153 もんだいとこたえ
「――――華名咲さんのことは……何て言うか、そのぉ……」
歯切れが悪いなぁ。結局やっぱりただの駒としか思ってないのかな。
だったらはっきりそう言えばいいのに。
いや、はっきり言われたらきっとショックがでか過ぎるけども。だけどこのまま有耶無耶にされるのもそれはそれでなんかヤダ。
答えを知りたいような知りたくないような、自分でも支離滅裂だけどカーッと頭に血が上っているせいか思わぬことを口走ってしまったようだ。
「あらあら。相変わらず仲睦まじいわね、お二人さん」
え?
いきなり場にそぐわない声をかけてきたその人は、なんとすみれさん――担任の細野先生のお母様であり、じっちゃんこと細野武蔵さんの妻――であった。
なんでこんなところにこのタイミングで現れるかなぁ。
「失礼」
そう言って相変わらず優雅な所作でわたしたちがいるテーブルの席に腰掛ける。
呆気に取られるわたしと十一夜君。
すみれさんがいることに十一夜君ですら気づかないとは、彼女がやはり一流のスパイであることの証左なのか、あるいは十一夜君がよっぽどテンパっていたのか?
「せっかくのふたりきりの時間に割り込んでごめんなさいね。ウフフフ」
出た。
この上品なウフフフに騙されるんだけど、これが実は結構怖かったりするんだよね。
多分、すみれさんは全部お見通しの上でこんなこと言ってるんだと思う。
「あなた。大変申し訳無いのだけど、ごちそうするからこれで二人が好きなものを注文してきてくださるかしら? わたしはホットコーヒーをいただくわ」
十一夜君が呆気にとられている間に彼を顎で使うすみれさん。この人には敵わない感が周囲に漂っている気がする。
彼も彼でよく訳も分からないまま5000円札を掴まされて結局オーダーしに行った。
「時に夏葉ちゃん」
十一夜君を見送ったすみれさんが唐突に話を振ってきた。
「はい?」
「あなた、あれはあまりよくなくてよ」
「は?」
ぽかんとするわたし。突然現れて何を言わんとしているのだ? わたし、すみれさんに何かやらかしたっけ?
「男はあんな風に言葉で追い詰めちゃダメよ」
「言葉で?」
んじゃあ言葉じゃなければいいってこと? てか、今までの会話全部聞かれてたのっ?
「そ。言葉で追い詰めるんじゃなくて、逃げ道をひとつずつ潰していくのよ」
「逃げ道を?」
「そ。気づいた時には出口はひとつしか残ってないの。そこには誰がいるのかしらね。ウフフ」
「うん?」
何の話だ? 追い込み漁かなんかの話? 何で今その話?
相変わらずぽかんとしているわたしの顔を覗き込んでカラカラ笑うすみれさん。
「あなたの欲しい答えは、彼が自分から言いたくなるように助けてあげなきゃ。問い詰めるようなことして言わせるんじゃなくて、向こうから言ってくるようにしなきゃ。じゃないと男は逃げるばかりよ」
「助けてあげる? 何かさっきの話だと逃げ道潰すとか仰てた気がするんですが……」
「そうよ。男の人って頭の中でウジウジグジグジああでもないこうでもないって屁理屈ばっかりこねくり回して、結局いつまでも腹を括らないのよね。だから逃げ道塞いで覚悟決めるように誘導してあげるのよ。ね、助けてるでしょ。ウフフフ」
ね、ってかわいく言われたけど、何かエグいこと言ってね、それ?
「うーん。そもそもわたしの欲しい答えって何だろう……?」
「あら、あなたまだそんなこと言ってるのね。しょうがない娘ね、まったくもぉ」
「うぅ……取り敢えず駒じゃないって言ってほしいのかな、わたしは」
「まぁ、この娘ときたら……あ〜ぁ、今すぐ答えを教えたいわ。レーザラモンの十倍は今すぐ言いたい気持ちだわ。でも、そうね。そうよ。その気持ちに何ていう名前がついているのか初めて知る時のしあわせは、夏葉ちゃんのために取っておいてあげたいからここはグッと我慢よ」
何かブツクサ言い出したぞ、すみれさんが。
てか、レーザーラモンとか言った? すみれさんの口からそのワードが出てくるの、めっちゃ意外なんだけど?!
