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158 料理の決闘

「いや、むしろ危ない人に関わってしまって後悔しているのでは?」


「なんですって! この小娘がっ!」


 わたしの痛烈な口撃がよほど癪に障ったようで、中野さんは激昂してその場で立ち上がった。

 しかし男女(おとこおんな)とか言ってたくせに今度は小娘と来たか。まったく調子のいいもんだ。


「まあまあ、落ち着きなさい。中野君、君のことは今日招いていないんだ。邪魔をするのなら本当に帰ってください」


 そう言われて中野さんは歯噛みして言葉を(つぐ)んだが、顔を真赤にしてわたしのことを睨みつけている。

 こっちはこっちでこの女の態度に堪忍袋の緒が切れている。目を逸らすことなく睨み返す。

 敵に弱気で接してたんじゃ負けだ。そう思った瞬間、ふと桐島瞳子さんのことが脳裏を()ぎった。

 あのときは、彼女のことをただ高慢ちきでやな女だと思ってやり込めていい気になっていたけど、実は脳腫瘍の影響であんな性格になっていたのだと、彼女が亡くなってから知ってものすごく後悔した。

 でも今はあのときと状況が違うし……いや、人の行動の背景や動機には何があるか他人には分からないのだ。何も分かってない状況であらゆる可能性を否定して行動を決定するのは思考放棄に他ならない。

 そう思い直して少し冷静になることができた。


『華名咲さん、大丈夫ですか。木下優子は薬で眠らされました。取り敢えず今のところはそれ以上のことはされないようです。引き続き監視を付けていますのでご安心を』


 朧さんだ。頼りになるよ、ほんと。

 それにしても薬物投与とか、さすがはMSのやることだ。

 先生のことは朧さんに任せるとして、気を取り直しておいしい食事を口に運ぶ。改めてこのシェフの料理、素晴らしいお味だ。

 誰もが黙々と料理を口に運ぶだけで、しばらくは沈黙が続いた。

 しかしこの状態では油田さんも話が進められないし、中野さんもしかりだろう。まぁ、わたしとしては話が進まない方が断然都合がいいわけなんだけど、この人たちのことだから強硬手段に出るのじゃないかというのが心配だ。

 油田さんの方は時間をかけて聞き出そうという腹づもりのようだが、ヤバそうなのはこの中野さんの方だ。何を仕掛けてくるのか分かったもんじゃない。


 気まずいまま、最後のデザートが運ばれてくる。

 このまま何もなく終わってほしい。いや、すでに木下先生の件で問題発生しているのだけれど。でもこれ以上は何も起こらずに終わりたいところだ。


「さて、美味しい食事も堪能できましたし、そろそろご自宅にお送りしましょうかね」


 油田さんの宣言とともに、あっけないほど簡単にこの会食の終りを迎えた。

 中野さんが食い下がるかと思ったが、意外にもあっさりとわたしのことを帰してくれるようだ。

 かなり厚かましそうな彼女のことだから、帰りの車にも同乗してくるのかと思ったがそれもない。

 あっさり過ぎてむしろ怖い気もしなくはないが、何もないならないに越したことはない。


 帰途の車中、油田さんとはポツポツと差し障りのない会話がある程度で、特に特異点絡みの話を振られるわけでもなく、これまた拍子抜けだ。


「いやぁ、今日は想定外の邪魔が入りました。せっかくの食事を邪魔されてしまいましたねぇ。申し訳ない」


「はぁ……あの、木下先生はどうなるんでしょうか」


 目下のところの心配事はそれだ。薬をもられて眠らされているとのことだったが、その後どうなるのだろうか。明日からの授業に姿を見せなくなってたりしたらものすごく心配。


「中野さんはあのようにちょっと無茶なところがありますが、まぁあの女性があなたの想像するようなひどい目に遭うことはないでしょう。そんなことになったらあなただって目撃しているんだし、警察沙汰にでもなったら圧倒的に不利でしょう?」


 確かに。常識的に考えればそうなんだけど、この人たちってその常識が通用しなさそうだから心配してるのに。あんたたちが相当ヤバいのは知ってるんだからね。

 それに警察内部にも仲間が潜んでいる可能性だって否定できない。何しろこれだけわたしたちの日常に潜んでいるのだから。恐怖以外の何物でもないわ。


「だといいのですが……」


「華名咲さん、わたしたちのことを警戒しすぎじゃないですか。確かに中野さんはちょっとアレな性格してますけども、でもいくら何でも実際にひどいことをすることはないと思いますよ」


「うぅん……」


 返す言葉もございません。呆れて。

 今までひどいことをたくさん目撃してきたのだ。油田さんはわたしがそうしたことを実際に目にしてきたことをどうも知らない様子だ。

 きっと実際にわたしを拉致したり危害を加えようとした層とは違う派閥の人だから、その事自体を全然知らないのだろう。それにこっち側で動いているのがその道のプロ中のプロである十一夜家だということもあって、こちらが動いていることは全く知られていないのは明白だ。

 わたしを襲った派閥も、華名咲家が動いたと思って警戒して手を出せないでいることは分かっている。

 だからこそ、そんな状況でわたしに接触してきた中野さんの存在が不気味だ。あの人頭大丈夫なのかなぁ。


「またお食事にお誘いしますよ。今日みたいなことがないようにわたしも注意しますので、どうぞ次も招待を受けていただけますか」


 至極丁寧に誘われるが、この人も結構しつこいなぁ。わたしから情報を引き出したいのだろうけど、正直何も言えることはない。

 こんな事があるたびに十一夜家が動くのも申し訳ない気持ちになる。


『華名咲さん、よければ招待を受けてください。我々が警護しますし、こっちの捜査上もいい機会になります』


 朧さんからの通信だ。彼がそう言うのなら受けた方がいいのだろう。


「はぁ、ま、機会があればぜひ」


 ぜひ遠慮したい。というのが本音なのだけど、十一夜家にとってもその方が良いというのなら断る理由もない。何しろガードマンとしてこれ以上に安心できる人たちはいないのだから、彼らがそうしろと言うのだ。


「ふぅ、安心しました。今日みたいなことがあって、もうお話しできないのじゃないかと心配しました。あなたは我々にとっては非常に貴重な存在なのですからね」


「例の、特異点って話のことですか? わたし、本当に何のことだか分からないんですけどねぇ」


 もちろん女子化のことと何らかの関係がありそうだというのは明らかだが、その件について話す気は毛頭ないのでそう言うしかない。彼らが考えている異世界から渡ってきたという事実はないのだし。


『華名咲さん、朧です。警護を最後まで続けますからこのまま帰宅してください。木下優子が施設から連れ出されました。まだ眠らされたままです。あちらの方も追跡をします』


 ひぇ〜。

 いよいよ動き出したか。木下先生どこへ連れて行かれるんだろう。

 マジでひどいことされませんように。

 そう願うわたしの身には何事も起こることなく、無事に家まで送り届けてもらえたのだった。

Subtitle from 佐橋俊彦 - 料理の決闘(2013)

Written by Toshihiko Sahashi

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