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親世代ではなかったのですか?

男爵令嬢は曲者ホイホイ

作者: 立木 明


「ティナ・ジスタベル!アンタ、攻略するあたしの邪魔しないでよ!?」

「は……?」


 新学期が始まり、王立ヴァルリア学園にも実家に帰っていた生徒が戻ってきた。

 長期休みで会えなかった友人と交流したり、休み中のバカンス自慢したりとそれぞれ忙しいらしい。

 かくいう自分も、領地が遠く休み中会えなかった友人と久々の再会に嬉しくて気分が高揚していた。

 そんなありふれた再会の中、肌を突き刺すような敵意を感じたのは間違いじゃなかったみたい。

 目の前に仁王立ちする小柄な令嬢を見つめながら、私は心の中でため息をつく。

 まさか、入学数カ月してから「かつての自分」のような子と出会うとは思わなかった。あの時のことを思い出すと、恥ずかしくて穴を掘りまくって埋まりたい気分に陥ってしまう。

 「この世界」に生まれ変わったと分かったのは、学園に入学した時だった。

 前世は日本と呼ばれる島国に生活する普通の高校生だった。ごく普通の女子高生。でも、隠れてアニメやゲームを愛する女の子。

 その愛するゲームの一つのジャンル、乙女ゲームといわれるものにドはまりしていた。架空都市を舞台にした西洋風のゲームや、昔の日本を題材としたゲームなど様々にプレイしていた記憶がある。

 同人ゲームも興味があったけれど、手を付ける前にあっけなく交通事故で死んでしまったからやらないまま。……あの乙女ゲーム興味があったのに……。

 好きなイラストレーターさんが趣味で出していたものだったから、気になっていたんだけどな。


「はぁ……」

「なによ!そのため息!」

「え?なんでもない……」

「ないなら、いいのよね!?絶対邪魔しないでよ!?」


 会話になってないよ……。

 薄い金髪と青い目をした同級生に、思わず心の中でツッコミをいれてしまう。数カ月前の私もこんな感じだったのかなぁ。

 現実逃避の遠い目をしつつ、同級生の少女に「しないけど、でも迷惑だと思うなぁ」と返しておいた。

 この世界は、乙女ゲーム「勿忘草2~私を忘れないで~」というなのゲーム世界とよく似ていた。

 世界はあのゲームの背景画をそっくり現実化したようだし、登場人物もそっくり。そのままゲームの世界にいるような感じなにる。

 でもやっぱりここは「ゲームに似ただけの現実世界」なんだと、入学して一か月で実感してしまった。

 ゲームでいえばまだ序盤。しかも一番目のイベント目前での実感だ。

 まさか攻略対象とライバル令嬢の妹に捕まって、淑女レッスンさせられるとは思わなかったんだよ。


 ここで少しこの世界をおさらいしたい。決して現実逃避なんかじゃないんだから!


 今私が住んでいる国は、ルエリエという王国。北に山脈が、東には海が広がり商業と交易が盛んな国に住んでいる。

 南にはバジリス国、西にはエレンジス国という二つの国とも隣接している。海の向こうにも別の国があって、山を越えた先にも国があるらしいけれど行ったことがないので分からない。

 そんな世界は、実は乙女―ゲームといわれるジャンルの世界と酷似していた。

 日本という国の娯楽の一つだったそれは、たちまち女性を虜にしていったらしい。もともと男性用に恋愛ゲームがあったけれど、女性用はなかったから尚更。

 様々な試練や努力していく中で、イケメンの攻略対象者と交流し最終的に結ばれるのが目的になっている。

 この世界はそんなゲームが浸透する前に造られているせいか、アドベンチャー要素があったりする。

 しかもただ単に、対象者と交流してハッピーエンドを迎えるんじゃなく、学業や自分磨きを頑張りながら、そこで出会った攻略者のお悩み相談をしつつ仲を深めていく仕様なのだ。

 学業を疎かにしたら靡いてくれず、自分磨きを怠れば女として見てくれず、ノーマルENDは一人寂しく卒業し、顔も知らない人に嫁いでいく。

 バッドENDは事故死やら病死しやら。これは体調管理もプレイに考慮されているからなんだけれどね。他にもバッドじゃないけれど、ライバル令嬢たちと友達になるものもあったりする。

