162 The Joker
「面白いもの?」
「あぁ」
「黛邸って、どっちの?」
「黛祥子の方さ」
あぁ、つまり黛君のお祖父さんがこちらの世界で養子に取った黛さんの方か。
面白いものってなんだろうか。
「何が見つかったの?」
「それがさぁ。黛君のお祖父さんって人は、こちらに来てからもどうやら極秘に研究を続けていたらしくって」
「研究って、その世界線を超えるとかいう方面の?」
「ああ、そういうやつ。それでその研究の記録と、どうもそれ関連っぽい機材が隠されている。黛祥子がそのことを知っているのかどうか定かじゃないが、万が一家族が向こうからこちらの世界に渡ってきた場合に残そうとしていた節があるんだよなぁ」
「えっ、それってつまり」
「そう。黛君のために残した可能性が高い。もちろん、家族の誰が来るのか、そもそも来るか来ないかさえ分からない状況だったはずではあるけど、でも万が一に備えて残してあったんだろう。注意深く隠されていたけど」
「それって、どういう内容なんだろ?」
「今解析中さ。簡単に閲覧できるデータとそうでない厳重に暗号化されたファイルとがあるみたいだ。今解析班が分析中なんだけど、閲覧できるデータからすると研究データらしい」
「え、それってかなり重大な気がするんだけど」
「その通りさ。政府やMSからしたら垂涎の的だろうけど、絶対知られちゃまずいやつ」
「だよねぇ……」
十一夜君が言う通り、おそらくかなりヤバいやつなんだろう。てか、そんな重要なことわたしに言っちゃっていいわけ? いっつもわたしのことなんかただの駒としか見てないくせに。
何となく落ち着かなくて、誰かに聞かれてやしないかと辺りを見回す。
って言ってもここは十一夜君の家の地下にある部屋。セキュリティ的に、恐らくもっとも安全な場所だと思うけども。
「そして、もしかしたらだけど……僕らの異性化現象についても、何かヒントが得られるかもしれないと思ってる」
「え?」
「だから君にも知らせた」
「十一夜君……」
何それ、ちょっとエモいんですけど。それって、意外にもわたしのことも考えてくれてたりするのかな? なんて考えるのは単純すぎ?
「まぁな」
ここでそれ来るのか、やっぱりと言えばやっぱりなんだけど。ドヤ顔でな。うん、知ってた。
「この先ファイルの解析が進めば何らかの情報は出てくるはず」
「確実なの?」
「閲覧可能なデータ内容からして、ほぼ間違いないと踏んでる」
「そうなんだ……」
いよいよか。ついにこの女子化の謎に迫るかもしれないのか。
でも、もし男子に戻る方法が分かったとして、どうする? 今更男としてやっていけるのかなぁ?
ぐるぐると頭の中で取り留めのない疑問が巡っている。
「十一夜君は、今からでもやっぱり女子に戻りたいと思う?」
「え? それは……」
やっぱり十一夜君も悩むのか。
そりゃそうよね。十一夜君の場合小学校低学年の頃に男子化しちゃったわけだから、もはや男子生活の方が長いわけだもんね。そりゃすぐに決められることじゃないわ。
「わたしはどうなのかなぁ……」
「華名咲さんが男子に戻って、僕が女子に戻ったら……う〜ん」
十一夜君が唸ったまま頭を抱えて黙りこくってしまった。
その様子に、わたしも十一夜君が女子でわたしが男子の場面を想像したのだが、う〜ん、なんか違う。
ん? う〜ん……うぅん? う〜ん……。
「ま、取り敢えずそれは保留ってことで」
わたしがそう提案すると、何だか十一夜君は安心したように浅く息を吐いて「そうだな」と短く応じた。
やはり十一夜君と言えどもそう簡単に決定を下せるわけではない場合もあるのか。ちょっと身近に感じちゃったりしてね、へへへ。
「木下から色々と聞き出せたようだ」
スマホを見ながら十一夜君がそう知らせてきた。
「先生、大丈夫かなぁ」
「ああ、問題ないようだ。こっちはこっちで術をかけて精神的な負担がかからないようにしているから」
「そっか。だったらよかったけど」
「問題ない」
「で、聞き出せたことって?」
「生徒たちを操って悪さをさせていたのはやっぱり木下だった」
「えぇ……」
やっぱりいい先生なのかと思ってたんだけど、結局そうなるのかぁ。なんかがっかりなんだけど。
「ただし、当の木下自身も操られていたわけだけどな。恭平さんが例のクリニックの薬を入れ替えたことで催眠が解けて今日の事態を引き起こしたってわけさ」
「う〜ん、そっかぁ……そうだよね、うん」
何とも複雑な心持ちだ。
本人の意志と関係ないところで操られてあんなことしてたなんて。今日の先生の様子を見ていたら、本来の先生は生徒思いのはずなんだもん。
許せないわ。
改めて怒りの気持ちが沸々と沸き上がってくる。
MSなの? 兎屋なの? どっちだか知らないけど、やっていいことと悪いことってものがあるでしょうに。
そっと十一夜君の右手がわたしの左手の上に添えられた。
怒りのあまり、いつの間にか握りしめた手を震わしていたようだ。
「落ち着いて、華名咲さん」
そう声をかけられてはっと我に返る。
「青筋立ってる」
「立っとらんわ!」
ついつい食い気味に返してしまったが、そんないくらないんでも青筋立ててはいないわ、失礼な。
「クックック」
珍しく十一夜君が腹を抱えて笑っている。全くもって失礼な。
「何よ」
「ごめんごめん、冗談だって」
「は? 冗談とか言うことあるんだ」
十一夜君の冗談とか初耳なんですけど。意外というか何というか、イメージになかったわ。超朴念仁のくせに。
「まぁな」
そしてここでもそれ言うんだ。もはやしつこい気もするんですが。
でもまぁ。
「ありがと」
言ってて照れるけど、気遣いは伝わったよ。だけど恥ずかしいから顔はそっぽを向いてしまう。自分で言うのも何だけど、ツンデレかよ。
「それで、話を戻すと木下の背後で動いていたのは兎。そして兎と繋がっていたのが今日割り込んで来たっていう中野という女性だ」
「なるほどぉ」
ま、そんな感じかなという気はしていたけど。あの中野って人、思った以上に危険な人かも。
「あと、進藤君の件だけど」
「え、何か分かったの?」
進藤君の件っていうのは、多分木下先生との件のことだ。前に調べておくって言ってたんだった。
「あぁ。やはりMS絡みで、あの妹を脱会させようと働きかけていたらしい」
なるほどぉ。そういうことか。
「つまり催眠が切れてからの一連の流れで、木下先生は進藤君に妹の杏奈さんを脱会するように説得させようと働きかけていたと」
「そういうことらしいな」
そっかぁ。なんか色々腑に落ちた。
「てか、今回随分進展したよね?」
「あぁ、華名咲さんの頑張りのお陰でな」
言ったかと思ったら、いつもの骨ばった手が伸びてきてわたしの頭をなでた。
そ、そこは「まぁな」じゃないの?!
不意打ちズルいよ、もぉ。
Subtitle from Sergio Mendes & Brasil '66 - The Joker(1966)
Written by Anthony Newley
https://www.youtube.com/watch?v=NshoSVOeir4




