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85 アリエヌ共和国

 昨晩、すっかり夜更かししてしまった秋菜とわたしは、学校への道中何度も欠伸を繰り返していた。


 とはいえ、昨夜の夜更かしのお陰で仲直りできたし、色々とその、勉強になったから結果的には良かった。

 もっともこれから十一夜君と顔を合わすのかと思うと、それはそれでまた憂鬱だったが。


「おはよ〜、友紀ちゃ〜ん! 無事でよかった〜!」


 教室に入ると、珍しくわたしより早く登校していた友紀ちゃんを目にして、大きく安心した。

 実際に元気な姿をこの目で確認できたのはライブハウスでの一件以来だ。お互いの無事を確認し合って再会を歓んだ。


「はぅ〜、夏葉ちゃんのおっぱいだ〜。やっぱり落ち着くぅ〜」


 と相変わらずのセクハラっぷりで、わたしの胸に頬をスリスリとしてくる友紀ちゃん。

 スルーしていたら、ムキになって今度は両手で揉んできた。生理前でおっぱいが張ってるからやめてくれや。


 それでもスルーを決め込むと、漸く諦めて、

「最近の夏葉ちゃん、つまんない」

と切って捨てられた。

 あんなことの後だけど、今日も友紀ちゃんは通常営業か。改めて安心したよ。


 その後やって来た十一夜君も、あんなことの後だけど通常営業。


「おはよう、華名咲さん」

と、挨拶するとサッサと机に突っ伏して寝てしまった。


————。


 もっと何かないんかい! この前のフォローとか、何かこう……何かもっとこう、ないんかいっ!


 あー、もう。やっぱ腹たつわぁ、コイツ。この色ボケ男が。


 結局日がな一日、十一夜君はそんな調子で、昼休みにはどこかへ出て行ったが、大方桐島さんとイチャイチャしてたのだろう。

 十一夜君と接触がない分、気不味い思いをせずに済んだのは僥倖だったのだろうか。比較的平穏無事な心持ちで過ごすことができた。


 そう思っていた放課後。

 帰り支度をして、さて席を立とうかというところで、ズカズカ教室に入ってきた桐島さんがわたしの前に仁王立ちした。


「何か?」

と見上げれば、半眼でわたしを見下ろした桐島さんが、ニコともせずに睨みを利かせている。

 仏像の半眼は慈悲の心の表れらしいけど、こいつの目はどう見てもそれじゃない。


「あなた、金曜日にSALTATIO(サルタチオ)にいたわよね。学校以外でも圭に付き纏うって、どういうつもり? 自分のやってることが圭とわたしに迷惑だって分からない? 気持ち悪いのよ。これだから庶民は」

などとブツブツ言っている。


 その様子を遠巻きに見ていたクラスメイトたちの顔がサーッと気色を失っていくのが分かる。

 彼女を恐れたのではない。華名咲家の人間に庶民と言ってのけた桐島さんの無知さに、恐れをなしたのだろう。


  通常この学校に通う生徒はみんなセレブの家の子たちで、社交界の関係図がバッチリ頭に入っている。なので、華名咲家を庶民と言ってのける人物はまずいないのだ。


 華族制度のあった曽祖父の代までは爵位持ちだったし、正真正銘華族の血を引く家系だ。この学校だって経営母体は華名咲だし、この子は多分それすらも知らないのだろう。


 わたし自身は庶民と言われて嫌な気持ちになったりしないから、それは別にいい。

 そんなことより、今、圭って言った? それって十一夜君のことだよね? ほぉ〜、順調に交際が進んでいるようで結構なことで。ふん。


 だからって人をストーカー扱いとはけしからん。素直に祝福などしてやらんからな。お仕置きじゃ、お仕置き。


「金曜日にSALTATIO(サルタチオ)にいたのは確かだけど、あなたも来てたんだ? もしかして存在感消してた? あなたの存在に全然気付いてあげられなくてごめんね。そこは一応謝ってあげるわ。それで態々あの場にいたと主張しに来たんでしょう? ご苦労様。用が済んだらとっとと下がって結構よ」


 まるで悪役令嬢宜しくできるだけ居丈高に、思い切り嫌味ったらしく(あし)らう。


 勿論、あの場に桐島さんと十一夜君が仲良く一緒にいたのは本当は知っている。でも腹立たしいから嘘をついて嫌味に仕立て上げたのだ。


「くっ……。想像以上に横柄な女ね。桐島物産を敵に回す気ならいい度胸だわ」


 遠巻きに行方を見守っているクラスメイトたちが、桐島さんの分不相応で(わきま)えない発言に、あちゃーと目を覆っている。


 華名咲家と自分の親の力の差を測れもせずに、その上親の威力を笠に着ようというところにみんな呆れているのだ。

 本物の深窓の令嬢であればあり得ないし、こんな風に成金根性丸出しの態度はまず普通は敬遠される。


「あら、わたしの度胸を誉めてくれるんだ? それはありがとう。あなたほどの剛毛がボーボー生えた強心臓の持ち主から誉めてもらえるなんて光栄だわ。父に自慢した方がいいの、これ?」


 わたしのその発言を聞いたクラスメイトたちは、それだけは止めてあげてと言うように小刻みに首を振っている。

 勿論わたしも本気で父に言いつけると言ってるわけではない。桐島物産程度の零細企業(・・・・)を捻り潰すくらい訳ないほどの力の差が華名咲グループとの間にはある。だからこそ一々この程度の小者相手に目くじらを立てることもない。

