第十一話
「どうも、お会いしたかったです。 ヒューマンの英雄様」
「俺はあんま会いたくなかったけどね。 偉そうな奴は嫌いなんだ」
上座に座るヴァルキューレを一瞬見て、カノは蹴ってどかそうかとも思う。 が、そんなカノの思考を察してか、リーンがすぐさま対面の椅子を引いたことにより、カノは渋々そこへと着席した。 無論、口ではたっぷりと皮肉を言いながらであるが。
「わたくしも、身の程知らずな子供は嫌いですよ。 そして、英雄などというくだらない昔話に頼る者も」
ヴァルキューレは言い、リーンに視線を向けた。 その視線だけでリーンは萎縮してしまい、こそこそと席に腰掛ける。 最早、どうしてこの場に自分が居るのかと疑問を抱きながら。 つい昨日までただの村人であった自分が、なぜこんなことに巻き込まれているのかと、自問自答を始めてしまうほどに狼狽えていた。
「……ああ、そういうことか。 だから十人なんだ、分かった」
リーンが怯えきっているそんなとき、もう一人のヒューマンであるカノは、ヴァルキューレの言葉により一つの疑問が氷解していた。 この世界に来て、様々なことを調べ、そしてリーンから聞かされた英雄の話。 十一の種族全てに一人ずつ英雄は現れ、その種を頂に立たせるという伝承だ。 だが、カノがその後すぐに調べた結果、英雄は十人しか存在していなかった。 十一現れるはずの英雄が、十のみ。 それはどうしてか。
「殺したな、英雄を」
「ご想像にお任せ致します。 ただひと言申し上げますと、我々神人族は神と同等の存在であり、英雄などという人でしかない者と戯れる気もなければ、話し合う価値もない。 更にそれが神人族であるというのなら、そんな矛盾は許されない罰であり、我が神人族の恥ですね」
ヴァルキューレは穏やかな顔付きと声色で、落ち着き払ってそう告げた。 そうあるべきかのように、当たり前だと言わんばかりの態度で。 自分たちの存在に誇りを持っているからこそ、似て非なるものは絶対に受け入れない。
「英雄を殺した……? なんてことを……」
口を覆い、信じられないという風な顔をし、リーンは二人の神人族を見る。 英雄とは本来、尊敬され、親しまれ、そして崇拝すべき存在だ。 だが、神人族にとっては自分たちこそが崇拝されるべき存在で、そんな自分たちが崇拝しなければいけない存在は、不要なもの。 プライド高き、誇り高き神人族だからこそ、外部の者を受け入れることはない。 それが例え、自分たちを導く存在だとしても。
「愉快だったぞ。 最初は「お前らを率いてやる」などとほざいていたのに、最後は「助けてくれ」との命乞いだからな。 あれほど無様な同種族を見たのは始めてだ。 最早、同種族とも呼べんが」
「あはは、良かった。 それは俺にとって好都合だよ、天使さんたち。 俺と同じ人間だったら分からなかったけど、程度が知れてる君たちになら、勝てる道筋しか見えない」
「……挑発はもう結構ですよ、ヒューマン。 それより、話を詰めましょうか」
カノの軽口を受け流し、ヴァルキューレは話の主導権を握る。 今回、神人族がカノとリーンを訪ねてきたことについて、カノには大方の予想が出来ていた。 というのも、昨日の今日でこの話し合い。 更に指名してきたのはカノとリーン。 神人族にとって、ヒューマンと戦争を行う上で確実に通らなければならない障害はその二人ではなく、仕様のほうだ。
「我々神人族は、ヒューマン族に対し『宣戦布告』を致します」
ヴァルキューレは言い、カノの目を真っ直ぐと見る。 それこそが、避けては通れない障害だ。 この『ワールド』に置ける戦争を行う上で、絶対に通らなければならない道。 本国の奪い合い――――――――戦争は、両者の同意を持って始めて行われる。
それは通常、国を治める国王に意思確認が行われる。 が、今現在国王が存在しないヒューマン族は、目の前に居る者がその対象となってしまう。 故に、カノの視界にそれは表示された。
