謎の化け物
その後、出血が酷く気を失っていた男をなぜか莉沙が手当てをし無事一命をとりとめた。
そして、俺は男二人と莉沙に手錠をかけ、部屋にあった机の足に括り付けた。
「ちょっと隼! なにしてくれてるの!」
莉沙がやや怒り気味に俺に質問した。
「殺人未遂及び過剰防衛の現行犯だよ。一応そこの二人は莉沙の証言から暴行の容疑で話を聞かせてもらおう。ただ、あれは過剰防衛になるからな」
俺は一つため息をつき三人に対して言い放つ。
「あ、そうそう。私、和田って人と一緒に来てたのだけどこっちに来るときに見かけなかった?」
莉沙が俺たちに聞いてくるが二人とも知らないと答える。
「いや、見てないなあ」
「私も見てないですね」
「というか冬月、なんで男を殴ったんだよ」
「え、だってものすごい怪しそうでしたから」
キョトンとした表情で冬月俺を見る。
確かにいかにも怪しそうに見えたが、攻撃に出るには早いと思うのだが。
「ったく、なんでこんな目に」と男のひとりがぶつぶつとつぶやいている。
「この前の女といい警察といい」
俺は目線を莉沙から男たちに変え質問する。
「あんたらはここに何しに来たんだ? 見たところオカルト観光とは思えないが」
睨みつけるように男たちに目をやり言い放つ。
男たちの服装は薄汚れたTシャツにジーンズ。
それに部屋の中には真新しい家具もいくつか置かれていたためずっとここにいるようにも思える様子だ。
「別にお前らに言う用はねえよ」
男は捕まっているとは思えないくらい冷静だ。
まるでこの状況なのに自信があるような雰囲気がある。
「さっさと言わないとどうなるかわかってますか」
冬月も血走った眼をして男を見ている。
「警察なんぞに教えることはなんもねぇよ」ともう一人もいい、何も口を割ろうとしない。
「それよりも私の手錠を外してよ」
莉沙が何か言っているが気にも留めず男たちに向けて、
「あくまでも黙秘を行使するってわけか」
「ちょっと、私は!? 襲われただけなのに!」
莉沙は手錠をガチャガチャさせているが誰にも相手をしてもらえる様子がない。
このような一悶着をしていると男二人が突然表情を変え、何か小声で話し始めた。
「おい」
「あぁ、ついに来たぜ」
男たちは何やらにやにやして話している。
「何が来たのよ」
隣にいた莉沙が男たちに尋ねる。
「ふっふ、いずれわかるさ。あっち見てみろよ」と崩れた壁の方を見る。
莉沙も冬月も壁の方に振り向き、俺も顔を向ける。
そこは壁に大きな穴が開いており、遠くの空から何かがこちらに向かってきているようだ。
こちらに近づいてきたそれは目を疑うような生物だった。
一見、鳥のように見えるが鳥には見えない。
例えるなら巨大な蝙蝠のような生物だ。
虫みたいな節だった体をしており、蝙蝠のような黒い羽根をまとったそれは化け物と呼ぶにふさわしい生物だ。
それが二匹、こちらに向かってきているようだ。
その化け物たちが徐々にこちらに近づいてき、しまいには壁をわしづかみにして掴まる。
このようなよくわからない化け物を見た俺は状況を理解できなかった。
あり得るわけがない、このような生物が存在するなどあり得るはずがない。
そう思いたくてもそう思えないのだ。
なぜなら目の前にそれがいているのだ。
日々の鍛錬のおかげかこの状況を冷静に受けとめ、腰に下げている刀の柄を握る。
このような事態、本来あり得るはずがない……
「ついに来たぜ! お前らはわれらが神の生贄になるのだ!」
男たちは声を高々に上げ、この状況を祝福しているようだ。
われらが神とは一体何なのだ。
莉沙も冬月も理性は保てているがこの状況に恐れをなしている。
化け物たちは男たちの声に応えるように壁を突き破ろうとし、中へ入ってこようとしている。
それどころか俺たちを捕まえようとしているようだ。
この状況となっては容疑者といえども知人を見捨てるわけにはいけない。
瞬時に刀を抜き、同時に莉沙の手首についている手錠を抜刀術で一太刀入れる。
手錠は見事に砕け、莉沙は慌てるように後ろに下がり、一目散に外へと逃げていく。
「二人は早くこの場から逃げろ! 俺がここで時間を稼ぐから!」
刀を構え、化け物と対峙しようとすると腕を掴まれる。
「何言ってるんですか!? 死にますよ!」
俺に向けて叫び、腕を掴むとそのまま外に引っ張って連れて行かれる。
走りながら刀をしまい、外に向かって走っていきマンションの外へと出る。
先に逃げていた莉沙に追いつき、車を止めた場所に向かって走る。
その後ろからは先ほどの化け物が追いかけてきているようだ。
必死に走り、化け物と一定距離を保ったまま逃げ続けている。
「いったい何なのよあれ?」
