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112 サマー・アンセム(2)

「いやぁー、盛り上がったぁーっ! ウォータースライダー! 結構興奮したね!!」


 はいはい。

 あんなことしてウォータースライダーと関係ないところで興奮したんでしょうが、友紀ちゃんは。

 まったくセクハラにも限度ってもんがあるよ

 普通ありえないでしょうが。


 まあ秋菜も完全にセクハラ事案となるやらかしをしちゃってたけどもな。

 この人たちどうかしてるわ。


 と思ったら秋菜が偉く憔悴しきった様子でへたり込んでいる。

 話を聞けば、楓ちゃんが恐怖のあまり秋菜に抱きついた結果としてそうなっているらしい。

 そういえば楓ちゃんといえば実は怪力キャラだったっけ。すっかり忘れてたわ。


 幸男を破壊したり(第32話 Happy Man参照)わたしに抱きついた友紀ちゃんを引き剥がしたりと、おしとやかで優しい雰囲気に相反するその怪力ぶりは内輪では有名だ。


 これはあれだ……。楓ちゃんに酷いことしたから天罰を受けたんだな、秋菜は。

 うん、そうに違いない。


 その後、友紀ちゃんはまだウォータースライダーに執着していたが、それ以外の三名はもう懲り懲りと感じていたようで友紀ちゃんには取り合おうとしなかった。


「ねぇ、そろそろお腹空かない?」


 秋菜が言うとごねる友紀ちゃん以外が賛同を表明した。


 場内には南国ムード満点のカフェレストランがあって、エキゾチックな料理を楽しめる。

 世界中の様々な料理が食べられる店で、ある意味なんでもありだ。


 厨房と受付窓口のカウンターがあって、食事はプールの敷地にテーブルと椅子、ビーチパラソルなんかが設えてあり、椰子みたいな南国風情いっぱいの観葉植物が雰囲気を出している。


「カネロネス? 食べたことないけど美味しそー」


「アルゼンチン料理だってぇー」


「じゃあわたしそれにしよっかなー」


 わたしはクレープに野菜や肉を包み、トマトとホワイトソース、チーズで味付けされたそのアルゼンチン料理を注文した。


 楓ちゃんはあまり珍しいものには手を出さず堅実にガパオライスを。

 友紀ちゃんはザーラックとかいうモロッコ料理を注文した。これは焼きナスをニンニクとトマトとオリーブオイルで炒め煮たものでスパイスが効いた料理らしい。


 秋菜はホブスというアラブ系の食べ物を注文した。これは平たいパンなのだがいろんな具を乗っけたりスープに浸したりして食すもののようだ。


 各自注文し終えてまた何というわけでもない会話をだらだらしていると、騒がしい連中が食事しにやってきた。


 どこか既視感のある塊だと思っていたら、アホの坂田たちのグループだった。

 以前出かけたときにもこの人たちにばったり出会したことがあったが、また出会すとは……。


 あ、目が合った。

 面倒なのに見つかっちゃったヨォ……。


「やぁやぁやぁ、これはこれはこれは。華名咲さんじゃないですかぁ……ってあれっ? 華名咲さんが二人っ!? ドッペルゲンガー!? えっ!?」


 あれ、坂田って秋菜のこと知らないんだっけか?

 さすがアホの坂田だな。


「いやいや坂田殿。華名咲殿にはそっくりな従姉妹殿がいらっしゃるのでござるよ」


「あぁっ、思いだしました! そういえば最初の頃時々教室にも華名咲さんが二人いることがありましたな。てっきり運命の女神の悪戯かとばかり……」


 ござるとか言ってるのは坂田の友達でいつも連んでいる後藤というクラスメイトだ。

 この人はヒョロヒョロで青白い長髪の男でゲームやらアニメやらに詳しいらしく、坂田といつもその手の話で盛り上がっているようだ。


 坂田は何でもかんでも運命の女神の悪戯だなぁ。

 やっぱりアホだ。


 奴らもわたしたちと同じく四人で遊びにきており、プールなのになぜか全員が全員望遠レンズを装着した一眼レフカメラを持っている辺り、事案っぽい何かを感じずにはいられない。

 そもそもプールとか一番似合わない人種なのに。


 しかもわたしたちをじろじろ見て息を荒くしていて怖いんだけど?

