黄野町での再会
翌日、朝の8時半にはもうすでに署に着いており、冬月が来るのを待ちつつ準備をするとデスクでコーヒーを飲みながら昨日持ち帰ったスクラップ帳を読んでいる。
内容はやはりオカルト的な事件の記事が多く少し興味のそそるものが多かったが、それよりも黄野町変死事件についての記事の方が重要だ。
読み進めているととある記事に目が行く。
その記事の見出しには『黄野町に謎の巨大な影が現る!』と書かれていた。
変死事件があったその日、黄野町がある場所付近に大きな黒い影が現れていたと記載されている。
また、その目撃情報は黄野町からそれなりに離れたここ、都心で目撃されていたのだ。
近隣の地域でも突然外が暗くなったという話も出ていたそうだ。
これはただ事ではない。
もしかすると相当危険な捜査になるのではないかと考えたが、その黒い影は一時的に現れただけでそれ以来目撃されていない。
不安が残ったまま読んでいく。
また、様々な記事からこの事件についての切り抜きがあり、徹底的に調べていることが読んで分かる。
さらに読み進めていき分かったことは、まず謎の黒い影だ。
そして見つかった街の人の様子は、とても異常だった。
ショック死が一番多く、外傷のある死体はあまり見つからなかったという。
記事には『ひどい光景だ。このようなことが実際起こりうることなのか。なぜ多くの人の死因がショック死なのか。疑問が多く残る事件だ』と書かれていた。
そして津村由香はこの真実を追って黄野町へと向かい、行方がわからなくなった。
変死事件と行方不明事件に大きなつながりはないが、黄野町についてのことについて気になってきてしまっている。
スクラップ帳を読み進めていき、ページをめくると切り抜きが貼られていない、メモ書きのされたページを見つけた。
そこには『最近、黄野町に向かう人が増えた』『いなくなった人を調べたところ黄野町へ向かった人が多い』など、黄野町に入る怪しげな人物の姿の目撃談をいくつも書かれていた。
これはどうやら行方不明の原因は誘拐の可能性が高くなる。
そのように考えていると冬月が刑事課の部署に入ってきた。
「おはようございます。いつも来るの早いですね」
読んでいたスクラップ帳を閉じ、冬月にあいさつする。
「おはよう、早めに着いてないと落ち着かなくてな。それじゃ、朝礼が終わったらさっそく行くぞ」
「わかりました」
その後いつも通り朝礼を行い、終わったのち俺たちは銃の使用許可を取ると拳銃などの保管庫にやってくる。
そして、冬月が腰に拳銃を装備するのを確認する。
「それじゃあ、行くとするか」
「待ってください」
呼び止められ、振り返ると冬月が拳銃を俺に手渡してくる。
こんなもの、俺には……
「……俺のはいらないぞ?」
「そうですね、普段持ってませんもんね」
「なら……」
話している途中で拳銃を俺の胸元に押し付け、
「いいから持っておいてください!」と大声をあげる。
冬月の表情を見るからに怒り気味なことが分かる。
それにその瞳からはどこか不安そうな印象を受けた。
正直、拳銃を持つ気はない。
いや、持ちたくもないというのが正しいだろう。
それに、持っていても使うことができない。
だが仕方ないと思い冬月から拳銃を受け取り、懐にしまう。
それにかつて先輩刑事にも極力持っておくように言われているため、渋々持っておくのだった。
保管庫で装備を整え、自分たちのデスクへと戻る。
準備を整え、俺はいつものように刀と脇差の二本を装備する。
そして、車へと乗り込む。
後部座席に刀と脇差を乗せ、助手席には冬月が乗る。
車内は蒸し暑く、冷房をつけてないと熱中症になるくらいの気温だ。
「うぅ、暑いですね……」
「あぁ……いま冷房つけるから……」
エンジンをかけて冷房をつけると、黄野町に向けて出発する。
しばらく走っていると冷房が効いてきて、車内が快適な温度になってきた。
「はぁ、やっと涼しくなったな」
「ですね。夏は暑いからあまり好きじゃないですね」
「そうか? いくら暑くても俺は夏のほうがいいかな」
「えぇ、なんでですか? 外は暑すぎるし冷房が効きすぎると体調崩れちゃいますし、夏はしんどいだけじゃないですか」
「まぁ、感じ方は人それぞれよな。でも悪いことばかりじゃないぞ」
「例えば何ですか?」
「そうだな、綺麗な新緑と太陽の光があわさって綺麗だろ」
「うーん、そうかもしれないですけど……」
どうやら腑に落ちていないようだ。
他にも何かアピールポイントはないかと少し考えてみる。
「それに夏祭りとか花火大会、海水浴といったものが楽しめるじゃないか」
「夏祭り……花火……」
冬月は少しぼんやりとした様子で窓の外を眺める。
一体どうかしたのだろうか?