「さぁな。俺にもわからないよ。あんな生物見たことないぞ」
「今はとにかく逃げましょう。あんな訳の分からないものに捕まるのはまずいですし」
追いかけている化け物が何なのかは、ここにいる全員わからないだろう。
すると突然、逃げている途中で冬月ががれきに躓き体勢を崩してしまい、化け物に追いつかれそうになる。
「……冬月!」
俺は咄嗟に冬月の腕を掴み何とか体制を維持させ、そのまま走り続ける。
「あ、ありがとう……ございます」
冬月の礼に対してうなずく。
さらに走って逃げていると、どこかから「こっちだ!」と叫ぶ声がした。
声のした方を見ると、そこには男の人が建物のベランダからこちらに対して腕をふり叫んでいるようだ。
全員急いで曲がり、その男の人がいた家へと駆け込んで行く。
化け物たちは俺たちを見失ったのかどこかに飛んでいくようだ。
全員、玄関で息を上げつつも無事に逃げ切れたことを喜ぶ。
階段の上から男の人が下りてき、声をかけてくる。
「あんたら大丈夫だったか?」
「あ、ありがとうございます」と莉沙が深々とお辞儀をする。
「し、死ぬかと思った…」と少々顔が青ざめている冬月が壁にもたれかかっている。
俺も平静は保っているがさすがに応えているようだ。
少し落ち着き、その男を見ると血の付いたシャツを来ており手袋をはめている。
「ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」
俺が言った後に「あなたの名前はなんているのですか?」と莉沙が続ける。
「俺かい? 俺の名前は野島啓二だ。君たちはどうしたんだい? なぜこんな街に来たんだい?」
「あ、申し遅れました。自分たちはこういうものでして」
そういうと内ポケットから警察手帳を見せる。
俺に続いて座り込んでいた冬月も警察手帳を取り出し見せた。
「刑事さんでしたか。それはご苦労様です。そちらの大柄な女性は?」
今度は莉沙の方を見て尋ねる。
「私は鍛冶師をやっている霧崎莉沙です。」
野島はやや不思議そうな表情を浮かべている。
まぁ鍛冶師なんて言われてもなぁ。
「そうだ、野島さん、でしたか。さっきの化け物について何かご存知ですか?」
「あぁ、さっきの化け物かい? 俺も何回か会ったよ。二、三回はみたかな。今となっては上手いこと撒けるからなんともないけどな。最初見たときは驚いたよ。必死に逃げたからいろんな道通ったり色んなものを蹴ったりと大変だったねぇ」
野島は笑いながら俺たちに話す。
「なりふり構わず走ってたからゴミの臭いとかがうつっちゃったよ」
俺の見立てでは野島という人物はこういう軽い人なんだなと思った。
「それはそうと、霧崎さんはどうして男の人たちと戦ってたのですか?」
俺も気になっていたことを冬月が聞く。
「ええっと、話せば長くなるんだけど……」
***
昨日、いつものように店で仕事をしていると携帯に一本の電話がかかってきた。
見てみると『和田』と書かれている。
「はいもしもし、霧崎です」
「おお、久しぶり」
この和田という人物は私のオカルト仲間でよく話をする仲だ。
そして、早々に「明日ドライブにでも行かないか?」と言ってくる。
「え? どこに行くつもりなの?」
和田に尋ねると、「あぁ、黄野町ってところに行こうかと思っているが」と答える。
「確か二十年前に変死事件があったところよね? もちろん行くよ」
「おぉ、それはよかった。あと、聞く話によるとその変死事件で亡くなった人の幽霊が大勢出るなんて噂もたってるんだ。特に南側のマンションによく出るとか」
私も興味があったため断る理由がなかった。
行く日取りを決めて翌日、和田が迎えに来てくれ黄野町へと向かった。
三時間くらい車を走らせ黄野町へとたどり着いた。
そこはまさしく廃墟と呼ぶにふさわしい状態だ。車を入口近くに泊めて中へと入っていく。
降りたのち、和田が指をさし、
「あそこに高台があるぞ。例のマンションも見えるかもしれないし行こうぜ」と提案してくる。
「そうね、登ってみよう」
実際登ってみると、町が一望でき例のマンションも見つけることができた。
「あそこが例のマンションだな。早速行ってみよう。」
高台からマンションに向かう和田に嬉々として付いて行く。
三十分くらい歩き、目的のマンションの近くに辿り着いた。マンションが見えたあたりで、崩落した毛部の奥に何かの模様が描かれた旗を見つけた。
「何か旗のようなものがあるよ!」
「おぉ、本当だ! 行ってみよう」
二人で意気揚々とマンションへと入っていった。ワクワクしながら中に入っていくと足跡があった。それを追いかけていってみると三階にまで続いていた。
あれ? 幽霊に足はないはずよね?
