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88 たぶんあなたはむかえにこない

誤字報告ありがとうございます。

再三注意してるつもりでもやっぱりあるもんですね。とっても助かっています。

 連絡先を朧さんに教えても構わないと伝えたものの、その後朧さんからも、勿論十一夜君からも、なんの音沙汰もない。

 きっとこれからはもう十一夜君は、わたしを助けに来てくれたりしないんだろうな。

 冷たい奴め。字面的には冷奴(ひややっこ)か。薬味かけるぞコラ。フン、醤油とカツブシに塗れてしまえばいいのだ! あとネギと生姜も!


 そう言えば朧さんはこの前、わたしを監視していた人について探るということだったけど、何か分かったのだろうか。

 前のように、十一夜君や聖連ちゃんとの報告会もすっかりなくなった。

 よく考えたら、わたしはこの件から既にハブられてるとか……?

 なんかそんな気がしてきた。というか、そうとしか考えられなくなってきた。


 テスト期間はそんなクサクサした気持ちの中過ぎていったのだが、その鬱憤を晴らすかのように、結果は今回わたしが一位で秋菜が二位だった。それが唯一の救いといったところだろうか。

 わたしの今回の健闘を称えて、秋菜が帰りに抹茶エスプーマ善哉のかき氷バージョンをご馳走してくれた。

 梅雨も明けてすっかり暑くなっているので、かき氷が美味しい。


 秋菜からモデルの仕事の話なんかも聞くが、数ヶ月前に水着の撮影をしたものが今月号に掲載されてるらしい。

 ちゃんと見たかと問い詰められたが、正直未チェックだった。

 そんなことより、水着の撮影なんてあるのか……あるよな……そう思うと、とてもじゃないが本格的にモデルの仕事をする気にはなれないなぁ。自分の水着姿を世間に晒すとか、恥ずかし過ぎる。

 幸いCerise(スリーズ)は校内に編集部がある雑誌なので、水着特集は流石にないが、秋菜が言ってたのは商業誌のディセットの話だ。

 偶に手伝うくらいならいいかなという気になってはいるが、本格的にやるとなると、そういうこともあるわけだ。いやぁ、無理無理。

 第一いつまた男に戻るかも分からないのだ。迂闊なことはできないだろう。


「夏葉ちゃん、モデルの仕事、本格的にやってみる気ないの、やっぱり?」


「え? ないない。いっつも言ってるじゃん。全然ないよ」


「うーん、惜しいなぁ。二人で一緒にモデルの仕事できたら、わたしも心強いんだけどな……」


 珍しく少しだけ弱気に見える秋菜。

 何か、悩んでたり心細かったりすることでもあるんだろうか。


「……ごめん、秋菜。わたしはいつ元の体に戻るかも分からないし、もしそんなことにでもなったら、流石に誤魔化しが効かないよ」


 わたしも正直に自分の気持ちを秋菜へ伝える。

 Ceriseならまだ高校三年間だけの話だし、読者の規模も地元だけ。流石にディセットのような全国誌とはレベルが違う。


 勿論、現状では元の性別に戻れるかどうかはさっぱり分からない。でも現実に突然男から女になっているのだから、その逆の事象が再び起こらないともまた言い切れないのではないかと思うんだ。


「夏葉ちゃん……まだ男に戻るかもって思ってるんだ……」

 少し驚いたように秋菜が呟く。


「そりゃ、分かんないじゃん。男が女になるのだって、普通はあり得ないことなのに、でもいきなりなっちゃたんだからさ。また戻ることだって、ないって言い切れる?」


「うーん、確かにそれはそうだけど……。正直、今となっては男の夏葉ちゃんをもうイメージできないっていうか、今更男に戻ってどうすんのっていうか………なんか変な感じ?」


 人差し指を唇に当てて、何か想像している様子の秋菜。酷いことを言ってる気がするんですが……。自覚はないんだろうな。てか普通にこっちが女子であることに馴染みすぎてるよなぁ。

 もう、まるで最初から女子だったみたいに向こうも接してくるし、こっちも女子化が進み過ぎてそれにすっかり馴染んでいる自分に時々ヤバいんじゃないかという気はしている。秋菜が言うように今更という気もしなくはないが。


「いや、わたしが戻るか戻らないかという意志とは全然関係ないところで体の変化が起こるかもしれないってことだから。その可能性を抱えたまま、無責任に仕事は請け負えないでしょ。いつ今の自分の存在を消さないといけなくなるか分かんないんだもん」


