第三十八話
食事を食べ終わり、お皿を台所に運ぶ。
食後には、ハーブティをビショップが用意してくれている。
目が覚めてから、イザベラは内心驚きっぱなしだ。
全部、ビショップが用意してくれるのだから。
甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。
逆に言えば、イザベラは世話をされるのに慣れている。
なので、どうしても手伝うために腰を浮かそうとしても一拍遅れてしまう。
そして、手伝うと言ってもニコニコ笑って、気にするな、と断られてしまう。
自分が何も出来ないのが、残念だ。
確かに、教えてもらわないと出来ない事が山のようにある。
ハーブティを飲み終わったら、外に出てみたい。
この家の周囲はどうなっているのかしらね。
そんなことを思いつつ、ハーブティを飲んでいると、バサバサ、っと音がしたと思ったら、カークウッドが窓からイザベラに向かって飛んできた。
嘴に、赤い実をはさんで。
そのまま飛んできて、イザベラの前に置いた。
カークウッドが期待に満ちた目でイザベラを見上げる。
「きっと、食べ頃をもいできたに違いないから食べてみると良い」
ビショップが苦笑しながら、勧める。
その声につられるように、皮を少し剥いてから頬張る。美味しそうな赤い果実はジューシーで、噛むと果汁が滴る。
甘く、酸っぱい。
「こんな美味しいタマリロ、初めて食べました」
今までも美味しいと思っていたけど、新鮮だからだろうか?
より美味しく感じる。
カークウッドは、そうでしょう?というようにイザベラの周囲を一回りすると、また窓から外に出て行った。
イザベラが外に出たくてウズウズしているのが分かったのか、ビショップの方から外を案内しようと言ってきた。
勿論イザベラは大歓迎だ。
イザベラを見る、ビショップの瞳は優しい。
まるで、子供を見るような瞳だ。
私、感情が顔に出ているのかしら?
イザベラ自身も、自分の感情が素直に出ている自覚はあった。
ビショップしかいないので、つい気が緩んでしまうのだ。
まだ、会ったばかりだというのに。
だけど、子供のようにワクワクする気持ちが止められない。
そして、そんな表情をしたところで、足を掬う人はここにはいないのだ。
「イザベラ、こちらに」
ビショップに声をかけられ、ドアを開けて外に出ると小さな花壇が目についた。花壇はハーブだろうか?スパイシーな匂いがする。
家の周囲は草原のように広々している。
陽に当たる部分はポカポカと暖かいが、日陰に入ると少々肌寒いくらい涼しい。
見知った植物があり、傍には小川が流れている。木立がサワサワと風で揺れる音、水がサラサラと流れる音は、当たり前だけど同じで。
聞こえる鳥の声も、今まで聞き馴染んだ音だ。
イザベラは外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ビショップに手を引かれ、キョロキョロ見回しながらついていくとクルミの木があった。まだ硬そうな緑の実が結んでいた。
振り返って家を見ると、全体的に丸々としていて、高さはない。
外壁も漆喰で、色が日に焼けてしまったのか白というよりかはアイボリーだ。
イザベラは外の様子に気をとられて気が回らなかったが、ずっと、ビショップに手を引かれていた。
ビショップは、イザベラの手を軽く握るように手を引いて案内をしてくれていた。
「あ…」
気が付くと、恥ずかしくて堪らない。一瞬手を引こうとしたが、それに気が付いたビショップが、ギュ、と力を入れた。
「どうした?何かあったか?」
イザベラの顔を覗き込むようにビショップが問いかける。
その顔が近くて、イザベラは俯く。
「…そちは…我が、怖いか?」
その声は、今までの声のトーンとは全然違い、イザベラは思わず顔を上げる。
「いいえ、怖くは、ありません。ただ、あの、恥ずかしいので…すみません」
素直に謝ると、なぜか困ったような顔をしてビショップは微笑んだ。
なぜ、困った顔をするのだろうか?
私は何か、困らせるような発言をしたのだろうか?
イザベラは考えるが、何が悪かったのかが、分からない。
ビショップの手の温もりが、イザベラの手を温める。
それが、イザベラに勇気をくれる。
「私、ビショップ様を困らせるようなこと、言いましたか?」
イザベラがビショップの顔をしっかり見つめて質問をした。
今までの自分なら、こんなこと、言いもしなかっただろう。
今までの自分なら、まず相手の気持ちを推察して、自分の中で処理をして、どう対応すれば良いかを考えた。
今思えば、相手の気持ちを無視した行動だったように思う。
問われたビショップの方が驚いた顔をしてイザベラを見ている。
「いや、そちは、特に何も言ってない」
その返事を聞いて、イザベラは安堵した。
とりあえず、自分の発言で困らせたわけではなさそうだ、と。
「…我は、そちが我の隣にいることが嬉しい。
困るわけがない」
優しい声音だった。
だが、その優しい声音が、イザベラには物悲しく感じた。
何故唐突にそう思ったのか、理由は、分からない。
だから、ビショップがイザベラを確かめる様に優しく抱きしめた時、イザベラも、自然にビショップの背中に手を回したのだ。
慰める様に。
触れたらもろく崩れる、壊れ物を扱うかのように。




