詠唱開始
その後、特に異変もないまま冬月と見張りを交代した。
冬月の方が大丈夫か気になるが今はしっかり休まなければならない。
そして何事も無く朝を迎えた。
「冬月、夜は大丈夫だったか?」
「あ、隼先輩おはようございます。異常はありませんでした」
「なら良かった。みんなを起こして出発するとするか」
「そうですね」
そう言った冬月だが、少し表情が暗いような気がした。
「冬月、大丈夫か? 顔色が少し悪いようだが」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
笑顔で返してくるも、その笑顔も無理して作っているようだった。
もしかすると、自分が魔術を使うことに恐怖心があるのかもしれない。
魔術という得体の知れない、どうしたらいいのか分からない物を扱うのだ。不安で仕方ないだろう。
「大丈夫。この島は必ず救える。だから今は頑張ろう」
「先輩……はい、わかりました」
俺は弓月たちを起こしに行き、出発の準備をする。
本の類は冬月と弓月に渡し、俺は木刀と刀を装備する。
準備を整えると急いで鍾乳洞を目指した。
入口までは何事も無くやってこられ、特に妨害されることもなかった。
正人が残した地図を頼りに奥の方へと進んでいく。
そして、前回来た大空間を通り抜け、島の中心と記されている空間の前へと辿り着いた。
「ここか」
「そのようですね」
少し、聞き耳を立ててみるが人の声も気配もない。
俺たちは空間に入ると準備を始めた。
準備と言っても冬月のすぐ近くに弓月、香織、健介が立つだけのものだ。
「準備出来ました。いつでも始められます」
「わかった、始めてくれ」
俺がそう言うと冬月は何かの詠唱を始めた。
それは日本語とも英語とも言えない聞いたことの無い言葉の羅列だ。
俺が周囲の様子を伺っていると、最悪の事態が発生してしまった。
「おやおや、まさかこんな所にいるとはな」
「……轟破」
轟破は俺を見たあと、後ろで何かをしている冬月たちを見て形相が変わった。
焦りの表情で声を上げた。
「貴様ら、何をしている!」
「お前の悪行もここまでだ。観念しろ」
「私の……私の邪魔をしよって……こいつらを捕まえろ!」
轟破がそう声を上げると2人の屈強そうな男と浩太が俺の前に立ちはだかる。
「……この状況は最悪だな」
一瞬冬月たちの方を確認したが、心配そうにこちらを見る弓月と弟を見て動揺している香織が目に入った。
轟破たちの方に向き直すと、轟破が何か唱えているのが目に入った。
……ここで決着を付けるしかない。
俺は右の腰に付けていた木刀の柄を持ち、臨戦態勢を取った。