 全年齢対象だったから、残酷描写はなくバッド事態も黒画面でテロップだけだった。

 そうそう、この世界がなぜ「2」とつくのかは、前作が存在しているから。

 今作は1の三年後に発売された。舞台は1の二十年後。だから、当然前作の登場人物が歳を重ねて登場してるのはファンの心をくすぐった。

 さらに前作データを読み込めば、前作の攻略対象者と前作ヒロインのちょっとした小話が挟まれるからだ。

 小話だからスチルなんてものはつかないけれど、立ち絵で年齢を重ねた登場にはちょっとトキメキもした。

 だって高校生にもなって、彼氏一人できなかったんだもん。免疫はないに等しいじゃん!……オタク活動のせいだとか言わないように!

 攻略対象者は侯爵子息、伯爵子息、平民、商人、隠しで自国の王子。四人+一人。対象者は少ないけれど、その分やりこみ要素は多かった気がする。

 なぜメインになりそうな自国王子が隠しかは、まず年齢が上で在学していないから。それから国の話に絡み、攻略条件が厳しいからでもある。

 それにこのルートは唯一サスペンス染みた展開になってもいるからだ。

 現実に誘拐やら、国の陰謀やらに巻き込まれたらいやだし、当時の自分はこの王子ルートはスルーしていた。フルコンプを目指そうともしたけれど、それはテンションが上がって口を滑らせただけのこと。若気の至りなのだ。

 誰だって、死の危険に自分から飛び込みたくないものである。

 それなのに、目の前のこの令嬢はやろうというのだろうか。って、もう結婚間近やらで攻略不可だと思うんだけど。というか、この子も転生者?


「えーっと、念のために聞くけどなんで?」

「なんでって、アンタが攻略失敗したからに決まってんじゃん!そういうことだから、ゼッタイ邪魔しないでよ!」

「……」


 理由にすらなってない。頭が痛い。

 もしかしなくても、数カ月前の私もあんな感じだったってことだよね。穴掘って埋まりたいよ。

 目の前の同級生は、言いたいことだけ言うと、無言の私の横を通り過ぎ、寮内に戻っていった。

 この世界に転生してるの私だけだと思っていたけど、他にもいたなんて……。しかも、一波乱ありそう。

 ちょっと考えればムリだって分かるはずなのに、もしかしてゲームの世界だからとか思っていないよね?

 現実だってわかれば、暴走の被害も最小になるかなぁ。こんなこと思うなんて、ああ、私も落ち着いたなぁ。


「うふふ。暴走娘二号登場なんて、今年は豊作」

「ぎゃぁぁああ!!」

「いけませんよ、年頃の娘がそんな悲鳴を上げては」

「ど、どこから湧いて出たんですか!?」


 ちょっと遠くを見ていると後ろから気配もなく、自称指導役の先輩がいた。

 毎回毎回、なんでこの人は気配もなく後ろから登場するの!?モブのくせになんて特技持ち!

 これ普通の令嬢ができるわけないじゃん!今ならこの人、国の密偵だと言われても納得するよ!

 そこでふとその考えに身震いする。あの鉄面皮の伯爵子息の妹にして、鬼嫁予備軍決定の妹が国の密偵……。

 怖い!なんか色々と怖い。兄の冷静さと姉の強かさを兼ね備えてそうで怖い!これ以上は考えないようにしよう!


「湧いて出たなんて人聞きの悪い。皆さん寮内に移動されたのに、あなたがいないと私に連絡が来たので探しに来たのですわ。

そうしたら宣誓布告されていたので、少し様子を見ていたのです。どうやらもう一人淑女教育が必要なご令嬢がいたようですわね」

「えーと。まさかと思いますけど、アレもえじ……いえいえ、教育するとかいいませんよね?」


 危なかった。口を滑らせて「餌食」っていいそうになった。

 こっそりと窺えば、自称指導役の先輩――リリス・マクベシー伯爵令嬢は優雅な笑みを湛えたま真っ直ぐこっちを見ていた。これはうっかり発言を聞いとられちゃったかも。

 普通に見れば優しい微笑みでも、私からすれば後ろに黒い靄を背負い目を光らせた鬼だよ。怖いわ!


