第5話 お墓参りと肩車
「――では、村おこしをはじめよう」
そんな言葉でフィオークでの一日が始まった。
すでに朝食は済んでおり、セリルとランド、そして村の子供たちの七人は村の中央の広場へと集まっていた。
「兄ちゃん、始めるっつっても何からすんだ?」
レンツの素朴な疑問にエルクは良い質問だといわんばかりに大仰に頷いた。
「うむ。まずは現状把握と食料の確保が最優先だな。というわけでセリルよ」
「はい」
「そなたはラナとロナと一緒に生きている苗を探してきてくれ、賊どもが持ちきれなかった野菜なんかも一緒にな、畑の中にまだ残っておるだろう」
「ええ、わかりました。ラナ、ロナ、手伝ってくれますか?」
スカートのすそをつまむ二人に目をやりながら頭を撫でた。
「うんっ」「がんばる、よ」
「ランド、レンツ、シドは共にこい。家をまわるぞ」
「まわってどうする?」
「使えるものをかき集める。農具に衣服、鍋に包丁、壊れてない長持ちなんかも欲しいな。今後はレンツの家を拠点として村の再建を行っていく、資材はあればあるだけいいからな」
ランドは納得したように頷きながらつぶやいた。
「なるほど、火事場泥棒ってわけだな」
「人聞きの悪い。所有者のいなくなったリソースを有効活用しようというのだ。わが国ではこういうことを『りさいくる』と言ってむしろ美徳の一つであったわ」
「ものはいいようだよなぁ」
「この村に残されたものはすべてこの四人の所有物である、なればレンツたちが許せばそれはすべて我らのものであろう、なあレンツ?」
「う、うん」
「ではレンツ、金を持ってた家から参ろうか」
「……わ、わかった」
何か釈然としないものを抱えたままレンツは頷いた。
***
「クックック。これはへそくりか。巧妙な隠し場所に見合った中々の金子だな」
家々を探し回って数件目。
すでに三人が集め終えた服や鉄製品を持ち出していく中、エルクだけはすでに中身を取られた長持ちに顔を突っ込みごそごそと何やら探っていた。
含み笑いとともに身を起こすエルクの手には数枚の銀貨と一枚の金貨が握られていた。
「うわっ、なにその大金! さっき見たけどその箱ん中何もなかったよ」
目を見開いて驚くレンツとシド。
「なぁに、長持ちが二重底になっておっただけだ。この上に少しの見せ金を置いておけばさらに金があるとも思わぬだろうからな。この家の主は中々に目端のきく者であったようだな」
「ここ、ラナたちの家なんだけど」
「あいつらの父ちゃん、そんな賢そうに見えなかったけどな」
レンツたちの記憶にあるラナたちの父親は狩人であった。
時折猪や鹿を捕ってきて、村の食糧事情に大きく貢献していた気のいいおっちゃんだった。
いつも自信たっぷりに獲物を捕ったことを自分たちに語り聞かせ、少しおだてればいい部分の肉をわけてもらえたりしたのだが。
「ならばこれは母御殿の金であろうな」
「そ、それこそねえよ」
「そうだよ、ラナたちの母ちゃん村で一番きれいで優しかったもん。なんかいつも微笑んでてさ、なんかこうすごいゆっくりていうかおっとりしてたもん。そんな大金隠しこめるような人じゃないよ」
エルクはフ、と小さく笑う。
「まだまだ若いな、二人とも」
「そりゃガキだしなぁ」
ランドは小さくつぶやいた。
「よいか二人とも、今後そなたらが大人になり、年老いてなお人生の指針となろう一つの真理を教えてやる」
「な、なんだよ」
「――――女は魔物ぞ」
***
村の規模は小さいとはいえ百人以上が住んでいたのだ。家の数も40軒ほどはあり、一軒一軒丁寧に探していけばあっという間に日も暮れる。
荷車にのせた成果を広場に積み上げながら、四人は大きな息をついた。
「ふぅ、エルク兄ちゃんっ、これで全部まわったぜ」
振り返り告げるレンツは、額にした汗をぬぐう。
「うむ、重畳重畳。これだけあればしばらくはしのげよう」
集めた雑貨はとりあえずということで大雑把に分けてある。
あとで鋳つぶすための鍋や包丁といった銅製品、毛布や毛皮は穴の開いたものもあるが重ねてかぶれば寒さは十分にしのげるし、ほかにもタンスや長持ちなど収納箱など様々な品が集められていた。
「しっかし鍛冶場まであるとは思わなかったな」
どこか嬉しげにランドは言う。
「僕の父さん鍛冶屋だったんだよ、レンツんとこのおじさんと傭兵時代から付き合いあってさ、いっつも僕んとこで槍の手入れ頼んでたんだよ」
