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157 ナイショデオネガイシマス

「アハハハ。華名咲さん、何か我々のことを誤解してらっしゃるようですね。我々は何も危険な集団ではないのですよ。神の真理について研究している真面目な団体です」


 白々しく響く油田さんの言葉に、わたしもそんなわけないだろうと内心突っ込みながらジュースを口に運ぶ。


「だったらいいんですけど……」


 心配だ。

 事情はわからないが、先生の様子からして生徒がMSに関わり合いになるようなことは本意ではないと考えているようだ。つまりまともな人だった。

 ま、自分自身はMS信者のようだけど。

 その信者の先生がどういう経緯か知らないが、わたしと油田さんの会食について知り、しかもそこに中野さんなるやばい感じの女性まで加わったところに登場だ。

 しかも先生は妨害しようとしたわけだから、背信行為と取られた可能性が高い。

 ということで、やはり心配だ。手荒なマネをされていなければいいんだけど。


「さて、邪魔者が戻ってこないうちに要件を済ませておきましょう」


 ついに来たか。

 どうせこのために今日はわたしをここに招いたのだ。


「はい。何かご用件があるのだろうとは承知して来ましたが、いったい何ですか?」


「以前にもお話しましたが、華名咲さん、あなた特異点ですよね」


「あ、そのことでしたか……特異点っていうのはいったい何のことなんでしょう。わたしの何が他と違うのか、全然分からなんですけど」


「おや。うぅ〜ん。確か以前も何のことやらという感じの反応でしたねぇ。う〜ん……」


 すると油田さんは持ってきていた小さな(かばん)から、ちょっと大きめのトランシーバーくらいで物々しい雰囲気の端末機械を取り出した。

 何か少しいじってからこちらの方へ見えるように差し出してきた。


「ほら、ここ。M/Fと表記されているでしょう? ここの数値が今尋常でないくらいプラス値に振れているんですよ。言い方は悪いですが、本来この世界にあるはずのない異物とも言える存在がどこからか混入していることを示しているのです」


 これかぁ。

 黛君が言ってたガジェット。そういえばこのおじさん、このM/F値のことを勝手にMagnetic Fieldとでも勘違いしたらしく、磁場がどうのと言っていた。


「M/F? 何の略ですか?」


「ふむ。恐らくMagnetic Field、つまり磁場のことですな。その値だと思われますが、0が正常なところ、プラスを指すということは磁場の状態が異常ということになるわけですな」


 うはぁ、出たよ磁場。

 勘違いなのにこのドヤ顔、めちゃウケるんですけど。

 黛君の說明によれば、これはお湯を満たしたバスタブに人が入ってその分お湯が溢れた状態。その溢れた量を計測しているらしい。仕組みはさっぱり分からないのけど。

 だからまぁ、磁場というのは完全に勘違いだけど、言ってる事自体は芯を食っていると言っていい。


「ということは、マイナス表示になることもあるってわけですか?」


「おぉ、なかなか興味深い。分かりませんが、その可能性も十分あり得ますな」


 そうなるだろうな。もしこの世界から異世界に行く人がいたとしたら当然そうなるはずだ。

 しかし気になるのは、油田さんがどうやってこのガジェットを入手したのか。そしてM/F値が異世界からやってきた人と関係しているであろうことを、どうやって知り得たのか。そしてどうしてわたしが異世界からやってきたと思ってるのか。そこのところだ。


「ふ〜ん。ですけど、いったいこれとわたしにどんな関係が?」


「ふむ。さきほども伺いましたが、華名咲さん、あなた本当に生まれたときから現住所にいらっしゃいます?」


「えぇまぁ、生まれたのは病院ですけど、母と退院してからはずっと今の家ですね。旅行は家族で結構あちこち行ってますけど」


「本当に?」


 疑われている。でもその点は嘘を()いてない。


「本当です」


「ふぅむ……いいでしょう。出どころは明かせないのですが、この装置は実は大変特殊な入手経路を通して手に入れたものでしてねぇ。これを入手した時点ではこのM/F値はほぼ0を指していたんですわ」


「ホォホォ」


「それがですな、突然のことですわ、春に突然値がプラスに動いたんですな」


「へぇ〜、春に突然」


 マジか。それ、タイミング的に見てもやっぱりわたしの女子化と関係してるのかな? だとしたらこの女子化の謎に迫る大きな鍵になりそうな気がする。


「そうなんです。今年の三月のことでしたな」


 うわ、まさにそれ。その時期じゃん。ヤバッ。これマジでわたしと関係あるんじゃない?


