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第八話

イザベラはなるべく時間をかけてハーブティを飲んだ。

ミントの匂いで、気持ちが大分落ち着いてきた。

最後の一口まで味わってから、マリアに声をかける。


「マリア、まだ時間はあるわね?

もし、スチュワードのルークに時間があるならもう一度話したい旨伝えてくれる?

どちらにしても、執務室に行くわ」


マリアが控えていた侍女に指示を出すのを確認してからイザベラは立ち上がり、登城の準備をし終えるとすぐに執務室に向かう。


さっきの話し合いは、話し合いではなく報告を受けただけだった。

頭に血が上りきちんと予算を確認していなかったことを思いだしたからだ。

どちらにしても許可は出来ないが、ルイスがどれくらいの予算をかけようとしていたのか、大まかで良いから知りたかった。


執務室に入り、帳簿を確認する。

ページを捲り、マッケンジーが入る予定の鈴蘭の間の費用項目を簡単に計算した。

かなり贅沢な使い方をしている。

これはイザベラの厚意だ。

例え自分の子でなくても、王太子の初めての子だからだ。

ルイスに喜んでもらいたい一心で準備したのだ。

それを無にするような言動に正直落胆した。


ページを捲り、西棟の予算配分も確認した。

イザベラが許可しないと、西棟に入居することも出来ない。

そう、彼女が入居する際、ルイスはきちんとイザベラの許可を取っている。

そのうえで、彼女が予算を配分したのだ。

イザベラが許可しないと、この王太子宮での生活だってままならないのだ。

王太子宮の管理が出来なければ、王妃になった際に更に広大な城の管理など出来ないからだ。

勿論城全体を管理するわけではなく、王宮の私室スペースになるのだがそこだって王妃の権限は強い。

妃の采配一つで毎回の食事だって毒にも薬にもなるのだ。


しばらくして、スチュワードのルークがドアをたたき執務室に入ってきた。


「お呼びでしょうか?王太子妃様」


先ほどと同じように柔和な笑みを浮かべている。


「呼び出しして御免なさいね。

先ほどの話で確認したいのだけど、ルイス様はどのようなお部屋を望んだのかしら?

大体の予算はいくらくらいになる予定だったか分かる?」


「それならこちらの既決済、無採用のフォルダに既に綴じております。

こちらになります」


フォルダがしまってある棚からすぐに取り出し、フォルダを開いてイザベラが一番みたいページを開きながら、大体の予算部分を指で示す。

ついさっきまでの奥歯に物がはさまったような話し方ではなく、いつもの仕事人としてのルークだった。

やはり、ルークにしてもこの状況を良く思っていなかったのだろう。


「この計画で行くと、かなりの金額がかかるわね…」


ため息交じりにイザベラは呟いた。


ルイス様は、一体何を考えているのだろう。

イザベラが用意した鈴蘭の間よりもお金がかかる作りではないか。

しかも、彼女はここで寝起きするわけでもないのだ。


「西棟に、これ以上の予算は掛けられません、いいわね?」


ゆっくり、自分の発言を噛みしめるように宣言した。

ルークは頷く。

そこでドアがノックされ、城に登城する時間を告げられた。


「何かあったら、すぐに報告を」


イザベラはルークの瞳をのぞき込み確認を取る。


「勿論です、王太子妃様」


イザベラは満足気に微笑んで正面玄関に向かった。

ルイスは既に準備をし終え、イザベラを待っていた。


「ルイス様、お待たせしてすみません」


「構わないよ、イザベラ。私も今さきほど来たばかりだから」


手を差し出され、ルイスにエスコートされ馬車に乗る。

久々に二人きりの馬車。

密室、かつ久々に密着するように座るので、否が応でも隣のルイスを意識する。

ルイスの匂いが鼻腔をくすぐる。


…あぁ、ルイス様の匂いだ。


イザベラの感情が王太子妃ではなく、イザベラとしての感情に負けそうになる。


こんな事で、感傷的になってしまうなんて私もまだまだ未熟…


イザベラは俯き、唇を噛みしめる。

そして、いつもの呪文を心の中で繰り返す。


私は王太子妃、イザベラ・メアリー・トワイゼル。

私は私のすべきことをしなくては。


馬車が静かに動き出す。

そのタイミングで口を開いた。


「ルイス様、お話があります」


ルイスの顔を見上げ、瞳を見つめる。


「あぁ、何だい、イザベラ?」


ルイスはいつもの温和な笑みで返す。


そう、いつも、私にはその温和な笑みを浮かべるだけ。


「鈴蘭の間は、御満足いただけませんでしたか?」


なるべく穏やかに、微笑みを崩さずにルイスを見る。

伊達に何年も妃として、公務のパートナーとしてルイスの隣にいない。

ルイスには、この言い方で十分通じるだろう。


「あ、あぁ、そんなことないよ、素晴らしい部屋だった」


自分でも自分が依頼したことが異例の事だと理解しているのか、それとも、普段なら何も言わず許可をしていたから、まさかイザベラから意見を言われると思っていなかったのか。

少しだけバツの悪い顔をして、それでもイザベラに微笑む。


「そうですか、御満足いただけて嬉しいです。

7日後にお会いするのが楽しみですわ。

きっと大層可愛らしいのでしょうね。」


イザベラも微笑み返す。


そして二人して押し黙る。

今、ルイスが何を考えているのか。

どうしてイザベラの許可を取らなかったのか。

聞かなければ分からない。

だが。

王太子妃としての教育で、素直に尋ねる、率直な物言いをする、など習っていなかった。

それは、淑女としてはしたないとされた。

だからイザベラはルイスの気持ちを推し量るしかなかったのだ。


横目でルイスを見ると、軽く目をつむり、腕を組んで座っている。

イザベラはなぜか息苦しく感じ、小さく息を吐いた。

こんなに傍に座っているのに、ルイスを今まで以上に遠く感じてイザベラは途方にくれるのだった。


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