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夢枕に神様が現れたので無限の願いをお願いしてみた件について(短編)

作者: 安井上雄

 冬のよく晴れた日、その日はとても風が強く田舎道の人通りはまばらだった。

 高校から僕の自宅までのちょうど中間地点に田んぼが続いている場所があり、そこから小高い丘を越えると麦畑が続く。

 いつもなら、自宅までのおよそ10キロを自転車で移動しながら、稲のうわっていない田んぼに寂しさを感じ、青々とした麦の若芽に春の鼓動を感じるところだ。


 しかし、この日は少し違った。

 風は幸い追い風であり、自転車をこげないと言うことはない。

 いや、むしろ背中を風で押されものすごい勢いがついている。

 これがもし向かい風であったら自転車をこぐことなどできず、押して帰るしかないだろうと言うほどの強風である。

 舗装されていない田舎の泥道を車の轍に気をつけながら疾走していく。


 田んぼから丘へさしかかる曲がり道の中程には、道祖神をまつっているのであろうか、小さな祠があった。

 ここらあたりの田舎には、田んぼや畑の端っこには、豊作祈願の祠がよくあり、さほど珍しいものではない。


 ちょうどその曲がり道にさしかかったとき、いつもは難なく曲がりきれるカーブであるが、その日に限ってハンドル操作を誤り、祠の隅に接触してしまった。

 屋根の角の所だ。

 触れた部分の木が腐っていたのか、祠の屋根がガタッという音をたてて外れ、30度ほどずれてしまった。


「しまった」

 誰もいないのに思わず声が出てしまう。


 僕は信心深い方ではなく、神や仏を信じてはいないが、地元の人が大切にしている祠を壊してしまっては後味が悪い。


 すぐに自転車を止めると祠に駆け寄り、状況を確認する。


 祠は僕の肩の高さくらいで、木製である。

 屋根の部分も木でできており、どうやらはめ込み式になっていたつなぎの部分がずれているようである。

 破損している様子もないので、力を込めて屋根をずらし元の位置にまで回転させると、屋根自身の重みでつなぎの部分が自然とはめ込まれ、祠は元の状態を回復した。

 よかった。

 内心、ほっとし、いつもは拝むこともない祠に手を合わせ壊しかけたことを謝っておく。

「祠の神様。

 今日はごめんなさい。

 次からはぶつからないように気をつけて通るので勘弁してください」


 一通り謝ると、僕は再び自転車をこぎ、自宅へ向かった。


 家に帰り着くと制服の形の部分が破損しており、母にしこたま怒られた。

 祠の屋根と接触したとき、引っかかって破れたらしい。

 母から、針と黒糸を渡され、自分で応急処置を施す。

 宿題を終えると普段より1時間ほど遅くなってた。


「おやすみ…」

 僕は風呂に入った後、歯を磨くと、いつも通りの挨拶を家族と交わしベッドに潜り込む。

 寝付きはいい方だ。


 3分もしないうちに眠ったようだが、夜中にふと何かの気配を感じ目を覚ました。

 部屋の電気は消してあるが、なんだか枕元のあたりがぼんやり明るい。


 目ぼけ眼をこすりながら、頭上を見上げると、そこには日本史の教科書に出てきそうな古代日本の衣装をまとった男性が立っていた。

 明かりの元はその男性で、ボーッと光っているように見える。

 僕は夢の続きと思い再びまなこを閉じようとする。

「少年よ、私は田んぼの祠にまつられているものだ」

 突然、男性がしゃべりはじめた。

「今日は、お互い災難であった。

 君のおかげで、私の祠も元の形にもどったし、君も怪我がなくてよかった。

 これも何かの縁だ。

 君の願いを何か一つだけ叶えてやろう」

 僕は徐々に頭が回り始める。