古紙のような一枚の紙が視界に映る。 そこに書かれている内容は『宣戦布告を確認しました。 神人族、族長ヴァルキューレより、ヒューマン族、英雄カノへ。 受諾する場合は指印を』という内容のもの。 紙の隅には指印を押す欄が丁寧にあり、カノはそれに目を通したあと、口を開いた。
「却下する。 やだよ、そんなの受けるわけがないだろ?」
言いながら、カノはそのウィンドウを最小化した。 この世界に置ける仕様の一つ、宣戦布告が受諾も拒否もされないまま、一週間が経過するとどうなるか。 それをカノは知っていた。 動作と共にウィンドウが消えたことにより、ヴァルキューレは宣戦布告を保留されたということに気付かない。
「……ふむ。 では、あなたが我々を支配するのも不可能ですね」
真実ではないが、ヴァルキューレはカノが宣戦布告を受諾しないとの行動を予測していた。 単純に宣戦布告をしたとして、簡単に受け入れるほど愚かな相手ではないと。 あくまでもここまでの流れ、ヴァルキューレの思惑から外れてはいない。
「俺たちヒューマンが単純に力比べをしたとして、君ら神人族には敵わない。 指一本でも負けてしまいそうなほどに非力だ、それは分かる?」
「ええ、もちろん。 蟻や蚊のような生物があなたたちに勝てないのと同義ですね」
「あっはっは! 良い例えだ! けどさ、知ってるか? 時に蟻は人を殺すということを。 時に蚊は人間が絶滅し兼ねないウィルスを運んでくるということを。 昨日も言ったけど、足元には充分気を付けてね」
カノは手を叩き笑ったあと、その雰囲気がガラリと変わる。 横で見ていたリーンは全く別人のように見えたカノの雰囲気に飲まれていた。
「そんなものが存在するのでしたら、是非とも見せて頂きたいものです。 その虚勢がいつまで持つか、ということも」
「虚勢ねぇ……言っても、俺はあんたらの弱点を知ってるんだぜ。 なぁリラ」
「へ、わ、わたしですかっ!? ええと、ええと……その数の少なさ……とか?」
カノに突然振られ、リーンはとてもカノ以外には聞こえない小さな声で言う。 間違っていたときの恥ずかしさをなるべく避ける作戦、それと神人族の目の前で言うという恐怖を感じたからのものではあったが、カノの前でそれは通用せず、むしろ利用されることとなる。
「え? 頭の悪さだって!? いやぁさっすが俺のパートナー! 俺の仲間だよ! 俺も全く同じことを考えていたからさ!」
「ひゃい!? ぜ、全然ぜんぜんそんなこと言ってないですっ!! 捏造はやめてくださいー!!」
「貴様ら……黙っておけば……!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ヴァルキューレの横に立っていたヴァルヴァードが二人に向け、殺気を向けた。 それを受け、リーンは丸まり、カノは笑う。
「そーいうすぐにブチ切れるところとかね、実に馬鹿だ。 そんな馬鹿相手になら、俺には余裕で勝てる方法があるんだよ」
「こんの……ッ!」
「ヴァルヴァード、止しなさい。 聞きましょうか、わたくしよりも頭が良いと自称するあなたが、勝てる方法とやらを」
ヴァルキューレはその頭脳から、これが殆どカノの手の平ということに気付いていた。 一番挑発に乗りやすいヴァルヴァードをおちょくり、更に神人族を見下すことでその台に乗せようとしていることに。 内心、確かにこのとき、ヴァルキューレは苛立ちを覚えていた。 常に穏やかであるヴァルキューレが苛立ちを覚えるというのは相当なことで、それほどまでに神人族は自身の力を信じている。 だが、ヴァルキューレは決して劣っていない。 その類まれなる知力は日を追う毎に増加しているのだ。
「将棋をしよう。 頭を使う遊びなら、余裕だよ」
