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25 突然の贈り物

 読みに来て下さる皆様、どうもありがとうございます。

 ブックマークしていつも読みに来てくださっている皆様にご報告があります。

 昨日より更に驚愕のできごとが起こっております。

 ジャンル別日間ランキングで2位!

 皆様のお陰でございます。心から感謝御礼申し上げます。

 タンタンこと幼稚舎時代の丹代花澄は、いつも俺を慕ってくれていて、俺の後を金魚の糞みたいに付いて回るような子だった。


 俺は何でそんなに俺に構うのか意味が分からなくて、段々と煩わしく感じるようになったんだよなぁ、確か。


 子供の頃の俺には何かそんな傾向があって、時々不機嫌になっては人に対して不親切な態度を取ったりしていた。それに気付いた親からは、事あるごとに随分厳しく叱られたもんだっけ。


 金持ちのボンボンが甘やかされて育つと思ったら大間違い。対人関係にはほんと厳しいんだよ。

 この世界じゃ信頼関係が非常に重視されるからな。将来社交界に出るようなことがあったら、我儘で横暴な奴では通用しない。


 まあ俺たちだって親しい友人同士で喧嘩したり、内心では心乱されたりとか勿論普通に無いわけじゃないんだけどね。だからってやりたい放題我儘が通るわけじゃない。


 そこら辺の成金の半端な金持ちの我儘息子みたいなのは、社交界に出入りするような人たちの中には、多分あまりいなんじゃないかな。品が無いのは嫌われる。


 まあそれでも幼い頃はまだまだ気分屋で、親愛の情で構われているのにそれを煩わしく感じて、タンタンのことも邪険に扱ったりすることがあったんだと思う。


 恐らくそのことで丹代花澄は、俺に対して何らかの(わだかま)りを持っているのじゃないかな。


 取り敢えず現時点で最も可能性が高いのはこの線だろうと当たりを付けた。

 巧いこと接触を持てれば、後は話し合いでどうにかしたいところだ。


 さて、もう一つ、丹代に近づかない方がいいという手紙だな。

 これもな〜。サッパリ見当がつかないんだよねぇ〜。

 まあ直接俺に危害を加えるような話でも無さそうだから、取り敢えず保留かな。


 そんなこんなで翌日学校に着くと、いつもの様に楓ちゃんは既に席に着いており、友紀ちゃんも俺より先に来ていた。


「おはよ〜」


「あ、夏葉ちゃんだ。おっはよ〜」


「おはよう夏葉ちゃん。今日も触り心地良さそ、ゲフッ」


 セクハラ体制に入る前に友紀ちゃんのおでこにチョップをお見舞いし、背後に周っておっぱいに逆セクハラを食らわせてやった。


「や〜ん、今日の夏葉ちゃんったら積極的! もっと激しくしていいのよ!」


 くそ、こいつには逆効果だった。


「やめんか」


 俺はもう一発友紀ちゃんの頭を(はた)いて席に着いた。

 今日はちょっと苛々しているので、友紀ちゃんのセクハラに耐えられそうにないと思って逆セクハラしたのだが、逆に喜ばせてしまったんじゃあ意味が無い。


 昨夜はあれこれと考えている内に、何かまたしても十一夜君のことが無性に腹立たしくなってしまって、脳内で理不尽な八つ当たりを散々やらかしたのだ。

 散々脳内八つ当たりをやらかしたにも関わらず、朝になっても若干その理不尽な苛々は残っていた。別に彼は何も悪くないんだがな。

 こんなことじゃ子供の頃の気分屋の俺と変わらないじゃないかって話だ、まったく。

 俺も大分ストレス溜め込んでいるのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、十一夜君が登校してきた。

