潜入開始
朝、目が覚めるとまだ辺りは薄暗く静かであった。
いつもなら朝稽古の時間だが今はやっている場合ではない。
外を見ると太陽はまだ上ってなく例の化け物も見当たらない。
出発するには絶好のチャンスだ。
そう思っていると、冬月が目を覚ました。
「ふあぁ……しぇんぱい、おはようございましゅ……」
普段きっちりしている冬月だが、寝起きになるとまるで子供の用だ。
朝に弱いのだろうか。
「あぁ、おはよ。出発までにちゃんと目覚ましとけよ」
「ふあぁい」
すごい眠そうだな、こんな状態だというのに。
しばらくすると莉沙と野島が目を覚ましてきた。
「おはよう。刑事さん方は早いお目覚めのようだね」
「えぇ、普段からこのくらいに起きてるのでね」
「そうかい。外はとても静かなようだな。早速に高校へと向かおうじゃないか」
「ですね。すべての真相を暴かないと……」
俺と野島が話していると莉沙が俺に向かって声をかけてきた。
「ねぇ隼、日本刀の予備とか持ってない?」
突然、莉沙が俺に問いかけてきた。
「え? 脇差ならあるが」
「じゃあ、それ貸してくれない? 私も剣道やってたし」
実を言うと、莉沙は俺の通ってる道場の先輩なのだ。
腕こそ俺に劣るものの女性の中では一番強い人物なのだ。
「あぁ、構わないが……ってお前何しようっていうんだよ」
莉沙は誤魔化すように笑い、脇差を手に取ると逃げるように玄関へと向かっていった。
「ったく今回だけだぞ。そうだ冬月、一つ頼みがあるんだが」
「え、何ですか?」
高校へ着くと辺りは静まりかえっており、昔感じられたであろう活気はどこにもないようだ。
校庭には大きめの石が置かれており、校舎は棟に色あせており時代の流れを感じさせる。
石は大きいものもあったり小さいものもあったりと複数個置かれている。
見たところ大部分は崩壊しているが、二棟ほど問題なくたっているようで、中に入っても問題がなさそうだ。
校舎に人がいないか見てみるもやや遠くからのため、人がいるかどうかは分からなかった。
「探すところって言ったら校舎くらいかな?」
莉沙の質問に対し「あぁ、校舎以外は崩れてる感じだしな」
「体育館なんてまるで入れる感じじゃないもんねぇ」
「だけど校庭に置いてある石は何だ?」
「教団がいるらしいしそいつらが置いてるんじゃないの」
「そういえば昨日聞きそびれたがどういう教団なんだ?」
「あぁ、『金色の黄昏』ね。詳しくは知らないんだけど、何でも神様への信仰心が物凄いらしいよ」
神への信仰?
何やらやばそうな集団のようだ
……考えたくないがあの蝙蝠の化物も教団と関係しているのだろうか?
「冬月たちは大丈夫だろうか……?」
***
隼に言われて私は野島とともに学校から西側の方へと向かっていた。
その道中、若干の苛立ちを抱いていた。
「まったく、やっぱり先輩は人使いが荒いです」
「まぁ、そうも言ってやらないで婦警さん。彼にも何か考えがあるようだったし」
「それでもです! 言ってしまったらおとりですよ」
確かに隼は普段から考えすぎなくらいいろいろと気にしている。
だが、こんな見ず知らずの男と人と一緒に行動をとらせるのはあんまりだ。
しばらく歩いて西寄りの位置に着いたとき野島が口を開いた。
「よし、このあたりでいいだろう。婦警さんお願いしますよ」
「はぁ、まったく」
腰から拳銃を抜き、近くの瓦礫めがけて放つ。
パァァンといった銃声があたりに響く。
「発砲はしましたし戻りましょうか」
「そうだな、周辺に気を付けながら向かおうか」
「……ところで野島さん、あなたの服装に疑問を持ってたのですが」
野島は不思議そうな顔をし私を見る。
ずっと気になっていたことだ。
「なんで服に血がついているのですか? あなたの血ではなさそうですけど」
「あぁ、連中とやり合ったときに返り血を浴びてしまってな」
返り血を浴びるほどだと、恐らく致死量に達しているはずだ。
睨むように野島を見る。
「そんな風に見ないでくれよ。あのままだと俺は殺されていたかもしれない。それにそいつは死んでない」
睨んだまましばらく黙る。
状況を知らないから何も言えることがない。
「婦警さん、あんたかなり警戒してるみたいだな」
「……えぇ、まぁ」
「俺から言えるのは奴らは充分に注意した方がいいってことだ」
「……それはどういうことですか?」
「あんたらが思っている以上にヤバい連中なんだよ。金色の黄昏は」
そう言って野島は歩き出した。
一体どういうことなのだ?
