歓迎会
空が赤に染まりかけた頃、俺は旅館へと戻ってきた。
旅館内は女中の方々が忙しそうに準備をしている様子だ。
その様子を見ながら部屋へと戻っていると廊下で冬月と弓月と出くわした。
「あ、先輩戻ってきたんですね。これから歓迎会をやるみたいなので宴会場に向かってたんですよ」
「女将さんが言ってたな。このまま行くとするか」
「部屋に戻らなくても大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
携帯と警察手帳は基本身に付けているから特に戻る理由はない。
そのまま冬月たちと宴会場へとむかっていく。
「そういえば兄さん、どこ行ってたの?」
「そこら辺を少し歩いてただけだよ。船にバスと狭いところにずっといたからな」
「ふーん、何か面白いもの見つけた?」
「……いや、特に何にも」
あの虫の羽音は気にしなくてもいいだろう。
風の音と聞き間違えたのかもしれないし。
「まぁ明日色々見て回ってみたらいいと思うよ。先輩が見たのはあくまでこの近辺みたいだし」
「まぁそうですね。明日楽しみます!」
弓月ははしゃいだ様子だったが、本来の目的を忘れている気がしてならない。
本当に大丈夫だろうか。
話しながら向かっていると宴会場に到着する。
部屋はかなり広く、宿泊客全員入っても問題ないくらいの広さだと思われる。
宿泊客の何人かは来ており、また島の人たちも来ているようで、すでに盛り上がっている様子だ。
「よお、そこの兄ちゃんたちこっち空いてるぜ」
一人の中年男性が俺たちを呼びつける。
そのままそっちへと向かい、その中年男性と青年の向かい側に座る。
その後料理が配られ、轟破があいさつを始める。
「改めまして、この度は九十九島へお越しいただきありがとうございます。ささやかながら歓迎会をさせていただきます。どうぞお楽しみください」
挨拶を終え乾杯の音頭をあげ、みんな食事を始める。
食べている最中、俺たちを呼びつけた中年男性が話しかけてくる。
「よく来たな兄ちゃんたち、こんな辺鄙なとこだが十分に楽しんでいってくれや」
「はい、ありがとうございます。明日は島を色々回ってみようかと思っていますので」
「そうかいそうかい、俺らは港の方で仕事してると思うから見かけたら声かけてくれや」
「そうさせてもらいます。ありがとうございます」
俺が話をしていると冬月も会話に入ってくる。
「この島最近人が増えてるみたいですけど、皆さんどこに魅力を感じているんですかね?」
「何と言ってもあの海やろ! 俺大阪におったんやけどこんな綺麗なとこ他にないで」
中年男性の隣にいた青年が熱弁し始めた。
「こんな綺麗な海で漁ができるなんて最高や! 元々大阪湾で漁しとったんやけどここは全然違うわ、捕れるもんも全然ちゃうし」
「この兄ちゃんよくわかってるぜ!」
中年男性が機嫌よさそうに青年の肩を叩いて笑っている。
あまりのテンションの高さに俺も冬月も少し引き気味だ。
だが、弓月はとても興味を持ったみたいで食いついている。
「漁師ってことは船も持ってるんですか⁉」
目を輝かせながら漁師のふたりに問いかけている。
「おう、あるぞ。いつも海に出てるぜ」
「凄いですね!」
弓月の興奮度はかなり高まっている。
これが悪い方に行かなければいいけどな。
わいわいと話をしながら料理を楽しみ、にぎやかな時間が過ぎていく。
島の人は自分たちの家へと帰っていき、旅館は一気に静かになった。