 それに華名咲家では、子供同士のトラブルは基本的に子供同士で上手く解決するように教えられている。


「ボ、ボーボーってっ!? ムダ毛の処理くらいちゃんとしてるわよ! バカにしないで!!」


 あ、うん。意味がちゃんと伝わらなかったみたいね。嫌味の程度も相手に合わせないと伝わらないか。


 それにしてもこの桐島さんの様子からして、この人は親にすぐ泣きつきそうなタイプに見える。


 だがしかし、もし彼女の親がこのことを知ったら、逆にきっと華名咲に何てことしてくれたのだこの馬鹿娘が、となるに違いない。だからこれくらい煽っておけば、勝手に親に言いつけて自滅してくれるだろう。


 当然、こちらが父に彼女のことを告げ口する必要も全然ない。したところでこの程度のバカな子の戯言など歯牙にも掛けないだろう。


 でも私怨は晴らしておきたいので、お仕置きに持ち込むべく会話を誘導する。


「その様子だと、金曜日のあの事故にも巻き込まれなかったようね。何よりだわ」


 そんなわたしの言葉に、我が意を得たりとばかりに目を輝かせながら得意げに反応する桐島さん。


「ふん、そうね。圭が守ってくれたの。彼、逞しいんだもの。タクシーの手配もしてくれて、無事に家に帰ることができたわ」


 よし、釣れた。この子本当にチョロいわ。

 さあて、そろそろお仕置きの時間だ。

 わたしを見下ろす桐島さんの目を冷ややかに見つめ返しながら、お仕置きを開始する。


「そう。それはよかったじゃない。わたしは気が付いたら十一夜君のお部屋に寝かされていたから、あの後のことよく分からなくって。十一夜君がわたしのこと自分の家まで抱えて帰って看病してくれたみたい。十一夜君、逞しいものね、ふふ。あなたもわざわざ十一夜君にタクシー(・・・・)を呼んでもらえてよかったわね」


 勝ち誇った顔でわたしを睥睨(へいげい)する桐島さんに対して、わたしはにっこり微笑みを湛えたまま、他の生徒には聞こえないように小声でカウンターパンチを撃ち放ってやった。


「っ……! 圭に……!? どういうことよ……!? くっ、お、覚えてなさいっ!!」


 わたしの狙い澄ました口撃に、桐島さんは歯軋りしそうなくらい口をきつく結んで目を大きく見開いたが、二の句を継げなかったのか、そのかわいらしい顔を真っ赤に染めて、そのまま踵を返して出て行った。


 遠巻きにしていた楓ちゃんが近寄ってきて、呆れた様子で桐島さんの出て行った方を見やりながら声を掛けてきた。


「何あれ? 感じ悪っ。それにしても夏葉ちゃん、桐島さんに何て言って追い返したの? あの常識知らずには驚きを通り越して呆れたけど、よく撃退したねぇ」


「うん、まあね。大したことじゃないけど、ちょっとした弱味を(つつ)いただけだよ。余裕余裕」


「ほぇ〜。夏葉ちゃんって、秋菜とは全然性格違うなぁって思ってたけど、そういう強いところはそっくりだね〜」


と感心されてしまったんだけど、それは喜んでいいところなのかな? 微妙……。


「秋菜とはちっちゃい時からやり合ってるからかなぁ。二人で言い合いになるとえげつないからね」

 苦笑いしつつそう返す。


「桐島さんさあ。最後あれ、絶対涙ぐんでたわよ。わたし、正直やったーってスカッとしたわ。色々あり得ないよね、あのバカ女」


 普段優しい感じの楓ちゃんだけど、今ばかりはかなり憎々しげに、右手をグッと握り締めてそんなことを言っている。


 わたしは、十一夜君の大切な人に酷い仕打ちをしたことへの後ろめたさと、返り討ちにしてやった充実感とが半同居する、何とも複雑な気持ちになっていた。


 あの日、家にわたしがいたことを、十一夜君は桐島さんから責められるのだろうか……。そうなったら何て言い訳するんだろう。

 十一夜君……。わたしのこと、彼女に何て説明するの?


 それにしても十一夜君って、あんなののどこがいいんだろ。

 あのサラサラのストレートの黒髪に和風美人の顔かなぁ。それともああやって乗り込んできちゃうくらいに気が強くて一途な感じ? 或いは十一夜君の前でだけ見せるギャップに萌えるとか?


「はぁ。しょうもない。帰ろ帰ろ」


 何だか考えるのも馬鹿々々しくなって、教室を出た。

 正門で秋菜と合流して、久し振りに甘味処うさぎ屋に寄ろうと提案したら、二つ返事でOKしてくれた。

 むしゃくしゃするから甘い物を自棄食(やけぐ)いしてやるのだ。

 久し振りに抹茶エスプーマ善哉を堪能して満足したわたしたちは、足取りも軽く帰宅したのだった。


 帰宅して暫くすると、先程の桐島さんとの一件について、あの場にいなかったクラスメイトたちにも広まったようで、心配してくれた、若しくは野次馬根性に突き動かされたクラスメイトたちからのメッセージの着信を告げる音が、暫くの間相次いだ。


 友紀ちゃんからは直接電話があり、桐島さんと十一夜君とのことについてあれやこれやと言い合って、お互いスッキリして電話を終えた。


 夕食の後はもうすっかり疲れて、ベッドに入るとあっという間に眠りに落ちて行った。

Subtitle from サディスティック・ミカ・バンド - アリエヌ共和国 (1973)

Written by Kazuhiko Kato


誤字報告感謝です。

助かります。

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