第十四話
「5日後の満月の晩までまたあなたのご主人様はいらっしゃらないみたいね。
それまでは、私がお世話するけど、大丈夫かしら?
このこは、一体何を食べるのかしら…?」
イザベラはカークウッドを撫でながら思案顔でルイスに問いかける。
ルイスも眉を下げて考える。
「とりあえず、果物とか…?
木の実なんかを上げてみたほうがいいね。
それに、飛んで行ってしまわないのだろうか?
ずっとそばにいるのだろうか?
とりあえず、なにか上げてみよう」
ルイスが後ろを振り返るやいなや、餌になりそうなものを頼む。
カークウッドは目を細め大人しくイザベラの膝の上に座っている。
「カークウッド、あなたはお名前だけしか喋らないのかしら?」
イザベラが優しくなでながら鳥に問う。
勿論返事など期待はしていないが、もしかしたら、と思ったのだ。
カークウッドは顔を上げてイザベラの顔を見たが、また目を閉じて大人しくしていた。
「オウム、みたいなものなのだろうな。
しかし、こうしていると、鳥も案外可愛いものだな」
微笑むルイスの顔を見て、イザベラは微笑んだ。
動物を飼ったことのないイザベラにとって、この体験は初めてだった。
自分の手で動物を触る、撫でることがこんな幸せな気分になるなんて、知らなかった。
いつもよりはしゃいでしまったことに気が付いて、我に返る。
そして。
自分とルイスの距離がいつもよりも近いことに気が付いた。
既にビショップがいないというのに
今でも、イザベラの腰にはルイスの手が添えてある。
今朝も、だったけど。
こうしていると昔に、戻ったみたい。
こんな他愛のない事でも嬉しい。
あの不躾な視線から自分を守ろうとしてくれた。
あぁ、そうだ。
昔から、いつもさり気なくルイスは自分を助けてくれていた。
人目がある場所で、こんな傍で触れ合う事なんてここ最近なかった。
そこに気が付くと羞恥で頬が赤くなる。
ルイスはそれに気が付くことなく、持ってきてもらったクルミと、レーズンなどを手にのせてカークウッドに食べさせようとしていた。
「ふふ、こんなになつかれると、あなたが飼い主の所に戻ってしまったら寂しくなってしまいそうね。
鳥がこんなに可愛いなんて私も知らなかったわ」
先ほどの気詰まりな会談の場が少しずつ和んだ雰囲気に変わっていったこともあり、イザベラとルイスは鳥を愛でた。
それはつかの間の休息のように、満ち足りた時間だった。
思案顔で王と王妃がイザベラとルイスをじっと見ているのも気づかずに。
イザベラが王太子宮に戻っても、カークウッドは付いてきた。
時には肩に、時には膝に。時には傍を飛びながら付かず離れずの距離を保つ。
ルイスは自分の所に来させようと、一生懸命餌でつっていたが無駄だったらしい。
まるで、昔からのペットのようにイザベラの傍にいる。
流石に湯あみの場まではついてこなかったので、イザベラもホッとした。
赤くなってる場所は又少し熱を持っているようだった。
そして、痣が更に赤みを増し広がったように見える。
「…少し、広がった感じ…?」
一体なぜ?
「少し熱を持っていますね。冷やしましょうか?」
アメリアが触りながら小首を傾げる。
「えぇ、お願い…」
イザベラは自分の赤くなった痣を再度見つめる。
鏡の向こうに、ビショップの顔が浮かんだように見えて、背筋がゾクリとした。
…見間違い?そうよね、
いやだ、まさか、ね…
イザベラは自分の考えを追い払うように頭を振った。
人形のように綺麗な顔だったが、その目はビー玉のように無機質で、温かみが感じられなかった。
そして、あの不躾な視線を思い出し、不快な気分になる。
あんな風に全身を嘗め回すように見られたのは、初めてだ。
きっと自分はとても疲れている。
西の方の出産、番探し、妖精の来訪。
色々な事がこの時期に一気にあったから、自分の中でも処理できなかったのかもしれない。
それが体調に現れているのだと思いたかった。
アメリアが氷をタオルに挟んで持ってきて冷やすのを、イザベラはぼんやりと見ていた。
その夜、夫であり王であるジェイソンがベッドに横になると、ヴィエナに話しかけるというよりは独り言のようにつぶやいた。
「あの者は、何を欲しているのだ?」
ヴィエナは既に横になっていたが、半身を起こした。
「王は、何と心得ます?」
ヴィエナは、夫を試すように挑発的な視線をジェイソンに向けた。
ここで、この人はどう答えるか?
正しい答えがここで出るわけもないが、どうにかして否定したい自分の思いを胸にヴィエナはじっと見つめる。
視線を受け止めていた夫は、さり気なく視線を外し、肩を落とした。
「…王としての返事を期待してるのか?」
「いかようにも」
「…イザベラが、番かもしれぬ」
ため息交じりに言った、その一言を耳にした時、ヴィエナはやはり気が付いていたのか、と思った。
夫もきちんと見ていたのだ、あの部屋で。
その場の雰囲気、人々の視線一つ一つ、そして何気ない仕草さえもチェックし、吟味する。
その行動が意味するものは、何か、と。
多分、イザベラは無意識でやっているのだろう。
彼女は何度か左胸の上あたりを触っていた。
最初は気のせいだ、と思った。
いや、思いたかった。
自分が不安だから、その行動のすべてに意味を見出そうとするのだ、と。
諦めにも似た気分で再度問う。
「それは、何故ゆえに?」
「そなたも、人が悪い。気がついておろう?」
二人は押し黙った。
気まずい沈黙が続く。
沈黙を破ったのはヴィエナ。
「確認作業は、まだ始まっておりません。
気のせい、かもしれません」
いつもの自分の声とは思えない、小さな希望にすがるような声でヴィエナは呟いた。
「あれらは、まだ気が付いておらんのだろうな。
少し不自然な程、あの鳥に気を取られ過ぎておる。
それに…
…だれだって、自分が選ばれるなんて思っていないだろう。
あの場にいた自分ですら、気のせいだと思いたかった。
…イザベラには、早急に何か異変がないか確認したほうが、良い、だろうな…」
「こうなると、キャッサンドラが子を産んだのは、良かったのかもしれませんね…」
ジェイソンは何も言わなかった。
返事がないのは肯定だろうか?
ヴィエナは自分の手をじっと見つめた。
一体どうしてこうなったのか。
何故なのか。
今まで必死に二人で妖精を受け入れる準備をしていたのに。
受け入れる準備をしていたイザベラが、連れていかれる?
王太子妃なのに?
そんな事実、受け入れられない。
まだ、希望は捨てない。番の紋様が出ていなければ問題ないのだから。
祈るような気持ちで目を伏せる。
夫もなかなか寝付けないのか、何度目かの寝返りをうつ。
今夜、自分は寝れるのだろうか。
寝返りをうつかわりに、ため息を吐いた。