その後のルイス1
僕がイジーに最初にあったのは、何歳の頃だっただろうか?
もう覚えていない。
なぜなら、気がついたら彼女は傍にいた。
5歳の時に正式に婚約を結ぶ前には、僕たちは既に友達だった。
なぜなら、生まれた時から僕達の婚約は決められていた事だったから。
国内の安定。
僕たちの婚約には、政略的な意味合いが強かった。
トワイゼルの食糧庫と呼ばれる、フィッツジェラルド侯爵領の恵まれた土地を囲う目的と、彼自身があまり野心家ではない事も高ポイントだったのだろう。
彼は領地に籠り、領地の繁栄のために自らが率先して動く人だった。
彼の領地、人柄。全てが丁度良かった。
僕が生まれた一月後に、イジーが誕生した。
僕の姉たちは既に隣国の王家に婚約者を持ち、他国との均衡は取れていた。
きっと根回しも全て終えていたのだろう、婚約は特に問題なくすんなりと決まったらしい。
僕達が正式に婚約を発表した時期だから、5歳位の頃だろうか?
僕は父や、父の側近に連れられてハンティングに行った。
ガーディアングースという鳥が、その日の獲物だった。
雄も雌も大きな黒い毛の多い鳥で、珍しく雌の方が羽色がきれいな鳥だった。
渡り鳥で、夏の終わりにしか渡来しない。
シーズンの開始は王家主催のハンティングから。
そんな恒例行事の一環だった。
父や叔父、父の側近たちがガーディアングースを撃ち取っていく。
幼い僕には、まだ可哀想だと思う感情があった。
傍にいた叔父が「しまった!」と叫ぶので見ると、ガーディアングースよりも小さい鳥が、落ちてくるのが見えた。
どうやら間違えて撃ってしまったらしい。
叔父は、「パラダイスダックか、しまったな」とキョロキョロとパラダイスダックが落ちた方を見ていた。
犬がワンワンと騒ぎ立てて獲物を探しに行く。
なぜ、獲物を仕留めたのに何かを探しているのかを叔父に聞くと、叔父がパラダイスダックの事を教えてくれた。
曰く、番の鳥だ、と。
パートナーを決めたら、そのパートナー以外とは生涯を共にしない。
ずっと2匹で行動する鳥だ、と。パートナーが死んだら、ずっと1匹で過ごす鳥だ、と。
だから、ハンターは基本的にパラダイスダックを獲物にしない。
なぜガーディアングースが良くて、パラダイスダックは駄目なのだろうか?という疑問もあったが、パラダイスダックの話はイジーに教えてあげよう、と思った。
僕も、イジーとそうなりたいと思ったから。
だから、僕はイジーに得意満面になって言ったのだ。
大きくなってもずっと大好きだよ、と。
そこに、嘘はなかった。
だけど、僕の手からイジーはいなくなってしまった。
まさか、イジーが妖精の番に選ばれるなんて、思わなかった。
一体だれが想像する?
僕は王太子だ。
王や王妃の次に、権力がある人間だ。
僕の婚約者である女性に手を出す人間なんているわけがない。
だから。
イジーが僕の傍からいなくなる日が来るなんて、考えた事がなかった。
僕は執務室に座って、必要書類にサインをする。
いつも通り、毎日を繰り返す。
分かっていたつもりでも、イジーの抜けた穴は大きかった。
キャシーは、社交が苦手で、彼女のフォローをしつつ周囲と円滑に話さなくてはいけない。
イジーなら、全て一人で立ち回れた事だ。
そして、外交の場での食事。
イジーならさりげなく僕らの案件がスムーズに行くように、角が立たないように上手く話を誘導してくれた。
キャシーにはそれを期待できない。
イジーがどれだけ頑張ってくれていたのか、改めて思い知るのだ。
一体どうしてこうなってしまったのだろう。
何度、そう思ったか。
思い返さないようにしても、ふとした瞬間に思い出してしまう。
一人でいると、喚きたくなってしまう。
最後、イジーは僕に笑顔を見せてくれた。
昔のような、一切の邪気のない笑顔だった。
あんな笑顔を残していかれるくらいなら。
いっそ、僕の事を恨んでるという顔で僕を見て欲しかった。
僕の事を、責めてくれても良かったのに。
彼女は、僕の事を恨みも、責めもしなかった。
直接、謝罪の言葉すら伝えられなかった僕の事を。
ただ、ただ黙って見送った僕を。
イジーは笑って許してくれていた。
許されたくなかった。
許さない、と言って欲しかった。
僕は彼女の好意に胡坐をかいてばかりだったのに。
彼女を傷つけてばかりだったのに。
 




