52 オカシな救済
今回、暴力描写がありますのでご注意ください。
また、違法行為が作中で行われていますが、この物語はあくまでフィクションです。
描かれているような不法なことはくれぐれも真似をしちゃダメですので、よろしくお願いします。
「聖連ちゃん、この男って……」
「そうですね、奴です。進藤先輩を拉致した男ですね」
十一夜君はどうやら無事で、その男と対峙している様子だが、それにしても距離が近い。
次の瞬間、また画面がブラックアウトしたかと思ったらそれも一瞬のこと、今度は少し男との距離が開いている。
男は鼻頭を押さえて片膝立ちしている。
その様子から推察すると、十一夜君の頭突きが奴の顔面にクリティカルヒットしたのではないだろうか。
体勢を立て直した男が間合いを取りながら構えている。
十一夜君の方も構えているようで、画面にはファイティングポーズを取っているような腕先が映っている。
急激に間合いを詰めてきた男から繰り出された右ストレートがカメラに迫る。
当たるっと思って一瞬目を閉じてしまったが、恐る恐る目を開くと、男の姿は画面上から消えていた。
カメラの映像が乱暴に揺れて視界が変わる。どうやら十一夜君が振り返ったようだ。そこには前のめりに倒れている男の姿があった。
一体何が起こったのか見ていなかったが、十一夜君が奴のパンチを既の所で躱して、逆にこの男を往なしたのだろうと思われる。
十一夜君は隙を逃さず奴に馬乗りになるが、男は身を翻した勢いで十一夜君を跳ね除けつつ、いつの間にか右腕に隠し持っていたナイフを突き出してきた。
あっと思ったが、今度は目を閉じる間もなく、画面の下から上がってきた十一夜君の左腕がナイフを持った男の腕を受け流し、そのまま男の顎に掌底を撃ち放った。
上半身のみを起こした状態での攻防だったが、十一夜君の掌底を顔面に食らった相手の男は壁に強かに後頭部を撃ち付けて意識を失った。
十一夜君は冷静に男の呼吸を確認し、脈も測って恐らく生存を確認したのだろう。自分のデイパックを降ろして中から結束バンドを取り出した。
十一夜君は男の両腕を後ろに回して、親指同士を結束バンドできっちり縛った。その上更に両足にも同じようにしてから粘着テープでぐるぐる巻きにした。おまけに粘着テープで声が出せないように口を塞いでしまうという慎重、且つ鬼畜な所業であれよあれよという間に男を鎮圧してしまった。
で、どうするんだろ、この人。
十一夜君は男のポケットなどを検めてから、額にマジックでまた肉と書いてからスマホで撮影し、その場に男を残したまま、進路を急いだ。
「聖連ちゃん、十一夜君って前にもおでこに肉って落書きしてたけど、何か意味あるのかな?」
「さぁ、何でしょうかね……。あれ、時々やってますね」
聖連ちゃんにも意図は分からないようだ。
十一夜君が再び角に差し掛かり、壁沿いに身を潜める。今度は丁字路となっており、両側を窺わなければならない。
十一夜君が再びSMSを送ってきた。
『カメラで向こうを映すから様子を教えて欲しい』
そう書かれている。
「了解、圭ちゃん」
聖連ちゃんが即座に意図を理解してトランシーバーで返答した。
十一夜君は頭に着けていたカメラを外して自分を映してピースサインをして見せたのだが、あのニットキャップはどうやら目出し帽になっているようで、現在の状態ではぱっと見十一夜君だということが分からない。
それから十一夜君は、床付近の角からちょこっとカメラを出して左側を映した。
「クリア」
聖連ちゃんが無線越しに伝えると、今度はカメラを反転させて右手を映した。
モニターには人が近づいてくるのが映っている。
「一人近づいてくる。目視で10メートルくらい。武器の携帯は確認できず」
十一夜君は既に行動を起こしており、もと来た道を引き返して角を曲がり、再びカメラを向けている。
「圭ちゃん、カメラの仰角もうちょい上げ。……うん、それくらいで。今角曲がってそっちに来てる」