「お待たせしました。これでいいですか」
戻ってきた十一夜君が若干不機嫌気味に言いながら、コーヒーをすみれさんの前に置く。
「ほら」
わたしの前にもパンプキンスコーンとミルクティーが置かれる。
おぉ、何で分かるわけ? イライラしてちょっと小腹が空いたところだったのよ。こうやってたまに気が利くのが不思議なんだよね、十一夜君は。
「ありがと」
十一夜君は黙って席に戻ると、追加注文してきたあれやこれやを早速むしゃむしゃやってる。
ちょっと、お釣りは? ちゃんとすみれさんに返しなさいよね。
とか思ってたら、十一夜君はテーブルの上にさっきの5000円札をトンと置いてすみれさんの方へ押し返した。
「あら、奢るつもりだったのよ」
「お気持ちだけ。逆にごちそうさせてください」
「まぁ、そうなの。こんな素敵な男性に奢られちゃってどうしましょ。主人が妬かなきゃいいけど。ウフフフ」
うげ、まさか武蔵さんもその辺にいたり? と思って辺りを見回すがそんなことはなかったようでホッとする。
武蔵のじっちゃんはあれですみれさんにはぞっこんだからなぁ。お年を召しても仲睦まじい夫婦っていいよね。
「ところで今日は何か御用があったんでは?」
ぶっきらぼうに十一夜君が訊ねる。
「ああ、そうそう。これをね、お渡ししておこうと思って」
そう言ってすみれさんはハンドバックから取り出した封筒をわたしの方へ差し出した。
「どうも」
何か分からないままそれを受け取るわたし。それを目だけで追う十一夜君。
「どうぞ、一緒に中を確認してみて」
言われるまま封を切って中身を取り出してみると、週末に招待されているMSの施設の見取り図が数枚と一人の人物が写っている写真が一枚あった。
「その彼はね。そこで雇われている料理長なんだけど、わたしの息がかかっている人間だから何かのときは頼るといいわよ。どうやらそこはMS所有の保養施設を兼ねた迎賓館のようなものみたいね。夏葉ちゃん、向こうはなかなかの歓迎ぶりのようよ」
また料理長に息かかってたーっ!? すみれさんのコネよ。一体どんだけコネがあるわけ?
「何でそんなところにまで?」
「ふふふふ。ホントたまたまなのよ。ただ料理人はね、昔世話したことがあってわたしの手足となってくれる子が意外とね。彼らはほら、自分で店を持たない子たちは店から店へっていう感じでしょ。だから本当にたまたまなの」
いや、それにしても……。
たまたまわたしが呼ばれたところにすみれさんの手足(?)が届いてるなんてねぇ。この人も底が知れないわ。女スパイってのもすごいけど、ただのスパイで済まないスケール感があるよね。
「これは……」
十一夜君の目がギラリと光った気がする。
「お役に立ちそうかしら」
「これは、隠し部屋から金庫の位置まで記されている。警護だけじゃなく更に踏み込んだ調査もできる」
「お役に立ちそうなら良かったわ。そこにどれだけ役に立つ情報があるかは分からないけど。夏葉ちゃんはわたしにとっても大事な娘みたいなものですからね。この子のためならこれくらいのコネは喜んで使わせてもらうわ。あなただって大事なんでしょう?」
「もちろん」
ん? へっ? 今なんと?
「あら。ま、40点だけどあなたとしては上出来だわ。女の子にはこれでもかっていうくらい、言葉で伝えてあげないとダメよ、十一夜君。わたしのかわいいこの子を不安にさせないでね。あら、電話だわ。ちょっとごめんなさいね。はい、もしもしすみれですけど。ナオエさん、お久しぶりねぇ。えぇ、そうそうお中元ね。いえいえどういたしまして。あら、そうなのぉ。それは良かったわぁ。ま〜ぁ、へぇ〜」
何か長電話の予感。お中元ってもうだいぶ経ってるけどな。それにしても取り留めのない話が始まってしまったようだ。
呆気に取られてすみれさんを呆然と眺めていると、ふと目が合い、携帯電話を耳に当てたままバチンとウィンクを飛ばしてきた。
ミルクティーを啜るついでに上目で十一夜君の様子を窺ってみたら、顔を真赤にしてそっぽを向いている。
これはやっぱあれかな。照れてるのかな。
何か知らんけど、どうやら大事なんだってさ、わたしのことが? ふーん。そっかぁ。へぇ〜。
そんな様子の彼を見て、なんだかこっちも釣られて恥ずかしくなってきて顔が熱い。
冷たいものを頼むんだったと後悔したが後悔先に立たずというあれだった。
Subtitle from 南波志帆 - もんだいとこたえ(2011)
Written by Dan Miyakawa