「まぁ、そのときはわずかな値だったのですがね。しかし我々としても原因不明のこの現象を解明できないかと必死で研究したのに、謎は解けず仕舞いでしてね」


「ふ〜ん……だけど、申し訳ないですけど心当たりもないですし、どうしてそれがわたしと結びついたのかも全然分からないんですけど?」


「うぅん、そうでしたかぁ……いやぁ、それがですねぇ。それからしばらくして、このM/F値が急に大きく上昇しまして」


「あらま」


 はは〜ん。これはきっと黛君がやってきたからだね。

 しかしわたしのTS現象と黛君の異世界渡来現象が、よもやまさかのM/F値に表れるとはねぇ。

 意味分かんないなぁ。

 黛君から聞いた通りなら、油田さんが思ってるようにわたしも異世界から渡ってきたっていうのが一番しっくり来るというのは分かる。

 だけどわたしは決して異世界からやってきたわけではなく、この世界で生まれ育ってきたのは確かだ。

 だったら何でそのM/F値とやらがわたしのTSのタイミングと重なっているのか。

 あるいは本当に偶然で、実は黛君以外に異世界から渡ってきた人がいるとかじゃないの?

 考えたらそっちの方が断然しっくり来るじゃないか。

 なのにどうして油田さんはわたしと結びつけたんだろう。


「まぁ、わたしは研究機関の人間ですので、必死で研究調査をしているわけなのですが。そこにたまたま、政府筋のとある情報が入りましてね。ま、M/S値の急な上昇の原因がひとつ分かったのですよ」


 ハイハイ。政府筋の情報って絶対黛君のことだよね。彼が異世界人だって情報を掴んだわけね。いったいどんな手を使って入手したのか知らないけど、まぁわたしも十一夜君たちを見てるから色々とやりようがあるというのは分かる。


「へぇ〜」


「ここ。このdistと書かれている部分を見てください」


「はぁ」


 ガジェットには確かにdistと記載された部分があって、やはり数値が表示されている。


「その政府筋の情報をさらに探る段階で、たまたまあることに気づきまして」


「何ですか?」


「華名咲さん、あなたに近づくと、このdistというところの値が上がるんですよ。どういうことでしょうか」


 言われた瞬間、なんとも得体の知れない恐怖感が脊椎を走り抜けてゾッとした。

 そんな事言われたところで、わたしには理由はさっぱりわからないのだが、わたしの女子化と何らかの関係はありそうだ。

 女子化について、油田さんはまだ知らないようだ。しかし問題は女子化について中野さんは知っているということ。

 恐らく中野さんはこのガジェットや異世界から人が渡ってきていることについては知らない可能性が高い。油田さんにとって、これは大きなカードだろう。

 同じ理由で油田さんはわたしがTSしたという事実を知らないようだ。


 絶対二人の情報が交換されては困る。なんか知らんが困る。

 ん? いや、どっちみちそう変わらなくないかな?

 と一瞬思ったけど、やっぱりあまり良くはないか。女子化したと知れるとわたしは研究対象として何をされるか分かったものじゃない。

 実際これまで丹代さんや須藤さんにしたことを考えたら、かなり道義に(もと)る行為も平気でやってのける連中であることは明らかだ。

 今はこの油田さんと中野さんがお互いを牽制し合っているから強硬手段に出られない状態にあるとも言える。


「ふぅ、まあいいでしょう。焦る必要はありません。その辺りは、おいおい話し合っていくことにしましょう。さて、せっかくの料理です。無粋な話ばかりしていては不味くなります」


「ごめんなさい、わたし本当に何も分からないんです」


 油田さんはしばらくわたしの顔を眺めていたが、さも仕方がないとでも言いたげに短く息を()いた。


「さて、中野さんがまた戻ってくるでしょう。このお話を彼女に聞かせるつもりはありません」


 そう言いながら油田さんはガジェットを再び鞄にしまい込むと、「これのこともナイショでお願いします」と言ってウィンクしてみせた。

 おぇ、全然かわいくない。自分のキャラ考えろや。


 と、そこへまるでタイミングを図ったかのように中野さんがひとり戻ってきた。

 そして、まるで何事もなかったかのようにテーブルに着く。かなりふてぶてしい人のようだ。


「あの……木下先生は……?」


「ああ、少し休んで頂いてるわ。随分お疲れの様子だったわね。よっぽど困った生徒さんが多いのかしら?」


 そう言ってまたニヤリと嫌な笑顔を私に向けた。

 とことん嫌なヤツって感じだわ、こいつ。


「いや、むしろ危ない人に関わってしまって後悔しているのでは?」


 嫌味のひとつも言ってやりたくなりそう応じてから、それってもろわたしのことじゃんと思うのだった。

Subtitle from RIP SLYME - ナイショデオネガイシマス(2015)

Written by RIP SLYME・Seann Bowe・Laura Raia・Jake Stranczack・Brian Tyler

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