 いつもなら自分から十一夜君に挨拶するのだが、何となく俺の中で勝手な(わだかま)りを感じていて、挨拶の言葉が胸の奥に引っかかったみたいに素直に出てこなかった。

 十一夜君は鞄を机に置いて、そんな俺にまたいつものようにチラリと目をくれて、「おはよう」とひと言だけ言って席に着いた。


「おはよう……十一夜君」


 いつもと全然変わらない十一夜君に対して、俺の方はちょっとばかり気不味さを感じていたものだから、尻すぼみに歯切れの悪い挨拶を返した。


 そんな俺の様子を見ていた楓ちゃんと友紀ちゃんが、二人で顔を見合わせて何か視線でやりとしているのが見えたが、何かどうでもいい気持ちで無視した。


 一人で勝手にむしゃくしゃしている自分のことが急に嫌になってしまったのだ。

 ジェットコースターみたいだ。

 こんなに不安定になることなんて普段は無いのに、やっぱりかなりのストレスを感じているのだろうか。丹代花澄のことで。


 そんな感じで今日の俺は終始テンション低めで過ごしていた。

 楓ちゃんと友紀ちゃんもそんな俺の空気を察してくれてか、ありがたいことにそっとしておいてくれている。ホントは根掘り葉掘り訊きたくてウズウズしているんだろうなという空気はひしひしと伝わってくるんだけど、そこは敢えて無視だ。


 今日は丹代花澄の姿を見ることもなく、無事に一日を終えることができたのは不幸中の幸いというか、テンションの上がらない一日ではあったが、奴に会わないだけまだマシだったって感じか。


 下校のため靴箱で皆と分かれて靴を外履きに履き替えようとしていた時、十一夜君が軽く息を切らしながらやってきた。

 う、何となく気不味い。向こうは何でもないのだろうが、俺の方が一方的に。


「華名咲さん」


 更に気不味いことに声を掛けられてしまった。


「あ、十一夜君」


 何か言うこと無いのかと話題を探すが名前しか出てこない。


「これ」


 そう言って十一夜君が目の前に差し出したのは、かわいい焦茶色の熊の編みぐるみのキーホルダーだった。


 訳が分からずぽかんとしていると、十一夜君が俺の右手を取ってそのキーホルダーを握らせた。


「この前のお返し。よかったら使って。今日、なかなか渡すチャンスが無くって今になっちゃったけど」


「え、いいの?」


「おぉ」


 出た。いつもの素っ気ない『おぉ』だ。


 そうか、俺が今日は何だか気不味かったから十一夜君と目を合わせないようにしてたしな。だから渡せなかったんだ。ごめんな。


「えへへ」


 相変わらずの愛想も小想もない十一夜君らしい態度に、思わず気不味かったのを忘れて笑みが零れてしまった。


「気に入るかは分かんないけど」


「気に入る」


「そうか」


 これもいつも通りで相も変わらずの薄味関西風味だ。


「うん、気に入るよ。ていうか気に入った。ありがとう……十一夜君」


 今度は尻すぼみにならずにちゃんと言えた。


「おぉ、気にすんな」


「あの」


「ん?」


 俺は思い切って気になっていたことを訊いてみることにした。


「あの、十一夜君ってさ。丹代さんとはどういうお知り合いなのかな」


「あぁ、同中(おなちゅう)


「あ、同中なんだ」


「うん、同中」


「ふうん、同中か。そっかそっか、そうなんだ」


 それは前にも聞いたけどな。


「…………」


 それが何か? とでも言いたそうな沈黙を十一夜君は返してきた。


「その、十一夜君は丹代さんとは仲いいのかな?」


「う〜ん……普通かな」


「普通か〜、へぇ〜、そっかそっか、そうなんだ。ふ〜ん」


「…………」


 まただ。また、それが何か? と言いたそうな沈黙が返ってきた。

 また気まずくなるじゃないか。もう一歩踏み込んでも大丈夫か? 丹代花澄とはどれくらい親しいんだ?

