148 Che なんだかなぁ
時空を超えた(?)黛家の二人の感動の邂逅を経て、空気的にはだいぶ打ち解けてきた雰囲気になってきた。
黛君は彼女のことを叔母さんと、そして黛さんは彼のことを孝太郎君とお互いに呼び合うことを承諾し、お互い馴れないながらもかなり友好的な様子で微笑ましい。
「それにしても孝太郎君のそばには、こんなに素敵なお嬢さんがいるのね。ウフフ」
あは。素敵なお嬢さんですってよ。実は元男なんですけどね。ハハハ。
って、おい。黛君、変に照れられると気まずいからやめなさいって。
なんとなくこっちまで恥ずかしくなるじゃん。
「あらあら。ふたりとも赤くなっちゃって、初々しいわね。フフフフ」
ぬぁっ。わたしも赤くなってる?!
「おやおや? これは報告事案発生かな?」
うるさいわ。恭平さん、男ってバラすぞ。
ってか報告って誰に?
さて、それにしても黛君のお祖父さんに関連してわたしたちの役に立ちそうな情報をどうやって聞き出せばいいのか……。いきなり部外者のわたしがあれこれ訊ねるのも考えたら不自然な話だもんなぁ。
「あの、もしよかったらなんだけど……孝太郎君の連絡先を伺ってもいいかしら?」
「あ、はい。もちろん、って、あ……」
黛さんのリクエストに了承しかけた黛君だが、何かに思い当たったように言い淀む。
「あの……実は僕は政府から携帯電話でのやり取りも全部監視されてまして……その……祥子叔母さんと接点があるってバレるのは、どうなのかなって……」
あぁ〜、それねぇ。うーん、確かにね。どうも彼は隠してるって話だもんね。
「そう言えば、生前父にもいちいち監視が付いていたって聞きました。わたしにも父の死後しばらくは監視が付いてました。今はもう完全に自由になってるんですけどね」
ふーん。やっぱり監視付いてたんだ。黛さんにもしばらく付いてたんだね。
でも自由になってよかった。
「そんなお二人に朗報です。はい」
と割って入ってきたのは恭平さんだ。
黛君の前にスマホの端末が差し出された。
使えってことか。太っ腹だけど、絶対これ、通信傍受されるの必至だろうなぁ……ハハ。
「どうぞお使いください。複数台の契約で実質無料に近かったから契約したんだけど、使いみちもなく遊ばせてた端末なんで、ぜひ。かけ放題だし」
「えぇっ? でも、そんな」
「遠慮しないで。高校生なのに監視されてる端末なんて不自由でしょ? ねぇ、何かと……ねぇ。あ、本当にうちには一切の負担はかからない端末なんで遠慮なく。そのつもりで今日持ってきたんで」
確かに監視されてるのは不自由だ。恭平さんの言い方はなんか含みのある言い方だったけど。
「本当にいいんですか?」
「どうぞ。君の日課が捗ることをこちらも願うばかりです」
おいっ。日課が捗る言うなっ。
自分の外見が完璧に美人女医だってことをわきまえて話しなさいよ、全く。
いっつも優しくて頼りがいがある姉貴分(いや、兄貴なんだけど)って気でいたんだけど、なんか裏切られた気分だわぁ。涼音さんに言いつけるぞ。
てか黛さんは言外の意味なんてまったく気づくはずもなく、深々と頭下げてるよ。
恭平さん、黛さんの純粋な感謝の気持ち踏みにじってるよっ!
そもそもこのスマホのプレゼントだってどうせ情報搾取の手段だろうしね。深々と頭下げてる黛さんを見ると、なんか良心がチクチク痛むわ。
ま、それも偽善と言われたらそれまでなんだけど、こっちにも大義があるから清濁併せ呑む覚悟は一応しているつもりだ。
ていうかこれ、わたしたちに役立つ情報を引き出すのって思ったよりハードル高くない?
