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第二十六話

イザベラは久々に夕餉を父と共にした。

こんなに長い時間、二人で話すのは初めてかもしれない。

子供の頃に戻ったように甘え、色々と話をした。

今までどんなに楽しく恵まれた生活だったか、も。

グレイソンも領地の話を面白可笑しく話した。

イザベラは久々に声を出して笑った。


食後の紅茶も飲み終わり、グレイソンは一人、度数の強いウォッカを飲み始めた。

イザベラは相伴せずにグレイソンを見ている。

カークウッドはおつまみのピーナッツがお気に召したらしく、何度かイザベラの手をつついては催促をする。こんなに食べて大丈夫なのか?と心配するくらい。


「…イザベラ」


普段、父、グレイソンはイザベラを愛称のイジーと呼ぶ。

イザベラ、と呼ぶ時は大抵なにか真面目な話をするとき、だけだ。


「はい、お父様」


ニッコリ笑って笑顔を向ける。


ショットグラスをグイっと飲み干し、グレイソンは空のグラスを見つめる。


「…?お父様?」


問いかけると、グレイソンの瞳とイザベラの瞳がぶつかる。


「…謁見後に、王太子殿下と話した」


「…?ルイス様、と?」


イザベラは小首を傾げ、グレイソンを見上げる。


「お前に、約束を守れなくて、すまなかった、と伝えてくれ、と言われた」


イザベラの両目が見開く。

ゴクン、とイザベラが息を呑む。


イザベラの分かりやすい動揺に、言わなければ良かったか、と思ったがもう遅い。

口から出た言葉は、きちんとイザベラの耳に落ちた。


「…そう、ですか。

ルイス様が…

そう…。

お父様、教えてくれて、有難うございます…」


イザベラは何かに耐えた顔をしてグレイソンの顔を見る。

グレイソンは、娘のそんな顔を見たくなくて目をそらす。

本当はもっと何かを伝えなくてはいけない、と思ったが、娘の顔が晴れるような話は何も思いつかなかった。


「明日の朝、イヴェッタとウェイン、スカーレットと共にまた来る。

もう屋敷に着いた頃だろうしな。

イジー、お休み、私の大切な宝物さん」


そう言って、イザベラを抱きしめ、額にキスをしてグレイソンは帰っていった。

イザベラは一人、部屋に取り残された。


グレイソンを見送った後、すぐに湯あみをし、着替えて寝室に籠る。

あの話をしたとき、父は声をわざと落とした。

多分後ろに控えているアメリアにすら聞き取れなかっただろう。

顔色の変わったイザベラをアメリアは心配したが、父とあえて久々に興奮したから疲れたのと言い張った。


ベッドの上に一人佇む。


…約束を守れなくて、すまなかった、か。


枕にポトリと涙が落ちる。


愛されてる、と思っていた。

ずっと。

王子様と結ばれて幸せになりました、めでたしめでたし。

そんな絵本のような絵にかいた幸せを信じていた。

そこに至るまでの努力が大変だったが、そんなもんだ、と思っていたから頑張れた。

将来、王妃になる。

それ以外の人生なんて自分には用意されていなかったから。


いつからだろう。愛されることを諦めていた。

徐々に減っていった夜の来訪。

最初、なぜ来てくれないのか、何かをして嫌われたのか、イザベラは思い悩んだ。

だが、公務で会うルイスはいつでもパートナーとして完璧だった。

イザベラに対する気遣いだって、昔と変わらず優しくて。

ただ、閨を共にしないだけで。

ただ、女として求められないだけで。

辛かった。

一体何が悪いのか分からなくて。

だけど、責めたら余計離れていってしまいそうで怖くて。

夜の事さえ気にしなければ、ルイス様とは穏やかな時間が過ぎていたから。


なのに突然。

キャッサンドラ様が西棟に入られた。

事前に、話もなかった。

いや、こちらに入る前に来ることは聞いた。

でも、既に決定事項だっただけで。

私ではダメなのに、キャッサンドラ様なら、大丈夫なの…?

あの時の絶望を思い出す。

そして失われた二人の穏やかな時間。

ルイス様はキャッサンドラ様と過ごすようになり。

そこへ聞いた噂。

実はルイスがキャッサンドラに思慕していたという。

だけど、年が上だったから、既に婚約者のイザベラがいたから

ルイスはキャッサンドラを諦めたと。

だけど、キャッサンドラが寡婦になったことで我慢が出来なくなったんだろう、喪が明ける1年待ってすぐに引き取りに行ったじゃないか、と。


腑に落ちる話だった。

結婚後、1年は頑張ったのかもしれない、と。

後継者を望まれる立場だから。

好きでもない女との営みは義務でしかなかったのだろう。

恋焦がれている女は既に人妻になって領地から出てこない。


ルイス様は愛していると、言ってくれた。

だから、愛されてると心の底から思っていた。

政略結婚でも、確実に愛を育んできた、と。

御目出度い話、だ。

愛は愛でも、友愛、家族愛…彼が求めたには、妃としての役割を果たす私であって。

女性としてではなかったのだろう。

私は、頑張った。せめて自分の役割だけでも果たそうと。


閨を共にしなくなって数年。

私の女としての自信はすっかりなくなってしまった。


約束。

イザベラの脳裏に浮かんだのは、幼い日々の二人。

あの池のほとりの東屋での会話。


「…守れなくて、すまなかった…ね…」


言葉に出していうと、余計自分が滑稽な気がする。

フ、と笑みが漏れる。

その笑みがゆがんだ、


「…ひどい…そんな事、言うなんて…ひどい」


もう、涙すら出てこない。ひたすら胸が痛い。


そんな事、言わないでもらいたかった。

忘れていて欲しかった。

全て、全て。


キャッサンドラに夢中なら、彼女以外気にかけないで欲しかった。

ほんの少しの事で、イザベラは期待してしまったのだから。

もしかして、と。

覚えていてくれてるのか、と。


もうこの客間からはあの東屋は見えない。

イザベラのお気に入りの場所だった、王太子宮のコンサバートリ。

あそこがお気に入りだったのは、唯一、あの場所が幼い日の延長だと感じられる場所だったから。

あの、東屋が見えた、から。


幼い私が笑ってルイス様を見ている。

幼いルイス様も、私だけを見ていた。

「番って、なあに?」


私が首を傾げながら聞くと


「僕もよくわからないのだけど、夫婦仲良しなんだって。

このメスって決めたら、一生そのメスと共に生きるんだって。

もし、相手が死んだらずっと一匹で生きていくそうだよ。

その相手だけを好きなんだよ。」


「そうなんだ、じゃ、私達も番になるの?」


「勿論だよ、だってイジーは、僕のお嫁さんになるんだもん。

それに僕はイジーが大好きだもん。

大きくなってもずっと大好きだよ」


幼い私と幼いルイス様の、小さな世界しか知らなかった二人の時間。


「…嘘つき」


イザベラのつぶやきは宵闇に混じり溶けていった。


読んでいただいて有難うございます。

次の更新は来週になります。


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