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第二十三話

その頃トワイゼル王国城下、王都近郊ではすでに妖精の番探しのお触れが出ていた。

久しぶりに聞いたそのニュースに皆湧きたっていた。

一体どんな女性が妖精の番に選ばれるのか。

興味は尽きない。

誰もかれも、自分に近しい人間が番に選ばれるとは思ってもみない。

選ばれるであろう、見知らぬ誰か、の話でもちきりだ。


男達はパブでビール片手に。

女達は、買い物帰りの道端で井戸端会議。


「ねぇねぇ、お母さん、私、選ばれるかなぁ」


5歳の娘と手をつないで歩いていた馬具屋の女将は、娘の無邪気な質問に微笑んだ。


「もしかしたら、選ばれるかもしれないね」


「運命の王子様なんでしょう?わーい、私だったらいいなー」


目をくりくりさせて喜ぶ娘に苦笑する。


「そうねぇ。

でも、きっと選ばれる子はお母さんのいう事をよく聞いて、お手伝いもたくさんしてくれて、嫌いな人参もきっと大好きな子でしょうね、ご飯の好き嫌いをするような子、妖精の王子様は好きじゃないと思うわ」


「私、一杯お手伝いしてるもん!お母さんのいう事だってちゃんと聞いてるもん!

…でも…だって、ニンジン美味しくないし…」


そう言うと、母親から手を放し、娘はタッと走り出す。

井戸端会議をしているのだろう母親の傍で、手持無沙汰にしている友達を見つけたようだ。

手を振って、友人の元に行く娘に母親である女将はニッコリ笑いながら後をついていく。

勿論自分も井戸端会議に参加するつもりで。



街中のお祭り騒ぎとは逆に、王妃の執務室は厳戒態勢だった。

これが、通常時なら王妃の腹心の侍女と、王太子妃の腹心の侍女しか傍についていない事に気が付き、分かる人が見たら不審に思われるかもしれない。

今は妖精の番探しの準備という大義名分が事実をうまく隠してくれる。

今も、対外的に番探しは中止していない。確認作業をしている人間には申し訳ないが、続けてもらっているから、だ。


「イザベラ。

本当に覚悟はできているかしら?

本来なら番のあなたにこんな話をするのは憚られるのだけど」


最後の念押しだろう、王妃様が私の瞳を覗き込む。

私は息を軽く吸ってから、頷く。


「フィッツジェラルド侯爵と、侯爵夫人にはルイスの側近のブルースが説明する手はずになっています。

その後、こちらに来た時にこの話はします。あなたが納得済みであれば彼らもすぐに了承するでしょうね、その点では、協力を申し出てくれたあなたには感謝しかないわ」


王妃様が一口紅茶を飲む。

本題、だ。私は知らず組んだ指に力を入れる。


「王家としては、イザベラ、あなたとルイスの5年は、白い結婚だったとして婚姻期間は無効にします。

あの二人の社交界で蔓延している話を逆手に取ります。

ちょうど、キャッサンドラが子を産んだのも、この状況では有難いことです。

イザベラが番と発表すると同時に、二人の婚約も、発表します。

式は早くとも来年になりますが、ちょうどその時期は子をお披露目する時期に該当しますしね。

子の御披露目はルイスとキャッサンドラのお披露目にもなりますから丁度良い機会でしょう」


凡そ、自分が考えていた内容と大差なかった。

だから、傷つかない、と思っていた。

だけど。

実際にそうなる、と聞くと自分の全てを否定された気持ちになる。

今まで育んできた時間、

結べていたと思う信頼関係。

全て、無い事にされてしまう。

私は一体どんな顔しているのだろう。

組んだ指に更に力が入りそうになった時、

カークウッドが飛んできて、膝の上にとまる。


王妃様はチラリ、とカークウッドに目を向ける。


「そして、イザベラ。

あなたは、妖精の番に見いだされ、本当の愛を知った、幸運の女性として扱います」


「…幸運の、女性…です…か…?」


言われた言葉の意味が理解できず、思わず問い返す。


本当の愛を知った、幸運の女性…


なんて陳腐な言葉なんだろう。


裏を返せば、ルイス様から愛されなかった可哀そうな、女性…


思わず俯き、下唇を噛みしめる。

分かっている。王家の今後を思えばこうでもしないと収まりが悪いのだろう。

分かっていたじゃないか、白い結婚という事で結婚自体を白紙にするのでは、と自分だって考えたじゃないか。

多分そうするだろうと。


だけど、まさか

自分の立場がそこまで悲しいものになるとは考えが及ばなかった。

私は、私の立場を客観的に見れなかった。

あぁ、自分にとって辛くても、と、どの口が言ったのだろう。

今、すぐにでもこの場から立ち去りたい。

自分の迂闊さに、情けなくて笑いだしくなる。


ゆっくりとカークウッドの背を撫でる。

そして、大きく息を吐き出して顔を上げた。


「分かりました。父と母には、私からもこの話を了承している旨を伝えます」


「…次に子が生まれたらフィッツジェラルド侯爵家に降嫁させます」


次代侯爵になるお兄様の所に生まれた子供に王家の娘を降嫁させる、これが、私に対する扱いの対価か…

これを取引材料に、父と母を納得させるつもりだったのか。


私は無言で頷く。

王妃様は、私の顔色が変わったのも全て気が付いているだろう。

だが、彼女は頓着せずに決定事項のみ淡々とした表情で話す。

肉付けされた話が一切なかったのは、王妃様の優しさなのだろう。


王妃様の執務室にいた時間は3時間に満たない。

多分、王妃様の不安材料は我が家への対応だけだったのだろう。

私が納得し、両親に話したほうが角が立たない。

王妃様は真っ先に一番の懸念事項を解消するために私に対価の話もしたのだろう。

王家は絶対だが、侯爵家をコケにしていいわけではないのだから。

我が家の顔を立てるためにも降嫁させると約束をするのだ。


…自分は、なんて厄介な立場なのだろう…


客間に戻れば、やることもなし、ただぼんやりと外を見るだけ。

本を読もうにも、文章が頭の中に入ってこない。


砂時計の砂がこぼれ落ちる様に、自分の中から色々なものがこぼれ落ちていく。

それは何なのだろうか?

ルイス様と過ごした時間?

それとも恋慕う心?

キャッサンドラ様を羨む思い?

もうすべてが良く分からない。


このまま全てがこぼれ落ちて、空っぽになったら少しは楽になるのかしらね。


「そう思わない?ね、カークウッド?」


名前を呼ばれて甘えられると思ったカークウッドが飛んできて、イザベラの膝の上にとまって顔を見上げる。

イザベラは微笑んでカークウッドを撫で続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] しかしルイスはどういうつもりでしょうか?うわさを知らなかった?いやいや、知らないにしても何年もほっぽらかしで何を言ってるのやら、イザベラもその立場になって初めてわかるんですよね。王家とか立場…
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