「そうですわね……。今は手が放せませんので、別の方にでもお願いしますわ。

それよりも早く寮へ参りましょう」

「あー、はい」


もう怖いしこれ以上深く聞かない!そう誓い私はリリス様の後ろをついて歩き出した。

前を行く彼女が「アレに取り掛かる前に、この子を一人前の令嬢に仕上げてみせますわ」やら「屈服させたらどんな反応をするかしら」なんて言っているとは知らずに――。






 あの衝撃な発言から一週間。

 例の同級生であるルシア・ヴェルゴニア子爵令嬢は、宣言通り攻略対象者に突撃をかましている。

 結果、侯爵令息の先輩には邪険にされ、伯爵令息つまりリリス様の兄には冷たくあしらわれ、平民枠の私の幼馴染にはあいまいな距離を保たれ――それにこれは一般人が曲がりなりにも貴族の令嬢を突き放せないからだけど――見事に玉砕しているみたい。

 ちなみに私の家は男爵位にあるけれど、あまり裕福じゃないからで平民のような暮らし。だから幼馴染も屋敷の下働きの子が多い。

 あとは、同じ一般人の商人の青年とは接触すらしていないことは掴んでいる。

 実は彼、平民出身の私の友人の一人とお付き合いをしているからだ。なので友人経由で接触情報は入ってくるわけ。

 それでもどこまでもメンタルが強いのか、彼女はめげずにアタックしまくっているらしい。半端ないなぁ、ヴェルゴニア子爵令嬢。

 その強靭なダイヤモンド並みの強度のメンタル、私にもください。現在進行形で!!


「はい、そこは優雅にターンを!」

「こ、腰がつる……!」

「顔が引きつってますわ!いつ、いかなる時も微笑みを絶やさない!辛くても笑うのです!微笑みは武器になるのですから!」

「は、はい!!」


 苦手なダンスのレッスンで鬼降臨中。リリス様の叱咤に泣きながら笑う私を、練習相手が苦笑いで見下ろしているし。

 不細工な顔で恥ずかしいよ!なんでよりにとって、令嬢憧れの先輩が練習相手なの!?

 攻略対象者たちほどのイケメンじゃないけれど、この先輩もカッコイイ上に成績も上位で憧れの的な人なのに!


「マクベシー嬢、彼女に余裕がなくなってきたようだ。少し休憩してもいいかい?」

「……いいえ、今日はここまでにしましょう。ホール使用の時間もそろそろ終わりますし」

「――だって。歩けるかい?」

「はい……」


 足はガクガクで正直歩くにはしんどいけれど、座り込もうものならリリス様から体力づくりと称した筋トレコースが待ってるし何とか踏ん張った。

 一度経験したけれど、あれはもう肉体美を追求する人並の筋トレだ。あの後、二日寝込んだことは記憶に新しい。

 でも私がそんなだったのに、同じメニューをこなしていたリリス様はいい汗をかいたといわんばかりに爽やかだった。

 なんであの筋トレでばてないのか疑問に思っていたけど、あとでその訳を知って納得したけど引いてしまったのは内緒。

 将来姉になる人に憧れて体力づくりを始めたらハマってしまい、一時期筋トレブームになっていたとか。

 姉になる人って、フィール・カルビア子爵令嬢だよね。確かに凛々しくてかっこいいけれど細身で、出るところはしっかり出てるナイスバディな人だったはず。

 もしかして、脱いだらバキバキでムキムキなバディとかなのかな。うん、考えたくない!ちなみにリリス様は程よい筋肉がついたスリム体系。

 ちょっと発育遅いかな?と思わずにはいられない。胸元がささやか過ぎてこっちはこっちで悲しくなる。

 口にはしないけど、バストアップのために胸筋鍛えようとしてたのかと思っている。

 先輩に支えられ歩いていると、こっそり「様になってきたよ」と褒められた。「ただし表情で減点。まるでべそかいた子供のような顔だね」とニコリ笑いつつ上げてから突き落としてきた。

 やっぱりリリス様の友人だ!

