第九話
王太子と王太子妃として玉座に座る王と王妃に第一子誕生の報告をする。
これは、公務の一環だ。
いつもの王太子妃としての役目を果たせばよいだけだ。
報告はつつがなく行われ、その後、場を移動して義父、義母として家族水入らずでモーニングティーの時間をとることになった。
初孫の誕生に義父はやはり笑顔を抑えられないみたいだ。
先ほどの謁見の場での公務の笑みとは違う、慈愛に満ちた笑みをみせ、息子であるルイスの肩を抱いたりして話している。
自分の子の報告でないことに、イザベラは少しの焦燥と、罪悪感を感じる。
イザベラが後継ぎを生むのは王太子妃としての役目の一つでもあるからだ。
そして何より。
報告するルイスも公務の時の淡々とした報告に比べ饒舌だ。
笑顔がずっと自然で。
父親としての自覚なのか、顔付が変わった感じまでする。
こんな顔、知らない。
こんな声、知らない。
こんなルイス様、私は、知らない。
この人は、私の知らない人、だ。
イザベラは絶望的な気分になる。
会話に入りたくなくて、モーニングティーに手を伸ばす。
紅茶に、プレーンスコーンとディツのスコーン、付け合わせにバター、ラズベリージャムそして生クリーム。
朝から色々考えたからか、脳が甘いものを欲していたのかとても美味しい。
義父の隣に座る義母は、相変わらず微笑んでいるが何一つ口をはさんでいない。
そして、彼女の笑みは場を取り持つため、本心を分からせないための笑みだ。
感情など篭ってはいない。
イザベラには分かる。
なぜなら、この場にいるイザベラもきっと同じような笑みを浮かべているだろうから。
そして、その表情をみてやはり、王妃様は面白くないのだな、と思う。
義母はルイス様と義父の話を何を話すわけでもなく聞いていた。
そして、会話が途切れた少しの間に絶妙のタイミングで口を開いた。
「そうね、ルイス。大変御目出度い話だわ。
私はこの報告があなたとイザベラの子であったのなら、きっと喜んでいたわね」
心底面白くなさそうに言って、優雅に紅茶を口にしたのだ。
部屋が静まり返る。
なごやかなお祝いムードが急速に萎む。
「な、七日後には私の元に子が参ります。
何分私も初めてですので、当分はそちらに手一杯になってしまうのではないかと…」
イザベラが焦って言い募るのを視線で止める。
「イザベラ、それはウィルソン子爵婦人の仕事です。当分は彼女に任せなさい。
そして、ルイス。
あなたの役割ってご存知?」
イザベラは胃が痛くなる思いがした。
母としてなのか、王妃としてなのか、顎を上げ、扇で仰ぎながら冷めた視線をルイスに浴びせるその顔は年の功なのか有無を言わせぬ迫力があった。
「は、母上に言われなくても存じてます」
幾分ひるんだ声で答えるルイスの答えに鼻で嗤う。
「そう?それなら、結構。
私とイザベラは妖精の番探しの件で、まだ色々と詰めなければならない事がありますの。
先に失礼するわね?
あなたと、ルイスで話していればよろしいわ」
そういうが早いが、義母は王妃の顔をして私を連れて部屋を出た。
「…茶番だわね」
部屋を出る前に小さい声で囁いた。
その声が聞こえたのは、きっとイザベラだけだろう。
王妃の凛とした後姿を見ながら、ついていく。
イザベラは思う。
自分には覚悟が足りなかった、と。
あの場にいたルイスは、イザベラの知らない顔したルイスだった。
5歳から共にいた。
一番近くにいた、理解していた、ずっと思っていたのだ。
どうすればよかったのだろうか?
自問自答する。
キャッサンドラの妊娠が分かった時。
王宮医が、イザベラの顔色を窺った時。
子流しの薬を、使えばよかったのか、と。
妃である私達のみ扱える、この子流しの薬。
妃以外が妊娠した際に、王宮医は、まず一番に妃に報告する。
妊娠した当事者や父ではなく。
宮を管轄する妃にのみこの薬を使用するか否やの権利があるからだ。
例えば、これ以上後継者を望まない場合や、女性側にこれ以上力をつけてもらいたくないとき、など。
そして、何より妃より先に第1子を設けられたくないとき。
妃として決断するのだ。
だが、私はしなかった。
なぜなら、単純に喜んで欲しかった。
私は、ただルイス様の喜ぶ顔が見たかったのだ。
子が、手元に来たら、ルイスが頻繁に顔を出すと思ったからか。
自分の子でなくともルイスと疑似家族としてでも寄り添えると思ったからか。
王妃様は、なぜ子流しの薬を使わなかったのか、そう思っているに違いない。
イザベラの決断を尊重し、口に出しては言わないが、不満なのは理解していた。
こうなることを見越していたのだろうか?
あの時頷いていたら、今が違ったのだろうか。
自分の知らないルイス様の顔を見なくて済んだのだろうか。
歩きながら、ふと、違和感を感じる。
朝に軟膏を塗った場所が、少し熱を持ってるような気がした。
手を赤くなった場所あたりに添えてみると、やはり少し熱を持ってる。
虫にでも刺されたのだろうか?
後でまた、軟膏を塗ってもらった方が良いかもしれない、ぼんやりと思いながら執務室に向かっていった。