思っていた以上に彼女は逞しくなっていたようで……
「ちょっと! 証拠あるとか適当なこと言ってんじゃないわよ!!」
証拠なんてあるはずがない。――そう高をくくっていたものの、なごみの一言に苛立ちを見せる新町。
しかし、その苛立ちを向けられている張本人はというと……
「おい! シカトしてんじゃねぇよ!」
「ちょっと調子に乗りすぎなんじゃない?」
「ホント、生意気ー」
新町プラス取り巻きからのクレームになど完全スルーで自分の席へ。
「スマホ……?」
そして、机の中から昼休みに『置いてきた』と言い張っていた自分のスマホとイヤホンを取り出すと、静かに目を閉じそれを耳にあてた。
っていうか、この野次の中これだけ動じないでいられるとかメンタル半端ねぇな……昔はちょっとキツイ言葉を投げかけられただけで怯えてたってのに……人間変わるもんだな。凄まじい変わりようだ…。と、そんなことを考えているうちに、
「待たせたわね。もう大丈夫よ」
どうやら準備が整ったらしい。なこみは目を開き、イヤホンを外すと、新町達にスマホを向けた。
「はぁ!? それが何だって――」
すると…
『ははっ! ウケルー!! ねぇねぇ、次この弁当ぶちまけてやんない?』
「……え?」
スマホからは大音量で聞き覚えのある声が再生され、女王達は言葉を失った。
『さすがエリカ! 過激~!』
『あははっ! これ、波志江さん戻ってきたら泣いちゃうんじゃない?』
『いいのよ、あんな女泣かしておけば! この私に喧嘩売ってきたんだから、これくらい当然でしょ?――アンタ達も私に逆らったらどうなるか分かってるわよね!?』
この録音データにクラス中がざわつく中、
「言わなくても分かると思うけど、これは昼休みの時のあなた達の会話よ。――これ以上の証拠が必要かしら?」
なごみは不敵な笑みを浮かべて動揺しまくりの敵方を追い詰める。
「何なのよ、これ……!? 何でそんなもの録音してんのよ!?」
確かに。何で昼休みの教室の会話なんて録音してたんだ? まさか、こうなることを予期して……?
「別に大した理由はないわ。ただの偶然よ」
なるほどなるほど。偶然今日は録音機を持ってきていて、偶然教室の会話が録音されていて、偶然新町達が嫌がらせをしてきて、偶然その会話が綺麗に録音されてしまったと……。って、いやいや!
「偶然なわけ――」
「そんな偶然あるわけねぇだろ!! ご都合主義にも程があるわ!!」
「……奏太君、残念ながら今はあなたのツッコミを披露する時間じゃないの。うるさいからちょっと黙ってるか、終わるまで教室の外で待っててくれるかしら?」
「……あ、はい。すみません。邪魔にならないようにするんで教室内には居させてください……」
「仕方ないわね。許可するわ」
思わず二人の会話に割り込んでツッコんでしまい、割とガチなトーンで怒られた……。
「アンタふざけてんの? そこのうるさいのの言う通り、全部偶然なんてあり得るわけないでしょ!?」
「そんなこと言われても偶然なんだからしょうがないでしょ? まぁ、仮に偶然じゃなかったとしてもあなたに教えてあげる必要なんてないけど」
「波志江……!アンタ……!!」
先程とは逆に煽られる立場になった新町の顔にははっきりと怒りの色が。今にも手を出しそうな程、鋭く睨みつけている。が、しかし、
「あら? 私を睨み付けるなんて、まだ立場を理解してないみたいね」
「はぁ!? 何言って――」
「私の机は見ての通りでこちらにはあなた達の仕業だという証拠もある。さらにもうすぐ五時間目が始まる――もし先生がこの現場を見たらどうなると思う?」
「!!」
なごみが嫌味ったらしく、遠回しに、『立場は自分の方が上。態度には気を付けろ』という意味を含めて問い掛けると、
「ちょっと、エリカ! これヤバいんじゃない?」
「私こんなことで退学とか嫌だよ」
さすがに取り巻き達も状況が悪いことに気が付きアタフタし始め、新町の怒りの表情にも焦りの色が混ざっていく。
「どうするの? あなた達が反省しているなら、今回は特別に謝罪と片付けだけで勘弁してあげるわよ?」
さらに見下すような笑みを向けるなごみに、新町はただ奥歯を噛みしめながら睨みつけることしかできず……。そんな彼女達のやり取りを、俺含めその他のクラスメート達はハラハラしながら見守るだけ。
そして…
「エリカ! 謝ろうよ!!」
「エリカちゃん!」
「……チッ!――分かったわよ! 謝ればいいんでしょ!!謝ればっ!!」
最後は取り巻き達の必死の訴えに、無難な決断を下した。
「私達が悪かったわ……ごめん」
「波志江さん、ごめん!」
「ごめんなさい!」
ブスッとしたままではあるが、新町が頭を下げたことをきっかけに取り巻き達も謝罪。
「いいわ。今回は私の広い心で許してあげる。それじゃあ、さっさとこの机も片付けてくれる? 早くしないと授業が始まってしまうわ」
「波志江なごみ……覚えてなさいよ!?」
雑魚キャラのような捨て台詞を残しつつ、三人はなごみの机を片付けはじめた。
「ほら、早くしないと先生が来ちゃうわよ? もしかして、片づけなんて簡単な作業でも、あなた達にとっては難しかったのかしら?」
そして、そう余裕の笑みを浮かべながら三人を見下ろすなごみの姿はまさに"女王"だった。
「……お前、逞しくなりすぎだろ…」
「ね、手助けは要らなかったでしょ?」
ドヤ顔で勝ち誇るなごみ。
どうやら『自分の問題は自分で解決できる』というのは強がりなんかではなく、ただの事実だったらしい。昔は嫌がらせを受けても自分では何一つ言い返すことすらできなかったというのに……。自分の婚約者の変貌っぷりに、嬉しいような寂しいような……。
「ほら、奏太君も少しでも長く私と一緒に居たいのは分かるけど、そろそろ自分の席に戻った方がいいわよ?」
「はいはい」
最早ツッコミを入れる気にもなれず、俺は大人しく彼女の斜め前にある自分の席へと腰を下ろした。
「ほら! 終わったわよ!!」
「ご苦労様」
だが、この時の俺は気付いていなかった……新町エリカという女がこれで大人しく引き下がるような奴ではないということを……。