「んで、父ちゃんが開拓するってんでシドの父ちゃん勧誘してきたんだぜ、村を作るためには鍛冶師が必要だってんでさ」
「……あれ誘拐っていうんじゃないかなぁ」
どこか不穏な気配がする言葉をシドがつぶやくと、エルクの背後から声がかかった。
「エルクー、こっちは終わりましたよー」
手を振りながらセリルたちが戻ってきた。
後ろにひいた荷車にはまだ小ぶりなジャガイモやにんじん、キャベツといった作物がのせられていた。
「お兄ちゃんっ、お姉ちゃんすごいのっ。土の中に手が見えなくてつかみどり野菜いっぺんにっ!」
ずいぶんと興奮した様子でラナは大きな身振りで説明する。
「あぁーっと、土に埋まって見えない野菜もセリルはすぐに見つけ出したということか?」
「そうそれ!」
「とりあえずもう一度埋めなおさないといけない野菜だけ取ってきました。あと野ざらしで傷みかけてるものも。
傷んだやつは早めに食べてしまいましょう。さすがに三人だけじゃ北の畑しかまわれませんでしたので、明日はエルク達も手伝ってくださいね」
「ああ、そうだな」
エルクは頷きながら、セリルたちの前に水を汲んだ桶を置いた。
「三人とも手と顔を洗っておけ、泥がついてる。服も汚れたな、着替えてきてくれるか?」
もう日も沈みかけている。彼方に連なる山はいまだ山吹色に燃えてはいるが、真上の空はすでに紺色に染まっている。
みなが怪訝な表情を浮かべながら、エルクを見やる。
「これからどこか行くのですか?」
「これからこの村に世話になるのだ、汚れた格好であいさつはできぬだろう」
「ああ……」「まあ、そりゃそうだな」
何となく察しのついたセリルとランド。
そんな二人の言葉に、子供たちは首を傾げるのだった。
***
セリルたちが着替え終え広場に戻る。
エルクはいつの間にか用意した白い花弁の花束を胸に抱えていた。
小ぶりのつぼみやまだ開きかけといった花が多く、どこかもの悲しさを感じさせた。
セリルの視線に気づいたのか、エルクは困ったように小さく笑う。
「この村で育てていた花だ、気に入らぬことはないだろうさ」
そう言ってエルクは村のはずれへと足を向ける。
二人はエルクについていき、その方角で子供たちもどこへ向かったか分かったようだった。
たどり着いた先はポカンと開けた空き地であった。
そこかしこに生えた雑草はその空間だけを囲うように生えており、耕したばかりのように黒々とした土は手でも掘り返せそうなほどにやわらかい。
その空き地の手前に建てられた二本の棒を組み合わせただけの簡易な十字架を見れば、その土地の意味も分かるだろう。
「兄ちゃん……」
鼻声になりながらエルクを見上げるレンツの頭に、エルクは申し訳なさそうに手を置いた。
「すまぬな、レンツ。そなたたちの身柄を預かる身としてはどうしても顔を見てもらいたかったのだ」
エルクは胸にした花束をそっと十字架の根元に置いた。
「お初にお目にかかりますフィオークの方々よ。我が名はエルク・ランクロットと申します」
握る拳を片手に添えて、大地に膝つき頭を下げる。
「今日よりこの村にて世話になります、元は奴隷の身の上なれば、この身一つが我が財すべて。ならばこそあなたがたの残した遺品を我らに使わせていただきたい。代わりにレンツ、シド、ラナ、ロナ。この四人の子はわが命に代えても必ずや守り抜きましょうや」
「まことに勝手な願いではありますれば、ぜひお許しいただけますよう。そして――――」
「――――どうか、いく久しく安らかに」
レンツたちの親たちが、子を残した者たちの未練が少しでも晴れることを祈りながら、エルクはすっと目を閉じた。
そんなエルクに続くように、ランドは胸に片手を当てながら天を仰ぎ、セリルは両膝を大地へとつきつつ胸の前で両手を組みながら祈りをささげた。
形は違えどそれがそれぞれの死者への哀悼だと分かったレンツたちは、手を合わせて黙とうをささげた。
しばらくして、誰からともなく目を開いた。
「挨拶も済んだ、そろそろ戻るか」
「うん、ありがとな兄ちゃん」
「礼には及ばん、むしろこちらが感謝せねばならぬ身だ」
すると、エルクのズボンの裾がクイと引っ張られた。
目をやると目頭を赤くしたロナがこちらを見上げていた。
「それでも、ありが、と」