その言葉の意味を理解できないまま、私たちはそのまま高校へと足を運んでいった。
***
高校の近くにある建物の陰で冬月の発砲を待っていると、しばらくしてパァァンと銃声がした。
音がしたと同時に俺は高校の方に目をやる。
あの化け物が飛んでいくか確認するためだ。
右手に無線機を構え様子を伺っていると、少ししてから校舎の裏あたりからバサァァという音とともに例の化け物が音のしたであろう場所へ飛んでいくのが見えた。
昨日見たとはいえ、訳の分からないあのバケモノに少しひるんでしまう。
だが、ひとまずは俺の作戦が成功したようだ。
無線機のボタンを押し、冬月に状況を報告する。
「例の化け物がそっちに飛んで行った。十分に気を付けろ。どうぞ」
しばらくすると『了解です。どうぞ』と返答が来る。
「よし、それじゃあ莉沙、行くか」
莉沙は頷き敵の本拠地と思われる校舎の中へと足を運ぶ。
校舎に入る手前で何か足音がしたような気がした。
集中して聞いてみると、上の階から複数人の聞こえてくるのがわかった。
「中には誰もいなさそうね」
「いや、上の階から足音が聞こえた。中に誰かいるということだろう。警戒を怠ってはいけないな」
そう莉沙に言うと、辺りを警戒しながら校舎へと入っていく。
入ってしばらく歩いていると扉を見つけ、上にはかすれながらも『職員室』と書かれた札を発見した。
念のため、中に誰もいないか耳を澄ませて聞いてみるが、中には誰もいないようだ。
「周りには誰もいなさそうよ」
「そうか、中も大丈夫だろう。入るぞ」
鍵などはかかっておらず、中には普通には入れるようだ。
職員室は一部ががれきに埋もれ、机や棚も倒れているようだ。
また、ほこりもたまっていることから誰もこの部屋には入ってないことがわかる。
「それじゃあ、何か気になるものがないか探してみようか」
「でも中に誰も入った様子はないよ?」
「黄野町変死事件についての調査でもあるからな。とりあえず手伝ってくれないか」
「はぁ、わかったよ」
莉沙はあまり気が進まない様子だったが、何かないか探し始めた。
俺の方も探すことにし,何かないかと職員室の中を歩いているとある一つの机に目が留まる。
どうやらこの机だけは倒れていなかったようで、よく見るとこの机の周り少しだけ物がどかされれているようだ。
更に、その机に置かれていた卓上カレンダーに目が行く。
どうやら二十年前のもののようで事件が起きた日にちに丸が付けられている。
その日の枠の中には『儀式当日』と書かれている。
また、机の隅にネームプレートがあることに気づいた。
ネームプレートには「西宗吉」と書かれている。
「……儀式、だと。どういうことだ」
何らかの儀式によってこの町はこのようになったというのか?
そんなことあり得ないと思いたい。
しかし、俺たちはこの世のものとは思えぬ化け物を見たのだ。
あり得ない話ではない。
「何もないなぁ。そっちは何かあった?」
俺とは別の場所を探していた莉沙が声をかけてきた。
「ん、あぁ、カレンダーがあったよ。事件が起きた日に丸が付いてるようなんだ」
「ふーん。何かあったんかな?」
さすがに儀式があったということは言えないな。
変に不安にさせるわけにはいかない。
机のカレンダーを台に伏せ、再び何かないか探し始めると校内の地図を見つけた。
「地図か、こんな感じの学校だったのか」
俺が学校の地図を眺めていると、莉沙が棚をあさっているの目にした。
「部活動名簿? こんなの見つけたよ」と俺に声をかけてきた。
「名簿? あ、根野海悟について何かわかるかもしれない」
すっかり忘れていたが、この高校は生存者だった根野海悟の出身校だ。
二人で名簿を見ていると根野海悟の名前を見つける。
名簿にはオカルト研究部部長と書かれている。
オカルト研究部があるならきっとさっき書いていた儀式についてもわかるかもしれない。
「こういう部活があったなら部室とかもあるんじゃないかな?」
「そうだな、何か手掛かりがあるかもしれないな」
再び名簿に目をやると一階のこの位置とは反対にある空き教室と思われるところで活動していたようだ。
しばらく職員室を捜索してるとトランシーバーから冬月の声が聞こえる。
『先輩、今どこにいますか?』
