茶ハードル高……え? シラユキの通りにすれば1ヶ月でマスター出来る? ホント? ホントにホント?」
「す、好きな人なんて、居ないわよ……。助けてくれた人が男の人だったならまだしも、自分より可愛い女の子だなんて……。え!? なっ……何でもないわよ!」
「まあ、シラユキが家族を大事にしてるのは見ればわかるわよ。愛情たっぷりなのもね。でも、家族を想う気持ちは私だって負けてないんだからね!」
「大事な友達はリディエラさんと、イングリットさん、それから……私? そ、そう。ありがと。ふぇ!? 私の友達……? それは、その……」
友達についてのところで、ソフィーは詰まってしまった。
あれ? 正史では、仲のいいクラスメイトは何人かいた様な気がするけど。この反応はまるで……。
「ソフィーってぼっちなの?」
「ぼ、ぼっちじゃないわよ! ……シラユキは知らないかもしれないけど、学園はね、平民も貴族も関係ないと謳ってはいるけど、そんなのは表向き。裏では魔法の強さと爵位の高さが物を言うの」
「なら、ソフィーはトップに居るわけね」
「一応、そうなるわね。だから仲良くしてる子達はいるけど、皆その、遠慮してるのかな。遊びに誘っても断られると言うか……」
「寂しい学生生活を送ってたのね」
「余計なお世話よ!」
「でも私は、爵位とかそんなの気にしないから、学園でも仲良くしましょ?」
「す、少しは気にしなさいよね。……はぁ、何でこんな事言っちゃったんだろ。お父様やお姉様にも言ったことなかったのに……」
相手から話を聞き出すには一定値のCHRが必要になったりする。最初からCHR特化型の私は、割とNPCから好意的に視られて、悩み事とかクエストの発生とかで困ったことはなかった。
この世界に来てからもその辺りは機能していそうなのよね。
皆、話しかければ簡単に奥底に仕舞っていたはずの感情がひょっこり顔を出してくれているわ。ママと出会った時だって、リリちゃんを産んだ経緯なんて普通は重くて話したがらないはずだし……。
まあそう言う心の弱い部分は、仕舞い続けると本人の負担になるから、私で吐き出すお手伝いが出来るなら、特に問題はないわね。
「大丈夫よ、今までは皆ソフィーの格にビビってたのかもしれないけれど、私が魔法を広め始めたら、魔法の腕という格差はほとんど無くなるわ。いきなり同じくらいというのは厳しいかもしれないけれど、距離が近くなったら友達が出来るチャンスよ。私も手伝うわ」
「シラユキ……。うん、ありがと」
ニッコリと微笑みかけると、ソフィーはそっぽを向いてしまった。恥ずかしかったのかしら? でもそっちを見たら余計に恥ずかしくなるわよ。
「あ」
『!』
だって、皆雑談しながらもこっちの会話に聞き耳を立てていたんですもの。
ソフィーと目があった人たちは素知らぬ顔をしたり微笑んで見せたり、様々な反応をしたけど、ソフィーは理解してしまった様だ。本日何度目かの、顔から火が出たようだ。
「……な、なに? もしかしてみんな、き、聞いてたの!? うっ……ううー!!」
「よしよし」
ソフィーが逃げ込んできたので、抱きしめてあげた。
カワイイなぁソフィーは。
和やかな笑い声が、テントの中を包むのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、ソフィーが我に返り、顔を真っ赤にしながら居心地が悪そうにモジモジしていると、公爵様より謁見の際に話す事に関して説明を受けた。
どうやら首輪の事やポルトの件、そして盗賊や少尉の件に関しては謁見後、改めて陛下と信頼のおける人にしか開示しないみたい。反逆の事や驚異的な首輪の事は、あまり大多数の耳には入れない方がいいとのこと。
まあ確かに、急遽決まった謁見ではあるけれど、謁見の間に居るのは陛下だけってわけにはいかないわよね。お城でお仕事をしている要職の人達もきっと参加するだろうし。