 今回初めて練習相手になってもらったけれど、もう次に相手をしてほしいとは思えない。こんな顔を見られたし、また胸にグサッとくる一言なんて聞きたくない。

 ダンスのレッスンにはリリス様の友人に相手してもらっているけれど、どの人もダンス上手すぎてついていけないわ。

 リリス様の友人スペック高すぎる!ほかの習い事にも時々友人とか来るけれど、どの人もレベルが高すぎてついていくのにやっと。というかリリス様の人脈凄すぎる。

 どうやったらこんな人たちと友達になれるんだろう。この人伯爵家出の普通の人なのに。……ふ、普通の人だよね。あれ?自信なくなってきた。





 地獄のダンスのレッスンを終え、予定があるという二人と別れた私は、へとへとの身体を引きずりダンスホールにほど近いベンチに座った。

 ここで体力回復させないと、道端で倒れる。確実に。

 学園で行き倒れは、なけなしの私のプライドが許さない!一応これでも男爵家の人間なんだから。

 家がちょっと教育に緩くて、人並みにできればあとは自由にしていいと言われて育ってきても。


「ああ、風気持ちいい……」


 吹き抜ける風に身を預け、木々の音に耳を澄ませる。鳥の囀りも葉がこすれるおとも、疲れ切った体と心にしみ渡るかのよう。

 もう今日はなにもしたくないわ。この和みの空間に身を預け、癒されていよう。

 そう決めた私は、目を閉じ静かに風の音を聴く。ああ本当に癒される。

 最近身の回りが目まぐるしく変わって、こうしてゆっくりできなかったからここで英気を養わねば。

 しばらくそうしていると、不意に近くに誰か来た音が耳に入って私はハッと目を開けた。

 いけない。癒され過ぎて寝るところだった。

 そんな姿をリリス様に知られようものなら、今度はそんなお仕置きがあるか!

 とりあえず英気は養われたし、ここに人が来る前に退散しなきゃ!

 うたたねで凝り固まった体をほぐし、できるだけ足音を立てないように歩き出す。それでも草ってかすかに音がでるから、最新の注意が必要。

 のろのろと歩き、やっと建物近くの大木まで来た。あとは角を曲がり猛ダッシュで消えるのみ!

 あとで考えれば、別にここは個人の私有地ではなく学園の庭。

 こそこそすることはなかったはずだけど、今はお仕置きが怖くて逃げだすしか考えていなかった。それにリリス様だったら本当に危ないし。

 もう少し。あと数メートルというところで、サクサクと足音が後ろから聞こえ私は思わず大木に隠れてしまった。

 足音は一人じゃない。ということはリリス様じゃない……はず。あの人、一人でいる方が好きだって言っていたから。

 こっそり幹から顔だけを覗かせれば、突然の来訪者はあの子爵令嬢だった。太陽の光でキラキラ輝く金色の髪をなびかせ、勝気そうな顔を申し訳なさそうにして隣に立つ人物を見上げている。

 「あっ!」と声を上げなかった自分を褒めてあげたい。彼女の隣にいるのは、学園を卒業しているはずのこの国の王子。

 リリス様の兄は一か月の新入生案内で学園にいたのに対し、彼は王子ということでその役目は免除されていて学園にはいなかった。

 その代り、公務に精を出していると聞いていたけれど、なんでそんな王子がヴェルゴニア子爵令嬢と一緒にいるの!しかも人気のないこんなところで。

 思わず身を乗り出しそうになるのを堪え、二人の様子を窺う。

 ヴェルゴニア子爵令嬢はにっこりと笑いながら、懐から何かを取り出した。カサリと乾いた音をたてたそれは、綺麗にラッピングされたお菓子のつつみ。

 そういえば、王子の初期って所用で学園を訪れていた彼と出会い頭でぶつかるとかいうベタな出会いだった。

 その時は謝罪だけで別れ、後日お詫びにと手作りのお菓子を差し出すという、これまたベタなイベントがあったけれど……。え?いまその場面と遭遇してるの?