 そこんとこは、はっきりさせなきゃな。


「え〜っと。普通っていうのは、やっぱり結構親しかったりするのかな。たとえばお話したり?」


「う〜ん……いや、丹代とは特に話をした記憶はないかな。普通あんまり女子と話すこと無いし」


「あ〜、なるほど。そういうことね。だから普通ってことか。ふ〜ん、なるほどね」


「おぉ」


 もういいか? という感じで十一夜君は俺のことを見ている。


「あ、引き止めちゃってごめんね。キーホルダーありがとう。大事にするね」


「あぁ、それじゃあな」


「うん。バイバイ、十一夜君」


「ん」


 十一夜君は用が済むとさっさと帰って行った。


 はぁ〜、ホントに愛想のない奴だなぁ。

 俺は彼がくれた編みぐるみのキーホルダーを早速鍵に着けて、明るい方に(かざ)して眺めながらなかなかかわいいなと独り言ちた。おっと、誰も見ていないだろうな。


 周囲を見回して誰にも見られていないのを確認すると、もう一度キーホルダーを満足気に眺めてみたのだった。


 靴を履き替えて玄関を出ると、秋菜が暇そうにして俺を待っていた。


「ごめ〜ん、待った?」


「うん、大丈夫よ。帰ろ」


「うん、帰ろう帰ろう」


「あれ、夏葉ちゃん、何かあった?」


「あ? 別に何もないけど?」


「そう? 何か顔赤いけど。体調とか平気なの?」


「え、赤い? 全っ然問題ないけど? さっさと帰ろうぜ」


 流石に目敏いな。やばいやばい。ん? 何がやばいんだか俺にもよく分からないが、兎に角何かがやばい気がするからさっさと帰るに限るのだ。


 秋菜との帰りの道中、次のテストの話とか、先生の話とか何てことのない日常のことを話しながら、すっかり苛々が消えているのを感じていた。

 何か普通のリラックスした状態に戻れたな。よかった。

 俺はそのことに何だかとってもホッとして、電車の中でいつの間にかすっかり眠ってしまっていたようだ。


 秋菜から頭を優しくぽんぽんと叩かれて目を覚ますと、最寄りの駅に着いたところだった。


「んぁ、寝てたのか」


「おはようさん。さぁ、降りるよ」


「あ、うん」


 俺は大きく両腕を持ち上げて伸びをしてから、電車を降りた。


「ねえねえ、何かお腹空いたんだけどドーナツ食べてこうよ」


「おぉ、いいね。食べようぜ」


 ということで駅前のドーナツ屋に入ってドーナツと飲み物を選んだ。


「夏葉ちゃん、すっかり甘いもの好きになったね」


「え? あぁ、そう言わればそうか。前は甘いものそんなに食べなかったもんね」


「そうだよ。何かさぁ、すっかり女の子になったなって感じがするよね」


「はは、全然嬉しくね〜」


「何で? いいじゃん女の子らしいってさぁ」


「中身男なのに女の子らしいとか複雑」


「そうかなぁ。夏葉ちゃんってさ、自分で思ってるよりか、もうかなり中身も女子じゃん?」


 やなこと言うなぁ、秋菜の奴め。

 結構気にしてるんだよ、最近。このままじゃ男に戻ることができたとしても差し障りがあるなとか、色々な。


「俺が気にしてるところ抉ってくるなよ」


「あはは〜。気にしてたんだ? もうさ、今更気にすることないんじゃないかな。いいじゃん、夏葉ちゃんかわいいんだから。自分のことを俺っていうのもいい加減()めれば?」


「やだよ。別に学校では俺って言ってないからいいじゃん」


「だったらもう家族の前でも統一しちゃえばいいじゃん。何わざわざ面倒なことしてんの? 変な夏葉ちゃん」


「今更恥ずいだろ? 無理無理」


 マジで恥ずかしいんだよ。今更家族の前でわたしってな。


 学校だとまあ所謂高校デビューだからまだいいんだけど、ずっともう何年も家族の前じゃ俺って言ってきたんだ。今になって急にわたしなんて言えん。


「もう、何を頓珍漢なこと言ってんのよ。その今更じゃん、女の子になっちゃったのもさあ。十五年も男だったのに今更女子のくせに。話し言葉も(つい)でに合わせるくらい何てことないでしょ」