「足跡がある……もしかして実体化した幽霊がいたりするのか!?」
和田のテンションがさらに上がり上の階へと足を運ぶ。
三階に着くと外から見た部屋と同じ部屋を見つけ、中へと入った。入ると外で見たのと同じ布があり、 二十年前、警察に敵圧された教団と思わしきマークが描かれていた。
その教団の名前は『金色の刻印教団』という名前だったはず。
すると入口の方から「誰だお前ら!」と男が二人入ってきた。
「人ん家に勝手に入ってくるとはいい度胸してるなぁ!」
と言い放ち、襲い掛かってきた。
それに応戦するように私はカバンからハンマーを出し、男一人を殴った。
しかし、狙いは外れ空を切る。
「てめえ、なんてもの振り回してやがる!」と男が言い放つと殴りかかってきた。
しかし、剣道で身につけた足さばきで上手く攻撃をかわす。
「大丈夫か莉沙!」
和田が声を上げると私に殴りかかってきた男に殴りかかったが、和田の攻撃は空を切る。
続けてもう一人の男が和田に殴りかかるが、オカルト界隈の人間とは思えないほど俊敏な動きで攻撃をかわした。
「よくも殴りかかってきたわね!」といい、男にハンマーを振るう。
ハンマーが男の頭に命中し鈍い音とともに、「あぁっ!」と声を上げその場に倒れる。頭からは血が流れており、ほっておけば死んでしまうだろう
一人の倒した! と歓喜していたが、ふと周りを見ると和田がいなくなったいることに気が付く。
「あれ、和田さん?」
「てんめぇ、よくも躊躇なくハンマーを振り回してくれたな。正気の沙汰じゃねえぞ!」
男が声を上げ言い放つ。
「いきなり襲い掛かってきて、そっちのほうが正気じゃないでしょ!」
「んだと!」と声を上げ、再び殴りかかってくる。
軽い身のこなしで攻撃をよけ、構えなおしていると、二人の警察が中に入ってきたのだ。
***
「……ということなのよ」
「なるほど、そういう経緯だったのか」
莉沙が話し終えたところで、俺と冬月でここまでの経緯を話した。
この状況だからとはいえあまり外部に漏れたら困ることは伏せておき、細部までは説明していないが、 野島も莉沙も何となく理解してくれたようだ。
「そんなこともあったんですか。警察も大変ですね」
「へぇ、そんなことがあったのね」
なんだか二人とも軽いなと思うがそこは気にしないでおこう。
「みんな話してくれたし、俺も知っていることを話すよ」
野島は俺たちのほうを向き話し始めた。
「あの化け物たちはいつも中央にある高校へと戻っていくようなんだ」
「そ、そうなのか」
ということは高校が化け物たちの住処なのか。
「それと、最近そこに人の出入りもよく見かけるんだ。そのことを知らずに近づいて俺もひどい目にあったよ」
終始軽い口調で話しており、俺たちは黙って聞いていた。
「そういえば、野島さんはどうしてここにいるんですか?」
俺が質問するとさっきまでの軽い雰囲気ではなく少々声のトーンを低くし、
「……俺は妹を探しにこの町に来たんだ。肝試しをするといってこの町に行ったんだ。でもそれ以来帰ってこないんだ。だからまだこの町にいるんじゃないかと思いここに来たんだ」
「「それはいつ頃ですか?」」
俺と冬月が同時に聞く。
「……ここ最近だな」
「そうですか、それは心配ですね」
表情を少し濁らせ、少し考える。
そういえば……しまった、資料室に行ったときに行方不明者の名前を確認しておくんだった。
少し悔やむところがあるが悔やんでも仕方ない。
「あ、そうだ、私も和田さんと一緒にここに来て途中でいなくなっちゃったのよ」
「さっき一緒に来たという友人かい? きっとその人も高校に連れて行かれたのかもしれない。人の出入りがあるとしたらそこだけだよ」
「そっかぁ……」
莉沙の表情が少ししおれ俯く。
あれ、確か莉沙の話では男たちに襲われたときはまだ一緒にいたと言っていたがその途中でいなくなった。
仮にあの化け物が連れ去ったとしても俺か冬月のどちらかが気が付くはず…あれ、確かあの時何かがはばたく音……そうか、そういうことか!
