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第十五話

翌朝、微睡みの中から目覚めたイザベラは陽の当たり具合で通常よりも早い時間に起床したことを知る。

自分でも、早く起きた意味を知っている。

昨夜からずっと気になっていたのだ。

ぶつけた記憶も、虫に刺された記憶もない、赤く腫れた左胸の痕。

軟膏を塗ってもどんどん赤くなるのは、なぜか、と。

なぜ、自分でも気が付かなかったのだろうか。

昨夜まで、あまりにも無自覚過ぎた。


早く確認して、なんでもなかった、と安堵したい。

呼吸を整え、祈るような気分で自分の寝着をずらし、痣を確認した。


叫びだしたくなる声をどうにか抑える。


気のせい、と思いたかった。

くっきりと、そこに主張しているそれは。


イザベラはしばし呆然とベッドの上に座り込んでいた。

遠慮がちにノックがされるまで、ずっと。


「王太子妃様?お目覚めでしょうか?」


アメリアが何度か小さくノックをする。

イザベラの思考がようやく働きだす。


「入って頂戴、起きているわ。アメリアだけ来て欲しいわ」


震える声でアメリアを呼ぶ。

今日の侍女がアメリアで良かった。イザベラは心底思う。

扉が遠慮がちに空き、アメリアの顔を見た途端、安堵のあまり肩の力が抜ける。


「イザベラ様?どうなさったのですか?」


駆け寄ってベッド脇にくるアメリアに驚くと、小さなハンカチで顔を拭かれた。

涙が知らずに出ていた。

自分でも自分の感情がコントロールできない。


悲しくて?

いいえ

恐ろしくて?

いいえ。

なら、なぜ泣いているの、私は。

自分でも分からない。

頭の中に疑問がグルグルとまわるだけ。


生娘が、選ばれるのではないの?

私は既に、生娘でもないのに?


しばらく泣くと、気分が落ち着いてきた。

その間、アメリアは優しく背中を撫でていてくれた。


「…アメリア…」


「はい、イザベラ様」


「アメリア…」


「はい、イザベラ様、どうなさいましたか?

御気分が優れませんか?」


アメリアの優しい声音に更に涙が出てきた。

このまま言わなければ、誰も、分からない、

一瞬そんな思いが頭によぎる。

いや、そんなわけがないのだ、侍女はイザベラの世話をする。

当然目につくはずだ。

それに、逃れようとしても国を出ない限りは女性全てが確認されるのだから無駄だ。

遅かれ早かれ周知される。


イザベラは無言で首を振って、自分の寝着を少しずらした。

アメリアが驚愕で目を見開く。

ここで、驚愕のあまり言葉を発しなかったのは、やはり信頼のおけるアメリアだからだとしか思えなかった。


「イ…イザベラ様…これは…」


アメリアが口を覆い、何か口にしようと逡巡する。

イザベラとアメリアの目が合う。

お互い無言でどれくらい見つめあっただろうか。


「…妖精の番探しは、しなくていいわね。

昨日一斉に早馬で伝達をだしたけど、無駄だったみたい。

王妃様に報告をしないといけないわね」


そこまで口にして、嗚咽を堪え切れずイザベラは泣いた。

アメリアがイザベラ付きの侍女になってから、初めて見るイザベラの慟哭の姿だった。


「イザベラ様…」


イザベラを抱きしめ、優しく背中を撫でる。

そんなことをしても、何の役にも立たない事は百も承知だった。アメリアは自分の力不足を痛感した。

しばらくすると、涙はとまらないものの泣き声はやんだ。

イザベラは動揺している、勿論アメリアも、だ。

だが侍女であるアメリアまでが動揺したからと言って仕事をしないわけにはいかないのだ。


「イザベラ様、少し席を外しますね、お待ちください」


いうが早いが扉に向かい、控えの侍女にイザベラの体調が優れないため、朝食は軽めのものを部屋にもってきてもらうようお願いする。

ルイスに報告を、と思うが、ひとまずイザベラが落ち着くまでは待った方がいいだろう。

現状を冷静に把握出来てからでも遅くないはずだ。

すぐに踵を返し、イザベラの元にもどる。

イザベラは呆然自失した状態でベッドの上に座っていた。


「イザベラ様、もう一度、きちんと確認をしましょう。もしかしたら、痣がそんな風に見えただけ、かもしれませんから」


アメリアも精一杯優しく声をかける。イザベラは何も言わず、全てを諦めたように無言で首を振る。


「いいのです、アメリア。

もう、いいのです。

…私は。


…私は、王太子妃、イザベラ・メアリー・トワイゼル…


元よりこの命、国の為、王国民の為に捧げるつもりでした…


妖精の、いえ、ビショップ様の番になり、この国を安寧に導けるのであれば喜んでこの身を捧げましょう。

幸いにして、王太子様にはキャッサンドラ様がいらっしゃいます…」


イザベラが顔を上げてアメリアを見た。

その瞳は、既に落ち着きを取り戻し、いつもの意思を持った瞳だった。

そんなイザベラを見た瞬間、アメリアも涙が溢れてきた。


「アメリア、王妃様に確認願いましょう。

王妃様もそう思うようなら、…伝えないといけませんね」


自分と、王妃と妖精を迎えるために一生懸命準備をした。

妖精の国に行くまでの間、番となる令嬢を迎え入れる部屋も、輿入れするための準備もすべて二人で考えて手配してきた。

それがまさか、自分がその立場になるとは。


イザベラは微笑んだ。

泣いたばかりで目は充血し、鼻頭は赤くなっていてお世辞にも美しいとは言えない状態なのに、その笑顔はアメリアの胸をうつほど儚く美しい幻想のような笑顔だった。

アメリアも泣きながら無言で頷くしかなかった。


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