44 Do You Believe In Magic ?
十一夜君がこじ開けた開かずの間に広がる光景は異様なものだった。
窓のない暗い部屋だったが、扉が開いて差し込んだ光に浮かんだシルエットは、目隠しをされ、両手足に鉄輪を嵌められてソファに横たわる女性の姿を映し出していた。
「え……丹代……さん?」
そう、そこにいるのは正に丹代花澄さん、その人だった。
「丹代さんだね。僕、十一夜だよ。分かるかい? 目隠しを取るよ」
そう言って十一夜君が丹代さんの目隠しを外してあげた。
「丹代さん……ちょっと、大丈夫? 一体どうしたって言うの?」
「丹代さん。もう大丈夫だよ。今から君を助けるから安心して。さあ、猿轡も外すよ」
目隠しを外し、猿轡も外したが、丹代さんの目は虚ろで、呼びかけに対して何の反応も示さない。
十一夜君は声を掛けながら次々と手足の鉄輪を外す。どうやってるのだかよく分からないが、十一夜君にとって錠を開けることは最早そう難しいことではないのだろう。恐らく運転同様、様々な錠前を開ける訓練を受けているに違いない。
「何か薬物でも投与されている様子だな。目は覚めているけど夢の中にいるような意識のはっきりしない状態のようだ。華名咲さん、ちょっと部屋の照明を点けてもらっていいかな」
「あ、うん。はいはい。照明……どこだ? あ、あったあった」
明かりを灯した部屋は、更に異様な雰囲気を呈していた。
「何だこりゃ?」
思わずそんな言葉が口を衝いて出てしまう。
床は板張りで、中央に大きな魔法陣が描かれており、拭き取られてはいる様子だが、血痕のようなシミが大量に付いている。
入口の真向かいの壁には祭壇が築かれており、金ピカで牛の顔を持つ人間の像が二体飾ってある。
正直言って薄気味悪い。何らかの宗教儀式をするような場所に見えるが、醸し出している雰囲気からすると、とても真っ当な宗教とは思えない。
こんな部屋が丹代さんの家の地下にひっそりと設けられているなんて……。
一体何なんだ、この家は……。
十一夜君は、部屋の様子をスマホで写しまくっている。後で何らかの手掛かりにならないか検証するのだろう。
「さて、どうやって連れ出すかな……」
十一夜君が思案顔だ。
バイクで来ているから、三人で逃走するとなると、このままでは難しい。
況して意識の混濁している丹代さんだ。彼女を運ぶにはバイクでは無理だろう。
「タクシー、呼ぶ?」
「いや、なるべく足が付かないようにしたい。敵に追跡されるのは丹代さんにとってよくない」
「じゃあどうしよう……」
「仕方が無いな。丹代さんと華名咲さんの安全を優先させる。応援を呼ぶことにするよ」
「応援?」
「ああ」
十一夜君らしく一言だけ返事をすると、スマホで誰かに連絡を取り始めた。
「もしもし、聖連? 悪いけどちょっと手を貸して欲しいんだけど。うん。座標メールするから……。今送った。……いや。うん、そう。でさあ、一人動けない子がいるから車で来てもらえるかな。うん。あ〜、最低一人見張りが残ってるかもしれない。中にいたらこっちで対処するから、外にいたらお願い。うん、こっちはバイクで。うん。そうそう、だからバイクで二人逃げるから、あとの動けない子を一人お願い。うん。悪いね。よろしく」
「仲間?」
「あぁ、妹に応援頼んだ」
「ん? 車でって言ってたよね。妹さんって、最高齢に見積もっても中学生だよね?」
「うん、中三かな」
「えぇ〜〜〜っ。中学生に車運転させるわけ? 嘘でしょ!」
今度受験ってさらっと言った! まじかよこの一族。十一夜家ヤバイ一族だよ。
「嘘じゃないよ。大丈夫、車の運転もきっちり訓練してるから」
「そういう問題じゃないよぉ〜っ。て言うかもし警察に見つかりでもしたらどうするのよ?」
「滅多に無いね。取り締まり情報は随時入ってくるし、万が一の時も裏の力で無かったことにしてもらうから」
「うわぁ、またさらっとえげつない事を……」
「それだけ僕らの力を必要としている偉い人がいるってこと。でも今のところそんな力を借りたことは無いから大丈夫だよ」