「ショウギ……種族駒ですか。 それで、あなたが勝てると?」
言葉からの繋げ方、その速度が尋常ではない。 カノはその万能的な思考に足が震えていた。 だが、カノは思う。 これは恐怖や恐れ、怯えから来るものではないと。 この目の前にいる最強にして至高の種族と戦えるということに、武者震いをしているのだ。 そう思い、カノは続ける。
「もちろん。 いつやったとしても俺は負けないね」
「ふふ、そうですか」
罠だ。 ヴァルキューレはすぐさま理解した。 この男は、我ら神人族を嵌め、支配しようとしている。 この男の行動、発言、そして提案してきたショウギには負ける要素がないと思っている……そう、認識する。 カノは自身の知能に絶対の自信があるのだ、それこそ我々神人族が強さに自信を持っているように。 それと同程度の自信が、この男にはあるのだ。 そこまで考え、ヴァルキューレは面白いと思った。
どこまでも愚かな種族だと思った。 惨めで無能で退屈しない種族だと思った。 やはり、ヒューマンは見ているだけなら面白い。 その結末を迎えるまで、自分たちが如何に愚かな種族だと気付かないのだから。 だが、それはあくまでも見ているだけの場合。 歯向かってきたのなら――――――――殺すのみ。
「良いでしょう。 馬鹿で無能なわたくしが、思慮深く聡明なあなたが提案するそれを受け入れます」
「ヴァルキューレ様!? そのような遊びをする価値など……!」
「力を使い、この地を蹂躙するのは容易いこと。 それと同程度に、わたくしにとって知能で蹂躙するのも容易いこと。 それとも、ヴァルヴァード……今、ただの一瞬でもわたくしが負ける未来を想像したのですか?」
「ッ……!」
ヴァルヴァードは自分の首が吹き飛ばされたのを頭で認識した。 一瞬の内に、その首から上が切り落とされる。 視界にはまだ立ったままの自分がおり、ぐるぐると回り、やがて床へと当たる自分の頭がそこにはあり。
「……言葉が過ぎました」
数秒後、自分が生きているという新たな認識を得る。 自分の死を確かに見た……そう思わせるほど、幻覚となって見えるほどの殺気だ。 ヴァルヴァードは改めて思う。 この神人族の長に、ヴァルキューレに勝てる生物など、この世に決して存在しないと。
「よっし! 交渉成立だ! それなら、俺が負けたらあんたの宣戦布告を受け入れる。 あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。 ただし、勝てたらね」
「分かりました。 では、わたくしたちが負けた場合は、わたくしたちの全てを差し上げましょう。 全三十の神人族を好きに扱う権利……種族の指輪を」
そして、二つの種族はお互いの全てを賭けたゲームに乗る。 カノが提案する、戦闘能力では決して勝てない神人族に対する、唯一無二の勝つ方法を。
「では、今から……と行きたいところですが、負けた後で疲れていたという言い訳も面白くはありません。 日付を指定して頂けますか?」
「良いよ。 それなら一週間後で俺はなんの問題もない。 今からでも良いくらいなんだけどね」
ヴァルキューレは言われるも、そうは行かないと顔で言う。 ナメたことをされた分、全力を出して貰わなければ困るのだ。 神人族のプライドにかけて、ヒューマン如きに遅れを取るわけには決していかない。 故に、その者が全力で戦うに相応しい状況を整える。 そう思いつつも、ヴァルキューレはこのとき一つのことに気付く。 その罠にだけは、しっかりと罠を張り返さなければいけないとも同時に思った。
「な、なんか凄いことになってますね……」
「そう? あ、でもこれからが面白いよ、リラにとっても」
ようやく口を開いたリーンに向け、優しく微笑み、カノは言う。 その言葉の意味をリーンはすぐさま知ることとなった。