 お詫びに手作りの品とか質素過ぎて、断られるんじゃないかとかうじうじ考えつつ差し出すイベント。けれども、ゲーム主人公は勇気を振りぼり王子に差し出す。

 初めて手作りのお菓子をもらった王子は、戸惑いながらお礼を述べ微笑んでくれるイベントだ。スチルはないけれど、その後に続く伏線も含まれているから、よく覚えてる。

 これが切欠で、公務で学園を訪れている時や、城を抜け出し城下街で休憩を満喫する旅に声をかけてくれる。そしてあの時もらったお菓子が、また食べたいと催促したりするんだ。

 それを城下街でたまたま見ていた隣国の密偵に知られ、時々あげるお菓子と毒物入りお菓子とすり替えられ、ゲーム主人公は王子毒殺の容疑で捕らえられてしまうという展開に発展する。

 私が王子をあまり意気込んで攻略しようとしなかったのは、この後の展開がちょっと怖かったから。一歩間違えば、本当に殺してしまうかもしれないし、捕らえられ牢獄に入れられるのも怖かった。

 それに王子の弱みを見つけたと牢獄から連れ去らわれたり、隣国と通じていたと追いかけ回されたりするからできれば、彼には触れたくない。

 それなのに、ヴェルゴニア子爵令嬢は果敢にも王子ルートに挑んだようだ。これは靡いてこない他の攻略対象者を攻めるより、婚約者のいない王子を攻めつつ他を様子見する気なのかも。

 毒殺犯にされたり、捕まったり、果ては売国奴の容疑までかけられて、他の対象者まで手が行かない気がするんだけれど。どうするんだろう。

 声が聞こえないから、どんな会話をしてるのか分からないけど、ヴェルゴニア子爵令嬢からお菓子を受け取った王子は困った顔でお礼を言ったようだ。

 ヴェルゴニア子爵令嬢は、申し訳なさそうな――私からすれば嘘くさい――顔をして慌てて首を振り深々とお辞儀をして足早に去っていってしまった。

 頭を下げた時に彼女の口元が笑ったのを、私はしかとこの目で見た!

 奴は受け取ってもらえたから第一段階クリアと思ったのかもしれない。が、しかし!ここはゲームの世界のような「現実」。

 王子がこれを口にするとは思えない。だって一回会っただけの令嬢の、しかも手作りのお菓子。ただのお菓子なので身の危険が及ばずとも、もしかしたらと手を付けないと思われる。

 私の予想は当たったようで、王子はしばらくお菓子を見つめていると、ラッピングをほどきそれを掌の上に乗せた。

 そのお菓子をグッと握りしめバラバラにし始めた王子の顔は、それはそれは無表情だった。本当に美形が怒ったり無表情だったりすると怖い!

 粉々に砕かれたお菓子の残骸は、彼の指の間からこぼれ落ちる。王子は無表情のまま手を裏返し、バラバラのお菓子を落とした。それを近くにいた小鳥たりが啄みに来る。

 いい餌にありつけてよかったね、鳥たち。ヴェルゴニア子爵令嬢の打算ずくめのお菓子と、王子の行為を消し去ってくれ。万が一、粉々になったお菓子の残骸を彼女が見る前に!

 私の願いを聞き届けたのか、どこにそんなにいたのか分からないほどの鳥の群れが王子の足元に集まってきた。王子はさっきまでの顔を緩ませ、軽く手を振り残りカスを落とすと包装紙を懐に仕舞い歩き出した。

 鳥よ!踏まれる!!踏まれるからそこは逃げよう!なんで飛び立たないの!? もしかして餌に飢えてるの!?

 逃げて―!と念じていて思わずカサリと足元を鳴らしてしまった。マズイ!覗き見ていたのばれる!

 ドキドキと心臓が嫌な音を立てるのを押さえ、おずおずと幹から王子を見る。彼は振り返り口元を緩ませると指をあてていた。これは内緒ってことっですね!

 いえいえ、内緒どころか私は見てません!見ても今脳内消去されました!ってか、もしかして最初っからばれてました!?

全然笑っていない目元が細まり、じっとこっちを見ていた王子は出てこないこちらに興味をなくしたのか背を向けて歩き出した。

 姿が見えなくなるまで見送った私は、ほっと胸をなでおろし鳴りやまぬ心音を宥める。寿命縮んだ気がする。あの王子怖い!