カメラが映し出しているのはさっきの男と同じようにタンクトップで下だけ戦闘服で、編み上げブーツを履いている。
ということは恐らく戦闘の訓練を受けている専門職だろう。
専門職ということなら十一夜君も相当なものだが。
静まり返った車内に、聖連ちゃんから十一夜君への指示の声が響く。
「圭ちゃん、廊下の中央を歩いてきてる。もう直ぐ接触。……五秒前……三、二、一、今!」
カメラは床に置いたままなので何が起こっているのか分からない。
まるで状況が見えない中、十一夜君の位置を示す青い円だけが左のモニターのマップ上で点滅し、その存在を示している。
数分後、床に置かれてただ廊下を映していたカメラ映像がぐらりと動き、次の瞬間にはモニター画面いっぱいに、また手足の自由を奪われ、額にマジックで肉と書かれた男が映し出された。
一番奥の突き当たりまで十一夜君は辿り着き、ドアノブ辺りをカメラで映した。
同時に聖連ちゃんがパソコンをカチャカチャやりだした。
ドアは見るからに重厚な感じで、カードと暗証番号を組み合わせたキーロック機構になっているようだ。
それにしてもここまで幾つか扉があったのだが、なぜか十一夜君はまったくスルーして来ていたのに、どうしてここに来てドアを開けようとしているのだろう。
「圭ちゃん、解錠キットの四番のカードを使って」
聖連ちゃんが無線で十一夜君に指示を与える。十一夜君はカメラの前でOKサインを作ってみせ、その解錠キットとやらからカードを一枚選んでドアロックのカードリーダー部に挿し入れた。
カードの端にはケーブルを挿せるようになっていて、十一夜君はモバイルパソコンとカードにケーブルを接続してからパソコンを操作している。
「圭ちゃんOK、接続できたよ。今から暗証番号を解析するから待っててね〜」
十一夜君はまたOKサインを作ってみせた。
十分程は待っただろうか。聖連ちゃんのパソコンに起ち上げたソフトの画面上に解析完了と表示され、その下に六桁の暗証番号が表示されている。これで本当に解析できてるんなら凄いな。
「圭ちゃん、解析完了。今から暗証番号言うよ。XXXXXX、以上」
十一夜君は聖連ちゃんから言われたとおりに数字を入力して行く。
どうやら本当にロック解除できたようで、十一夜君は頑丈そうなレバーハンドルタイプのドアノブをゆっくりと下ろして、中を窺った。
ドアを開けて入った先には、進藤君がいた。
特に拘束はされていない様子だが、丹代さんを見つけた時と同じようにぐったりしている。
部屋は明るいが狭くて、簡素なベッドと小さな台が一つ置いてあるだけで、進藤君はベッドに横たわる状態でいる。
十一夜君は進藤君に声を掛けているが、反応は映像からは読み取れない。
十一夜君は、進藤君の呼吸と脈拍を確認すると、彼を置いたまま部屋を出て、挿さっていたカードを引き抜くと、パソコンや解錠キットをデイパックに仕舞い込んで再び背負い、来た道を早足で戻り始めた。
そして二番目に倒した男のところまで戻ってきた。
男は既に意識を取り戻していたようで足掻いていたが、手足を拘束されている為、容易に十一夜君に絞め落とされ、進藤君が監禁されている部屋へ担いで行かれた。
もう一人の倒した男についても同じようにして、結果的に二人の男を進藤君が監禁されていた部屋に閉じ込め、十一夜君は今度は進藤君を抱えて戻ってくる。
体力的に相当きついはずだが、十一夜君のペースは一向に落ちない。
毎日かなりハードにトレーニングしていると言っていたが、決して大げさな物言いではなかったということだろう。
隠し扉のところまで来て、十一夜君は無線でのやり取りをまた復旧させた。
『ここから無線のやり取りに切り替える。聖連、防犯カメラの確認頼むね』
「了解」
モニターに映し出されている防犯カメラの映像にわたしも再度注目するが、深夜だからなのか、人っ子一人いない。
『行きがけ気になるところがあったんだ。ちょっとそっちに行ってみるから』
「はいは〜い。気を付けて〜」