「あぁ、入ってすぐくらいにある職員室にいてる」
『わかりました。すぐ行きます』
連絡が途切れて間もなく冬月と野島が職員室に入ってきた。
「すまないな、おとりのような役を任せて」
「いえ、隼先輩たちは何かわかりましたか?」
「あぁ、生存者リストに載ってた根野海悟のことがわかったぞ。どうやらここのオカルト研究部に所属していたらしい」
先ほど得た情報を伝えていると莉沙が野島の方に話しかけに行った。
その光景を見たのち冬月の耳元に近づき、
「どうやら、変死事件が起きた日にここで儀式が行なわれていたらしい。これはほかの人には言うなよ」
言い終えるとそっと冬月から離れる。
ふと冬月を見ると顔を真っ赤にさせていた。
「どうした? 顔が赤いぞ」
俺の問いかけを無視するように振り向き、「知りません」と強い口調で言い放つ。
冬月はそのままあたりに何かないか探し始めると、がれきにつまずいたのか転んでしまった。
「あいたたた……」
「まったく何やってんだよ。ほら」
冬月のもとに歩み寄り、手を引いて起き上がらせる。
「す、すみません……」
そんなことをしていると莉沙が、西の机の引き出しを開けていた。
しまった。
儀式のことがばれると思いながら莉沙の方に行く。
「そう! これよこれ!」と莉沙があるマークが描かれた布を見せてくる。
こんなマークなのか。
確かこのマークえお掲げた宗教団体がいたな。
戯曲の原本にも描かれていたような。
「あと、なんかノートもあるね」といい、ノートをパラパラとめくっていく。
「西って人の日記みたいよ」
「そうか、俺がくわしく読んでみるよ」
俺はそういい莉沙から日記を受け取り、近くの椅子に腰かけ読み始める。
四月八日
クラスが割り振られ三組の担任になった。警察がこんなとこまでは来ないと思うが少々目立ちすぎた。目的を果たすためしばらくここが隠れ蓑になってくれればいいのだが。
四月二十日
オカルト研究部の顧問を受け持つことになった。こんな部活があるとは、この学校も捨てたもんじゃないな。
我々の復活に一躍してもらうとしよう。
五月二十日
部員の三人、根野海、黒咲、鉄華の三人は意外と真面目に部活をしている。この三人、美味く利用できそうだ。
七月三日
ホラー小説として逃げる際に持ち出した本を見せた。三人の目にはどのように映ったのか。
きっと素晴らしい世界が見えることだろう。
七月三十日
儀式をしてみないかと三人に提案してみたら三人ともしてみたいと答えた。本気でやりたいかと思っているかは置いておいて、これは好都合だ。
私の計画も最終段階に入りそうだ。
もう少しお待ちくださいませ教祖様。
九月二十一日
もうすぐだ。もうすぐ準備が整う。もうすぐわれらが神に会うことができる。その日はもうすぐそこだ。神よ、もうしばらくお待ちください。
十月十六日
明日だ。ついに明日、われらが神に会えるのだ。この日をどれほど待ち焦がれたことか。わが同志たちにもこの行いが届くことを祈ろう。ああ神よ、あなたに会う日を待ちわびておりました!
きっと教祖様もお喜びのことだ!
日記の最後には呪文なのか、意味が分からない単語が羅列されていた。
こんな正気を疑う内容、そして変死事件の起きた原因を知ってしまった。
まさか本当にその神というのがやったのか。
いや、それ以外ありえない。
ここまでの惨状を作り出せるだけの力を持っている人はまずいない。
人が起こしたことに変わりはないがいったいどうやって。
「ねぇ、どんなことが書かれてた?」
「先輩、顔色悪いですよ」
俺が本を読み終えたことを察した二人が声をかける。
とてもじゃないがこんな狂気めいた内容を伝えることはできない。
「あ、あぁ。何やらここのオカ研は利用されていたらしい。西ってやつが事件の主犯だった。ただ、何をしてこのようなことをしたのかまでは分からなかったよ。」
そう二人に告げ、ノートを持っているカバンの中に収める。
「そうですか」
冬月はあまり腑に落ちていないような表情だったが次に行かないとまずいと思った。
「そろそろ行こうか」
俺は警戒しつつ職員室から出ていく。
それにしても教祖は西じゃなかったのか。
奴は一体何者なんだ……
そんなことを考えながら廃校の中を進んでいく。