ぶっ飛んでるよなぁ、十一夜君って。学校にいる時のあのボケーッとした感じってどこ行っちゃうんだろう。ギャップが凄すぎてついて行けない。
一体十一夜家の人達ってどんななんだろ。
妹さんが来るって言ってたけど、どんな子なんだろうなぁ。堂々と車運転してくるJCとかまったく想像できないんだけど。
「もうあと十五分もすれば応援が到着するはずだよ。洋室の窓から外に出ることにする。裏手のバイクを置いた辺りに迎えが来るはずだ。三分前になったら一気に外に出るからそのつもりでね。丹代さんは僕が担いで出る。さっきの男が恐らく見張りとして何処かにいるはずだから、奴を一先ずどうにかしないといけないな。あの男が姿を表わしたのは、恐らく丹代さんの見張りとお世話をしているってことだと思う。だからまたここに丹代さんのことを確認しに来るはずだから、丹代さんがいなくなったことは確実にバレる。社長に報告が行くのをなるべく遅らせる工作が必要だな」
本当に普段あんなにぼけーっとしているというのに、仕事するときのこの段取り。嘘みたいにテキパキするよね。澱みなく話すしさ。
「何か質問はある?」
「いや、取り敢えず十一夜君に付いて行けばいいよね」
「問題ない」
「分かった」
「よし、いい子。じゃあ僕は一旦上の様子を確認して来るからこのまま待っていてくれる?」
そして直ぐに十一夜君は上に登って行ってしまった。
十一夜君から、いい子って頭を撫でられた。
……か〜〜〜〜っ、何これ?
撫でられたぁ。いい子ってされたっ。何だか恥ずかしいぞ!
でもなんか気合入っちゃったな、これ。
そうこうしていると、十一夜君が戻ってきた。
「華名咲さん。以前僕のアドレスをメモした紙、まだ持ってる?」
何だっけか……あ、スタバで燃やそうとして勿体ないから持っとけって言われたあれか。
「あれなら確か……財布の中に……あ、あったあった。これよね?」
「あ、それそれ。持っていてくれてよかった。これ実は特種なお香なんだよ。焚くと睡眠効果がある薬品が煙と一緒に空気中に放出されるんだ」
何? 何という恐ろしい物を持たせてたんだよ、十一夜君。
て言うか、あそこで燃やしてたらヤバかったんじゃん! さらっと危ない物持たせるんだからなぁ、もぉ。
「電話で話していた通り、上の壁はもう開くようになっていたよ。時間が来たら出るけど、その前に、こいつを焚いて、睡眠成分をここに充満させるように仕組む」
「はぁ〜、なるほど。何だか十一夜君って凄すぎて何言い出しても不思議じゃない感じだよね〜」
「まぁな」
「あれ、褒めたっけ?」
「さて、そろそろだな。上に登ってマジックミラーの前で待機していてくれるかな。僕はこいつを焚いてから登るから」
「了解!」
そういうことで、わたしは取り敢えずマジックミラーの前まで移動した。
鏡の向こう側を覗いてみるが、人はいないようだ。
直ぐに十一夜君が丹代さんを担いで登ってきた。相変わらず細い割に力持ちだな。
「じゃあ出るよ。そこの窓から出るからね。大丈夫?」
「うん、こう見えて体力テストA判定」
「それは頼もしい、じゃ、行くよ」
十一夜君は一気に壁を押して開くと、わたしが出るのを待って壁を戻し、それから最短の動きで窓へと移動した。
例の強力マグネットをスイッチに近づけた状態で窓を開ける。
わたしが外に出てから、マグネットを滑らすようにして、表側の窓枠に取り付けた。
面白かったのは、糸を器用に使ってサムターンを外側からロックしたところだ。これでどこから出たのかまったく分からないはずだ。
十一夜君はいつでも泥棒さんに転職できるぞ。もっとも今の家業って何百年も続いていそうだから失業の心配はないんだろうけど。
出る時には正門からではなく、裏からだった。結構高い壁を乗り越えなければならない。十一夜君が手を貸してくれて、塀をよじ登ったのだが、完全にパンツ丸見えになってしまった。
十一夜君は中身女子だし、紺パン履いてるからいいんだけど、何か恥ずかしかった。
て言うかさ、わたしと同じように、もしかすると内面まで男子化してる可能性ないか?