赤の他人のわたしがいきなり黛さんのことあれこれ質問するのも不自然だし……。
何をどうやって聞き出せばいいんだろ……。
恭平さん、シモネタ言ってないでちょっとは十一夜家らしく仕事してくんないと、わたしじゃ無理っぽいんですけど。
「あの……祥子叔母さん、他にご家族はいらっしゃるんですか?」
当然気になるポイントだろう。黛さんは独身と聴いているけど。(十一夜調べ)
「いえ。残念ながら独身なの。ご縁がなくて……」
少し寂しげな笑みを浮かべた黛さん。
「そうでしたか……いや、もしかして僕にはこちらの世界にもっと親族がいたりしてと、ちょっと思ったりしたもので……」
「ごめんなさいね。機会が全くなかったわけじゃないのだけど、良縁に恵まれなくて」
「あ、いえ……なんとなく……いや……はい」
気まずそうにしどろもどろになる黛君。まぁ、ちょっと気まずいよね。
だけど黛さん、きれいな人なんだけどな。モテないはずはないと思う。
「いざ結婚となると、わたしの生い立ちのこととか父の秘密とか、いろいろ複雑で踏ん切りがつかなくって……」
「あぁ……」
なるほど、そういうことかぁ。そうだよね。分かる気がする。
「秘密を抱えたままでは相手を騙しているような気分になるし、かと言って明かしてしまっていいものかどうか……そもそも明かしたところで信じてもらえるか……いろいろ考えるともう分からなくなってしまって」
うわぁ……背負わされた秘密のせいで愛する人と一緒になるのを諦めたとか辛いなぁ。
うーん……秘密を抱えてる身としては、なんか他人事に思えない。
ていうか、この空気を変えなくちゃ。えーっと……。
「あ、そうだ。ねえねえ、黛君。新しい連絡先交換しない? その秘密のスマホの」
「秘密のスマホ? あ、えっと、うん」
「貸して貸して」
黛君の新しい端末を受け取って、わたしの連絡先を登録する。もちろん黛さんの分も一緒にしてあげる。
初期設定はされているけど、まだパスワードも何もかかっていない状態なので勝手にいじれる。ついでにわたしと黛さんの端末の方にもこのスマホの番号を送っておく。
「これでよし、と。はいこれ。ありがと」
端末を黛君に返して自分のもポケットに入れた。
っと思ったら、LINEのメッセージ通知の音が鳴った。
再び取り出して確認すると、十一夜君のメッセージで、何と黛さんのお宅訪問完了とか書いてある。そっちはいつ解散してもいいぞとも。
あれ、つまりそれって黛さんを留守にさせるためにわたしが利用されただけってこと?
そう思うと途端にがっかりというか、急に何かが萎んでいくみたいな気分になる。
なんだよ。仲間って気持ちでいたけど、結局十一夜君にとってはわたしもただ利用できる駒の一つに過ぎないんだよね。まぁ、そりゃそうだろうけどさぁ。
なんかなぁ……。
あからさまにテンションが落ちてる自分に気づき、慌てて気持ちを取り直す。
「あ、お茶入れ直しましょうね」
キッチンに立ってぼやっとしてると、いつの間にか恭平さんが隣に立っていた。
「何かあった?」
「いえ、別に何も? なんか変でした、わたし?」
ヤバ。やっぱ態度に出ちゃってたか。わたしもまだまだだな。
「いや。なんでもないならいいんだけど。あ、そうだ。トイレ借りていい?」
「はい、どうぞ。えっと、ここ出て右奥です」
「了解。ちょっと借りるねぇ」
「どうぞ〜。あ、盗聴器とかカメラとか絶対しかけちゃだめですからね。他の部屋漁るのもだめですよ」
恭平さんって十一夜の人だった。なんとなく危険を感じて一応釘を差しておく。まぁ、やるとなったらわたしが何を言おうとしかけられるんだろうけども。
「やだなぁ。夏葉ちゃん、圭君らに毒されすぎ」
うっ。まぁ、その向きは無きにしもあらず? うーん、でもやっぱ十一夜家だからなぁ。
「頼みますよ、ホントに」
「信用ないなぁ」
いや、ある意味仕事の徹底ぶりを信用しているからこその心配とも言えるんですが……。
「大丈夫。普通にうんこするだけだから」
「いらない報告っ!」
「アハハハ」
「もぉ……」
こういうところ、恭平さんってこの見た目だけどやっぱ男子。もういいからさっさとスッキリしてきなさい。
まぁ、お陰でちょっと気持ちは晴れたかも。
Subtitle from Moon Riders - Che なんだかなぁ(2011)
Written by Hirobumi Suzuki