承知したことを公爵様に告げると同時に、王宮へと到着したことの知らせが入った。
すぐさま公爵様、閣下、レイモンドにセバスさんが馬車の外へと出て行く。先程アリシアがお願いしていた人払いを実行している様ね。
「……あっ!」
ソフィーが思い出したかのように声を上げる。
「うん?」
「わ、私、あなたの綺麗な衣装、汚しちゃったわ。ど、どうしよう……あれ?」
若干青ざめた顔で、ソフィーは私のお腹を見た。そこは先程飛びついた場所だったのだが、『白の乙女』は輝きを失わずそこにある。
「な、なんで」
「汚れがないのが不思議なのね?」
「ええ」
「ソフィーの涙とか鼻水とか涎とか、掴んでいたシワとか」
「は、鼻水と涎は出してないわよ!!」
涙は良いんだ。
「この服はその程度の事で汚れることはないから安心して。そう言う効果が付与されてるんですもの」
「もしかして特殊効果付き!? ただでさえ凄く綺麗なのに、そんな効果があるなんて、一体……はっ」
一体どこで。そんな言葉をソフィーは慌てて飲み込んだようだ。
一度陛下より先に知るわけにはいかないと言った手前、我慢しているのね。別に言っても良いんだけど。
「皆さま、お待たせしました。準備が整いましたのでこちらへ」
セバスさんがノックと共にやって来たので、皆で馬車から降りていく。
馬車を出ればそこは、既に王宮内部の庭園で、お城の入り口をすっ飛ばしてかなり奥にまでやって来ていたようだった。
公爵様の気遣いが嬉しいわね。
それでも流石に無人というわけにはいかず、何人かの騎士さんが……。あら? あの鎧は第二騎士団だわ。薔薇の意匠が今日もカワイらしいわね。
団長はまあアレだけど、衣装へのこだわりは敬意を表するわ。
騎士団員全員が女性で構成されていて、そのほとんどが見目麗しいと評されている集団ね。あの鎧の見た目は、前衛職をする時は好んで着込んでいたりもしたから、私としても思い入れがあるのよね。
でも、この世界では手に入れるのは難しそうなのがネックよね。
自作しても、着てるのを見られたら何を言われるか分かったもんじゃないわ。そのあたりはちょっと不自由よねー。
「騎士様、ごきげんよう。お勤めご苦労様」
とりあえず令嬢モードで挨拶をしておこう。挨拶は先手必勝。彼女達にマウントを取る気は無いけれど、せっかく私のお披露目にまみえたのだから、私の渾身のお嬢様スマイルをお見舞いしてあげよう。
「……はっ! きょ、恐縮です!!」
「王宮へようこそ!」
「ありがとう」
軽く手を振りつつ、王宮の中を進んでいく。
一応ゲーム内でもある程度自由に動いたこともある場所なので、間取りは分かっているのだが、流石に公爵様達を差し置いて先頭を歩くわけにもいかないし、大人しく集団の後ろの方を歩く。
「さっきの人達、第二騎士団の方々よね。シラユキは知ってるかしら。騎士科に進んだ女の子のほとんどは、あの騎士団に入るのが夢なのよ」
「鎧も騎士さん達もカワイかったわね」
「かわい……? 私から見たら、綺麗で格好良いんだけど。とにかく、すっごく優秀な人しか入れないのよ!」
ソフィーが嬉しそうに語る。そう言えばソフィーって、この騎士団のファンでもあったっけ。
「……優秀であることは前提として、入団にはもう1つ条件があるがな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、レイモンドが呟いた。近くにいた閣下や公爵様は苦々しい感じの雰囲気を出してるわね。
私も、何となくその理由がわかる気がしたので、ここは聞かなかったことにした。隣に居るアリシアも、微妙な顔をしてるしね。
ソフィーは聞こえていなかったのか、そのまま話を広げた。
「でも、そんな綺麗な人達ですら、今のシラユキを見たら震え上がったことでしょうね。正直に言って、今のあなたの美しさに勝てる人を、私はこの国で見たことが無いもの」