「んぐっ」


 言い返せなかった。


 その後、夕食時の話題も俺の言葉遣いのことになり、結局叔母さんも一緒になって言葉を直すよう説教されてしまった。


 以前から再三言われてはいたのだが、何となく見逃してもらっていたのだ。もういい加減許さんと言いわたされた。


 叔母さんが本気出すと誰も逆らえないからな。祐太は勿論、叔父さんも俺には味方してくれなかった。冷たいもんだよ。まあ誰も叔母さんには逆らえないからやむを得ないのだがね。


 部屋に戻って風呂とか諸々終わらせて、漸く一日を終えることができる。

 ふと、机の上に置いてあった鍵が目に留まる。鍵というか、キーホルダーだな。


 気の利いた包みに入れてある訳でもなく、裸のまま渡された編みぐるみのキーホルダーだ。どうせくれるんならもうちょっと何かメッセージ付けるとか、かわいい袋に入れるとかあるだろうに。十一夜君らしい味気無さだな。いやむしろそれが味か。


 ふふん。これ、かわいいな〜。

 鍵はいつもポケットに入れて持ち歩いているんだけど、このキーホルダーはちょっとだけ嵩張りそうだよな。だけどいつも持っていたいなぁ。


 キーホルダーを眺めながら、靴箱のところでの十一夜君とのやり取りが蘇ってくる。

 女子とほとんど話さないのが普通って言ってた。

 そう言えば俺以外の女子と話してるのって見たことない。ていうか男子とも話してるの殆ど見ないか。

 あれ、それって俺は普通じゃないってことになるのかな。

 特別な友達だって少しは思ってくれてるんだろうか。だったらまぁ、悪い気はしないけどな。

 満更でもない気分に頬が緩む。


 俺は、キーホルダーを手渡された時の十一夜君のあの骨ばった温かい手の感触や、眠たそうな一重の目や、ぶっきらぼうな声の調子を思い出しながら、キーホルダーを手にとってまた暫くの間眺めていた。


 昨夜と違って何か今は充実感がある。

 一日落ち込み気味だったんだけどな。まぁ、最後に十一夜君が丹代の仲間じゃないというのが分かったからな。これはいい収穫だった。


 さてと。明日は体育の授業があるな。

 ということは、丹代花澄と顔を合わすってことだ。

 あいつ俺のこと、夏葉君って呼んだ。確実に翔華学院の幼稚舎で一緒だった華名咲夏葉と、女になっちゃったこの俺が、同一人物だと気付かれている。


 問題は、俺があの華名咲夏葉と同一人物だと認めるのか、それともしらばっくれるのかということだ。どちらにするのか方針を決める必要がある。まあ今のところ、(しら)を切るしかない気がする。


 それともう一点。

 俺のこと、つまり俺が女になっちゃったことが、丹代から他の人間に広められているのかいないのか、そこを確認したい。


 と言ってもどうやって確認したらいいのか、その術を今のところ俺は持たない。


 あのさぁ、俺が女になっちゃったこと、誰かにバラした? なんて訊けないな。

 だってそれ訊いたら、俺があの華名咲夏葉だって自分でバラしてるようなもんだ。バラすっていうか、認めるようなもんだ。それは幾ら何でも悪手だろう。

 いっそのこと、タンタンって呼んでみる?

 あー、駄目だ駄目だ。

 それこそ認めちゃうことになるじゃん。アホか俺。


 やめたやめた。

 明日の体育もなるようになれだ。

 丹代花澄がまた何か仕掛けてきたってその時はその時。

 身が危険にさらされるような事態でなければ、きっとあいつに動揺させられるようなことをされるくらいだ。それだって前もって心構えさえできていれば多分そんなに動揺させられることはないだろう。


 こうして考えていたって拉致があかない。明日は明日の風が吹く、だ。体育の授業はその時になってみなきゃ分からん。そういうことだ。

 よし、寝る。

Subtitle from 大貫妙子 - 突然の贈り物 (1978)

Written by Taeko Onuki

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