106 夏の扉
ディディエは昔からサブカル好きなのでわたしと話が合うのだけど、最近ではサブカルからアニヲタ化の方にベクトルが尖ってきたようで、日本に来てからはどっちかと言うと祐太のところに入り浸ってるようだ。
わたしが思うにこの調子だと祐太のコスプレがバレるのも時間の問題のような気がしてならない。
今のところ秋菜も祐太のコスプレの件について黙っているのが不気味だがどうなることやらだ。
そういえば今朝朝食のために下に降りようとしたら、玄関のドアにメモが挟まっていた。
何かと思えば朧さんからで、先日話した件で新しい情報があるとのことだ。
つまりは例の駅前の書店に来いということだろう。
面倒臭い。
というかこのメモが玄関のドアに挟んであったということは、オートロックで防犯カメラ付き、しかも警備会社と契約している我が家のビルに浸入してきたことを意味する。
普通なら警備会社仕事しろやという話だが、朧さんってあんなキャラだけどさすが十一夜の人なのだなと感心してしまった。
どれどれ、それじゃあ朧さんの報告を聞きに駅前の書店に行きますかな。
自転車に乗って書店へと向かう。
この前は少女漫画コーナーで時間を無駄にしたので、今日はいつもの参考書のコーナーにしようかと思う。
「朧です」
「あ、どうも。こんにちは」
「高橋クリニックについて調べました。信者ですね。それもかなり狂信的な」
「あ……やっぱり……」
「はい。そしてエデン・ベンチャー・キャピタルの事務所ですが、高橋クリニックの院長の口利きであそこのテナントを借りるようになったみたいです」
「へぇー。よくこんな短期間でそこまで調べがつきましたね」
こんなキャラなのに……と心の中では思ったが口には出さなかった。実際凄いし。
「不動産屋の女性担当者から聞き出しましてね、ふふ」
そう言って不敵な笑みを漏らす朧さん。
え、なんか意味ありげ?
女性担当者ってところ、掘り下げるべき?
「聖連に調査を依頼してます。進藤杏奈と須藤麻由美があのクリニックとどう関わっていたか情報を得られるかもしれません。進藤杏奈については圭が継続的に暗示をかけていますが、場合によっては進展があるかもしれません」
「進展……というと?」
「丹代花澄もかなり深層の意識まで催眠がかけられている状態でしたが進藤杏奈も同様でした。だとするとやはり須藤麻由美に関してもそうではないかと考えられます。そして彼女に関しては多重人格の可能性もあるということでした。彼女らの症状について詳しい情報を得られれば、催眠状態を解いて上書きすることもできるかもしれません。そうすればさらなる情報を得ることも可能になります」
話を聞いてるとちょっと怖くなってくる。
十一夜家の非情さもちょっと垣間見えるような……。
と言っても自分のものの見方が甘いのだということも重々承知しているので文句はない。
「あの、更なる情報って……つまり……」
「ええ、二重スパイとして使えるということです」
やっぱりか。
朧さんの言葉には一切のためらいや躊躇の響きがなかった。
クラスメイトたちが危険な目に晒されるようなことにならなければいいと思うが、十一夜家の人たちにとって敵は敵であり十一夜君のクラスメイトだからとかいう情はない。それは十一夜君自身もそうだった。
そっか……しかしやっぱりあの病院が関わっていたのか……。
麻由美ちゃんも人格操作されて利用されていたのだとしたら許せない、MSという組織。
「聖連ちゃんの捜査でまた何か分かったら教えてもらえるんですか?」
「肯定です。今夏休みで時間もあるでしょうからすぐに何か見つけるでしょう」
「そうですか。じゃ、その時はまたお願いします」
と、窓の外を歩く黛君をまた見かけた。
なんだ、ホントよくこの辺りに来てるんだなぁ。
あれ?
そのすぐ後ろをまたあのおじさんが……。
全然知り合いじゃないって言ってたのに、三度見かけて三度ともあのおじさんが近くにいたよなぁ。
一度は話してたと思うし……。
なんで嘘ついてるんだろう……。
なんか引っかかるんだよなぁ……。
ま、わたしには関係ないことだしいっか。
「んじゃ、帰りますね、朧さん」
「はい」
ん。
今日は立ち読みして泣かないんだな、ふふ。
そしてすんなりと店を出て家路に着いた。
昼食の準備に下に降りるとディディエと祐太がアニメトークに花を咲かせていた。
こんなに家で饒舌な祐太は珍しいな、
祐太は話に夢中で気づいていないが隣で秋菜がニヤニヤしている。
危険だぞ、祐太。狼が今か今かと狙っている。
お前は油断しすぎというかガードが甘いというか……。
まあ、それだけお人好しなんだろうな。
それにしてもこれが古の噂に聞きし「志村! 後ろ後ろ!!」というやつなのだろうとか思いつつ傍観した。
「あ、夏葉ちゃん夏葉ちゃん。日曜日プール行くことになったからねー。水着デビューよろっ! あ、ディディエも一緒に行く? 日本のJKの水着見放題だよ」
「秋菜、誘い方っ!」
まったくもう、こいつときたらもう。
「ワーォ。ザンネンデスガ、ディマンシュハユータトアニメイトイキマース」
あぁ、そうなのか。行きたいって言ってたもんね。
ちょうどよかったじゃん。
「そうなんだぁ。タユユと会えるといいねぇー」
ニタリと片方の口角を吊り上げて秋菜がボソリと言う。こえぇー。
祐太は顔面蒼白で目の輝きが一瞬で失われた。
果たしてこの薄らとした弄りはいつまで続くのか。
見てるこっちも背筋が凍る。真夏の怪談みたいなものだった。
Subtitle from 松田聖子 - 夏の扉 (1981)
Written by Kazuo Zaitsu