 これは、噂に聞く神様のご神託ではなかろうか。

 しかも願いがかなう系だ。

 3つの願いとか時々聞く奴だ。

 僕は人生最大のチャンスが訪れたことを悟った。

 そして僕にはこんなときにお願いしたい内容はあらかじめ決まっている。

 普段から悪友たちとたわいもない会話を楽しむ中で、自分たちなら何でもかなうなら何をかなえるかというのはよく出てくる話題の一つだ。

 僕は早速お願いしてみる。

「あの、何でも一つですか?」

「そうだ、何でも一つだ」

「では、願いを無限にしてください」

「願いを無限にする。

 それでいいのだな」

「はい、それでお願いします」

「わかった。

 君の願いを無限にしよう。

 それでは、君の人生に幸多からんことを」


 男性はそう言うと消えてしまった。

 やった。これで何でも願い放題だ。

 僕は何から願おうかあれやこれやと考えていると、いつの間にかまた眠ってしまい、朝を迎えた。


 時刻は朝の6時だ。

 昨日のことは夢だったのだろうか。

 布団の中で考えながらとりあえず朝ご飯は何だろうと考える。

「目玉焼きが食べたいな」

 ふと、心の中で『朝食に目玉焼きが食べたい』と願っていまう。

 すると、頭の中に「汝の願いは確かに聞いた」という声が聞こえたような気がした。

 気のせいだろうか?


 寒さに震えながら着替えを済ませ、朝の食卓に着くと、ご飯と味噌汁に卵焼きが並んでいた。

 目玉焼きではなく卵焼きだ。

 なにか少し願いと変わっている。

 まあ、偶然だったのだろうということにして、急いで支度し、玄関を飛び出した。


 学校に着くと始業10分前だった。

 遠距離を自転車で移動している僕としては、いつもより少し遅いくらいだ。

「おはよう」

「おはよう」

 クラスメイトと朝の挨拶を交わしながら後ろから二番目の自分の席へ向かう。


 僕の席の1つ前に座る女子と目が合う。

「おはよう」

「あっおはよう」

 向こうから声をかけられてしまった。

 実は僕はこの子に惚れている。

 高校に入学して以来、およそ9ヶ月間片思いをし続けているのだ。


 そうだ。せっかくお願いできるのだから頼んでみよう。

 僕は自分の席に座ると意識を集中する。

「あの子と恋人同士になりたい」

 僕は誠心誠意祈りを捧げた。

 するとまた、頭の中に「汝の願いは確かに聞いた」という声が聞こえたような気がする。

 これは上手く行くかも知れない。

 僕は勇気を出して、前の席の女の子に声をかける。

「あの、後で話があるんだけど…

 昼休みにちょっと付き合ってくれないかな…」

「えっ、私に話し?

 いいわよ」


 彼女は簡単に了解してくれた。

 これはお願いの効果だろうか。


 僕は午前中の授業を上の空で受けた。

 頭に浮かぶのはどうやって告白しようかということだけである。


 4時間目の終了を知らせるチャイムが鳴ると彼女を教室からは目立たない学校の横門に誘う。

 覚悟を決めて告白した。

「実は君のことがずっと好きだったんだ。

 よかったら付き合ってもらえないかな」


 色々考えていた告白の言葉は全て吹き飛び、ストレートに言ってしまった。


 彼女は少し考えてからいった。

「うーん、私はあなたのことをよく知らないし、好きでもないけど嫌いでもないわ。

 よかったらお友達からスタートしてみない」


 上出来だ、と僕は思った。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 僕たちはそれから教室に帰り、次の土曜日に二人で遊びに行く相談をした。


 恋人にはなれなかったが、友達としておつきあいできることになった。

 今後に期待できる展開だ。

 これはお願いの効果だろうか?