脳構造まで異性化してるから、結局段々考え方や感じ方まで異性化してくるんだよな。
パンツやばかったかな。恥ずかしい。
裏通りは人気もなく、バイクを置いてある場所まで辿り着くと、丁度車がバイクの横に停車した。
車はどこにでもあるような白い軽のワンボックスカー。どこかの営業車のように見えるのでまったく目立たない。さすがのチョイスだ。
そしてついに車から降りてきた彼女は、確かにどう見てもJC。
ショートヘアのメガネっ娘で、十一夜君とは似ていない。
パッチリした目で、可愛い感じの子だった。
「あ、はじめまして。圭がいつもお世話になっています。妹の聖連と言います」
「あ、こちらこそ。えっと、華名咲夏葉って言います。お兄さんとはクラスメイトで、席が後ろなの。今日はわざわざごめんね」
「あ、いえ……。兄のクラスにこんな美人さんがいるなんて……びっくり」
「あは。ありがとう。聖連さんもとってもかわいいよ」
「えぇ〜〜〜っ、そ、そんな、わたしなんて、そんな。いや、その華名咲さんが嘘を吐いているとか、そういう意味じゃないんですけど、その……す、すみませんっ」
あ、何かパニックてる。何この子、めっちゃかわいいんだけど。
「聖連、悪いね。助かったよ。じゃあこの子を取り敢えず運んでもらっていいかな。何か薬物を投与されている様子なんだ。もし途中で意識が戻ったりしたら暴れる可能性がある」
「了解、圭ちゃん。じゃ、落ち合う場所はいつものところでいい?」
「問題ない。後で連絡入れるよ」
「それでは華名咲さん、これで失礼します」
「ホントありがとう。また機会があったらお茶でもしましょうね」
「えぇっ、そ、そんな……わたしなんかと……い、いいんですか!」
「あはは、そんなに緊張しないで。是非お願いします」
「あ、あ、ありがとうございましゅ。あ、噛んだ」
か、かわいい。マジで天使だな、十一夜君の妹さん。
「じゃ、頼んだよ。聖連」
「はい、それでは」
十一夜君と話すときの流ちょうさとわたしと話すときのギャップは何なんだろうか。でもそれがカワイイんだけど。
十一夜君のかわいい妹さんは、丹代さんを乗せて颯爽と去っていった。
て言うか、マジで中学生が運転してるんだな。
良い子の皆は絶対真似しちゃダメだな。十一夜家は特種。警察に捕まってももみ消される人達だから。
「あ」
十一夜君が声を上げる。
「どうかしたの?」
「うん、あのミラーの壁にちょっとしたセンサー付けてきたんだよ。動きがあったら分かるように。今通知が来たから、多分あの男が引っかかったな」
十一夜君はまたデイパックをゴソゴソやって、今度はガスマスクを取り出した。
「ちょっと見てくるわ。そこのコンビニで待っててくれる?」
そう一言言い残すと、十一夜君はまた丹代さんの家へとっとと引き返していった。
Subtitle from Susan - Do You Believe In Magic?
Written by John B. Sebastian