「どうした? 突然黙って」
「あ、いえ、なんでも……ないです」
いつもにも増して控えめな反応で、どうしたものか。
夏についてしばらく話していると、高速道路に出る。
しばらく走っていると、とても緑が豊富な道で綺麗な景観の見える道に出てきた。
黄野町に向かう道中は車一台とすれ違うくらいで、快適なドライブ気分を味わうことができたが、黄野町方面からこちらに向かってくる車がいたことに少し疑問を抱いた。
「にしても快適だな、黄野町に向かう道に車が一台しかいなかったし。仕事じゃなくてドライブならすごい気持ちいいんだろうな」
俺がそう呟くと冬月がもじもじしながら、
「そ、そうですね。勤務でなかったらすごい楽しいでしょうね」と抑えめな声で言う。
「どうした? 声が控えめだが車酔いでもしたのか? てか顔も少し赤いが」
横目で顔を見たが頬を赤らめ視線も下の方を見ているように見えた。
「ち、違います! 大丈夫です、どうしてそうなるんですか」
とても慌てた様子で、先ほどよりも顔が赤くなっているのが見てとれる。
「それに運転に集中してください。事故しますよ」
「えっと、はい……」
あまりに理不尽な説教をくらい、運転に集中して黄野町へと向かった。
……というか何で怒られたんだ?
横にいる冬月は少し不貞腐れている様子だった。
しばらく走っているとようやく黄野町に着く。
入口には何もなく容易に車を止められる様子だ。
あたりはホコリが被っているため薄暗く、話に聞いていた通りの廃墟で風の吹く音くらいしか聞こえない静かな所だと思った。
気温は都心よりも涼しく、夏にしては比較的快適な気温だ。
このような光景でなければの話だが。
そしてこの静けさはあまりにも不気味でオカルトスポットとして有名というのも納得がいくなと思う。
だが人の気配がまるでせず、話に聞いていた人がいるようには思えない。
近くには町を一望できそうな高台があるため、もしかしたらそこから見渡せるかもしれない。
この町のことをしっかり調べ事件解決を目指す必要があるが、予想以上の惨状に俺も冬月も息をのんだ。
「……これは、思っていたよりも気味が悪いところだな」
「で、ですね。本当に幽霊でも出るんじゃないかな」
二人とももこの場所の異様な雰囲気に圧倒され、状況を認識する。
この状態はとても酷い。
言葉も出てこない。
危険があることは事前に分かっている。
車の後部座席から刀と脇差を取り出すと腰に下げ、いつでも戦闘できるように準備をして警戒心を強める。
「それじゃあ行こうか」
冬月に声をかけると車に鍵をかけ、町の中へ歩いていく。
「高校に向かうのですよね? どこか知ってるのですか?」
冬月が聞いてくるが、どこにあるのかなんて知るはずもなく、少し固まってしまう。
改めて考えてみると場所を知りもせず闇雲に歩こうとしていたのだ。
「……知らなかったのですね。そこに高台がありますしそこから町を見てみましょうよ」
と、冬月が言うと俺の腕を引っ張り高台に登った。
高台からは確かに町が一望でき、町の崩壊具合がよくわかる。
ここまで悲惨な光景、今までに見たことがない。
変死事件が起こったあの日、何が起きてこのようになってしまったのか、まったく想像がつかない。
もしや記事に書かれていたあの謎の影の仕業なのか?
そう思うと背筋が凍り付くような感覚を覚える。
また、町の中心にある高校に近づくにつれて崩落の度合いがひどくなっているように見える。
「ん? あそこに誰かいるな」
町全体を眺めているとどこかに向かって歩いている二人組を目にする。
遠目ではわかりにくいが男女ではないかと思った。
「確かに誰かいますね」
「あぁ、こんなとこに何の用……」
この時、ふと莉沙が黄野町に行くと話していたことを思い出した。
「あ、もしかして、莉沙の奴なのか? だとしたら誰かと来たのか」
「莉沙さんですか。でも、入口には車なんてなかったですよ?」
冬月の言う通り、入口には確かに自分たち以外の車はなかった。
車がないなら歩いてきたのか?
