九十九島
無事九十九島の港に到着すると、島の人たちが出迎えてくれる。
その中にいた一人の男性が旅行客に挨拶をする。
「皆様、長旅お疲れさまでした。ようこそ九十九島へ、私は島の自治会長を務めさせていただいている轟破源次と申します。これから皆様を島唯一の旅館へと案内させて頂きます。どうぞごゆっくりしていってください」
轟破が挨拶を済ませると、旅行客は一斉に拍手をする。
そして、移動用のバスに乗るように誘導してくれる。
現段階では礼儀正しそうな自治会長に観光客をわざわざ出迎える島民というとても我々のことを歓迎しているように思える。
だが、ここまでではまだ分からない。もう少し様子を見る必要がある。
そうして俺たちはバスに乗り込み、旅館の方へとむかっていく。
しばらくバスで山道を登っていくと、先ほど話に出ていた旅館へと辿り着く。
旅館の看板には『一角荘』と書かれている。
また、外装は日本でイメージする旅館の沢連に近く、瓦のかかった屋根と漆喰の塗られた壁ととても趣がある。
一部分劣化しているように見えるが補修されたであろう新しくなっているところもある。
玄関の方から着物を着た女性が出てくる。
俺たちに向き合うと深々と頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。私が当旅館の女将を務めさせていただいております昭恵と申します。これから部屋へとご案内させて頂きます」
そう言って玄関の方に手を向ける。
旅行客が次々と旅館に入っていき、俺たちも中に入っていく。
俺と冬月の部屋は二階の角部屋で山の見える位置だ。
弓月の方は俺たちの隣部屋だった。
「ふぅ、やっと落ち着けるな。船旅は疲れるな」
「そうですね。その、船ではすみませんでした」
「気にすることじゃないさ。今日は休むとして明日から捜査をしていけばいいじゃないか」
「……わかりました。明日から頑張りましょう」
冬月の言葉に優しく頷く。ただ、警戒を怠ってはいけない。
部屋を出て玄関ホールの方へと歩いていく。
「あら、お客様どうかされましたか?」
声をかけられ、振り返ってみるとそこには先ほど挨拶をしていた昭恵が立っていた。
少し不思議そうな表情でこちらを見ていることから、何をしていたのか気になったのだろう。
「あぁ、どうも。部屋でぼうっとしてるものなんだと思って少し散歩に行こうかと思いましてね」
「あらそうでしたか。夕方には歓迎会の準備もできますのでよければご参加ください」
「ありがとうございます。これだけの大人数ですし準備の方も大変でしょう」
「いえいえ、数年前まではこれほど人も来ませんでしたけど今の方が賑やかで楽しいですよ。では失礼します」
昭恵がそう言ってお辞儀をすると廊下を歩いて行った。
それにしてもたった数年の間に何があったらここまで観光客数が急増するのか。
今そのことを考えていても仕方ない。本格的な調査は明日から始める。
考え事をしながら歩いていると後ろの茂みから何か虫の羽音のような音が聞こえてくる。
振り返ってみるも何かがいた様子もなく、草木が生い茂った森があるだけだ。
カナブンの羽音かとも思ったがそれがここまで大きな音とは思えない。
……もしかして、あの廃墟にいた化け物に類するものがいるのだろうか。
「……さすがに考えすぎだな。部屋に戻るとするか」
そうして旅館へと歩みを進めていった。




