第十七話
ルイスはアメリアに王宮へ早馬を出すように伝えた。
本来であれば自分が王宮へ出向き王妃であり養母であるヴィエナに伝えなくてはいけない事なのに、ルイスはこちらに呼びよせることにしたようだ。
イザベラの顔色が良くない事を心配してのことで、そのままルイスがイザベラの朝食をもって又ベッドサイドに来た。
カークウッドはベッド脇のソファの上に止まっている。ふとした時に見せる表情は可愛らしく、いかにもな愛玩動物だ。
先ほどのは偶然なのか。あまりにも長時間私が顔を出さなかったから心配して、寂しくなってきてしまった、だけなのか。
如何せん行動が読めない不気味さがある。
それとした視線は送っていないが、ルイスがカークウッドに対し警戒をしているのがイザベラにも分かった。
「イザベラ、食欲はないかもしれないが、少しでもよいからとろう。
湯あみして、少し落ち着いたほうが良い。
早馬には、こちらに出来れば来てほしい事のみ伝えた。
その件は、私が自分の口から伝える予定だ」
ルイスが落ち着いたゆっくりとした声でイザベラに話す。
ルイスも動揺しているはずなのに、頭を切り替えて行動をしている。
「イザベラが食べ終わったら、私も登城する。すでに少し遅く登城する旨は伝えてあるから時間は気にしなくてよい。
今日の湯あみは…アメリアだけに任せた方が良い、かもしれんな…」
ルイスは手を顎にあて考える。
今、この事を公にするのは良くない。口の堅い、信頼のおける侍女を何人か数え上げ、アメリアに伝える。
今日の王太子妃付きの侍女は、3人ほど変更になった。
早馬からの伝達を受け取ったヴィエナは、人目を憚らずため息をついた。
彼女が自分の意図しないため息を吐くのは珍しい事だった。
「イザベラが体調不良で、王太子宮に来訪を要請と?」
普段なら、そんな要請があったら鼻であしらうだろう。
何を馬鹿なことを、と。
だが、不安が現実になろうとしている恐怖に、足がすくむ思いがした。
そして、義娘のイザベラを思う。
あの娘は気高く、自分を律することが出来る。
だから、無理はしていないか、と。
ルイスとは後程面会をする予定になっている。
その時、一体どんな話をするのだろうか?
想像もつかないのが、怖いと、初めてヴィエナは思った。
通常通りなら大体面会する時点で凡その会話の内容は分かる。
自分達では手の届かない話を聞くのは、何をどうしていいかすら分からないのだ。
分からないのは、怖い事だ。
人の考えなど、考え違いはあれどそう大差はない。だが妖精に関して自分は無知そのものだ。
無知というのは、戦場で武器が無いのと一緒の事だ。
対処の仕様がない。
それを認めるのは悔しいと思うが、事実だ。
次回、妖精が来た時に、自分はどう対面すればいいのだ。
自分は、夫のようにお道化たのんびりとした応対なんぞ出来ない。
そこで、ふと気が付く。
自分は、いつの間にか最悪の場合しか考えていない、と。
だが、この状況で何かしら最良の報告などありはしない、と頭を振る。
王妃の間に現れた息子の顔を見て、ヴィエナは自分の悪い想像が当たったことを確信した。
息子の顔は強張り、悲壮な雰囲気を醸し出している。
「ルイス、型通りの挨拶などこの私には無用、用件を述べなさい」
自分の声が思いのほか強い口調になってしまったのに気が付く。思いのほか感情が昂っているらしい。
「我が妃イザベラに、番の紋様が現われました。確認を、お願いします」
想像していたより、実際に声に出して言われると、やはり衝撃の度合いは違うものだな、ヴィエナはなぜか冷静にそう思った。
「…それは、まことか?」
思わず出た声は、言うつもりもなかった本心。
信じたくないと、嘘だと言って欲しい自分の弱い本心。
「その件で本来なら我が妃イザベラを王宮にと思いましたが、顔色も優れずにいたため僭越ながら王太子宮に来訪のお願いを申し上げた所存でございます」
「…分かりました。午後にでも伺いましょう。メリンダ、ケリー、その様に取り計らって。
この件は、正式に発表するまでは他言無用、そして、私とルイス、二人にさせて頂戴」
侍女二人が礼をして音もなく部屋から出ていく。
それをヴィエナは横目で見る。完全に扉が閉まると、改めてルイスを見た。
「それで、イザベラはどうなのかしら?」
母としての顔でルイスに聞く。
「アメリアに聞いたところ、最初はかなり動揺して慟哭したそうです。私が朝話した時は顔色は悪かったですが、気丈にしておりました。
…母上、私はまだ、信じられないのです、なぜ、こんな…」
「…こんな?」
「なぜ、こんなことになったのかと。イザベラは、私の大切な妻です。なのに、妖精の番といって連れ去られるなんて」
ルイスが下唇を噛んで俯くのを白けた思いでヴィエナは聞いていた。
「ルイス、あなたには、キャッサンドラがいるのではなくて?」
冷たい声でヴィエナが問いかけるのと同時にルイスが顔を上げる。
「は、母上、違います、キャッサンドラは、その…」
ルイスが口籠るのを冷めた目で見降ろす。
「違う?何が違うというのです?
ここ数年、イザベラと閨を共にしていないと聞いてます。
その、あなたが何を言って?
良いですか、良くお聞きなさい、ルイス。
あなたは知らなかったでしょうが、イザベラが何と言われてるか、ご存知?」
ルイスが顔を上げ、ヴィエナを見る。一体何を言ってるのか、という息子の顔を見て
呆れてしまう。
「お飾りの妃」
ルイスは初耳だったのか、目を丸くする。それに構わずヴィエナは歌うように言葉を続ける。
「王太子は幼少の頃から辺境伯令嬢のキャッサンドラを思慕していたが、年が3つ上の為妃としては相応しくないとして、同年齢で爵位も上位のイザベラが婚約者となったが二人の愛は消えることなく、キャッサンドラが晴れて寡婦になりようやく王太子の元にこれた、愛を貫いた二人」
ルイスの顔色は真っ青だ。
ようやく、自分達が置かれていた立場を理解したらしい。
我が息子ながら腹立たしい。
「この噂が事実か嘘か、など些細な事。
ルイス、あなたは愛を貫いた。
イザベラ、あの子は番に見いだされ、運命の愛を知った幸福な女性。
分かりましたね?」
母の顔ではなく、王妃としての顔でヴィエナは有無を言わせずルイスを見つめた。