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鋼の中の雛  作者: 藤村灯
交易都市
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ツァトゥグァの戦闘司祭 壱

 街へ来てから十日ほど経った。商隊の護衛や用心棒などを受けてみたが、金にはなるが修練にはほど遠い。割りの良い長期契約の依頼もあったが、どれも俺が求めている物とは違っていた。


 数日前からクラムを見掛けない。同じ宿を取ってはいたが、特に示し合わせている訳でもない。挨拶も無しとは水臭いが、要領の良いクラムのこと。実入りの良い仕事を見付けて、街を離れたのだろう。


 そうするうち、ようやく骨のありそうな仕事を見付けることができた。街の西方にある洞窟に、魔物が棲みついたという。街道に近いので、すでに商隊が襲われる被害も出ている。


『だけど依頼人が気に入らないのよね……』


「どうかな鋼殻の騎士殿。伝え聞く武勇が噂通りなら心強い。是非同行を引き受けて貰いたいのだが」


 金糸で縁取られた派手な法衣。指には魔力を秘めた宝石を嵌めた指輪。美髯を蓄えた伊達男・アラバードは、ツァトゥグァの戦闘司祭として討伐に出るのだという。


「魔物を相手取れる者は多くはない。教団でも私くらいのものでね。並みの雇い兵では物の役には立たんし、困り果てていたところだ」


 雛神様はアラバートが気に入らないようだが、依頼自体は俺好みの物だ。危険があるというのなら、なおのこと受ける価値がある。


「鋼殻の騎士の腕を見込んでの頼みだ。報酬は特別にはずませて貰うよ」


 雛神様が渋っているせいか。美髯の戦闘司祭が浮かべた笑みはどこか下卑た物に感じられた。



 魔物が棲む洞窟は馬で半日ほど。供を外に待たせ、アラバード自らが松明をかざし奥へ進む。腰には華美な装飾の施された大剣。白い法衣の下には鎧を着こんでいるようだが、この男、どれほど腕が立つのか。気を抜かず進むうち、ふと奇妙な感覚を抱いた。


『何、いま門をくぐったの? 結界の類?』


 先を行くアラバードがくつくつと笑声を漏らす。

 気付くと周囲の景色は狭い洞窟から、敷石が敷き詰められた広間に変わっていた。


『下よ!!』


 嫌な気配に飛び退ると、敷石の隙間から黒い粘液が滲みだしていた。黒い液溜まりはうぞうぞと蠢きながら、蛙めいた脚と乱杭歯の生え揃う大口を形成する。見れば粘液はそこここに滲みだし、産み出された異形は、大口からたれ流す唾液で飢えを訴える。


 広間の中央には石を磨いた玉座が置かれ、黒い毛に覆われた獣がだらしなく寝そべっていた。


 大きい。最初は何匹もの獣が群がっているかのように見えたが、手足の一本づつが熊ほどもある巨体だと知れた。蟇蛙めいた姿のそれは、半開きの大きな口と、眠たげに半ば閉じた目という、弛緩し切った表情を晒しているが、雛神様が委縮するほどの神気をその身に帯びている。


『まどろむ怠惰なるもの……』

「ここに来た鋼殻の騎士は、お前で二人目だ」


 二人目? まさか――


 玉座の下に転がる、ねじ折れた二本の剣。クラムの物だ。


「足を失い逃げ切れぬと悟った奴は、けなげにも腹を裂いて雛神を逃がそうとしていたな。残念ながら、吾が主は死に損ないの従者より先に、雛神をご所望されたがな!」


 何がおかしいのか。アラバードは笑いながら続ける。


「卑小とはいえ、神気持つものは美味に感じられるらしい。吾が主にとって騎士がパンなら、雛神は一粒の砂糖菓子といったところか!!」


 剣を握る右腕が熱い。

 俺の怒りなのか雛神様の怒りなのか。どちらでも構わない。

 お互い、いつ命を落とすのかも分からぬ身であった。いずれ必ず剣を交えることになる間柄だった。

 それでも。それだからこそ。


『分かってるわねアイン……他のはどうでもいい。あの男だけは、二度と薄汚い笑い声を上げらられないよう、首を落として舌を刻んでやりなさい!!』

「できるものかよ! 地蟲の分際で!!」

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