 半信半疑ながら、僕は運命に感謝したのだ。




 あれから1ヶ月、僕と彼女は順調にお友達として仲良くなり、お互いの距離を縮めているように感じる。

 恋人になれる日も遠くないかも知れない。


 お願いの方は、相変わらず微妙な効果だ。

 僕が願い事をすると必ず頭の中に「汝の願いは確かに聞いた」という声が聞こえたような気はするのだ。


「お金が欲しい」と願った夜には、いつもの月より3日早く、父が毎月のお小遣いをくれた。

 大金が欲しかったのにいつもの月と同じ金額だった。


 美味しいものが欲しいと願った日の夕食は、僕の大好きなハンバーグカレーだった。


 試しに権力が欲しいと願ってみたところ、3学期の学級委員長に選ばれ、仕事が増えることになった。

 大好きな彼女が副委員長に選ばれたから、それはそれでよかったのだが、学級委員長って権力があるのだろうか。

 むしろ先生たちやみんなに便利に使われるだけの存在のような気がする。


 つきあい始めて2ヶ月立った頃、僕は不思議な神様とお願いについて彼女に相談してみた。

「だったらもっと具体的なものをお願いしてみたらどうかしら。

 たとえば宝くじを買って1応援当たれとか…」

 彼女は信じているのかいないのか分からない笑顔で僕に提案してきた。

「そうだね。

 だったら今日の帰りに早速宝くじを買ってみよう」


 僕は彼女と二人でいつもの帰宅方向とは反対の駅前へ向かう。

 宝くじ売り場は、駅前広場の真ん中付近だ。


 折良く1枚300円のグリーンジャンボ宝くじが販売されていた。

 1等賞金は5億円だ。


 僕は財布の中を確認する。

 おり悪く200円しか入っていなかった。

 戸惑っている僕を見て、彼女が僕の財布をのぞき込む。

「私も100円出すわ。

 その代わり当たったら三分の一は私のものよ。

 僕たちは二人で1枚の宝くじを共同購入した。

 もちろんお願いも忘れない。

「このくじが一等五億円に当選しますように」 

 すると、頭の中に「汝の願いは確かに聞いた」といういつもの声が聞こえたような気がした。

 後は結果を待つだけだ。


 結果は、末等の300円だった。


 またしても願いは矮小化して叶えられたのだ。


 その日の帰りに僕は例の祠で立ち止まり、建物の周囲をしっかりと掃き清め、ほこりやススを払った。

「神様、とりあえずありがとうございます。

 おかげで彼女とは仲良くなれました。

 けど、分からないこともあるのです。

 もしよろしかったら教えてください」とお願いしてみた。

 するとまた、頭の中にあの声がする。

「汝の願いは確かに聞いた」


 そのとき突然、ある可能性がひらめいた。

 神様の声は確かに言ったのだ。『聞いた』と…

 それには『叶える』というフレーズが含まれていないことを…


 そう、僕は神様に願ったのだ。

『願いを無限にしてください』と…

 その言葉には『叶える』というフレーズが含まれていない。


 神様は僕の願いを聞き続けてくれていたのだ。

 その願いが叶うかどうかは別にして…


「そうなのですか、神様?」

 僕が祠に向かってつぶやくと、わずかに祠が輝いたような気がした。

 まるで、神様から「正解だ」とでも言ってもらったかのように…


 結局僕は、無限に願いを叶えてもらうことはできなかった。

 しかし、それでいいんじゃないかと今は思っている。


 願いが叶うと信じて行動したから、努力したから、僕は彼女と仲良くなれた。


 結局、自分の力で勝ち取った結果じゃないと、自分の本当の財産とは言えないのだと思う。

 それに、願いを聞いていてくれる存在がそこにいると言うだけで、何故かとても心強く感じるのだ。


「ありがとう神様。これからも頑張るから、ずっと僕の願いを聞き続けてください」


 僕は、家に帰る前にもう一度、祠を拝んだ。


「汝の願いは確かに聞いた」


 いつものフレーズが頭の中に聞こえた。

 その声はいつもにも増して、なんだかとてもやさしく感じた。

胎児転生の執筆や最強主人公ものに疲れた安井上雄が、普通の生活にちょっと不思議要素を加えて書いてみた作品です。


胎児転生の主人公のめちゃくちゃぶりに対するアンチテーゼ的な意味の作品になりました。


私のもう一つの短編、『ハーレムのハーレムによるハーレムのための召喚』では、連載作『胎児転生』との関連があるのか疑われるキャラクターが登場しましたが、こちらの短編は他の作品とは完全に独立した世界観で書いたつもりです。


よかったら感想をお聞かせください。

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