愛情のあるキャットファイトは大歓迎です!
翌日の昼休み。
「はぁ……」
一人で日向ぼっこでもしていようものなら心地の良い眠気に誘われるであろういつもの屋上で、俺は弁当を食べながら思わずため息をこぼしていた。
別に、今食べているなごみの手作り弁当がおいしくないからではないし、妹の栞と俺との関係についてでもない。え? なごみと栞、そして俺の三角関係が原因じゃないのかって? ――まぁ、近からずとも遠からずってところだな。
昨日、帰る途中でナンパ男に絡まれ、強引に連れて行かれそうになった栞と日野さんを、駆けつけたなごみが助けたことがきっかけで無事和解できたらしい。さらにその後4人で諸々話した結果、『妹が俺のことを異性として好きなんじゃないか!?』という疑惑については、俺の勘違いだったことが判明。栞とは今まで通りの関係に。まぁ、妹のピンチに駆けつけられず、全て終わってからノコノコ現れた男が言うのもなんだが、とりあえずは一件落着。めでたしめでたし――となったはずだったのだが……
「ちょっと、なごみちゃん? この卵焼き、ちょっとしょっぱ過ぎるんじゃない? こんなんじゃお兄ちゃんの10年後が心配だよ」
「べ、別に普通よ? それに奏太君はちょっと味が濃いくらいの方が好きなんだから」
「残念ながらお兄ちゃんは“卵焼きは甘い味派”だよ? ちゃんとお兄ちゃんの味の好みも調べておかないと」
「グッ……」
手作り弁当へのダメ出しが止まらない妹と、その妹に反論の悉くを論破され、返す言葉にいつものキレがない我が婚約者……。その二人に挟まれる俺の居心地の悪さは言うまでもないだろう。
今日のランチメンバーはいつもと違い、俺となごみ、それから飛び入り参加の栞、そして日野さんの4人。(尚、レギュラーメンバーの陽平は、いつもの如くハーレム達に追い掛け回されている真っ最中)。そんな男一人に対して、可愛い女子が3人というハーレム状況に、『ついに“藤岡ハーレム”の誕生か!? 陽平、悪いがまだしばらくは来なくていいからな!』などと舞い上がっていたのも今は昔となっていた……。
ねぇねぇ、なごみと栞の件って昨日で解決したんじゃなかったの……? なんでうちの可愛い妹ははこんなに敵意むき出しでうちの彼女を言い負かそうとしてんの……? ――と内心涙目で考えていると、
「なごみちゃん、それに今日のお弁当、ちょっと野菜が少ないんじゃない? もっとバランス考えないと」
「き、今日はたまたま少し少な目だっただけよ。いつもはもっと緑黄色野菜を使ったおかずが彩りよく入ってるんだから! ――だ、だよねっ! 奏太君!?」
「え!? お、おう! そうだな!! その通りだ!!」
なごみが、我慢の限界と言わんばかりに若干涙目になりながら俺に助けを求めてきた。やはり彼氏である俺の身内ということでやり辛さがあるのだろうか、普段学校で披露している切れ味鋭い毒舌はすっかり影を潜めており、最早素の性格を隠しきれなくなっているご様子だ。
はぁ……。まぁ仕方ない。できれば関わりたくはないんだが、彼女から助けを求められて放っておくわけにもいかんしな……。
「なぁ、栞。お前なごみと和解したんじゃなかったっけ? なんでそんなに敵視してんだよ?」
「え? 何言ってんの? 勿論和解もしたし、私別に、なごみちゃんを敵視なんてしてないよ?」
「……え?」
「和解してなきゃ、こんなところで一緒にお昼ご飯なんて食べるわけないじゃん。私はなごみちゃんがお兄ちゃんと結婚するつもりだって言ってたから、ちゃんとしたうちのお嫁さんになるために必要なことをいろいろと伝授してただけだよ?」
小首を傾げながら何でもないような口ぶりで答える栞。確認のため、なごみの方に目を向けてみると、彼女も苦々しい顔をしながらコクリと頷いた。……なるほど。つまり栞はなごみに対して敵意を持って言い負かそうとしていたのではなく、姑的なポジションでなごみにおせっかいを焼いていただけ、と。
「なぁ、栞……? お兄ちゃん、栞が性質の悪い小姑化するところなんて見たく――」
「いいから! お兄ちゃんは黙ってて!!」
「あ、はい……」
それでも俺は、自分の婚約者を守り、そして兄の威厳を示そうと優しく語りかけてみる。が、兄の言葉は妹に軽くねじ伏せられ、
「奏太君? 自分の婚約者が目の前で困ってるのにそんな簡単に引き下がっちゃうの?」
その婚約者からはムーっと恨めしそうな目を向けられた。――ああ、そうか……。世の嫁と姑の板挟みになる夫はこんな感じなんだな……。と、俺が知りたくもない世の中の一旦を垣間見る中、
「すみません、急にお昼にお邪魔した挙句こんな感じになっちゃって。フフッ」
「いや、別に君が気にすることじゃないけど……でも君、何かこの状況楽しんでない?」
「いえいえ。決してそんなことは」
「うん、とりあえずそのニヤニヤ顔を辞めようか。全然説得力ないからね?」
向かいの位置に座る我が妹の友人・日野美奈子は、申し訳なさそうなセリフとは裏腹に、楽しげな笑みを浮かべてる。この子、まさかの腹黒キャラだったとは……。絶対良い子キャラだと思ってたよ……!
