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王太子妃ですが、エルフの番に選ばれました  作者: たま


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第三十一話

最後の時間をイザベラは家族とゆっくり過ごした。

王妃様の好意が本当に嬉しかった。

イザベラの母イヴェッタは、カークウッドがとても気に入ったらしく、足元に小さなレースのリボンをつけてくれた。

カークウッドもリボンを気に入ったのか、大人しくされるがままにリボンをつけられていた。

家族水入らず、その言葉通り、楽しめた。

大きな声で笑い、語らい、ポロポロ涙を流して別れを惜しみ。

イザベラは自分の幸福な時間を抱きしめた。


王太子妃でなくなるということは、こんなにも肩の力が抜けるものなのだろうか。

今までは周囲の目を絶えず気にして、言動に注意して。

四六時中、いつも気が張っているのが当たり前だった。

笑いたい時に素直に笑い、はしたない、と怒られそうな大きな声を上げて笑っても大丈夫。

そんな事すら、忘れていた。

ずっとイザベラにとってそれが当然の生活になっていたから。


ふ、とビショップのガラスのような目を思い出す。

あの感情のない目に恐怖を感じた。

だが、感情を読ませないために穏やかな笑みを仮面のように貼り付けていた自分と、一体どんな違いがあるというのだ。

…子供は、暗闇にお化けを見出す、というけれど。

それと同じで、分からないものを分からないからといって必要以上に怖がる必要はないのかもしれない。

そう思うと、不思議と気が楽になった。



そして満月の晩がやってきた。

イザベラは覚悟を決めていた。

既に両親とも別れの挨拶は済んだ。

今のイザベラの気持ちは、凪のように穏やかだ。

客間から見える景色はいつもと同じだったが、満月の光がより一層強くなった時、あぁ、来たのだ、とイザベラは直感した。

以前は城外から城が光り輝くのを見たが、この時間なら闇に映えもっと光り輝いて綺麗なのかもしれない、と他人事のように思う。

外の異変に気が付いたアメリアの組んだ手が震えているのが視界の端に見えた。

イザベラはアメリアに微笑んだ。大丈夫だ、というように。

王の間に行く前に、最後にもう一度、アメリアに簡単に髪の毛などをセットしてもらう。

鏡に映るイザベラは、柔らかい笑みを浮かべていて、もう王太子妃としての仮面は被っていなかった。


侍女と護衛が迎えに来た時、イザベラは顔を上げ王の間に向かった。

カークウッドは飼い主に会えるのが嬉しいのか、イザベラの周りをくるくると飛び回っている。


「あんなに可愛がってあげたのに、やっぱり飼い主に会えるのは特別なのね」


少し飼い主であるビショップを羨ましく思う。

長い王宮の廊下の所々にある花瓶や、甲冑の置物の上に止まっては早く早くと急かす様にカークウッドが振り返る。

イザベラは苦笑いを浮かべ、いつもより、少しだけ歩みを早めた。


王の間には、既にビショップが椅子に座り、養父であった王、養母であった王妃と歓談していた。

離れた席にルイスと、イザベラの家族が座っていた。

後は最低限の人数のみ。


イザベラが入室したのを気が付いたビショップがすぐに立ち上がり、真直ぐにイザベラに向かって歩く。

一瞬緊張するものの、イザベラもビショップを見た。


私が、この人の、番。


やっぱり良く分からない。

私が、人間だから、なのかしらね。

ビショップを見ても特別だ、とか、恋しい、という激情は湧かない。

依然と同じ、人形のように整った顔と、とがった大きな耳に目が行くくらいでイザベラの感情が動くことはなかった。


ただ、彼の熱のこもった視線は少々、いやかなり気恥ずかしい。

グルグルと考えているうちに、ビショップがイザベラの隣にきて当然のように腰を抱いた。


「久々だな、愛しい番。

そちの薔薇から、香しい匂いがする」


そういうやイザベラの左胸と鎖骨の真ん中、ちょうどバラの紋様が浮かんでいる場所に顔を埋める。

挨拶を!と思ってもしっかりと体が固定されている。

衆人環視の中、そんな事をされたことがないイザベラは顔が真っ赤になり、どう行動していいのか分からなくなり、更に混乱する。



ルイスが一瞬立ち上がろうと腰を上げかけるが、後ろに控えていたエリックに肩を押されて座りなおす。


ビショップは高らかに宣言をした。


「我が番を見つけたことを嬉しく思う。

感謝しよう。

今後もこの地に恵みを捧げることを約束しよう」


その発言に、イザベラ以外すべての人間が、当然王も、王妃も椅子から立ち上がり頭を下げた。


「有難いお言葉を頂戴いたしました。

今後もトワイゼル王家並びに王国は協力を惜しみません」


王とビショップが頷きあう。

王妃は穏やかな笑みを浮かべているが、その顔色は、悪い。

母であるイヴェッタは泣きそうな顔でイザベラを見ている。

父グレイソンは、ジッとビショップを見ていた。

誰も彼もこの場で何を言っていいのか、考えあぐねているように見えた。

それは、勿論当事者であるイザベラでさえ。


そして、ビショップはイザベラに微笑んだ。


笑った…

笑うんだ、良かった。


見惚れても可笑しくないほど美しい笑顔だった。

イザベラは初めてビショップの笑顔を見たことでかなり安堵した。

ガラス玉のような目、と思ったが違ったようだ。今日のビショップの目はちゃんと意思を持った確個たる力がある。

イザベラは認識を改めよう、と思い直した。

なぜなら、彼はこんな優しい瞳をもって、イザベラに微笑んでくれているではないか。

イザベラもぎこちなく微笑み返す。

王妃様が見たら、そんな硬い表情の笑みではダメよ、と怒られてしまいそうな笑み。

妃教育で培ってきた仮面のような笑みが出来ないのが、自分でも不思議だった。


「無理に笑わなくともよい」


耳元でビショップが囁いた。

イザベラの耳元で流れる甘い声に、つい驚いて声を出しそうになり、慌てて俯いた。


それを優し気に見守るビショップの顔を、ずっとグレイソンは見ていた。


妖精の番に選ばれた、と聞いてから、ずっと娘は贄なのだ、と思っていた。

だが。

様子を見ている限り、ビショップはイザベラを愛しているように見える。

番、であるならば。

娘の不幸な結婚が終わり、これから幸せになるのなら。

チラリとルイスを見ると、ルイスは感情を隠しているのだろう、能面のような無表情でビショップとイザベラのはるか後方の空間を見ている。


これで、良かったのかもしれない。

外国に嫁がせた、と思えば、会えない事はさして重要ではない。

しかも、番だ。

妖精が番を見つけたら、生涯その人物しか愛さない、という。

なら。

お飾りの妃と言われ、憐みの目で、蔑みの目で見られていたイザベラにとって、幸せになれるのかもしれない。

グレイソンがずっと握っていた拳が、少し緩んだ。

そして、自然に目に涙が浮かんできたが、グレイソンは気にせずにビショップとイザベラをジッと見ていた。

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