 本音のところでは、まだ男子に戻ることを完全に諦めているわけではない。

 戻ってまた男としてやっていけるのかとか、その辺りの具体的なことは今は考えてないけど、その時がきたらまたその時考えればいいじゃないか。


「ふーん。そおかぁ。そうだよねぇ。うんうん。……なんか意外に夏葉ちゃんがいろいろ考えてるんだなって驚いたわ」


「は? 失礼な。それくらいは流石に考えてるわ」

 相変わらず失礼なことをずけずけ言ってくる秋菜に少々ムッとする。


「あはは。ごめんごめん。だって夏葉ちゃんが男子になるとか、ホンットに想像付かなくってさぁ。もうどっからどう見ても女子じゃん? なんてったってもう女の悦びも覚えちゃったし?」


「っ!?」

 ペロッと舌を出して、とんでもない爆弾をしれっと落とされ、瞬時に耳が熱くなるが、返す言葉も出てこない。


「夏葉ちゃん、真っ赤だよ。ふふ、かわいいっ! やーい、女子だ女子だ〜」


「むぅっ。うるさいわ。あんなもん使ってる女に言われたくないもんね!」

 どうだ、わたしも言ってやったぞ。


「うっわ、それ言うかな。夏葉ちゃん、あの後絶対注文したよね? あのサイトブクマしてたっしょ。バレバレだよ!」


「ぐぬぬっ! な、何のことかなぁ?」


 こんな風にぎゃーぎゃー言い合いながら賑やかに下校するひと時だけでも、鬱々した気分から解放されるのだから悪くはないのかもしれない。深刻な空気にならないようにという、きっとこれも秋菜流の気遣いなのだ。

 内容的にかなりアレなんだけど……。


 帰宅後、いつもの習慣通り今日の授業内容の復習をしていると、携帯に電話が掛かってきた。

 久し振りの武蔵(たけぞう)のじっちゃん――細野先生のお祖父様――からだ。


「あ、もしもし。夏葉です」


『おぉ、華名咲の嬢ちゃん。久しいの。どうじゃ、元気にやっとるか?』


「武蔵さん、ご無沙汰してます。はい、元気ですよ! 武蔵さんも相変わらずお元気そうですね」


『ふむ。そうじゃな。最近はすっかり目が霞むようになってのぉ。運転を自重しろと洋輔がうるさいんじゃ。眼科で視力を測ってもらったら2.0まで落ちておったが、運転には支障ないって言われたんじゃがな。フォッフォッフォ』


「2.0って、めっちゃ目いいじゃないですか! 武蔵じっちゃんスゴイ!」


『ん? そうかの、スゴイかの? フォッフォッフォ』


 実際凄いんだが、ちょっと調子に乗せちゃっただろうか。でも、凄いって言ってほしい感めっちゃ出してきてたからこれでいいんだよね?


「すみれさんもおかわりないですか?」


『おぉ、あいつもお嬢ちゃんのことすっかり気に入っておっての。まあそれもあって、また遊びに来んかと思って、今日はそのお誘いの電話じゃ』


 じっちゃんからのお誘いということは、ただの社交的なお誘いというだけじゃないはず。

 何か新しい情報でも入ったのかもしれない。この頃十一夜君からもシカトされてるし、このお誘いには乗っておくべきだろう。


「わぁ、嬉しいです! わたしも是非またすみれさんにお会いしたいと思ってたんで! あ、武蔵さんにも」


『ふん、わしゃ(つい)でかのぉ。まあよいわ。ほいで、この週末じゃが、出てこられるか』


「週末、大丈夫ですよ。土曜日ですか? 日曜日ですか?」


『あぁ、大丈夫か。なら土曜日はどうじゃ? そうじゃ、昼飯でも食おうか。そうじゃな、11時半くらいにそっちに迎えに行くから、外で美味いもんでも食べるとしよう』


「わぁっ、楽しみ! お誘いありがとうございます。じゃあ土曜日待ってますね」


 土曜日の昼か。

 スマホのカレンダーに予定を入力して、土曜日のことを考える。

 この前ご馳走になった時は、じっちゃんたちの馴れ初めとか、十一夜家との関わりとか、それとMS絡みの情報とか、あ、それに美味しい料理も、色々と収穫があったよなぁ。

 何だかんだ武蔵じっちゃんは凄い。そしてすみれさんは多分もっと凄い気がする。

 そう考えると、また中身の濃い週末になりそうだ。なんだか土曜日が楽しみになってきた。

 それにすみれさんって、本当に素敵なんだ。上品な奥様って感じなのに意外に気さくで、それだけじゃなく実は凄腕の女スパイだったっていうんだからなぁ。


 土曜日が楽しみだ。

 何着て行こうかな、とか考えると心なしか気持ちもウキウキしてくるようだ。

 偶には楽しいこともなくっちゃね。

 久し振りに楽しくなりそうな週末に、心浮き立つ夕暮れ時だった。

Subtitle from 荒井由実 - たぶんあなたはむかえにこない (1974)

Written by Yumi Atai

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