そんなロナの頭を撫でながら、エルクは一気に抱え上げて肩へとのせる。
「わぁっ!」
エルクに肩車をしてもらったロナは最初は驚いていたが、すぐに慣れて辺りを嬉しそうに見回している。
「お、お父ちゃんも、よ、よく肩車してくれたんだ、よ」
「そうか。視界はどうだ? よく見えるだろう」
「お父ちゃんの方が、た、高いか、な」
「ぬぅ、余だってまだまだ成長期。すぐに追いつくわ」
「あたしらの父ちゃん村で一番背が高かったから」
そんなロナをうらやましげに眺めるラナを、ランドはひょいと担ぎ上げる。
「ウヒャッ!?」
「どうだ、こんくらいだったか?」
「ううん……、父ちゃんより、ずっとたかい!!」
キャッキャッとはしゃぐラナの姿に、エルクは頬をゆるめた。
そんな二人をうらやましそうに眺めるシドに、ランドは手を伸ばす。
驚くシドの襟首をつかみ、ラナの乗っていない方へと乗せてあげた。
「うわぁ、たっかーい」
いつもより高い視点で眺める村というのは子供たちにとっては新鮮な、いや、懐かしい情景なのだろう。
楽しげに笑いあうみなの姿を見ているレンツに、セリルが優しげに声をかけた。
「レンツ、遠慮しなくてもいいんですよ」
「えっ?」
「これからはエルクとランドがあなたたちの兄に、私が姉になるのです。家族に遠慮は無用です」
「う、うん」
少し照れたようにうつむくレンツの身体へ手を伸ばす。
「うひゃっ!?」
脇腹をがっちりとホールドされたレンツは妙な悲鳴をあげた。
「う、くっ! い、意外と重いですね」
レンツも十歳になろうしており、小柄なラナたちと比べ、成長も早いのだろう。
セリルの細腕だけで担ぎ上げるには少しきびしいらしい。
「い、いたたたっ! 姉ちゃん爪がたって――こそばいいしっ」
「てぇりゃあああっ!」
「んひやああああっ!」
歴戦の戦士のような雄々しい声とともに、レンツは持ちあがり、セリルの肩へとのせられる。
「ふ、ふふふ。どうですか? 姉にできないことはないのです」
「うああぁ、体がイタこそばゆいいいい」
自らを抱きしめるようにグリングリンとうねるような妙な動きをみせる。
「あ、こ、コラ、そんなに暴れたら――キャア!」
バランスを崩したセリルがそのまま背中から倒れこむ。
「グフっ!」
高角度から地面に叩き付けられたレンツは、後頭部を抱えてのたうちまわる。
「あぁっ。ご、ごめんなさいレンツ!」
「だ、だいじょぶだから、姉ちゃんの優しさは分かったから、全然へーきだから」
「あら、そうなのですか? ならトライアゲインですね」
「ええっ!?」
子供の懸命な気遣いを額面通りに受け取り、再び両手をワキワキさせつつレンツに迫る。
「い、いやもういいよ、本気でいいよ。俺もそんな子供じゃないし――」
みなまで言わせず、セリルは詰め寄る。
「言ったでしょう、家族に遠慮はしたらダメです」
「いや遠慮とかじゃなくてさ、むしろ姉ちゃんが遠慮しねえかなってさ、本当に、あの、その……うわぁっ!」
「あっ! 待ちなさい。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいのです。優しくしてあげますから」
「セリフの使いどころ違うからそれええぇっ!」
後ろを向いて慌てて駈け出すレンツをセリルは追いかける。
何をやってるんだか、とそう思っていると上の方からクスクスと声が零れてきた。
「フフっ、アハハハハ!」
ロナを見上げると大きく開いた口に手をあて、追いかけっこをする二人を眺めて笑っていた。
「お。ようやく笑ったなロナ」
「う、うん。だってあの二人おかしいもの」
ロナは言葉を止めず、エルクの頭を抱きしめるように手をまわした。
今まであったどこかおびえたような口調はなくなっていた。
「こんな風に笑えることなんてもうないって思ってたけど、お兄ちゃんたちが来てくれたおかげだね」
「そうか。しかしな、そんな我らがここに居るのはそなたたちのおかげなのだ。流浪の我らを受け入れてくれたこと感謝するぞ」
「うん。ずっとこの村にいてね」
「ああ。ランクロットの名にかけて誓おうぞ」
村までのあぜ道はすでに橙色の夕日に包まれ、風も少し冷たくなってきた。
夕餉は何にするかと献立を考えるエルクの瞳に、再びジャーマンスープレックスをかけられるレンツの姿が見えたのだった。