「で、それほど譲歩してくれる神人族様のご配慮に、俺も応じたいと思っている。 今日はとんでもない迷惑をかけたからね、次回はそんな迷惑が決してかからないところで勝負をしよう」
「迷惑がかからないところ、ですか? わたくしたちにとって、あれは迷惑にもなり得ない些細なことですが……そうですね、その善意の内容をお聞きしましょう」
ヴァルキューレは善意を受け取るというよりかは、単純に好奇心からそれを聞いた。 ヒューマンは例外なく、神人族を恨んでいるはず。 そのヒューマンの本国で、果たしてカノが言う迷惑がかからない場所などあるのだろうかという疑問だ。 今回のことも、カノとリーンは止めることができずに、神人族に対して攻撃を加えた。 たまたまそれはライルたちであったものの、ヴァルキューレの予想通り、ヒューマン全てが神人族には恨みを抱いている。
だが、そこでヴァルキューレの予想は大きく逸らされる。 それは悪い方向にではない、良い方向にだ。
「ラピュエル。 そこでなら邪魔は絶対に入らない」
「……何を? ラピュエルとは……わたくしたちの、本国では」
「その通りだよ。 そこでならヒューマンの妨害は入らないし、万が一を考えて他種族の妨害も入らない。 神人族の本国に攻め入る愚かな種族は居ないだろうし? だからその場所が最善だ」
「死にに来ると言うのですか、あなたは。 この本国から一歩でも出たら、加護はなくなり、わたくしたちはあなたを殺すことができる。 それを分かっているのですか、あなたは」
ヴァルキューレの言う通り、本国のダリラから一歩でも外に出れば、システム防御は消滅し、いつでも攻撃を食らうこととなる。 それはつまり、散々罵倒してきた神人族により、一瞬で殺される可能性もあるということだ。 だが、カノは言う。
「その辺は心配してないよ。 だって、あんたは俺と勝負がしたいんだろ? で、俺もあんたと勝負がしたい。 神人族でもっとも偉いあんたがそう思っている以上、そこのヴァルヴァードちゃんも手出しはできないさ」
「……なるほど。 それで、自ら本国から出ると」
ヴァルキューレは思考する。 このヒューマンが本国に来ることによって起きること。 通常、ヒューマンを本国へ入れることなど絶対にない。 だとしたら、踏み入ることこそが目的なのか? だが、それによるメリットなど地形の把握くらいなもの。 それに、そこで行われるショウギで負けた時点で、ヒューマンは皆殺し、そこに座っている男と女は奴隷となる。 その場で約束を反故にされたとしても、この男女は奴隷に間違いなくできる。 ヴァルキューレは思考を続ける。
……この男、何も知らないように見えて、神人族のことを良く知っている。 万が一に、最悪な状況と展開でわたくしが負けた場合でも、その約束を反故にできない状況を作ろうとしているのか。 神人族が持つプライドの高さを良く理解している。 たった二度出会っただけだというのに、恐ろしい男だ。 その場合、ヒューマンが考えていることには前提条件が存在する。 その条件とは、ヒューマンの勝利……のみ。
ヴァルキューレはそこで思考を打ち切った。 問題は何一つ出てこない、故にこれは好都合だと決着する。
「けれど、俺一人で最悪捕まるってのもちょっと心細いんだ。 だから、もう一人連れて行くよ」
カノは笑い、リーンに顔を向けた。 リーンは咄嗟に拒否をしようとしたが、カノが声を出さずに口を動かし、ある一つのことを伝える。
たった今、三十分が経過した、と。
「……わたしです」
リーンはこのとき、心底後悔をしていた。 なんて男に喧嘩を売ってしまったのだろうと。 この男は英雄なんかではなく、ただの性悪男だと。 しかし、リーンはそんな最悪な出来事によって、事実に一つ気づかない。
これまでの会話の全てが、カノの思惑通りだという事実に。 最初からリーンが発言するまでの間、計算され尽くした流れだったということに。