163 お久しぶりね
「それにしても」
頭から手を外すと、赤面する私を前に何事もなかったかのようにスマホに目を落としながら再び話を戻す十一夜君。
それにしても何だっての。
「思っていた通り兎の連中が暗躍していたようだな」
「あぁ、やっぱりそうだったんだ。何か情報出てきた?」
「そうだな。続報によれば、木下と進藤杏奈にあれこれやらせていたのは兎のようだ」
「え、MSじゃなかったってこと?」
「いや、そういうことでもない。そこら辺はややこしいところもあるんだけど、MSと兎の思惑が絡んでいるんだよな。おそらく、MSがやりたい方向性を汲んで兎が細かいことは実行していたって感じじゃないのかな。その際にMSの信者たちの中で洗脳実験の対象者たちを使っていた。大方そんなところじゃないかと思う」
「はぁ……前にもそんなこと聞いた気がする」
「ああ。実際に兎から裏を取ったわけじゃないが、多分遠からずといった感じだろう。今のところはそれくらいかな。朧が入手したデータや黛邸で入手したデータの解析が進めばもっと分かることも出てくるはずだよ」
「そっかぁ。いよいよって感じだねぇ」
「まぁな。じゃ、そろそろ送るよ」
相変わらずむしゃむしゃとあれこれ頬張っていた十一夜君だが、残りをさらに頬張ると、そう言って立ち上がった。言うだけ言ってすぐ帰っちゃうのか。相変わらず愛想も小想もないことで。
「うん、お願い」
そう言って店を出てバイクの後部座席に跨る。
いつもの背中に体を預けながら、これからどうなっていくのだろうかとぼんやり考えていた。
その時だった。
急に十一夜君の背中に体が押し付けられたかと思うと、タイヤがスキール音を激しく立てながら横滑りしてっ急停車した。
振り落とされずに済んでよかったけど、一体何事かと思えば、黒塗りの大きなワンボックスカーがわたしたちの進行方向を塞ぐようにして横たわっていた。
どうやら脇道から飛び出してきたらしい。
「何事?」
「さぁな。大方君んちの周りをうろついていた不審者たちが性懲りもなく現れたというところじゃないのか?」
車のスライドドアが開くと何人かの男たちが降りてきた。
お仲間は十一夜君が痛めつけたからもうこんなことはないはずだったのでは……?
「ちっ。しっかり掴まって」
舌打ちしてそう言ったかと思うと、バイクは元来た方向へと猛然とダッシュし始めた。
ここは逃げるのね。
わたしは振り返るゆとりなんて微塵ほどもなくて、十一夜君の背中にしがみつくのに必死だった。
何しろ路地から路地へバイクを倒し込んで右へ左へと忙しい。振り落とされまいとしがみつくだけでいっぱいいっぱいなのだ。死ぬかと思った。
やがてバイクは停止し、エンジンも停止した。
あたりを見回すと雑居ビルに囲まれた裏通りのようだ。
「巻けたようだな」
「やっぱり追いかけられてたんだ」
「行儀の悪い奴らだなぁ。ちょっとばかし懲らしめる必要がある」
「え、また荒事?」
「うーん……どうするかなぁ」
そう言うと十一夜君はバイクに跨ったまま思案している様子。
すると矢庭にスマホを取り出して誰かにメールか何か打っている。
「これでよし。さて、帰ろう」
「え、もう大丈夫なの?」
「まぁな」
はい、いつものやつ、いただきました。
そして再びエンジンは始動し、我が家へ向かって走り出す。
また追いかけられやしないかと少々不安だったが、そんなこともなく、家の周辺にも怪しい人影はないらしく(十一夜君調べ)無事に帰還することができた。
結局、あの人たち何だったんだろうなぁ。
夕食を済ませた後、自室に戻ってぼんやり考えているとメールの着信音が鳴った。
開いてみると、なんと丹代さんからだった。
超久しぶりじゃん! 元気にしてる? なんて思いながらメールに目を通した。
現在も海外暮らしを続けているらしい。安全のため、滞在している国は秘密だということだ。
しかし、今やすっかり元気になっていろんなことに興味を持って勉強しているそうだ。実際、文面からとてもポジティブな気持ちが伝わってきてこちらも嬉しい心持ちになる。
彼女は今も熱心なMS信者の両親の元を離れて、身を隠しながら生活しているので、連絡はこうして向こうから一方的に、捨てアドを使ったメールで送られてくる。そのため返信できないのがちょっと寂しい。
そしていくつか、最近取り戻した記憶があるそうだ。
恐らく十一夜家が引き続き接触している(と言ってもそれが十一夜だとは彼女は知らないわけだけど)ので、情報は随時ちゃんと十一夜家に渡っているはずだ。
それでもこうして時々思い出して律儀に便りをくれるのは嬉しいな。
なんてことを思っていたら、今度は電話の着信。
相手は十一夜君だった。
『もしもし』
「はいはい」
『今ちょっといいか?』
「うん、大丈夫だけど、何かあった?」
『なんか、中野って女が絡んできてただろ?』
「あ、うんうん。どうかしたの?」
『あぁ、自殺した』
「はぁっ? 自殺!?」
『あぁ』
聞き間違えじゃない。まさか、あの強気の人が自殺? いや、信じられないよ。
一体何が……?
Subtitle from 小柳ルミ子 - お久しぶりね(1983)
Written by Masato Sugimoto