この二人、緊迫する状況の渦中にあるというのにあくまで軽い。
コンビニの帰りにちょっと寄り道して帰るからってくらいの軽さだ。
『聖連、確かこの先連続でカメラあったよね』
「え〜っと、角を曲がって10メートル、その先曲がってまた10メートルはカメラの監視下になる」
『六秒で二十メートルか……。進藤君を担いでだとかなり厳しいな』
十一夜君は進藤君をその場に降ろした。
『聖連、来た時と同じタイミングで防犯カメラ対策頼める? 一人で行って確かめてくる』
「いつでも行けるように準備できてるよ」
『OK。じゃあ合図して』
「了解。じゃあ行くよ〜」
十一夜君は手足をぶらぶらさせて解すようにしてから、また自分のカメラの前でOKサインを作った。
『三秒前。二、一、どうぞ〜』
十一夜君がダッシュを始めた。
ダッシュ中は十一夜君の頭部のカメラ画像は揺れまくるのでとても見ていられたものじゃない。見続けたら酔いそうだ。
そんなわけでモニターを見るのをやめて、わたしはマップの方へ目をやり、聖連ちゃんは自分のパソコンに集中することとなった。
六秒後、無線から無事にクリアしたことを告げる十一夜君の無愛想な声が聞こえてきた。
十一夜君のカメラ映像が安定したようなので、再びモニターに目をやると、他のドアとは幅の異なるドアが映っている。
ドアには立入禁止と書かれたプレートが貼られていて開かずの間っぽい。
『このドアだけ、どうも後から取り付けた感じなんだよ。気になってたんだ。何かある気がする』
十一夜君は丸型の何の変哲もないドアノブを握って回しているが、やはりドアは開かないようだ。
それを確認するやいなや、前にも見かけたことのあるピッキングツールを取り出し、十一夜君はあっという間に鍵を開けてしまった。
慎重にドアを開けると、地下に向かう階段だった。
十一夜君は躊躇なく階段を降りていく。中は真っ暗で、スマホを懐中電灯代わりにして進んでいく。階段を降りきると、暫くは廊下が続いたが、再び階段が現れた。
階段を上がるとやはりまたドアがある。サムターンを回してまた慎重にドアを少しだけ開けて隙間からカメラを差し込んだ。
聖連ちゃんが透かさず映像を確認している。
ドアの向こうは広い資材倉庫のような場所だった。そこには車両が何台か駐車してあり、現状はガレージとして使っているようだ。
「圭ちゃん、オールクリア。入って大丈夫だよ。ガレージみたい。白いワゴン車、進藤君を拉致するのに使ったレンタカーとナンバーが一致。ここから隠し通路使って警備会社に出入りしてたんだね。圭ちゃんの勘が当たったみたいね」
『おぉ、ビンゴだったね。よし、今から戻るから防犯カメラの方頼む』
「了解」
そこから十一夜君は急ぎ足で進藤君の転がっている場所まで戻ってきた。
ここで十一夜君は頭部のカメラを切ってしまったが、恐らく再び進藤君を担ぎ上げて引き上げを開始したのだろう。モニターに映るマップ上で青い円が点滅しながら移動している。
暫く待機していると、十一夜君が戻ってきた。
意識のない進藤君を助手席に座らせると、ニットキャップを脱ぎ捨ててその場でへたり込んでしまった。
「はぁ、はぁ……」
流石の十一夜君も完全に息が上がっている。
「思ったんだけど……はぁ、はぁ……進藤君を……はぁ、はぁ……助け出したはいいけど……はぁ、はぁ……家に返してもまた……はぁ、はぁ……同じことだし……進藤君の義妹は……はぁ、はぁ……躍起になるだろうし……はぁ、はぁ……救出になってないよね……はぁ……まだ」
「……と、取り敢えずお疲れ様、十一夜君……」
十一夜君の言葉も尤もだと思ったが、きっとあそこに監禁されている状態よりはいいはずだ。
でも確かにこれじゃあまだ救いになってないか……。
だけどお疲れ様としか返す言葉を持たないわたしだったのだ。
Subtitle from ムーンライダーズ - オカシな救済 (2011)
Written by Hirofumi Suzuki