 ていうか勝手にわたしたちのところに合席してきたし!? 何だこいつら太々しい。


 文字通り体型的に太いのもいるんだけど全員神経が太いぞ。

 わたしと一緒に来ている他の三人は完全に言葉を失っているのか一言も発していない。


「それにしても運命の女神は相変わらず悪戯好きだぁ。華名咲さんと僕をどうしても結び合わせたいらしい……」


 アホの坂田が相変わらずキモいことを言っている。

 秋菜に向かって……。

 おーい、あんたが知ってる華名咲はこっちの華名咲だけどぉ? まあめんどくさいから秋菜に相手してもらえ、そのまま。


「君らさぁ、運命の女神頼りじゃいつまでも本当の大切な人と幸せになるの難しいと思うよ。運命の女神の悪戯もいいけど、もうちょっと自力で頑張ってみなよ」


「おぉ、むしろ華名咲さんが女神ですけどね」


「よく言われる」


 話全然噛み合ってないわぁ。

 秋菜はこういう人相手でも特別偏見とかはなくフラットに接するよねぇ。だからお任せしておこう。

 わたしはアホの坂田の相手は疲れるから苦手だ。

 幸い坂田はわたしと秋菜の区別がついてないので秋菜のことをわたしと思って話しているようだ。


「坂田(うじ)、坂田氏ぃ。先ほど話に出ていたレイヤーの件ですけどぉ。これですこれです」


 巨体(横方向に)を震わして興奮気味に話すのは佐藤という男なのだが、その話題気になる……というか嫌な予感がする。


 坂田と佐藤が秋菜とわたしの方をチラチラ見ながらスマホと見比べているように見える。

 あー、これは多分……。


「ほぉほぉ、確かに。うぅむ。滾りますなぁ」


「あー、これ、タユユじゃーん!」


「おぉっ、何と華名咲さん! ご存知でしたかっ!?」


 あーぁ。やっぱ祐太のコスプレだったか。

 最近その界隈じゃ随分注目浴びてるみたいだなぁ。

 何しろフランス在住のヲタクにまで知られていたくらいだもん。


「知ってる知ってる! めっちゃ知ってる! 今人気のコスプレイヤー!」


 そりゃめっちゃ知ってるわな。実の弟だし。

 ていうか坂田、滾らせてんじゃないぞ。タユユって男だからな、言っとくけど。そんな格好してるけど今のところ一応ノーマルらしいしな。

 それでもいいならまぁ、そこは好きにしろ。


「タユユかわいいよね。わたしもインスタフォローしてるし」


 秋菜にフォローされたかぁ。

 祐太、気の毒に……。身内からコスプレ専用のアカをフォローされるとか何の罰だよ。

 しかも祐太には今のところ秋菜は何にも言ってこないらしい。なのに無言フォローかよ。

 うぅーっ、怖い怖い。


「うぉーっ、華名咲殿! 話が分かるでござるなっ! タユユはいいでござる。タユユはいいでござる」


「あ、二回言った」


「はい。大事なことなので」


「ふぅーん。やっぱすごい人気なんだぁ、タユユ」


「今一番キテるレイヤーでござるよ。1.5次元業界では話題沸騰中でござる。ハァハァでござる」


 ぐぇっ。身内しかも男でハァハァされてるってさすがにキモいな。


「ほぉー。いいねいいねぇーっ! どんどんハァハァしちゃおうっ! タユユで!!」


 秋菜っ! お前って奴は……。実の弟を悪魔に売るような真似を……。本当にいいのか、それで?


「おっ、おふぅ。華名咲殿、めっちゃ話が分かるでござるな。か、華名咲殿でもハ」


「あ、それはダメェ。わたしでハァハァするのは禁止だからっ! 浮気はダメだぞってタユユに叱られるぞっ」


「おっ、おふぅ。そ、その通りでござる。拙者、浮気はしない身持ちの固い男でござるよ、こう見えて。タユユを悲しませるようなことはしないでござる」


 はぁ……この話を聞いたらタユユ茫然自失だと思うよ。まあ知らぬが仏だな。タユユには言わないであげよう。

 今頃ディディエと一緒に平和にアニメイトに行ってることだろう。くしゃみをしながら。


 てかこいつらに会ってから楓ちゃんは完全に固まってるし友紀ちゃんは目を合わせないようにずっと俯いている。

 このキモヲタどもは無遠慮に水着姿のわたしたちを舐め回すように見てくるからな。秋菜はよく平気で相手できるなぁ。

 むしろ一緒にタユユのインスタ見ながら盛り上がってるし。


「フォッ、見てこれっ! えっろぃ」


「おふぅ。さすが、華名咲殿。分かってござるなー。やはりこのショットでござるな。このチラリズムこそ正義でござる。最近のレイヤーは出せばいいと思ってる節があるでござる。あれは正直引くでござる」


 はいはい。しつこいようだが男だからねー、タユユの正体は。チラリズムとか言ってるけど、確かに丸出しにしたら君らぶっ倒れるわ。


 わたしたちは勝手に盛り上がっている坂田たちを無視して黙々と食事に集中したのだった。

Subtitle from RHYMESTER - サマー・アンセム feat. 小野瀬雅生 (CRAZY KEN BAND) (2911)

Written by Mr. Drunk/小野瀬雅生

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