 ゲームでも優し気な風貌に対し、親しい人には意地の悪いことをする設定だったけれど、現実で見ると意地の悪いどころの話じゃない。

 行為でもらったお菓子を粉々にして捨てるとか、鬼の所業。もしこれを彼女の目の前でしてたら「この鬼畜!」と叫んでたかもしれない。

 本当にヴェルゴニア子爵令嬢がこれを見てなくてよかった。

 心臓も落ち着きを取り戻し、見てしまったものを記憶から抹消しようと軽く頭を振る。彼女が王子ルートに入っても、手助けする気にもならない。

 これはもう忘れよう。それよりもここに長居しちゃったし、そろそろ寮に戻らなきゃ。

 震える足を叱咤して幹から一歩離れた。


「あれ?もう戻るのか?アレって君と同類っぽいから、てっきりどっちか追いかけると思ったんだけど」

「ひゃ!?……え?え?」


 な、な、な、なに!?いきなり頭上から声が降ってきた。

 慌てて上を見るけど人影はなく、どこから声がしたのかわからない。


「残念。面白そうなことになってきたって思ったのに」

「だ、誰?どこにいるの?」

「どこってアンタの上。――よっと」

「きゃ!?」


 バサバサ音と一緒にいきなり目の前に人が降ってきた。言葉のあやじゃ無く、本当に上から降ってきた。

 思わず後ろに身を引いた私は、足元を取られ無様にも尻もちをついた。うー、お尻が痛い。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ……っ。ど、どこから来たのよ!」

「だからアンタの上から」


 お尻を摩り恨みがましく目の前に立つ人物を睨み付ければ、そいつは怖がりも驚きもせずに上を指さしている。

 つられて見上げた私は、瞼を数回瞬かせた。上ってこの大木の枝ってこと?

 確かに太い幹だから、枝も太くて人一人くらい乗せられそうだけど。


「あんな所にいたの?」

「そうだよ。ほら、いつまで転んでるつもりだ」

「うわ!?」

「色気のない悲鳴だな。さっきの方が女の子っぽかったのに」

「大きなお世話よ!」


 差し出された腕に捕まれば、勢いよく引っ張られ立たされた。まだ痛む箇所に手を添えながら、私は目の前の人物を睨みつけた。

 声から男だとは思ったけど、見た感じ歳は同じくらい。ここの制服を着ているし、部外者じゃなくてここの生徒らしい。

 青味がかった黒っぽい髪と同じ色の目のその男は、睨み付けている私をニヤニヤと見下ろし軽く頭を叩いてきた。

 平均よりも低い自分の身長が恨めしい!頭にある手を叩き落としてやった。


「なんであんな所にいたの?」

「別に特に意味はないが。しいて言えば眠たかったから。あとは誰にも邪魔されないで寝られるところが、あそこだっただけ。

気持ちよく寝てたのに、アンタたちの登場でそれどころじゃなくなったけどな」

「それは、私のせいじゃないでしょ。ヴェルゴニア子爵令嬢に言って!」

「……ふーん」


 ニッと口を歪めた男に、私は本能的に体を震わせる。リリス様と対峙した時と同じ空気を感じるよ!

 いじめてやるって顔に出てるよ!見かけわりと整った顔だから威力半端ない!


「あそこで暢気に寝こけてたの、マクベシー嬢に知られてもいいんだな?」

「は?え?ま、まさか……見てたの?」

「よだれ垂らしながら寝てたなんて知ったら、アンタの教育係の再指導が入るんじゃないかな」


 よだれ!?……って、よだれなんて出してないわ!

 思わず口元を拭ってしまったけれど、コイツ私をからかって楽しんでる!

 思いっきり胸元を叩くけど、ビクともしないどころか「ちびっこのポコポコ攻撃なんて痛くない」と言わんばかりに笑ってるし。

 悔しくて私は一歩足を踏み出し、コイツの向こう脛を蹴り上げてやった。


「……っ!?お前!」

「バカにした報いよ!」

「だからってなんで足蹴りすか!お前それでもお貴族様かよ!」

「ええ、正真正銘のお貴族様よ!ちょーっと育ちが他と違っただけのね!

