第六話
執務室に向かいながら、自分はどんな顔をして歩いているのだろう、とイザベラは思う。
対面した時に動揺せずに受け答えが出来るだろうか。
イザベラは頭の中で、何を口にするか考える。
食事の間で、アメリアは心配そうな顔をして私を見つめていたが、何も言わずに一歩後ろをを歩いている。
フィンレィが優雅な仕草で2回ノックをし、扉を開ける。
「王太子妃様をお連れしました」
そして、フィンレィ、侍女が壁際に下がる。
「お呼びでしょうか?」
久々にお会いするルイス様は、少しお疲れのようだったけど、興奮の為か感動の為か頬に赤みが差し、少し瞳が潤んでいる感じがした。
「あぁ、イザベラ。
キャッサンドラに子が誕生した。女児だった。
名前は、マッケンジーだ」
「おめでとうございます。ルイス様。」
実際にルイス様の口からその事実を聞くと、あれだけ頭の中で考えていたセリフは何も出てこなかった。
微笑んだが、自分でも顔が強張っているのが分かる。
ルイス様は微笑んで私を見つめる。
「ありがとう、イザベラ。
それと、今、城のほうに使いはだしたが、改めて王と王妃には面会を申し込んである。
明日、報告に向かうので、その支度をしておいてくれ。
慣例通り、7日後には西棟からこちらに移す」
「仰せのままに。
部屋は既に準備できております。
乳母は改めて紹介しますが、ウィルソン子爵夫人です」
慣例通り、王太子の子は誰が母でも私の管理下で育てる。
西の方は、いや妃以外の子供は、自分が産んだ子を手元で育てることは出来ないのだ。
無情かもしれないが、これも幼い時から自分の立場を分からせる教育。
そして、ルイス様の言葉に少なくとも、私は心の底から安堵する。
彼は、やはり枠内からはみ出ることはしないのだ、と。
目の前にいるルイス様を見て、私はやはりルイス様を好きなのだ、と思ってしまう。
ルイス様は私をしばらくじっと見てから視線を落とした。
「妖精の番探しが始まると聞いた」
「えぇ、存じております。
ルイス様はお話をお聞きになりまして?」
小首を傾げてルイス様を見ると気まずそうに俯いた。
「あぁ、少しだけ… その、席を外してしまって」
席を外した…つまり、こちらに戻ってきてから城には戻らなかった、ということか。
優先事項は、西の方だった?
組んだ指に力が入る。
…公務よりも、大事だった?
私の中の王太子妃としての矜持が許さない行動だ。
私の中の何かが、ピシリと音をたてた気がした。
「ルイス様、私、先ほどまで王妃様と打ち合わせをしておりまして、とても疲れていますの。
明日も又、打ち合わせがありますので、もう下がらせて頂いても?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
多分、ルイス様はそんな私に気が付いたのだろう、彼の視線はペン先から動いていない。
「あ、あぁ、すまない、時間を取らせた。ゆっくり休んでくれ」
「えぇ、先に失礼いたします。ルイス様もごゆるりとお休みください」
踵を返し足早に部屋へ向かう。
あの場に、あのままいたら、私はルイス様を問い詰めてしまったかもしれない。
そんな無様な姿を見せたくない。
ルイス様を責めたくはないのだ。
だがルイス様にとって、優先事項は、西の方だった。
その事実が澱のように淀む。
王太子として矜持を持って行動をするルイス様を尊敬していた。
王太子妃として、公務のパートナーとして、私はルイス様に恥じない行動をずっと心掛けていた。
それこそ、婚約が決まった5歳の頃から。
…。
これは、国の礎として一番大切にしなくてはいけない公務なのではないか?
その疑問が頭から離れない。
確かに、存在が不確かで現実感のない妖精の番探しより、自分の最愛の女性が自分の最初の子供を出産するなら、それを優先しても仕方ない事かもしれない。
それが、この王国を支える人間で無ければ。
でも、彼は王太子だ。今後王になり、この国を治める人間だ。
そんな彼が、私的なことを優先したことに。
いいえ、彼女、西の方を選んだことに。
ほんの少し、失望しただけ。
そう、ほんの少し。
ほんの少し、悲しくなった、だけ。