いや、それはあり得ない。
なぜならここまで来るのにかなりの時間がかかるからだ。
それともここに住んでいるとでもいうのか。
でも莉沙はあの鍛冶店の上の階に住んでいるからそれも違う。
どちらにせよ疑問だ。
「ということは莉沙ではないか。なら誰なんだ?」
疑問が残るまま俺たちは高台を降り、上から見えた高校へと向かうことにした。
しばらく町を歩いていると上から見た時よりも崩落の具合がよくわかる。
「にしてもひどい有様ですね……」
冬月がやや悲しげな表情を浮かべて言った。
「だな、何があってこんなことになったのだか」
風の音くらいしか聞こえずどこか物寂しさを覚える。
人が何をしたらこのようなことになるのだろうか、本当に人の手でこうなってしまったのか。
俺の中で疑問が多く残る。
そして、行方不明になった津村の行方。
恐らく、ここに来てから行方が分からなくなったと思うがいったいどこにいるというのだ。
本当に誰かに誘拐されたのではないだろうか。
そのように考え事をしながら高校に向かってしばらく歩いていくと、一つのマンションが見える。
さっきまで歩いていたためそんなに物珍しくはないが別の理由で目に留まった。
それほど目立って崩壊しているわけではなさそうだが、三階の崩れている壁の奥でハンマーを振り回す大柄の女性とそれに対抗する男の姿が見える。
また、近くには誰かが倒れているのも目にした。
遠目でしっかりとは誰かがわからないが、俺にはハンマーを振り回しそうな知り合いがおり、さらに今度黄野町に行くとまで言っていた人物を思い出す。
しかし車はなく、どのような移動手段でここに来たのか。
にしても、ハンマーをあんな風に振り回すものなのか?
「な、何あれは……」
冬月が啞然とした表情でその光景を見る。
無理もない。
こんな光景は今まで捜査した事件でも見たことも聞いたこともない。
女性がハンマーを振り回し、男を襲うなんて……
「も、もしかして莉沙か……?」
俺も啞然とそれを見る。
「と、とりあえずあっちに行きましょう。何やら戦っているように見えますし」
「そ、それもそうだな」
二人とも戸惑いながらマンションの中へといき、入るとできたばかりであろう足跡を見つける。
それを辿るようにし、また崩落に気を付けながら三階のあの部屋へと向かう。
二階へ着き、三階に上ろうかというところである部屋の奥から翼をはばたかせるような音を耳にとらえた。
それは普通の鳥のはばたきに比べたらあまりにも大きすぎるように聞こえ、少し節だった音のにも聞こえた。
「な、なんだ今の音は」
とっさに足を止め、音のした扉に目をやる。
「先輩、何止まってるんですか。急ぎますよ」
「え、あ、あぁ」
音の正体が気にはなったが、それよりも上の様子を確認するほうが重要だと考え、一度は足を止めたが再び上へと駆け上る。
三階へ上がり人の気配を感じる部屋へと走り、中に突入する。
「警察だ、なんの騒ぎだ!」と声を上げ、中に入る。
中に入るなり目に留まったのはあまりにも衝撃的なものだった。
それは血が滴っているハンマーを持った女性、莉沙と普通の丸腰の男性が対峙していた。
さらに男が一人、頭から血を流して倒れている。
倒れている男は莉沙が手に持っているハンマーで殴られたことが簡単に想像できてしまう。
「え、あ、あれ、り、莉沙?」
なんとなく莉沙と予想していたが、まさか本当にそうだったとはと思い少し困惑する。
莉沙もこちらに気が付いたようで声追上げる。
「た、助けてください! あの男たちにいきなり襲われたんです!」
そう声を上げているが血の付いたハンマーを片手に持っているのを見たらあまり信じることができないうえに説得力もない。
「ちょっと待ってくれ! こいつがいきなりハンマーで殴ってきたんだ!」
莉沙と対峙している男が声を上げる。
莉沙よりもこっちのほうが不利に思えてします。
この光景に俺も冬月も状況を飲み込めず困惑する。
正直、この光景を見ると莉沙の方が不利に見えてしまう。
「殴りかかってきたので、ちょっとやりすぎちゃいました!」
「そこに仲間が倒れてるんです! 助けてください!」
両者ともに必死に声をあげ、こちらに助けを求めてくる。
これにはさすがに頭を悩まされる。
明らかに加害者と被害者という絵図にしか見えないのだ。
ここでさらに困ったことが起こる。
なんと、冬月が莉沙と対峙している男の溝目掛けて拳を打ち込んだのだ。
「な、え、冬月!?」
この行動により俺の思考はさらに鈍り、何も考えたくなくなった。
冬月の重い一撃が男の溝に入り、痛みのあまりに男は気を失った。
もうこれ、どうしたらいいんだ……