それよりも、このことリリス様に話さないでよね!あの人怒らせると本当に怖いんだから!」

「へー」


 脛を押さえ涙目になりながら吠える男に、私はビシッと指さした。

 あれ?いまコイツの顔がものすごくあくどくなった?


「いいこと聞いた」

「え?」

「いやこっちの事」


 そういうと、痛みが治まったのかこの男は、また私の頭を軽く叩き手を引っ張り歩きだした。

 なんで手を繋いで歩き出したのか分からず、つんのめりながら私も思わず歩き出す。


「なんで手繋いで歩き出すの」

「ん?今からアンタの指導役に会いに行くから」

「え……」


 なんでリリス様の所に。

 冷や汗を流し反射的に逃げようとした私の手を、男は無遠慮に引っ張り阻止した。

 もしかして、逃げ出さないように捕獲されたってこと!?

 見上げれば、男は逃がさないとばかりに笑っているし。イタズラを思いついた子供みたいなのに、背負うのはナゼか黒いもの。

 いーやーだー!コイツ絶対リリス様にチクる!そしてそのことで私が慌てるのを楽しむ気だ!


「いーやー!離してー!」

「ほらほら、姫さんなんだからそんな騒ぐな。もしかしたら、こっちが行く前に向こうから会いに来るかもしれないぞ?」

「尚更いやだー!」


 なんでリリス様以外にも、似たような人に捕まんなきゃいけないの!?

 うー、目に水が溢れてきた。行きたくない。

 それでも引きずられるように歩く私に、この男はふと笑うと目元に指を這わせ涙をふき取った。

 え?なに、そのイケメン動作。

 ビックリして男を見れば、コイツはまたニヤリと笑い返しただけだった。

 何がしたいの!?あ、私をイジメたいのか……って最悪じゃん!

 

「いいの!?あんた平民出みたいなのに、私を引っ張っていって!?」

「心配してくれるのか?」

「そうじゃなくて!平民出なら少しは貴族を敬いなさい!」

「可笑しなこと言うな。ここは平等を謳う学園だろ」

「だからって最低限のことは守るべきでしょうが!

それにどこの誰かも分からないのに、なんで強制的に歩かされてるのか分かんない!」


 ああ言えばこう言うし悔しい!何言っても言ってみてもうまくかわされし。

 しかも歩幅が違うから、ずるずると引きずられて、最早速足になっているのに、この男は歩幅を合わせることもしない。

 正直疲れたし、何が何だかわからないし、そもそもコイツ何者なのか分かんないし。私は困難を極めて本当に泣きわめきたい気分になっていた。


「そういえば自己紹介まだだった。ガイレン・ルーカス。察しのとおりシルディ領出の一般人。アンタは――」


 ガイレンと名乗った男は言葉を途中でとめ、目を細めて前を見た。

 私もつられて見やれば、まさかのリリス様登場だ。

 彼女は優雅な足さばきでもって、速足のような速度で近づいてくる。

 あーもう、私死んだ。こんなところを見られたんじゃ、また厳しくなるのが目に見えてる。

 さっきと別の意味で目に涙がに滲んだよ……。


「そう落ち込まなくてもいいと思うけど」

「……なにも知らないアンタに言われたくない」

「知らない訳じゃないが……まあいいか。ティナ・ジスタベル男爵令嬢。

オレ、アンタが気にいったし、マクベシー嬢の許可貰ってあんたに引っ付くわ」

「……え?」


 今、なんと言いました?


「領主さまの推薦で受験したけど、どうもこの学園は上品で最近つまんなかったところだったし。

――アンタといれば退屈しなくて済みそうだ」


 掴まれていた手に力が入り、逃がさないとばかりに笑顔で顔を近づけられる。

 耳元で囁かれた声にゾクリと体が震え、何を言われたのか理解するのに時間がかかった。


つまりは――。


「まずはマクベシー嬢の許可。それからあの自信過剰の子爵令嬢を排除だな」


 リリス様に許可とか私は物じゃないとか、なんで引っ付くのとか色々言いたいけど、まずは叫ばせて!




――――なんで!?




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