「恐らく和田って人はあの化け物に連れ去らわれたのじゃないか? 冬月も聞いただろ三階に上る途中に何かがはばたいてる音を」
冬月は少し思い出すように考え、ハッとした表情になる。
「ええ、確かに聞きました! てことはあの時に……」
全員が何も話さなくなり少しの沈黙があたりを包む。
ふと窓の外を見るともう日が落ちてき始めており、夜の闇があたりを包もうとしている。
「そういえば、啓二さんはここで寝泊まりしてるんですか?」
莉沙の問いかけに「ああ、今はここに隠れているよ」と答え、
「明日にでもまた高校に行こうと思ってるよ」と続ける。
「だったら私たちもここに泊めてもらってもいいですか?」
「別に構わないよ。別々になっても危ないだろうし」
「それと明日同行させてもらってもいいですか?」
「大丈夫だよ。一緒に友だちを助けようじゃないか。友だちが連れて行かれたのなら一緒のところにいる可能性も高いだろうしね」
「ありがとうございます」
莉沙と野島の会話を聞きながら考えていた。
あの化け物、一体何なんだ。
この世に存在し得るものなのか、また今回の行方不明事件と黄野町の変死事件、何かつながりを感じる。
しかし、こんなのは憶測の域、証拠も根拠もない。
こうなればどうにかして真相を探る以外ない……
「隼先輩? 何難しそうな顔してるんですか?」
気が付くと冬月が俺の顔を覗き込むように見ていた。
「え、ああ、ちょっと考え事を……」
「今日のところはもう休もうってことになりましたよ」
ふと部屋の中を見渡すと横になっている野島とハンマーを磨いている莉沙が目に入った。
「そうか」と呟き腰を上げると部屋から出ようと歩く。
「どこに行くんだい?」
野島の問いかけに対し、「ちょっと見張りでもしようかと」と答える。
「そこまで警戒することないよ。俺はいつもこうしてるんだし」
「……いや、すまないがさせてくれ。何かあってからでは遅いしな」
あのときみたいなことになるのはごめんだ。
脳裏にあることを思い出してしまったが、今は気にしていてはいけない。
階段を降り、玄関へと向かう。
玄関の外で様子を伺いつつ、周りからは目につきにくそうな場所に潜んだ。
空には見回りをしてるのであろうあの化け物が飛んでいる。
この一連の不可解なことには頭を悩まされる。行方不明事件を追っていたと思えば変死事件のことも気になってしまい、真相に近づいてきつつある今となっては不思議と合わざるところが多い。
しかし、確証はない。
だからこそ明日、高校へ行き真相を暴かなくてはならない。
そして、できるだけ犠牲を出さないようにしなければならない。
俺には全員を守る義務があるのだから。
かつて友人が事件に巻き込まれ重傷を負ってしまった。
そこに自分がいたにもかかわらず何もできなかった。
だから必ず、目の前でだれも目の前で傷つかないために今の俺がいるのだ。
見張りの間ずっとこのようなことばかり考えていた。
何時間たっただろうか、気が付くと時刻はもう夜中の十二時だ。
すると玄関の奥から足音がした。
振り返るとそこには冬月の姿があった。
「どうした? こんな夜中に」
「先輩一人に任せっきりにしておけませんよ。変わりますので休んで下さい」
「何、このくらいどおってこと……」
「先輩」
俺の言葉をさえぎるように冬月が口を開いた。
「先輩は今回の件に何か違和感を覚えてるんですよね? それは私もです。ですけど……」
冬月は俯き、少しばかり震えているように見えた。
「見ましたよね、あの化け物。あんなのに襲われでもしたら生きて帰れるかも分からないんですよ。せめて少しでも休んで明日、万全の状態で迎えてください……」
月明かりに照らされ、冬月の瞳に涙がたまっているのに気が付く。
「私、嫌です。もし先輩が無理して命を落としてしまったりしたら……」
涙を流し、震えながら冬月が話している。
そうか、さすがに不安なはずだ。
こんな奇妙なことが続いて、あんな化け物を目の前で見て、余ほどのメンタルでも耐えきれるはずがない。
それに冬月はかつて事件で両親を亡くしているのだ。
その時についた心の傷は簡単に癒えることもない。
事件中に誰かが傷つくのは耐えがたいだろう。
それも自分とかかわりの深い人が傷つくのはもっとつらいだろう。
それは俺も同じだから。
俺は冬月の前まで歩み寄り、冬月の頭を撫でる。
「すまなかった。冬月の気持ちも考えないで行動して。パートナー失格だな」
微笑を浮かべ続けて言う。
「部屋に戻ろう。この時間まで何もなかったんだ、大丈夫だろう」
少し不安はあったがこれ以上冬月を不安にさせるわけにもいかない。そう思い、二人で部屋へと戻っていった。