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鋼の中の雛  作者: 藤村灯
神壊学府

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神壊学府

「兄貴、話があるんだがいいか?」


 酒場で食事を摂る俺に声を掛けてきたのは、ダゴン教団の信徒であるカイト。俺がいつお前の兄貴分になった。


「るる? 他人様の夕飯時に、ずうずうしいぞ~。ごはんがまずくなるから帰れ~」

「まったくだぜェ! なあ、ナミノコ!」


 罵るキサナの尻馬に乗って、ニキが囃し立てる。こいつらを招いた覚えもないが、何故同じテーブルで食事をしている? 思えば夕飯時にはいつも現れ、好きなだけ飲み食いをして行く。ひょっとして、俺のつけになっているのか? 

 特に、臍の緒を酒場の外まで伸ばす波の子供は、与えれば与えただけ無尽蔵に食事を摂り続ける。こいつは海で勝手に鮫でも取らせておけば良いんじゃないか?


 どうも深刻な話のようだ。人の金で宴を続けるキサナ達から離れ、酒場の隅に席を移す。


「実はよ、ウチの教区の巫女、汐詠媛がザハンに囚われてるんだ」

『知ってた。そんなことだろうと思ってたわ』


 雛神様の言葉にカイトがこめかみをひくつかせる。それなりの規模の教会なのに、司祭も巫女も置かず、海魔の出現という、自らの教区の災いに対処できなかったのだ。何か問題を抱えているのは容易に推察できた。その解決に、俺を頼ってくるのは予想外だったが。


 ザハン。羽振りの良い交易商の名だったか。そんな男が何故?


「汐詠媛は歳経た深きものだ。この辺で一番力もある。だが、荒事向きって意味じゃあねえ」


 深みのものはダゴンとハイドラを祖に持つ者達だが、様々な生き物と混血できる。それ故様々な魚の姿だけでなく、イルカやアザラシ、変わったものでは貝の姿をしたものまで存在するのだという。カイトが言うには、汐詠媛の姿は巨大なリュウグウノツカイなのだと。


「とにかく馬鹿長げえシーサーペントだ。大いなるものに子守唄を捧げるだけの穏やかな婆ァだが、大人しいと言っても神威は強ぇ。星の母程度なら軽く眠らせることができたはずだったんだがな」

『商人に捕まるようじゃあ、見掛け倒しだったんじゃないの? それに、その商人は捕まえてどうしようっていうの。身代金でも払えって?』

「いや。まだそんな話にはなってねえ。お互い知らぬ顔でだんまりだ」


 何故そうなる? 相手が豪商だとはいえ、ダゴン教会はこの港町でかなりの影響力を持っているはず。


「メンツってもんがあんだろうよ? ダゴン教会が、たかが商人一人の風下に立ったと知られりゃあ、示しが付かねえ。

それに、例の海魔、星の母の卵。ありゃあザハンの船が嵐で落とした荷の中にあったみてえなんだよ」


 妙な話になってきた。ザハンの方も、騒ぎを起こした海魔を生んだのが自分の積み荷だと知られれば、漁業ギルドとダゴン教会、この街の全てを敵に回すことになる。汐詠媛を捕らえたことで解決が長引いたとなれば、糾弾され、壊れた船の補償も要求されかねない。


「ザハンの野郎、使えもしない神器や魔導書を集めてるって噂で、きな臭く感じてたんだが、どうやら神壊学府と付き合いがあるらしい」


 神壊学府。知らない名だ。


「都に拠点を置く、学者の集まりだって話だ。 星の母の卵も、奴らに納めるつもりだったんだろうよ。汐詠媛を捕らえるのに手を貸したのも奴らに違いない。うかうかしてると、汐詠媛も奴らの実験だか研究だかに使われちまう!」


 ならば堂々と話を付けるのが筋だろう。カイトは、そういった荒っぽい交渉を避ける性質には見えない。むしろ嬉々として乗り込みそうに見えるが。


「そこが兄貴に頼みたい所だ。恥ずかしい話だが、実はもう何度も失敗してんだよ」

「メンツも教義も無意味な代物だということだ。いい加減諦めたらどうだい?」



 声に振り向くと、カウンターで呑んでいた男がエールの杯を揚げ、俺達に向かい挨拶して見せた。


「手前ッ、ゴウザンゼ! いつから居やがった!?」

「何時からも何も。君たちが悪だくみを始めた頃から、もうずっと一人でやらせてもらっているよ」


 旅装だろうか。仕立ての良いコート。中に覗く上着の襟元には銀糸の刺繍。金に不自由はしていない身なりだ。

 切れ長の目に通った鼻筋。かなりの美丈夫だが、闇色の頭髪は嵐にでも会ったかのように乱れている。今日の海は一日穏やかに凪いでいたのだが。


「丁度いい! ここで話を付けてやろうか!」


 カイトは荒々しく椅子を倒し、黒衣の男に向きなおる。

 店内はざわめき、カウンターまでの道を開け、歓声を飛ばすが、外に出る者は一人もいない。


「頼むから外で――」

「おらァ!!」


 店主の制止に構わず、カイトは倒れた椅子を蹴り上げる。

 椅子は尋常でない速さでゴウザンゼに向かう。

 黒衣の男は立ち上がることなく、わずかな動きでかわした。

 だがカウンターにぶつかり壊れた椅子の破片が、手にした陶製の杯を砕いた。

 エールがコートを濡らすのを目にし、ゴウザンゼは悲し気に眉をひそめた。


「悪し。君は全くもって善くないよ」


 ゴウザンゼの背後の空間が歪んだ。魔術師が使う門が開く感覚。同時に神気が広がり、異形のものが姿を現した。


『!?』

「ぐッ!」


 濃緑色の内臓のような肉塊。呪言を記した帯を巻かれ、何本もの釘が刺さっている。顔の代わりなのか。首のように伸ばされた上部に、太い釘で打ち付けられた面が、カイトの方を向く。


 鳴き声なのか呪文なのか。それが発し続ける、平板な怨嗟に満ちた呟きを浴び、カイトは苦悶の表情で倒れ込んだ。


 雛神様が怯えている。俺は一息で距離を詰め、黒衣の男の喉元に骨剣を突き付けた。


「……善し。君の力の使い方は悪くないよ」


 ゴウザンゼは俺の瞳を覗き込み微笑む。背後の異形は空に解けるように消えた。


「騒がせたな。店主、みんなに一杯奢ってくれ」


 ゴウザンゼが両手を大きく開き、大声で店主に詫びると、ほどなく店内には元のざわめきが戻った。

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