「あら、随分正直に褒めてくれるのね。嬉しいけど、どうしたの」
「……ほら、あなたは私の友達なのでしょう? だったら、変な気を使ったり意地を張らずに堂々とする事にしたの。……それとも、最初から踏み込むのは変だったかしら」
徐々に自信を無くすかのようにソフィーの声が縮んでいった。まあ聞く限り最初のお友達みたいだし、本音で言い合える人がいなくてどうすれば良いのかよくわかってないのかしら。
でも、大丈夫よ。
「あなたのそう言う部分すら私は好ましく思っているから、平気よ?」
「うっ。……め、面と向かってそう言われると、恥ずかしいわね」
「ふふ、ソフィーとは仲良く出来そうで嬉しいわ」
「……うん」
まだ手は握れないけど、仲良くなれたと思う。
名声具合や人物別好感度とか、ゲームでないと知り得ない事は、今の私では確認のしようがないけれど。私が『シラユキ』らしくある限り、唐突に嫌われるようなことは無いだろうし、ゆっくりと仲良くなっていこう。
家族やアリシアは一気に急接近させたけど、あの時は寂しかったからだし……。
彼女とは、これからゆっくりと関係を紡いでいこう。
時間はたっぷりとあるんだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
人は見当たらないけど人の気配は感じる、不思議な廊下をひたすら奥へと進み、私たちは謁見の間へと辿り着いた。
「ここでお待ちください」
そう言ってセバスさんが謁見の間近くの、小さな扉へと入って行く。どうやら準備やら確認やらがあるみたいね。
お呼び出しがかかるまで、ちょっとここで待ちましょうか。
……おや?
「ママ、もしかして緊張してる?」
「!」
錆びついたロボットの様にぎこちない動きで、ママの顔がこちらへギギギと動いた。
「だ、だってあの国王陛下なのよ?」
ママが小声でつぶやいた。流石に普通の声量で会話したら、向こうには丸聞こえよね。一応『ウィンドウォール』で防音しておきますか。
「あのって言われても、私知らないしなぁ」
「ええ!? とっても有名なのよ」
「そうよシラユキ、おじさま……んんっ、陛下は武勇で名を馳せた人なんだから。最上位職の『剣聖』で、しかも王国内でも珍しいレベル58なのよ。知らない方がどうかしてるわ」
「ふーん」
「ふーんってあなた……」
『剣聖』は『エクストラ』クラスにある、『ハイクラス』の重戦士と騎士2つのハイブリット型の戦士系職業。
このレベルまで上がったのは、遺伝のおかげか本人の努力なのか。まぁどちらにせよ、レベルは正史の際と変わらないわね。
一応彼は、王国のNPCでは珍しくレベル50のキャップを超えてる人ではあるけれど、それ以上に強い人もいるし、あんまり記憶に無いわね。
公爵様と兄弟な割に、あんまりかっこよくなかったから、正直記憶があやふやだわ。
「ま、そこは置いといて、ママは難しく考え過ぎよ。娘の友達の、伯父さんに会いに来ただけなんだから」
「間違ってはいないけど、その言い回しはどうなの……?」
「……そうね、わかった。ママ頑張るね」
「うん、頑張り過ぎないでね」
ママを撫でていると気持ちが落ち着いたようだった。ちょっとまだ震えてるけど顔色はよくなってきたわね。
「シラユキ、一応公式の場なんだから、変なこと言わないでね?」
「流石に私も、その辺りの気は遣うわよ? あんまり妙な茶々を入れられるとどうするかわかんないけど」
あんまり陛下に対する記憶はないけれど、それなりにまともだった気はする。覚えてないけど。
「皆さん、お待たせしました。陛下がお待ちです、どうぞ中へ」
皆に目配せをして、堂々と胸を張り、私達は謁見の間へと突入した。
『騎士達の鎧もそうだけど、当人たちも華があってカワイイわね』
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