「まぁまぁ、お兄さん。しーちゃんの気持ちも察してあげてください。この子、きっと不安なんですよ」
「は? 何が?」
俺はそんな腹黒ちゃんの言っている意味がよく分からず、眉根をしかめて聞き返した。
「きっとしーちゃん、お兄さんが波志江先輩とばっかり一緒に居て、自分との時間を減らしちゃうんじゃないかって不安なんです。だから、今のうちに少しでもお兄さんと一緒にいるための理由作りに一生懸命になってるんですよ。ね? しーちゃん?」
「ちょっ! ミナちゃん!? 何言って――」
「あーなるほど。そういうことか」
「お兄ちゃんも勝手に納得しないでよ! 違うからね!? 全然お兄ちゃんと喋る時間が減っちゃって寂しいとか思ってないから!!」
日野さんからの不意打ちを食らい、顔を真っ赤にし、手をブンブン振って必死に否定する栞。――クッ……! いきなり栞のツンデレを引き出すとは……日野さん、さてはなかなかのやり手だな? とりあえず、ごちそうさまです!!
「栞、そういうことなら直接俺に言ってくれれば――」
「だ、だから別に寂しいとかじゃないから! わ、私は単純になごみちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんになってから困らないようにって……」
先程のハキハキした口調はどこへやら。すっかりゴニョゴニョ口調に。そして……
「で、でも……そういうの、なごみちゃんもお兄ちゃんも迷惑だっていうなら、すぐにやめるけど……?」
「!!」
な、なん……だと……!? 上目遣いでチラチラちこちらの反応を窺いながら遠慮がちの意思確認……栞め……急にそんな反則技を繰り出してくるとは……。思わず自分の妹のあまりの可愛さに卒倒しそうになっちまったぜ……。と、俺は心の中ではノックアウト寸前に陥りながらもお平静を装い真面目に返すと、
「べ、別に迷惑なんかじゃねぇよ。可愛い妹が俺のためにやってくれることに対して迷惑なんて思うわけねぇだろ?」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、ホントだ。なぁ? なごみ?」
「ええ。まぁ、できることならもう少しお手柔らかにお願いしたいところではあるけれど……」
「そ、そっかぁ!!」
栞はまるで雨上がりの晴れ空のように、眩しいくらいにぱぁっと表情を明るくさせた。
「お兄さん、ありがとうございます」
「いいよ。可愛い妹のためだしな」
そして、そんな妹の可愛さに内心転げまわりながらも、小声で礼を言ってきた日野さんにクールに対応するお――
「ただ、お兄さん。すごく顔がニヤけてるんですが……」
「……マジで?」
俺は慌てて自分の手で口元を覆った。と、そんな中、
「まぁ、仕方ないわね」
「なごみちゃん……」
いろいろと言い争っていた俺の彼女と妹も仲直り――
「大好きなお兄ちゃんを取られて寂しいなんて子供みたいな理由を並べられれば、お姉さんである私が我慢するのは仕方がないものね」
「なっ!!」
――するかと思いきや、まさかの第二ラウンドを開始させていた。
「偉そうなことを言ってても所詮はまだお子様ってことね」
「だ、だから、私は別にお兄ちゃんと一緒にいられなくて寂しいから言ってたわけじゃ――」
「あら、寂しくないの?」
「だ、だからそう言って――」
「じゃあ、私が奏太君を毎日遅くまで二人っきりで連れまわしたって構わないってことでいいのかしら?」
「そ、それは…!!」
栞に付け入る隙を見つけたなごみが、先程までやられ放題だった仕返しとばかりに、ラッシュを仕掛けている。自分よりも背の高い相手をお子様呼ばわりして弄び、勝ち誇った顔で無い胸を張るロリ少女は、先程とは打って変わって逆に姑をいびる鬼嫁と化していた。
だけど、二人の間には険悪な雰囲気なんてなく。互いにいじり、いじられ……しかしその根底にはしっかりとした愛情があり、それを互いに理解した上でやりとりを楽しんでいるような、そんな空気が二人の間には流れていた。
多分、この二人はこれからもこういう感じで上手くやっていくのだろう。まぁ、ギスギスドロドロとした板挟みやら三角関係は御免被りたいが、ぶっちゃけこういう微笑ましいキャットファイトは大歓迎だ!
「もうこの際、素直になった方がいいんじゃない? 素直に『私は学校でもお兄ちゃんと一緒に居たいから、妹としてアドバイスをするという体で一緒にいさせてください』ってお願いしてみたら?」
「そ、そんなこと……もう! お兄ちゃん!!」
――そんなことを考えながら、俺は目の前で繰り広げられている二人のやり取りをニヤニヤしながら眺めていた。




