第十八話
午後のお茶の時間に合わせて、王太子宮にヴィエナは訪れた。
王太子宮は、自分が王太子妃だった時と比べて、雰囲気がかなり変わっている。
イザベラが少しずつ変えていったのだろう。
壁紙がアイボリーホワイトに変わっていた。イザベラの人柄と相まって全体的に落ち着いた雰囲気になっている。
迎えに来たルイスとイザベラに微笑む。
見た感じイザベラは、顔色こそ悪いものの、落ち着きを取り戻したようだ。
だから、こそ痛々しく感じる。
あの鳥は、イザベラが見える場所、表玄関傍の階段の手摺に止まってこちらを見ている。
本当に忌々しい…眉をひそめたくなる気持ちを抑える。
イザベラは私に足を運ばせたことに恐縮していたが、気にしていないと言って
挨拶もそこそこに、早速確認のために部屋に行く事にした。
確認する前に、室内にいる侍女を見る。
ルイスも信頼置けるものしか今日は配置していないと言っていたので大丈夫だろう。
だが、まだ王家としての発表はする気がない。今は、まだ。
だから、確認する場も客間だ。
部屋で確認して、他の召使に下手に勘繰られるのも避けたい。
その思惑もあり、わざと選んだ。
護衛も、もちろんルイスも部屋の外で待機だ。
イザベラの侍女、アメリアとマリアがドレスをはだけさせるのをなんとはなしに見る。
アメリアもマリアも目が赤い。彼女らも泣いたのだろう。
ヴィエナは小さくため息をついた。
「王妃様、こちらになります」
イザベラが顔をあげ、ヴィエナに向き合う。
イザベラの白い滑らかな肌には確かに、それはあった。
覚悟は、していた。
そんな予感がしたから。
そう思っていたから。
報告も受けていたから。
なのに、実際に自分の目で確認をして、目の前が真っ暗になるような衝撃を受けるなんて思わなかった。
息をするのを忘れて、バラの形の痣を凝視する。
似た形なのでは、なんて思っていた。
虫刺されかもしれない、なんて思っていた。
そんな甘い考えを木っ端微塵にする。
ユックリと息を吐き出して、私はようやくイザベラを見た。
「…確認致しました、もう元に戻して良いわ」
イザベラは泣き笑いのような顔をして礼をすると、アメリアとマリアが急いでドレスを直す。
私はソファに座りながら、顔を手で覆う。
「…異変があったのは、いつから…?」
「…王妃様から、妖精の番の話を聞いた時には、赤くなっていました。
ただ、こんな大きくも、赤くもなく、普通の虫刺されなのかと思っていました。
バラの形になったのは…今朝確認したら、そうなっていました、としか申し上げられません。
昨夜までは、形にはなっていませんでした。
今、考えたら、赤くなった時点でなぜ番の紋様と頭が回らなかったのかと…。
私の不徳の致すところです。
報告が遅くなり、申し訳ありませんでした」
イザベラが申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、不覚にも涙がでそうになった。
「…誰だって、自分が選ばれるなんて思わないでしょう。
だから、その点は気にしなくて良いのよ。
責めようとは思っていません」
なるべく優しい声を意識して出す。イザベラの弱弱しい笑顔を見ると、胸が痛む。
「イザベラ、ひとまず信頼のおけるものに、フィッツジェラルド公爵家に連絡を入れさせます。
かのものが、一体いつこちらを発つのか分かりませんので家族に会える時間を取りましょう」
イザベラは顔を上げて私をしっかり見る。
「そして、これは、王妃命令です。今日中に王宮に移動します。
王家発表までは表向き妖精の番探しのため、私の手伝いとして王宮に泊まることにします。
その間に色々と詰めなければなりませんし」
まさか、話を詰めたりするのに一人でする羽目になるとは思わなかったけど。
「王太子宮の管理は、どうしましょうか…?」
イザベラが思案顔でヴィエナを見る。
自分がいなくなったことを考えて心配をしているのだろう。
どうしてこの子はそこまで自分を律するのか。
「…そんな事、捨ておきなさい。スチュワードのルークや、執事のフィンレィがどうとでもやります。
そうね、あなたが信頼している侍女は連れてきてよいわ。
満月の晩には発表するから、そうね、あと4日後…」
そう自分で日付を言って、あぁ、と思う。
たった4日しかないのか。
イザベラの肩越しに、鳥の顔が見える。
鳥の事を嫌いになりそうだ、ヴィエナはそんなことを思いながら出された紅茶を一口綴った。